転生ヒロインは前世の夢を追い求める【後編】
【前後編の後編です◇前編よりご覧下さい】
ばしゃーん!
きゃははははははは!
もう秋も深まっているのに、水掛け祭りである。掛けるメンバーは入れ替わりだけれど、掛けられるのは私のみ。
黙って浄化魔法をかければ、掛けられる前よりも綺麗さっぱり。汚れも汗も全部一緒に浄化されるからね。
普通の浄化魔法ではびしょ濡れからの回復効果は無いけど、綺麗にするイメージで試したら何故か効いた。ヒロインチートというやつだろうか?それより普通の浄化魔法って何だ?私が使っているのは異常な浄化魔法になるのか?それ以前に、どうせチートなら水を掛けられない生活をしたいです。
チラッと緑の髪も見えたし、麗しの義姉様は私に水掛てる暇無いと思うんですけどね。お世話になっているナクレイ先生に「義姉のメリーナ嬢はもう進級が絶望的で私の指導力不足を痛感している。いつも助手として助かっているリアン嬢の義姉さんを助けてあげられなくて申し訳ない」と何故か謝られてしまって、大変気まずい思いでいっぱいなんだけどな。
一応喜ばしい事もあるといえばある。気に食わない平民あがりに水を掛けて盛り上がれる仲間が出来たから、社交界で壁の花にならず仲間と積極的な情報交換出来ているらしい。
初めて水を掛けられた時は、流石に慌てて治療室に駆け込んだけれど、怪我人が出たとかで治療術師の担当者はおらず無人の部屋でダメ元で掛けた浄化魔法が効いた時はとても驚いた。
そして私に被害が出た時に、素早く助けようとするウィステリアから逃げるべく目眩しの魔法を掛けてから治療室の窓から外に出て、そのまま屋上まで肉体強化魔法利用のフリークライミングをしたら、屋上でバスタオルを持ったミアラスに遭遇。浄化魔法の効果について、どうせなら石鹸を使った洗い上がりになる方法は無いかと議論した。我ながら鋼メンタルです。
正直、ミアラスには言いたい放題した上目の前でボロ泣きしたので、今更取り繕う事も無いかな、と。今までの事も最低限しかウィステリアに報告していないみたいだし。安心して話が出来る貴重な相手だし。
「いつ飽きるのかしら」
「飽きないと思いますよ」
いつの間にかミアラスが隣に立っている。手にはウィステリアへの報告に使う映像記録用魔道具。ウィステリアは色々な魔道具の案を出して、公爵家お抱えの魔導師や魔道具技士が実物の物にしているらしい。ある意味私とは真逆の生活かも知れない。
古い文献を修復する時は、出来るだけ当時の手法を使うようにしているので、とにかく手数がかかる事も多い。楽しいけど。とにかく楽しいけど。固形墨を完成させた時は嬉しすぎてしばらく持ち歩き、寝る時には枕元に置いていた。墨の香りに癒される。膠を煮出している時は『臭いが酷いから外に行け』と追い出された。
「人に嫌われるという事が続くと心が少しずつ疲弊していくそうです」
「うーん、少なくとも私を好きだと言ってくれる人がいるから大丈夫」
「交際を申し込まれたのですか?私が知る限りではその様な事はありませんでしたが⁈」
「常に見張っている訳では無いでしょう?それに母と数人の先生なのでミアラス様が知らなくても当然です」
「そういう事ですか」
「母は立場が弱くて二人で嫌な思いもしたけどお互いを大好きな親子です。先生達は「図書整理が得意な生徒は大好きですよ」とか「こんなに綺麗に書簡を修復出来るルトールさんが大好きです」って言ってくれます。大好きな作業して大好きって言われるのは元気が出てやり甲斐しかありません」
「私も図書整理や修復ができますよ」
「では私から、大好きな書物を大切に扱えるその能力はとても素晴らしいですの言葉を贈呈します」
「大好きじゃ無いんですか?」
「素晴らしいは最高の褒め言葉だと思いますが?」
「大好きの方がシンプルで明るい響きを感じます」
成る程。褒められる相手が望む言葉で称賛すべきよね。
「では改めて、ミアラス様の能力が大好きです」
「ありがとうございます。私も相手の気持ちを汲んでくださるルトール嬢が大好きです」
美形の笑顔と大好きの破壊力が凄い。しかも『能力』の単語が抜けています。私をドキドキさせても何も出ませんぞ!百歩譲って特別に固形墨を少し分けて差し上げる位ですぞ!
