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その5 そうして俺は捕食者になった。

 最初のうちは、馬での移動と野宿旅に慣れるのに兎も角苦労した。

 乗馬経験があるって言っても精々一日数時間のレッスン。西部劇のカウボーイや騎兵隊員みたいに一日中馬に乗りっぱなしってことはあるはずがない。

 乗馬姿勢って言うのは結構体に負担を掛けるし、馬の上で揺られるって言うのも体力を消耗する。それよりも何よりも擦れる内太腿の痛いのなんの。

 ニ三日目で炎症に成り、五日目で潰瘍状を呈してきた。しゅん出液を漏らさない様にラップを巻いて何とか誤魔化す。仕舞には真皮までベロリと剥けた。

 感染症になるとまずいので、勤め先で失敬したハイドロコロイドパッドを貼って旅を続けるうち、あまり痛まなくなった。人体ってのはやっぱり図太い。


 野宿も最初のうちはなかなか寝付けず、少しの物音で目が覚め、酒で不安をごまかしてシェラフに潜り込んでも結局、朝まで起きているなんてしばしば。

 それで昼間に眠気が襲い、バロンの背中から転げ落ちるってことが何回かあった。

 その度にバロンもサクヤも逃げようとはせず立ち止まって戻ってきて俺の顔を覗き込む「先生、だらしねぇな」「大丈夫ですか?ちゃんと眠れてます?」

 馬に心配される(ひょっとしたら)最後の人類。情けないにも程がある。

 それも次第に慣れてきて、頑張って移動した日なんぞは寝坊までするようになった。成長したなぁ、俺。


 一か月も野宿旅を続けて居れば、ちゃんとルーティンってのが出来てくる。

 まず、朝六時に勝手に目が覚め、洗面の後スーパーや自治体の防災倉庫から頂戴した乾パンとインスタントコーヒーで朝食を済ませ。テントを畳み、一頭には鞍をもう一頭には荷物を載せ(消耗を防ぐため一日毎でローテーションすることにした)出発。

 一日、大体30キロほど移動して、水と草が手に入る場所があればそこをキャンプ地にする。

 二頭に水を飲ませ、草を食べさせたあと、テントを張り夕食の支度をし、食べ終わればウイスキーを一杯だけやって寝る。

 ほぼ毎日これの繰り返し。

 

 街に差し掛かれば、その近くにキャンプを張り、一日双眼鏡で充分偵察して問題無さげなら入ってみる。

 まだまだ腐敗しきってない死体の匂いと蠅に悩まされつつ、野良犬を威嚇射撃で追っ払いながら生き残り探索と物資調達。

 保存の効く食料はまだまだ手に入るが、人間は終ぞ見かけたことは無い。

やはり、人類は滅亡したのだろうか?

