90.合同探索と軍靴の足音
ショーンの一喝で場が凍りつき部屋の中を静寂が支配した。
たしなめられた二人のリーダーたちは争いをやめおとなしくなった。
「場を乱すつもりはなかったのです、どうぞ先を続けてください」
「悪かったわよ、もう黙っているからそんな目で睨まないでよ」
二人共居心地が悪そうに言い訳をすると、深々と椅子に腰掛けて黙ってしまった。
「話を続けるぞ、俺から一つ提案をしたいと思う。ここに居る四パーティーとショーンを入れた五団体で十八階層を合同探索しようと思う。もちろん参加は自由だ、それは変わらねえぜ」
「おお! いいですね全員で調査すれば広範囲を探索できますね」
いち早くシルバーが賛成を表明する、他の二人は黙ったまま何かを考えているようだった。
「参加した団体の間では情報の共有をすることになる。もちろん参加しなければ何も教えることはねえぜ、よ~く考えて結論を出してくれ」
「今結論を出さなくてもいいんでしょ? パーティーに持ち帰って相談してみるわ」
「もちろんだぜミカサ、日時の方は俺が責任を持って教えるからそれまでに決めといてくれ。出発の時に来なければ参加せずと考えて、後での参加は認めねえからそのつもりでいてくれ」
進展があったころ参加をして、おいしいところだけをかっさらって行くような真似はさせないらしい。
「どうだレイン、あんたは参加するよな。不参加なんてつれねえこと言わねえでくれよ?」
ビリーさんが茶目っ気たっぷりに俺に聞いてきた。
別に断ることでもないと思っていた俺は少し考えた後で返事をした。
「別に参加してもいいが、全員での移動などは勘弁してもらいたいな。俺達にも戦い方などの秘密があるからな」
「もちろん探索はパーティー単位で行うぜ、ただ定期的に情報を交換して無駄な探索のダブリをなくし、いち早く十九階層を見つけようって事だぜ」
「それなら俺が反対する理由もないな、是非参加させてくれ」
「よし、これで俺達『暁の金星』と『白銀の女神』、そしてシルバーの所の『影法師』は参加することになったな。後はミカサの所の『戦乙女』とショーンだけだぜ」
参加を促すが二人は前をむいたまま沈黙したままだった。
「まあいいか、現地集合ということにしとくぜ。それから二つ目の議題だ、それは近々始まるかもしれない『オルレランド王国』と『ゼブナント帝国』の戦争についてだ」
いきなり毛色の違う議題に一瞬思考が停止してしまう。
シルバーは戦争の情報を事前にどこからか仕入れていたらしくさして驚いた様子はなかった。
しかしミカサは初耳の情報だったらしく、ビリーさんの言葉に食いついてきた。
「戦争ってそんな話聞いたことないわ! 冗談じゃないんでしょうね? もう少し詳しく話してもらえないかしら?」
「シルバーはもう知ってたのか、この中で知らないのはミカサだけみてえだな」
テーブルを囲っている面々をビリーさんが見回していく。
シルバーは得意そうな顔をしていてショーンは相変わらす無表情、ミカサだけがキョロキョロと視線を動かしてみんなを見回していた。
俺も目が合ってしまったが、まっすぐ見返してすました顔をしていた。
「知ってるやつは黙って聞いてくれ、王国の帝国への侵攻はこの数年で最終局面に突入している。後数年もすれば帝国は解体され王国に飲み込まれるのは明白な事実だ」
シルバーを見ると自分の情報と一致しているのか嬉しそうにしている。
「そこで追い詰められた帝国は最後の決戦を近々起こそうと企んでいるらしい。そして帝国は切り札になる戦力を戦場に投入するという情報を俺は入手したぜ」
「その話は初耳ですね、他に情報はありますか?」
今まで余裕な表情をしていたシルバーが眉間にシワを寄せてビリーさんに聞いてきた。
「まあ慌てるな夜は長いんだゆっくり行こうぜ」
