96.モテ期到来?
『戦乙女』と共に探索をすることになった『白銀の女神』は、『樹洞』でキャンプを開始することにした。
迷宮探索における食糧事情の重要性は、過去偉い学者たちによって散々指摘されてきた。
偏った栄養を取り続けながら過酷な迷宮を探索する。
それはもう拷問と何ら変わりがなく、探索者達を苦しめる原因の一つだった。
日帰りの探索はいいが何日も潜り続ける遠征では、日持ちする固形食が食事の中心になりがちで、栄養素の偏りが著しかった。
ビタミンやミネラルなどの知識が乏しいこの世界では、栄養素などは二の次で、腹持ちがしてなおかつ重量が軽い食材が好まれていた。
ミカサたちの持参した食料をちらっと見せてもらったが、干し肉や乾パン、革袋に入ったぶどう酒などお世辞にも美味しそうな食材は入っていなかった。
少し嬉しそうに見せてきたドライフルーツなどが探索の唯一の楽しみらしく、食後に干しぶどうを数粒食べるのが何よりのご馳走だと笑っていた。
その話を聞いた俺はミカサ達がとても可哀相になってしまった。
日頃食べたことがないような豪華な食事を迷宮で食べる喜びを、ぜひとも『戦乙女』達にも味わってもらうべく、気合を入れて調理をしていくのだった。
「セフィー、分厚い肉をじゃんじゃん焼いてくれ、色々な種類の肉を焼くことを忘れるなよ」
「まかせといて! 最高の焼き加減で肉を仕上げてみせるわ!」
自信満々に宣言して網の上に肉を並べていく、リサもセルフィアの助手を買って出てテキパキと仕事をこなしていた。
「アニー、ワンさん、魚介の用意はいいか? 焼きすぎると固くなるから気を付けて焼いてくれ」
「わかりました、注意して焼きます」
「わかりやした! 任せてくだせぇ!」
アニー、ワンさん組は新鮮なエビや貝を網焼きにするようだ、美味しそうな磯の香りがこちらまで漂ってきて、嫌でも食欲をそそられていった。
俺は市場で仕入れたトウモロコシをおろし金ですりおろしていく、すりおろしたトウモロコシを鍋に入れ新鮮な山羊の乳を加えてかまどの上で温めていった。
沸沸と煮立ってきたので塩コショウで味を整え、美味しいコーンスープを大量に作った。
冷えた体には熱々のスープがとても美味しいだろう。
もう一つの鍋にいつもの野菜たっぷりの塩スープも作り、あとは肉が焼けるのを待つばかりになった。
『樹洞』の中心にテーブルを並べ十二人が座っても窮屈にならないようにする。
カゴいっぱいの白パンをテーブルの上に置き、エールやワインなどいろいろな種類のお酒も取り揃えた。
もちろんお酒が飲めない人のために搾りたてのオレンジジュースや、井戸から汲んですぐに巾着袋に収納した冷たい水なども置いていく。
更に王都で人気の焼き菓子やフルーツを加工したあまいゼリーのような菓子も追加で置いていく、どんどんテーブルの上が料理で埋め尽くされて一段と華やかになっていった。
俺がテーブルを整えている間に次々と肉や魚介の載った皿が食卓へ並べられていく。
その光景を『戦乙女』の面々は、口を大きく開けてただただ見つめているだけだった。
「ミカサ、そろそろ席についてくれ、俺達の懇親会を始めようじゃないか」
俺に話しかけられて正気に戻った彼女たちは、まだ現実が受け入れられないらしくノロノロと席についていく。
ミカサを筆頭に全てのメンバーが席に着き、俺達も椅子に座るとアニーの食前の祈りが始まった。
今回は『戦乙女』の僧侶、マリアさんもアニーとともに祈りの言葉を捧げていく、二人の声が重なり合ってとても心が穏やかになった。
祈りが終わるとアニーとマリアさんがお互いを見つめながらニコリとほほえみ合う、同じ宗教家同士で心が通いあったようで良好な関係が築けたようだった。
「さあ、遠慮しないで食べてくれ。お酒も飲める人は飲んでいいぞ、まだ午後になったばかりだから、夜の見張りには時間があるからな」
テーブルの上に広がる豪華な料理の数々に圧倒されていた『戦乙女』達は、俺の合図を聞いておずおずと食べ始めた。