ーーーーーー
寒さも徐々に強くなる初冬にも拘らず、今日のナイザリア学園の競技場は熱気に満ちていた。
事前に参加申請した生徒による武術大会。私が参加申請をした所、先ずナクレイ先生に止められ、国立図書館勤務の皆さんに止められ、魔術系教諭に止められ、武術系教諭に止められ、学園の見張り台の屋根の上で昼食中にミアラスに止められるという、連続反対をされてしまった。
武術大会は、得意武器を一種類持ち込み可能、身体能力向上魔法以外の魔法は使用不可、攻撃を当てられた側が怪我をしない様に、教諭が防御魔法をかけて与えられた衝撃は数値となって特設スクリーンに表示、100ポイントになるか、競技場に設けられた戦闘エリアから出てしまったら負け。
実際に怪我をする訳では無いので、99ポイントまでは全力で戦えるけど、死ぬような一撃を与えられればそれ一回で100になってしまう。実戦とは異なるが、それでも大技や技量の高い技が見られると好評だし、戦う生徒も手加減しなくて済むし普段どうしても魔力が高い方が優遇されやすい学園ではっきり数値で戦闘技術のみ評価されると学生にも大好評だ。
そんなこんなで私は闘技場に立っていた。武器は無い。理由は二つ、武術の授業で武器を使うのが向いてないと感じた事とそれ以前に良い武器を買う程お金を持っていないから。バイト代は母に送ってしまっているから手元にほぼお金は無い。
わざわざ応援に来てくれた図書館勤務の皆さんが戦闘エリア外で「何で素手なの?」「危ないからリタイアしなさい!」と声をかけてくれている。何で戦うと思われていたのだろうか。杖?杖を買うお金も無いし、武器には防御魔法が効かないから、相手の武器が当たった時点で壊れてしまう。どう考えてもお金を捨てる行為にしかならないのに、どうして武器を持っていると思ったのか。
初戦の相手は、大きな両手剣に全身鎧。私が素手にシンプルなワンピースなので、一瞬びっくりした顔をした後、馬鹿にしたように笑った。
試合開始と共に、一気に能力向上魔法をかけて後ろに飛びすさった。相手の剣が私の立っていた場所の床を砕く。筋力、俊敏さ、器用さ、頑健さ、視覚、知覚、聴覚、が上がる。相手が床を叩いた剣を持ち上げて体勢を立て直している間に、一気に横に回って掌で真っ直ぐ打ち込みを入れれば、景気良く場外へ吹っ飛ぶ全身鎧。ヒロインチートの面目躍如ってやつよね。力を上げて、速さを上げて、それに対応出来る様に処理速度を上げるのがポイント。
対戦相手と、観客席から「攻撃魔法を使った」という苦情が来たらしいけど、使ってないし。勿論、審判に魔術系武術系の教諭が一人ずつペアでついてるから攻撃魔法を使ったらすぐわかる。使えば即反則負け。
ちゃーんとルールを守って勝ち進み、準々決勝の相手はハイドレン。装飾の美しいレイピアを持っている。
対戦者との礼をする前に、ハイドレンは貴賓席に向かって、満面の笑顔で膝をつきレイピアを捧げた。貴賓席には国王夫妻と王子達と王女達、王子と王女の婚約者達が座っている。例外はリューカとトリカに挟まれたウィステリア。試合前にミアラスを通じて参加辞退を進めてきたけど、本人の参加希望が優先の為、あっさり却下させていただいた。私の事は気にせず、王子二人と親睦を深めていただきたい。というか、誰とも婚約してないって情報通の学生寮管理人ライカさんから聞いたけど、婚約者でも無いのに王子達の間に座っているのは謎。それだけ王子達に愛されているんだろうけど、次期国王候補の王子達が同じ女性に想いを寄せていて、大丈夫なのかナイザリア皇国。
「ルトール嬢、女性に剣を向けるのは本意ではありませんが、試合ですので失礼します。それから、愛する妹の申し出を断った事、後悔していただきます」
「はあ」
私怨いただきました。
試合開始と同時に能力向上魔法をかけて、正面斜め上にハイドレンを一気に飛び越える。ハイドレンは一気に踏み込んでレイピアを右から左に水平に凪いでいたらしく、その勢いで真後ろを向いて来る。右から更に襲って来るレイピアを左方向に避けながら、思いっきり手で床を叩いて真っ直ぐに伸ばした足をハイドレンに叩き込む。
大きく後ろに飛びかけたハイドレンは足を踏ん張って、場内に残った。
「失敗」
小さく呟いた。踏み込んで来るのは予測出来たけど、思ったより蹴りが効かなかった。でも大丈夫。