 いやいや、俺でも生き残ったんだ。七十七億人もいる人類の事だからどこかに絶対生き残りは居る。はず。気長に探そう。


 他に人が居ないと言うのは寂しい限りだが、食料などの物資を奪い合うという事が無いのは歓迎すべきことだ。

 臭いのを我慢すれば街に入って人探しがてら店や生産している工場を漁れば、いくらでも手に入れる事ができる。

 ただし、生鮮食品は入手は不可能。野菜類は畑を探せば収穫されなかったものを手に入れる事ができるが、肉や魚は・・・・・・。

 狩るしかない。

 こういう状況で新鮮なものを食いたいと言うのは贅沢極まりないかも知れないが、いづれ保存可能な食品は尽きる。ここで狩りをすることを始めなければ。


 手始めに貯水池を吞気に泳ぐ鴨に狙いを付けた。

ベネリM3に4号散弾を籠め、池に石を投げ込み飛び立ったところを・・・・・・。

 丸々太ったマガモを一羽仕留め、釣り竿で岸に手繰り寄せ回収。羽を毟り、残った羽毛は焚火で焼いて、内臓を取り出した後解体。

 取れた肉は串に刺し、クレイジーソルトを振りかけて焚火であぶって食う。


 涙が出るほど美味かった。


 新鮮な肉がこれほど美味い物とは思わなかった。

 ささ身の旨味、胸肉の脂の甘さ、砂肝の歯ざわり、肝のほろ苦さ。気が付けば瞬く間に鴨一羽、俺の胃袋に消えていた。


 鴨に味を占めた俺は、さらに大物を狙う事にした。

 鹿に猪だ。

 山の中の道を通る度、しょっちゅう鹿の姿を見掛けたし、キャンプの夜は常に猪の気配を周囲に感じていた。

 世の中がこうなる前から奴等の数は増えていたが、人間が退場するのを見計らった様にその行動はさらに大胆に成った様だ。

 その内、野犬共が自分たちの隠された能力に気が付き、奴等を追い回すようになるだろうが、今のところこの国に鹿やら猪やらを取って食おうなんて奴は俺位なモンだろう。

 そう決めた時から移動中も目を皿のようにし奴等の姿や痕跡を追い求めるようになり、ある日、チャンスが訪れた。


 山奥の県道を馬たちの負担を軽くするため、降りてサクヤの手綱を引きつつ登っていた時だ。

 落ち葉を踏みしめる音が聞こえたかと思うとコンクリートの法面を、立派な角を頭に乗せたこれまた立派な体躯の牡鹿が駆け降りて来た。それに続く十頭ばかりの群れ。

 目の前の峠の頂上を悠然と渡り、反対側の森に消えてゆく。

 そのあまりにも大胆不敵、人間を舐め切った行動に圧倒され、暫く茫然と立っていたが、我に返りベネリを取って馬たちをガードレールにつないで鹿共の後を追う。

 弾倉には七発のスラッグ弾(法律に従えば三発しか込められない。世の中がこうなってからい改造してやった)ある程度距離を詰めれば一発で牡鹿も斃せるはずだ。

 けもの道をたどり、奴らの後を追う。

 けっこうキツイ斜面を登りきると、目の前が開けて来た。

 そこは伐採の後に出来た小さいながらも高原状の笹原で、あの鹿の群れが悠然と寝そべりながら笹を食っている。

 幸い俺の位置は風下、臭いは向うには届かない。木の幹に銃身を預け、一番近く一番大きなメスに狙いを定める。

 深呼吸をして、ゆっくり吐きながら引き金を絞った。

 強烈なリコイル、マズルフラッシュ、銃声。直径が一円玉ほどある金属の塊が、的に成った女鹿に向かって吸い込まれる。

 崩れる女鹿、逃げる鹿達、一瞬、あの先頭に居た牡鹿が立ち止まり、殺された女鹿に近寄る俺を睨みつけた「覚えてろよ、人間」


 胸を狙った筈だったが、なんとスラッグ弾は頭を貫通していた。右目の辺りから入り首に抜けていたので脳幹と延髄を破壊しほぼ即死だったろう。せめてもの慰めだ。

 女鹿の亡骸を頭が下に成る様に斜面に置き、トレイルマスターを腰から抜いて、胸のあたりに切っ先を差し込む。一瞬、鹿の体が痙攣する。単なる脊椎反射だ。

 十分血を抜いたあと、女鹿を背負って県道に戻る。初めての鹿猟でもないくせに、異様に興奮している。

 鹿には悪いが、今までは所詮遊びだった。これは本当に生きるための殺し。俺は狩猟採集民に先祖返りしたと言う訳だ。いや、捕食者、プレデターか?


 腰が砕ける思いで獲物を背に斜面を下り、二三回ほど転んだが獲物も銃も無くすこと無く林道に戻って来た。

 強烈な血の臭いを纏わせた俺を、バロンとサクヤは驚いたように見つめる「先生、凄まじい姿だな、ええ?」「野蛮だわ・・・・・・コワイ」

 半壊した小屋からトタンを失敬し、ロープで結んでそりを作り、バロンにつないで獲物を運ぶ。

 峠を下ってしばらくすると、県道の脇に民家が見えた。

 玄関口に二頭を繋ぎ、ドアのカギを四号散弾で吹っ飛ばしてお邪魔する。

 世界が滅ぶ前から空き家だったようで、幸い腐ってしまった家人には出会う事は無かった。

 庭に出ると手押しポンプ付きの井戸が、押してみるとちゃんと水が出て、口に含むとちゃんと飲めた。

 丸々一頭の鹿肉、豊富な水、丈夫な屋根。しばらくここに長居するか?


 軒に獲物を吊るし、解体開始。皮を切り裂き内臓を出す。次に美味い内ロース、皮を剥ぎつつこれまた美味い背ロースを切り出す、それから次々と肉を切り分けてゆく、前足、モモ、前後の足、等々・・・・・・。

 陽が落ちるまでに何とか解体が終わって、大量の新鮮な肉が手に入った。内臓や足の速い部位は滞在中に食べてしまうとして、赤身の部分は干し肉

にしてみようと考える。

 その辺の作業は明日に回すとして、お楽しみの晩飯、鹿肉三昧の夕べだ。

 納屋を漁ったらバーベキューコンロと炭が出て来たので遠慮なく使わせてもらう。 

 炭火を熾していい具合になると、クレージーソルトをまぶしたレバーを焼いてみる。

 独特の歯ごたえ、ほろほろとした触感、苦みと旨味。言葉が出ない。

 続いて内ロース。これはジックリ遠火でローストしてから、食らいつく。

 ゆっくり噛み締めるが程よい抵抗感が心地よい。じっわっと肉汁が口の中を満たし、旨味と獣臭さが舌の上を走る。


 ひよっとしたら最後の人類かもしれない俺が、他の生き物を食って生き延びようとしてる。

 一瞬罪悪感を感じたが、二口三口と肉を噛み締める度にそんな感慨は吹っ飛び、ひたすら肉の美味さに心を奪われ、生きることについて一々考える事の無意味さにたどり着く。


 生命は、生きるために存在している。

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