89.集合
ミドルグに戻ってきて早々『ミドルグ探索結社』の会合に出ることになった俺は、夕暮れのスラム街を足早に会場に向かっていた。
陰気臭い通りを抜け、会合の会場である宿屋『熊の牙亭』の前に俺は立っていた。
宿の外観は所々が傷んでいて、ろくに手入れをしていないのがよくわかる。
扉の奥から微かに光が漏れていて営業中ということがわかるが、それがなければ廃墟と言っても通用する見てくれだった。
朽ちかけた扉に手をかけゆっくりと押し開ける。
ギィーという音がして立て付けの悪い扉が内側に開いた。
宿の中は薄暗く陰気な雰囲気を漂わせている。
かすかだがカビ臭い匂いがして思わず顔をしかめてしまった。
(サムソンさんの宿とはえらい違いだな……)
「いらっしゃいまし旦那様、『熊の牙亭』にようこそおいで下さいました」
宿屋の店主が揉み手をしながらカウンターから話しかけてきた。
店主は相変わらずいやらしい顔をしていて思わず睨みつけてしまった。
「俺を覚えているか? 今日ここで俺を待っているやつが居るだろう? さっさと案内しろ」
何故か無性に腹が立って店主にきつい物言いをしてしまう。
言われた店主は顔面蒼白になりながらカウンターから出てきた。
「も、もちろん覚えています準男爵様……、さあこちらでございます、皆様すでにご到着でごさいますよ」
黄ばんで薄汚い前掛けを落ち着かなげに触りながら店主が二階に俺を先導した。
案内された部屋は初めて来た時と同じ一番奥の部屋だった。
店主がノックすると中から女の声がして扉が開く。
現れたのはミカサ・ミルキーウェイ、女性だけのパーティー『戦乙女』のリーダーだった。
短く刈り上げた銀髪はベリーショートという髪型だ。
相変わらず露出度の高い服装をしていて、スタイル抜群の体はとても引き締まっていた。
「あんたが最後よ早く入りなさい」
そう言って扉の横に立ち俺に中へ入るように促す。
ずいぶんと愛想がないと思ったが、彼女の性格が男嫌いだったことを思い出して納得しながら部屋の中に入った。
「おおレイン来たな、こっち来て座れ。みんなそろってるからよ」
中央にある粗末な長テーブルの奥に顔見知りのビリーさんがいて俺を手招きしている。
『暁の金星』のリーダであるビリーさんとはある程度の知り合いなので少しほっとした。
テーブルの周りには椅子が六脚設置してあり、思い思いの席に各パーティーのリーダーたちが座っていた。
『ミドルグ探索結社』を仕切っているビリーさんが一番奥の席に着いている。
そこから時計回りにシルバー・ハンティングマン、ショーン・ギャラクシーが席に着いていて、ビリーさんの対面の席が空白になっていた。
ショーンの対面にはミカサが座り、その横に俺が座ることになった。
「ギルド長が来ていないみたいだが毎度のことなのでそろそろ始めるぜ」
俺が座ったのを確認したビリーさんが話し始めた。
「今回の議題は長年突破できずにいる十八階層の攻略についてだ。なにか情報を持っているやつはいないか?」
いきなり各パーティーの探索情報をビリーさんが言い始めた。
俺達が十八階層へ到達したタイミングで会合を開いてきたのもここらへんが絡んでいるのだろうか。
「レイン殿がここに居るのにその情報を出すということは『白銀の女神』も十八階層に到達したのですか?」
シルバーがビリーさんに俺のことを聞いてきた。
『影法師』のリーダー、シルバー・ハンティングマン騎士爵、色々と裏の噂が絶えない要注意人物だ。
黒髪を後ろで束ね黒ずくめの上等な服を着ている。
切れ長の目で俺のことを抜け目なく見てきて、妙に居心地が悪くなってしまった。
「レイン、悪いがあんたの探索状況をバラさせてもらうぜ、ここに居る奴らも今十八階層で足止めを食らっているんだ、そのことについて今日は話し合う手はずなんだ」
俺に事前に許可なく情報をばらしたことにビリーさんはとても済まなそうな顔をしていた。