そのまま両手を顔の前で組んで体当たり。体勢を立て直し中のレイピアが腕に当たったけれど、一撃終了のダメージに届かなかったけれど、そのまま場外に押し飛ばす事が出来た。
試合終了後、悔しそうな顔をしたハイドレンは終了の礼の時も私の顔を一切見ず退場していった。
準決勝はヴェザン、騎士団長の令息だけあって、白銀に輝く騎士の鎧にブロードソード。やっぱり貴賓席に剣を捧げている。
「先生、リタイアします」
恐らくウィステリアに勝利を誓っているヴェザンが立ち上がる前に、審判の先生にリタイアを告げた。
「え?ここまで勝ち上がって、戦う前にリタイアするのか?」
「はい。戦闘のプロであるアルフェカ様には勝てません」
「ルトール嬢、少なくとも戦うのが礼儀だ。先生からもルトール嬢を説得していただきたい」
何でそんなに戦闘したいのかな。相手がリタイアなら不戦勝で余計なエネルギーも使わなくて済むから、私だったら大喜びだけど、騎士は違うのかな。違うんだろうな。
「そうだぞ、ルトール君、自信が無くても、自分で参加を決めたんだから戦ってみてはどうかな?」
「そうなんですけど、本当は前の試合が終わってすぐリタイアするつもりだったんですが、準決勝がすぐに始まってしまったのでリタイア申請が間に合わなかったんです」
「私とは戦えないというのか⁈」
「そうではなくて、誰とでも戦えない状態です」
「どうしたのかな?」
私達がもめていると思ったのか、救世主ナクレイ先生がやって来た。
「ナクレイ先生、リタイアをお願いしただけです」
「ここまで来て何でリタイアか理由は言ったかな?」
「いう前にせっかくだから戦ったらどうかと言われました」
「リタイアといきなり言われても納得がいきません!」
「試合でルトール嬢に負けた生徒の分も戦うべきだろう?」
「まあまあ、どうしてリタイアをするのかな?」
「魔力が尽きました」
一瞬にして、審判の先生とヴェザンが黙った。ナクレイ先生がくっくっくと笑い出す。
「能力向上の魔法を高い効果で何種類も試合の度にかけていたので、次の試合をする程の魔力がありません。まして相手は剣術の達人アルフェカ様です。万が一防御魔法に不具合があったら大変な事になってしまいます。向上魔法がフルでかからないと、アルフェカ様に対抗出来ません。体格差も大きいので、どうやっても勝てる可能性がありません。完全に魔力を使い切ったら回復時間が通常よりかかりますよね」
「そうだね。タルボット先生、アルフェカ君、ルトール君のリタイアを認めてやってくれるかな?」
「そういう理由があるならリタイアを認めよう。アルフェカ君良いね」
「っ!わかりました。」
睨まれた。だって魔力完全に使い切って空っぽ状態になると、自然からの魔力吸収開始用の魔力すら無い状態になっちゃう。魔力がちょっとでもあればそこに引っ張れるんだけど。
魔力を残してヴェザンと試合すれば良いんだろうけど、攻撃されると防御を自動展開しちゃうんだよね。それで使い切っちゃう。
最終的に準決勝まで勝ち抜いたので、武術系の成績が優になった。実戦だったら負けないけど勝てない戦い方だったけどね。しかも賞金が出たので、試合で着て汚れが落ちなくなったワンピースを買い替える事が出来た。
ーーーーーー
寒い。ナイザリア皇国の年末年始は、家族で迎えるのが普通で学園も冬休みになる。
私は帰る所が無いので、寮に残って大掃除を手伝ったり大量に借りてきた本を読んだり王立図書館の書籍修復を進めたりと、充実した毎日を送っていた。他にも諸事情で帰れない学生もちょっとだけいたりする。交流は無いけど。
ウィステリアからは、年末年始を公爵家で過ごしたらどうかとお誘いを頂いたのだが、「休みにしか寮で出来ない事を勧めたいので」と平身低頭して断った。本心は面倒事の予感しか無かったけど。だって、公爵家ですよ?礼儀もマナーもわかっていない平民出の小娘がちょっとでも公爵家族の気に触る様な事をしたら、お先真っ暗です。それに、ミアラスは別として、公爵家で働く皆さんだって位が高い方が多くいらっしゃる筈。貴族の令息令嬢を家での仕事の仕方とか行儀見習いとか礼儀作法とか立ち回りとかを身につける為、ヴァレットやレディーズメイドとして預かったりしてるんだよ?そんな方々に平民の私が客として扱われるなんて、それはもう死にますが?
