その6 そして俺は女子高生に出会った。
翌朝から赤身部分を使って干し肉づくりにかかる。
可能な限り薄くスライスした肉を海水に近い濃度の塩水と一緒に納屋で見つけたプラスチックの蓋つきバケツに入れて一晩寝かせておく。
その間、窓から網戸を外し、井戸の水で洗った後組み立てて乾燥用のケースを作る。これなら風通しも良く蠅もたからない。
初日はこんな作業をしながら、バロンとサクヤにブラッシングしてやったり、餌に成る様な草を集めてやったりと二頭のケアに時間を使う。 ここまでこれたのもこいつらのお陰だし、これからも頑張ってもらわねば。
あと、剥いだ鹿の毛皮の処理だ。ナイフで内側の不要な脂肪や肉をこそげ落とし、沢で洗った後、鹿の脳とお湯でつっくたなめし液に付け込む。
なんか、久々に仕事したなぁ。俺。
次の日は漬け込んだ鹿肉を乾燥用ケースの中に並べ、天井からつるして乾燥の行程に入る。しばらく放置しておけばカラカラに乾いた干し肉ができる。はずだ。
鹿皮はなめし液を沢ですすいだあと、剥がした畳に広げ釘で打ち付け乾かす。
時間が余ったので家の中を使えるもが無いか探し回り、ロウソクやマッチなどの火器や、薪づくりに便利な手斧、バロンとサクヤの餌の確保に役立つ鎌、これから必要なりそうな蚊帳などを見つけ出したので装備に加えた。
夜は井戸水に冷やして保存しておいた背ロースとあばらから剥がしたバラ肉を焼く。
流れ出た脂と肉汁がジュゥと音を立て炭火の上で焼け、美味そうな匂いが辺りに漂う。
さて、いただきますと背ロースに齧り付いた時、ふと、酷く懐かしい気配に気が付いた。
人間。
視線を上げると家の門を背にしてほっそりとしたシルエットが立っている。
夕暮れの薄明りの中見えたのは、黒いベリーショート、ぱっちりと大きな目、全くのノーメークだろうが、かなり美貌。ピンクと黒のアディダスのパーカーに、チェックのミニスカート、ハーフスパッツに踝までの黒いソックス、厚底のスニーカー。
まるで今しがた学校から帰って来た女子高生と言った感じだが、問題は全体的に薄汚れていることと、手にした一丁のリボルバー。
銃口は此方を向いていて、彼女も俺を見つめてる。
肉の美味さに気を取られていたのがうかつだった。あと、バロンとサクヤを夜露に当たらぬよう納屋に入れていたことも。
思っていたよりスモーキーな声で彼女は言った。
「おじさん、美味しそうだね。わたしにも頂戴」
文字に起せばお願いだが、声色と態度とリボルバーは明らかに命令だ。
生きている人間に、おまけにこんなに美しい女性に出会えたことは歓迎だが、こっちに向いた銃口だけは頂けない。
用心の為、傍らにベネリを置いて居いたが、いま俺の手は程よく焼けた背ロースを摘まんだ箸によって塞がれている。
しばらく見つめあった(睨みあった?)あと、俺は背ロースから口を離し、彼女に言った。
「それ、撃ったことある?」
「え?」
「安全装置、かかってるから、撃てないよ」
銃口を自分に向けて調べようとする彼女。
ベネリを手に取り立ち上がって、リボルバーをもぎ取る。
S&W360J「SAKURA」
警察官の死体から持ってきたのだろう。
きょとん俺を見つめる彼女に言ってやる。
「リボルバーにはね、オートマチックみたいに安全装置は付いてないんだ。男の子なら知ってるかもしれないが、女の子は知らなくて当然かな」
ため息一つの後、彼女はニッコリ笑って。
「しゃぁないか、じゃぁさ、エッチさせてあげるか、お肉頂戴」
そう来たか、と思いつつ、男のまなざしで彼女を観察する。
オーバーサイズのパーカーのお陰で胸の発育具合は解らないが、問題は脚だ脚。まるでモデルの様にスラっと長い、それでいて細くもなく太くもない形のいい脚。
それになりよりもルックス。大きな目が夕暮れの薄明りの中艶めかしく俺を見つめる。
生唾を飲み込んだ。下腹部に血液が送り込まれる感覚を覚えた。
そして、懐ポケットの妻の写真が、俺の胸倉をつかんできている気がした。
さて、どうしたもんか・・・・・・。