ビリーさんが前にも聞いたことのあるセリフを言ってニヤリと笑った。
シルバーが肩をすくめて椅子に座り直し、ビリーさんが話し出すのを静かに待つ。
俺もここまで詳しくはギルド長に聞いていなかったのでとても興味深かった。
「ここからは俺もにわかには信じがたい情報なんだが最後まで聞いてくれ、なんと帝国は勇者召喚の儀式を行って異世界から勇者を連れてきたらしいんだ」
ビリーさんの荒唐無稽な話にシルバーとミカサが脱力し表情を歪ませた。
「何よ人が真剣に聞いていればそんなでたらめな情報を聞かせて、なめてるの?」
ビリーさんに一杯食わされたと思ったミカサが猛然と抗議をし始めた。
シルバーも呆れた表情をして興味をなくしたようだった。
その中でショーンと俺は真剣な表情をしてお互いに見つめ合っていた。
勇者召喚、普通に聞けば誰も信じないほら話なのは当たり前だが、俺自身が異世界からやってきた人間なのだ。
勇者がこの世界に召喚されても何もおかしなことはないように思えた。
そして俺を凝視しているショーンも、実は俺と同じ異世界の住人なのではないかと俺は思っていた。
アルフレッド・メイウェザーのような異世界から来たかもしれない人が、この世界にまだまだいてもおかしくないのだ。
ビリーさんの話を聞いて一切感情を表に現さないショーンは、限りなく異世界から来た人間だと俺の勘が言っていた。
「おいおいそんな怖い顔をして俺を睨むんじゃねえよ、それにこちらの二人は冗談だと思ってないようだぜ」
ビリーさんが俺とショーンを見ながら面白そうに笑っている。
ショーンは俺から視線を外すとまたまっすぐ前をむいて無関心を決め込んでしまった。
「私はレイン殿の考えを聞いてみたいと思いますがよろしいですか?」
シルバーが俺に話を振ってくる、ショーンを除き全員が俺の方を見て俺が話し始めるのを待っていた。
「勇者や召喚と言うのはよくわからないが、戦争が始まるかもしれないのは俺も知っていた。そして俺はこの国の貴族だ、俺から言えることはそれだけだ」
シルバーは俺の面白くない言葉に失望したように肩をすくめ興味をなくしたようだった。
場が白けて誰も発言をしなくなり静寂だけが辺りを支配していた。
大きな咳払いをビリーさんがわざとらしくして話を切り出した。
「俺が何をいいたいかと言うとだな、お前らは戦争へ行く気があるのかということだぜ。このままこの街にとどまれば間違いなく招集がかかるぜ」
俺達の中々煮え切らない態度にビリーさんがしびれを切らしてはっきりと言い放った。
「その答えなら私はレイン殿と同じ立場ですよ、王国の貴族なのでこの国を離れるわけにはいきませんからね」
シルバーは戦争については腹をくくっているようだ、ただ王国への忠誠心からだけだとは到底思えなかった。
「あたしはその話を『戦乙女』の仲間達と話し合うわ、そのうえでこの国にとどまるか外国へ行くか決めるつもりよ」
「ショーンはどうするんだ? たまにはおまえの意見を聞かせてくれよ」
ビリーさんがめったに自分の意見を言わないショーンになにか話すように促した。
「僕の方針は昔から決まっていますよ、僕はこの街を離れるつもりはありません。戦争が起きれば迷宮にこもるだけです」
ショーンの発言から彼が迷宮に強い執着をしていることがわかった。
「まあ大体お前らの考え方はわかったぜ、とりあえず戦争はまだ先のことだからしっかり考えてくれ、後は合同探索のことだがよろしく頼むぜ」
その後は大した話も出ず会合はお開きになった。
宿の外はとっくの昔に暗闇に包まれていた。
俺は『気配消失』を使って安全にスラム街から脱出すると、辻馬車を捕まえて宿へ帰っていった。
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