そんな訳で、年明けの現在寮の裏手、焼却炉脇で焚き火をしている。正確には、焚き火を使って焼き芋をしている。
長期休みを使って、寮の食堂を改築するんだそうで、初日から調理が出来なくなって、私以外は全部外食で済ましているらしいのだけど、お金のない私は寮の管理人ライカさんのご好意で調理道具一式と食器を借り、街で安い材料を買って来ては簡単に作れるキャンプご飯的な自炊をしている。今日は、備蓄庫に転がっていた保存食のサツマイモとジャガイモを貰った。ミアンさんは神か?
鍋に中庭の噴水周囲にある丸石の歩道の中から、選ばれし丸石を入れて芋を置き蓋をしてから、拾ったレンガで作ったかまどに載せる。後は拾ってきた小枝や葉っぱで焚き火をするだけ。学園と寮には素敵な中庭があるので、焚き火の材料は豊富にある。長期休みで庭師さんもいないから落ちっぱなしだし。
ぼんやりとかまどを見ていたら、何やら喧騒が近づいてきた。
「いたぞ!捕まえろ!」
「ふおっ?」
ヴェザンを先頭にハイドレンと近衛騎士の鎧をつけた皆さんが、私に向かって来た。
焚き火禁止とか?いやでも毎日やってるし?抵抗しても仕方が無いので、大人しく捕まった。手を後ろに捻りあげられて痛い。
「こっちに来い!」
「あの、抵抗しないので手を離してはいただけませんか?」
「ふざけるな!自分がやった事がわかっているのか?」
焚き火?ずるずると引き摺られ、鍋が遠ざかっていく。ああ、炭化する芋達よ!
べしょ。
寮の裏手から学園の前まで高速で連行され、石畳の地面に投げ出された。痛い。
顔を上げれば、トリカとジェダルも居る。
「ウィスは擦り傷と打ち身の軽症だそうだ。今は治療術師と兄さんが付いている」
トリカの言葉にヴェザンとハイドレンは一安心と言った表情になったけれど、すぐに私を睨みつけた。攻略対象4人に睨みつけられるヒロインは、最早ヒロインでは無い。自分の好きな事やってるからヒロインっぽく無いのは全然構わないんだけど、やっぱり2次元と3次元は違うよね。夢と現実は全く違うものだ。
「リアン・ルトール、何故ウィスに危害を加えた?」
「はい?」
間抜けな声が私の口から漏れた。どゆこと?ええと、かまど作って焚き火をしたから、CO2の環境問題とかで、ウィステリアに健康被害?
どすっ。
「うっ!」
髪を掴んで引き上げられた上に蹴られた。痛い。怖い。何があったのかわからないけど、とにかく生殺与奪の権利を持った人達に囲まれてて怖い。
「お待ち下さい!」
「お前は?」
痛みと恐怖で蹲っていると人が走って来た音の後に、はあはあと洗い息をしながら、聞いた事のある声がした。ゆっくりと顔を上げるとライカさんがいる。
「私は学生寮の管理人でございます。ルトール嬢が何かされたのでしょうか?」
「管理人風情が口を挟むな、控えよ!この女は、レイテッド公爵令嬢を学園の階段で突き飛ばして怪我を負わせたのだ!」
「公爵令嬢に怪我を負わせるなど、いくら首を斬っても足りない所だ!」
「運良く下に我々がいて助けられたから良いものの、今すぐ王宮の牢に入れる!」
「義妹に目をかけて貰いながら、よくも恥知らずな真似が出来たものだ!」
「お待ち下さい!ルトール嬢は朝から寮を離れていません!」
痛さと怖さで反論出来ない私の代わりに、ライカさんが反論してくれている。頑張れ自分、自分の事なんだから、自分で説明しないと。
「あの、私、朝は寮の掃除をして昼前から今までは、寮の裏手で料理をしていました」
「嘘をつくな!私は階段の上にちらりと桃色の髪を見たんだ!」
「私も見ました」
「私もです」
「俺もだ」
何で?桃色の髪といえば私しかいない。生き霊?でもそこまで人を恨んでないし、恨むエネルギーがあったら古文学に注いでるし。
「リアンちゃん、リアンちゃんが焚き火をしているのを見た職員はいないかい?」
ライカさんの助け舟に、私は一生懸命言葉を紡ぐ。
「ええと、校務員さんが学園のゴミを、寮のゴミを当直の職員さんが焼却炉に捨てに来て見張りを頼まれました。後、石を拾いに噴水に行ったら帰宅されない生徒さん数人が、噴水前の広場で剣の稽古をされていました。何で石を拾って鍋に入れているのか聞かれたので、覚えていてもらっているかも知れません」