セルフィアたちもいつもよりは上品に料理を食べていく。
俺もセルフィアの焼いたステーキを食べてみたが、とても美味しくて王都の有名店と遜色のない焼き加減だった。
ワンさんやセルフィアが思い思いにお酒をついで豪快に飲みだした。
それを羨ましそうに見ているミカサやコーネリアスを見た俺は、エールの入ったツボを片手に席を立って彼女たちに近付いていった。
「どうだ、おいしいか? 遠慮しないで食べてくれよ」
「ええ、とても美味しいわ。でもこんな豪華な食事なんて産まれて初めて食べるから戸惑ってしまって喉を通らないわ」
「レイン殿、白銀の女神の皆さんはいつもこのような良い食事を食べているのですか? ビックリしてしまって混乱しています」
コーネリアスもしっかり食べてはいるが、いまだに信じられないようで困惑気味だ。
「二人ともお酒は飲めるのか? 緊張しているなら少し飲んで気持ちを落ち着かせるともっと美味しく食べられるよ」
ガラスのコップに冷えたエールを注ぎ二人に持たせる、冷たい飲み物など迷宮で飲んだことのない二人はビックリしながら恐る恐る飲み始めた。
「こんなおいしいお酒初めて飲んだわ、レインありがとう」
「迷宮でお酒なんて初めて飲みます、いつもは周辺の警備で飲めませんから」
二人共大事そうに味わいながらエールを飲んでいる、よほど気に入ったのかお代わりまでして顔の表情が和らいできた。
「少し強めのお酒もあるから少しずつ飲んでみてくれ、最高のお酒だから味は保証するよ」
ギルド長も絶賛した年代物の火酒を小さなグラスに注いで二人に差し出す。
ゆっくりと飲み干した二人はその美味しさに一瞬気を失ってしまったかのように固まってしまった。
「こんなお酒飲んだことないわ! 凄くおいしい、信じられない!」
ミカサが感動のあまり大きな声をあげた。
それを見ていたワンさんとセルフィアが嬉しそうにうなずいていた。
酒飲みのワンさん達は俺が出したお酒を褒められるのが嬉しいらしい、セルフィアは上機嫌で年代物のワインをガバガバと飲みだした。
俺の横でコーネリアスが連続して火酒を飲み干していく、止まらなくなった彼女は赤い顔をしながら俺に抱きついてきた。
「レイン殿! 私は幸せです! こんなに幸せな迷宮での食事は初めてです!」
コーネリアスは全身鎧を『樹洞』に来て脱いでいた、長身の彼女に俺は包まれてしまい身動きが取れなくなってしまう。
筋肉質な彼女の体は意外とナイスバディーで、顔を柔らかいもので包まれてしまい息が苦しくなってしまった。
周りからは「コーネリアスがまた絡みだした」と揶揄する声が飛び交っていた。
「レインごめんなさいね、コーネリアスは絡み上戸なの、普段は仲間にしか抱きつかないのに、今日はおかしいわ」
ミカサが赤い顔をしながら不思議そうに俺に言ってくる、他のメンバーたちも笑いながら見ているだけだった。
俺が脱出しようともがいているとセルフィアが血相を変えて近寄ってきた。
「ちょっと! レインから離れなさいよ、レインはあたしのものよ!」
コーネリアスに抱きつかれている俺をセルフィアが一生懸命剥がそうとしている。
しかし『身体強化』で筋力をあげているコーネリアスはびくともせず俺を抱き続けた。
「いやー! レインが取られちゃうわ、アニー何とかして!」
アニーに助けを求めてなんとか俺をコーネリアスから剥がしたセルフィアは、俺を隠すようにテーブルの反対側へ連れて行く。
それを見送るコーネリアスは赤い顔をして寂しそうにしていた。
そしてミカサに抱きつき慰めてもらい、更に火酒を飲むのだった。
セルフィアとアニーに連れ戻された俺は、いつものように狭い空間で料理を食べる羽目になった。
その後は特に問題は起こらず和気あいあいと食事会が進んでいった。
食事会は大成功に終わった。
デザートを食べながら明日からの探索を考えていく、早急に解決しなければならないのは『戦乙女』達の戦力アップだった。