「別に隠していることでもないから構わない、それに他のパーティーの進行状況もわかったことだしお互い様だ」
「そう言ってくれると思ってたぜ、恩に着るぜ」
ビリーさんは嬉しそうにニカッと笑って俺の肩を叩いてきた。
「しかし俺達が十八階層に到達したことをなんでビリーさんは知っているんだ?」
「まあ俺も伊達に秘密結社を束ねているわけじゃねえぜ、この街の情報は全て耳に入るようになってるんだ」
(なかなか怖いことを言うな、街なかで変なことは言えないな……)
「それにしてもレインはこの前会ったときと雰囲気がだいぶ変わったな。怒られるかもしれないが別人のように強くなったような気がするぜ」
俺の肩を撫でながらビリーさんが不思議そうにしている。
「俺も何もしていなかったわけではないからな、日々成長しているのさ」
「それにしてもレイン殿は明らかに強くなりましたな、下手をするとこの中でもトップクラスに強いかもしれませんよ」
シルバーが話に乗ってきて俺をまじまじと見てくる。
「ちょと! 話を進めてくれない? 世間話に来たわけではないのよ」
ミカサが苛立たしげに話の腰を折った。
「おお、すまねえな。思わず話し込んじまったぜ、話をもとに戻すぜ」
ビリーさんがざんばらの赤髪をゴリゴリと掻きながら苦笑いをしている。
「俺達は今十八階層を各パーティーで探索しているんだが、十九階層への階段が見つからねえんだ。それで一年近くも足踏み状態なのさ」
「レイン殿も探索したことがあるならわかると思いますが、あそこの環境はとても厳しくてなおかつ魔物が強敵ぞろいです。中々探索もはかどらず悩ましい限りなのですよ」
シルバーが大げさに身振り手振りを交えて十八階層の厳しさを力説してきた。
「他の二人も同じなのか? 俺はあそこへは近日中に探索にいく予定だが情報をもらえるならありがたいな」
さっきから黙っているショーンと、聞いているのかいないのかわからないミカサに話を振ってみた。
「あたしは別に焦ってないのよ。別にこれ以上進まなくたって十分稼げるし、パーティーを危険に晒すつもりはないわ」
ミカサが割り切った考えを披露した。
確かに稼ぐだけなら今の状況でも余りある財宝を手に入れられるのも事実だった。
フードを目深にかぶったショーンは、俺のことを金色の目でじっと見つめて黙っている。
俺の問には一切答えるつもりはないようだった。
「これだから志のない人達は駄目なんですよ、迷宮の謎を解き明かすという崇高な使命が我々にはあるのです」
「うるさいわね、あんたこそ裏で何を企んでいるかわかったもんじゃないわ、どうせあんたは十九階層でしか取れないお宝をほしいだけなんじゃないの?」
「それは言いがかりというものですよ、それとも何か証拠でもあるのですか?」
シルバーとミカサがいいあいを始めてしまった。
(さっきは「世間話をしに来たわけではない」と言ってたのに、喧嘩はいいのか? つくづく自分勝手な女だな)
多少イライラが募ってきて一言言ってやろうとした。
しかし俺の言葉は喉元で止まってしまう、ショーンが突然手に持っていたロッドをテーブルに打ち付けたのだ。
「あなた達は全く進歩しませんね、前にも同じようなことがありましたよ」
静かだが多少苛立ち混じりの声色で二人をたしなめると、順番にシルバーとミカサの顔をにらんでいく。
途端に二人の顔がひきつって、いいかけた罵声を飲み込んでしまった。
先程から一言も話さなかった男ショーン・ギャラクシー、若そうに見えるが実は不老のスキルの持ち主だという噂を俺はギルド長から聞いていた。
この迷宮の探索初期から活動しているという未確認の情報もあり、すべてが謎に包まれている人物だった。
場の空気がピンッと張り詰めショーンの眼光が鋭く光った。
ビリーさんも厳しい顔つきで揉めた二人を凝視していた。
俺は静かに椅子に腰掛け直しことの成り行きをゆっくり見守った。