「そいつらが共犯の可能性もある!」
「トリカ殿下、少々お待ち下さい。学生や職員がルトール嬢を庇って、レイテッド家を敵に回す必要があるでしょうか?義妹も何故かルトール嬢を気にかけていますし、私も義妹を傷つけられた上にピンク色の髪を見て頭に血が上っておりましたが、そうではない可能性も考える必要があるかと思います。ジェダル、どう思う?」
私の話を聞いて、ハイドレンが落ち着いた声でジェダルに問いかけた。この二人は普段から冷静に物事に対処するタイプだから、最初に話を検討してくれてるっぽい。
「確かにハイドレンの言う事も一理あるね。殿下、ルトール嬢が犯人ではない場合、ウィスの事をもっと考えないといけません」
「ジェダル、ハイドレン、何が言いたいんだ?俺達でこいつを見ただろうが!」
「落ち着けヴィザン、二人の意見を聞こう。先ずハイドレン」
「職員や学生が嘘をつく必要はほぼありません。私達は今日、休み明けの生徒会の打ち合わせで学園に来ましたが、ルトール嬢が打ち合わせがある事を知っていたとは思えません。もし何らかの理由で知っていたとしても、目立つルトール嬢が堂々と休日の学園に入って、階段の上で義妹が一人きりになって突き落とせる状態になるのを待つのは無理があります」
「私もそう思いますね。偶然が重ならないと実行出来ません。それより最優先でウィスの護衛を増やし、ルトール嬢以外の犯人を探さねばなりません」
「ジェダル、犯人はこの女では無いのか?」
「殿下、その可能性が高いと思われます。だとすれば、ウィスやレイテッド家が狙いでピンクの髪に偽装してルトール嬢に罪を擦りつけ、私達を騙してもっと酷い罠をかけてくるかも知れません」
「よし、ハイドレン、寮で話を聞いて来い。ジェダルとヴィザンは学園内の捜索だ」
早足どころか駆け足で、学園に入っていくトリカ。その後ろを付いていくヴィザン。ジェダルとハイドレンが私を立たせてくれて、軽く埃を払ってくれた。
「ルトール嬢の容疑が晴れた訳では無いので、一緒に寮に行ってもらう。話を聞いて問題なければ解放しよう」
ですよね。「私も付いててあげるからね、大丈夫だよ」とライカさんが優しい。
3人で寮に向かって話を聞くと、どうやっても私には無理な犯行という事で、軽く謝罪してくれたハイドレンが王子達に報告してくれると去っていった。「義妹の好意を踏みにじる様な事を続けるから疑われるんだ」と嫌味を言われたけど。
その後、やっぱり炭化していた芋の前で脱力していたら、救急箱とサンドイッチを持ったミアラスがやって来た。どうせ来るならアリバイ証明が出来る時間に来て貰えたら怖い目に合わなかったんだけど、ミアラスには仕事があるし、そんな義理も無いのに薬や食事まで持って来てくれたんだから感謝しかない。
「どうされますか、今からウィステリア様のお申し出を受けられますか?こんな理不尽な目にあっても文句が言えないのは辛くありませんか?」
「まあ、運が悪かっただけだから大丈夫。それに私を利用して悪い事をしようとしている人がいるみたいだから注意はするけど、それでやりたい事が出来なくなるのは絶対に嫌だからこのまま頑張ってみる」
「では、出来るだけ他の方と一緒に行動されます様お気をつけ下さい」
「友達いないからちょっと難しいけど、職員さんや先生の近くを意識して動く様にする」
「今後は公爵家から一日中可能な範囲で監視がつく可能性もあります」
「そうなの。でも、そこまでしてもらったら、濡れ衣は着せられなくて済むから良いかな。見られて自分が困るような事してないと思うし」
ちょっと遠い目になった私に、「出来るだけ私が遠くから見る形になる様にします」とミアラスが励まして?くれたので、「出来れば女性の方でお願いします」と答えた。何故か明るい笑顔で返されてしまった。
「ミアラス様も、はっきりした笑顔になる時があるんですね」
「そうでしたか?笑っていましたか?」
「無意識なんですか?」
何だか面白くなって、二人で笑っていたら、モヤモヤした気分がスッキリした。やっぱり誰かと話したり笑ったりするのって重要よね。
ーーーーーー
遂に卒業式になった。と言っても、1年生の私ではなく、3年生の卒業式。なので、式典には参加しているものの、講堂で1年生の席にぼんやり座っているだけだったりする。
一人一人名前を呼ばれて立ち上がったり、特別成績が良かった生徒が表彰されたり、ひと段落ついた所で、生徒会主催のダンスパーティーの為に競技場に移動となった時に、卒業生代表であるリューカが生徒達を引き止めた。
「ここで生徒の皆んなに伝える事がある。一年リアン・ルトール嬢、前に出て来てくれ」
私の前の生徒がざっと左右に分かれて、真っ直ぐな道が出来た。呼ばれる理由が全くわからない。
「ルトール嬢には、レイテッド公爵令嬢に対する無礼な態度や、危害を加えた疑いがあり、このまま学園に置いておく訳にはいかないと言うのが生徒会の結論だ。優秀な成績を収めていて勿体無いとは思うが、退学処分とさせてもらう。来年度からは文官としての仕事を国から与えるように考えよう。わかったな?」
「はい、リューカ殿下。今後の事も考えていただきありがとうございます」
答えは選べない。この後どうする?学園に通えないならここにいる必要無いよね?母さんは大聖堂にいるから、大きな瑕疵がない限り王族や貴族であっても手を出せない筈。出ちゃうか?この際ナイザリア出ちゃっていいよね?ナクレイ先生からまだ受け取っていないバイト代全部受け取ったらしばらくの生活大丈夫だよね?
「待って下さい、リアン嬢は私を傷つけたりしていないわ。それはわかって欲しいの」
「ウィス、君は優しすぎる」
「実際にあった被害は、騎士団とレイテッド家の侍従が調べている。だから安心していればいいんだよ」
「でも、誤解で追い出されるなんて酷いわ」
何やらモテモテ令嬢とその取り巻き達による茶番劇場が開催されている様だが、私は他国に未来を見た。今すぐ帰りたい。どう言う結果が出ようとも、聞く気は一切無いのだから。私に注がれていた目が、ウィステリア劇場に向いていくのを確認して、ゆっくりと後ろに下がる。
「リューカ殿下、私、一度寮に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、荷物をまとめておくといい。追って連絡をする」
「待って、リアン、私の家に来て頂戴」
「待つんだウィス、まだ完全に解決していないだろう」
よし、愉快な取り巻き達はそのままウィテリアを抑えておくんだ!私は逃げる。良くしてくれた人には悪いけど、学園に通えないなら我慢する意味は無い。
磨きに磨かれた加速魔法で、寮まで一直線に向かう。玄関を掃除しているライカさんに声をかける。
「早いね、おかえり」
「ライカさん、私退学になっちゃいました。学園に通えないならグリザンテを出ようかと思います。色々ありがとうございます。レイテッド公爵令嬢が何故か追って来る可能性があるので、ちょっと急いでますので、落ち着いたら手紙を書きますから」
「ルトール嬢、少々お付き合いよろしいでしょうか。悪い様には致しませんし、今日はレイテッド家の者としてこちらに参った訳ではありません。その辺りは私を信じて付いて来て欲しいと言うお願いを聞いていただければ光栄です」
「ふぉっ!いつの間に?」
「今さっきです。貴重品や荷物をまとめて下さい。ここでお待ちしていますが、窓から逃げても無駄ですよ」
いつの間にか私の真後ろをとったミアラスの笑顔がちょっと怖い。
最後の最後、色々お世話になったミアラスのお願いを聞くのに否は無い。部屋に戻ってワンピース四枚、下着四セット、ハンカチ五枚、小銭入りお財布をトランクにまとめる。入学した時よりバイトで衣装持ちになった。えっへん。
せっかくなので、窓を開けて下を見ると、ミアラスが手を振っていた。流石ミアラス。
きちんと廊下や階段を加速魔法で通過して玄関到着。
「これ、調理場から貰って来たありあわせのパンだけど持っていきな」
ライカさんや、寮職員の皆さんが玄関で見送ってくれた。私の一年って、大変だったけど、結構幸せだったんだな。
馬車移動より、加速魔法の方が早いと言われたので、徒歩?でミアラスに付いていくと学園の脇にある別館の応接室に到着した。
目の前には、ナイザリア王陛下と妃殿下が座っている。即ジャンピング土下座を決めた私に、渋い声で「楽にしなさい」と声を掛けてくれる陛下。やだ!声素敵!渋すぎ!
「息子達が勝手に優秀なルトール嬢を退学にしてしまって私も残念に思っているが、生徒全員の前で発表してしまった故、撤回する訳にはいかないのはわかってくれるな」
「私達の立場から謝罪は出来ないの。王室が間違ったと言う事になってしまうでしょう?」
私はこくこくと頷いた。余計な口をきかないのが一番良いと本能が告げている。
「それにしても王子達もその周りも困ったものだ。確かにレイテッド嬢は優秀で心優しく新しい物を開発する能力があるが、周りのものが心を寄せすぎて、未だに婚約しておらぬやら、婚約者を無碍に扱うやらで、そんなレイテッド嬢がやたらとルトール嬢を気にしておるのも問題だ」
「それでね、良かったら編入学の紹介状を書いてあげるから他国の学園に通って貰えないかしら?友好国のオスワルド聖公国、シャグディラ帝国、サザンアルト王国なら直ぐに用意出来るわ」
「あ、ありがとうございます。陛下と妃殿下に、心よりお礼を申し上げます。では、サザンアルトの紹介状を賜りたいと思います」
ぷるぷる震える両手を出せば、妃殿下が持っていた三通の封筒の一通を渡してくれた。って、準備万端じゃ無いですかー!
更に、それなりに重い金貨の入った袋も下賜された。ある意味絶対追い出す状態。とはいえ私にとっては渡りに船とはこの事ですね。いやっふー!
「馬車は」
「そこまで陛下と妃殿下のお手を煩わせる訳には参りません。目立って国を出てはご迷惑をお掛けします」
「うむ、優秀と噂されるだけあるな。落ち着いたら、またナイザリアに来るが良い」
「ありがとうございます」
最後に流れる様な土下座を決めてから部屋から下がった。
やったー!これでわざわざ他国の図書館や学校巡りをしなくて済む!
ご機嫌加速魔術で街に出れば、今までよりも輝いて見える。グリザンテ国王陛下(妃殿下や宰相や丞相や大臣かもだけど)から与えられた推薦状で、邪魔の入らない学生生活!サザンアルトも貴族制度があるけどナイザリアより歴史が古く、貴重な文献や書物が大量にあるらしい。実際に視察と文献交換目的でサザンアルトの王立図書館に行った職員さんが「すっごい高い本棚がぐるっと囲んだ螺旋階段がとっても美しいの!」と興奮して教えてくれたんだけど、実物が見られるなんて凄すぎる!
保存食を買ってトランクに詰めたら、サザンアルト行きの馬車に乗ろう!と食料品店に突撃して買い物。天にも登る気持ちで店を出れば。
「リアン嬢、私もサザンアルトに参りますので、ご一緒しましょう」
私はさぞ面白い顔をしたんだと思う。店を出た瞬間、目の前にくつくつと笑うミアラスが立っているのだから。
不意を突かれてトランクを取り上げられ、さあさあと高速乗合馬車乗り場に連れて行かれる。高速馬車はお値段がバカみたいに高いけど、神獣とも魔獣とも呼ばれる8本足の馬スレイプニルが人の多い所では道を、街道に出ると軽く浮き上がって疾走するという代物だったりする。
急ぎだったり高価だったりする人や品物をそれはもう凄い勢いで運ぶので、バカ高い値段の割に利用者は多い。
「さあ、遠慮せず乗って下さい。危ないから、私にしがみついていても良いですよ」
何が起こっているのか?何故ウィステリアの従者のミアラスがサザンアルトに?
最悪の事態を予想して、頭を抱える。
「まさか、サザンアルトにまで、レイテッド家の監視が?」
「とんでもない。半年程前から、知人に頼んでリアン嬢の製本や修復や印刷やインクの技術等を商業化製品化し、サザンアルトに小さな商会を開いたのですが大変好評であっという間に店が大きくなり国に貢献したと言う事で、先頃準男爵の爵位を賜りました。ですので、レイテッド家に辞職を願い出て受け入れられましたので、今後はサザンアルトの国民になります」
「ふぁっ?私の技術をこっそり盗用したと?」
「誰でも気に入ったら使ってとおっしゃってたじゃありませんか。商業ベースに載せたのは私の努力ですし。叙勲されたお陰で、レイテッド家から辞職するのも国籍の移行もスムーズに行えました。流石に半年でここまで結果を出すのにとても焦りましたよ。まさか、リアン嬢がたった一年で退学になるとは思ってもいなかったので。危なく逃げられてしまうかと思いましたよ」
「ええと、お話を聞いていると私があれこれと絡んでいる気がするのですが?」
「ええ、サザンアルトに商会を開いたのは、遅かれ早かれお嬢様や周りの方々とのトラブルでリアン嬢が留学させられると推測しまして、留学するとなると友好国から選びますよね。その中で一番興味を持たれる国と考えました。的中して良かったです。ですので」
一旦話を切って、私の両手をとって正面から視線を合わせて来る。さっきまでの楽しそうな笑顔ではなく、紫の真剣な光を湛えた瞳と、ゆるりと弧を描く微笑み。さらさらとした銀髪が眩しい。
焦って目を逸らせば、馬車の窓から見える景色が物凄いスピードで飛んでいく。そして何故か10人は乗れる乗合馬車なのに、私とミアラスしかいないと言う不思議。誰か!助けて!美形に美殺される!
「ちゃんと邪魔が入らない様に貸し切りにしました」
エスパー⁈エスパーなの⁈って、何で手の甲に柔らかい物が連続であてられてる感触がするの⁈
必死に顔をミアラスの反対側に向けていたのに、がっつり腰に手をまわされた挙句、頬に手を添えられて顔が向き合う様にされてしまう。死ぬ!美死ぬ!近い近い近い!
「で、す、の、で、リアン嬢、私、ミアラス・アルスハイムと結婚して下さいませんか?」
「なっ!」
「それにリアン嬢の技術を元に商会をつくったので、ルトール商会でサザンアルトに登録しておきました。ルトール嬢の技術が商品のルトール商会ですから、一緒に運営するのが当然ですよね。大丈夫です、リアン嬢はサザンアルト学園に通ったり、王立図書館で研究したりしていただいて、実質の運営は私と商会店員でやりますから」
「ちょっ!耳元で囁かないで下さいっ!」
あったかいあったかい!耳元に吐息ががが!死ぬ!美声死ぬ!頬の手が!触れられ死ぬ!って、空いてる方の頬に柔らかい感触がっ!
思わず全身の力が抜けて馬車の座席に倒れ込もうとすると、思いっきり体を引かれて抱きしめられた!あああああ!もうだめだ!死ぬ!いや待って!サザンアルトで壊れた書物が!未だ解読されていない書簡が!私を待っているの!
「リアン嬢、お伝えしましたよね。目標に向かって努力する貴女は私の希望です。貴女の一途な姿を見て、自分の夢であった自分が主人になる店を持つ事が実現出来ました。私の希望、いつまでも私の側で貴女の光を輝かせて下さいませんか?」
「ええと、ちょっと落ち着いていただきたいのですが?」
「これ以上は無いくらい落ち着いています。侍従であった時は、見守っていた貴女に惹かれていくのに気づきながら、はっきり言葉にする事が出来ませんでした。しかし今は、もう何も遠慮する事はありません。結婚して下さいませんか?」
「落ち着いてませんよね?何でペンを押し付けて来るんですか?その書類は何ですか?」
「大丈夫です、ちょっとここにサインするだけです。私の希望であるリアン嬢の名前を書くだけで、私の希望が叶うのです」
「あああああああ」
「ちょっと馬車のスピードを遅らせましょうか?そうですね、そうしましょう!サザンアルトに着くまでに、私の本気と真心を理解していただいて、着いてすぐに役所に書類を届けられる様に!」
この後、情熱的な説得により、私はミアラスに屈した。
へろへろ状態でサザンアルトのルトール商会前に横付けした馬車から、お姫様抱っこで商会奥にある居住スペースに運ばれ、更にミアラス曰く馬車で伝えきれなかった情熱的な言葉やら何やらをかけられまくった。死んだ。
そして現在、サザンアルト学園とサザンアルト図書館に、準男爵夫人学生として通っている。