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9.あ~ん

 武器屋の片隅で見つけた日本刀。

 適度に反り返った鋭利に研磨された片刃の刀身。

 つかの部分には豪華な柄糸つかいとが巻かれていて、つばの部分には龍の姿が見て取れた。

 芸術的な黒光りに輝くさやが刀身を包んでいて、どこを見ても汚れ一つない完全な一品だった。




 この刀を見つけたのは異世界に来て初めて武器屋に来たときだった。

 見た瞬間ドキンと心臓が高鳴り、店主に聞かれてしまったのではないかと心配した。

 冷静を装い日本刀を手にして刀身を見たら一発で欲しくなってしまった。


 それとなく店主に値段を聞くと、買えないことはないが、今後のことを考えると手の出ない微妙な価格を提示してきた。

 見事な作りなのになぜその値段かと聞けば、鉄の鎧を着た戦士をこの剣では倒せないからと教えられた。

 すぐになまくら剣として忘れられたそうだ。


 刀は叩くものではない斬るものだ。


 日本で暮らしていた頃、ネットサーフィンが趣味の俺は刀剣が欲しくなって色々検索した。

 当然本物は値段が高いので、とてもじゃないが安月給のサラリーマンには手が出なかった。

 にわかの知識だけは蓄えられ、頭の中で妄想を一人膨らませて楽しんでいた俺は、いつか本物を手に入れてやると固く心に誓ったのだ。



 そして異世界に来て本物の刀が手に入る値段で売られているのを見つけた。

 お金に余裕ができたら絶対買おうと心に決めて刀を片隅に戻した。

 それが今日やっと買えるめどが立ち、こうしてまた刀を手に取ることが出来たのだ。


(絶対今日、刀を手に入れてみせる!)


 俺が鼻息を荒く刀を見ているといつのまにか二人が後ろにやってきて刀と俺を見ていた。


「何? この変な剣は、薄っぺらくてすぐ折れそうね」


 容赦のない意見が俺を襲う。


「珍しい剣ですね見たことありません、飾りか何かでしょうか?」


 まあ普通はそんな感想になるよね、でも人の意見は今回ばかりは聞かない。

 俺は黙って店主を呼んだ。


「すいませんこの剣、前と同じ値段ですか?」


 この前は金貨二枚って言っていたな。


「うん? ああその剣ね、それ値下げしたんだよ。見る人見る人全員が馬鹿にしていくんだ、この前に言った金貨二枚じゃ売れないって言われてね」


 値段が下がったのかそれは良いな。


「ちなみにいくらですか?」


「金貨二枚だったのを銀貨三十枚にしたよ、お客さん買ってくれるかい?」


 だめもとで言ったのだろう店主も売る気はないようだ。


「もう少しまけて下さい。そうしたら考えます」


「本当かい? それなら銀貨二十五枚でいいよ、どうせもう売れそうにないからね」


 銀貨二十五枚は日本円に換算して大体二十五万円だ、銀貨一枚一万円、金貨一枚で百万円だ。


「じゃあその値段で買います、お会計をお願いします」


 俺がサラッと買うと言ったので、その場にいた他の三人は固まってしまった。


「ちょっとやめなさいよ! お金をドブに捨てるようなものよ!」


「もう少し考えてから決めたほうが良いですよ……」


 セルフィアが騒ぎ、アニーが俺のそでを引っ張っている。


(二人共買わせたくないのは一緒なんだな)


「兄さん返品は受けないよ、よく考えて買ってくれな」


 しまいには店主まで心配してきた。

 そんな三人を振り切り、銀貨二十五枚を支払って念願の刀を手に入れた。




 武器屋の店先に出ると二人が疲れた顔をして俺を見た。


「レインがそんな無駄遣いをする人だなんて知らなかったわ」


「今からでも返品してきたほうがよろしいのではないですか?」


 この刀の価値を知らない二人は呆れているようだった。


「店の中では話せなかったけど、この剣の名前は刀と言うんだ」


「カタナですか?」


「何よカタナなんて聞いたことないわ」


 二人とも頭の上にはてなマークを付けている。


「おれが住んでいた日本で最強の剣といえば刀なんだ、俺は知識だけだけど刀の使い方を知っている。うまく使いこなせれば探索で優位に立てるはずだ」


 そう言って腰に刀を差すとゆっくりと刀を抜き放った。

 美しい刀身が陽の光をあびてまぶしく光っている。


「わぁ~、きれいですね」


「本当に綺麗ね、観賞用には良いんじゃない?」


 刀が美しいのは認めるようだな、しかし刀の本質は美しさじゃないぞ。

 俺は足を適度に開きどっしりと重い刀を上段に構え、ゆっくりと振り下ろした。

 何度も繰り返し振り下ろしていく、だんだん早くしていき振り下ろす音が変わってきた。

 振り下ろす刀の風切り音が、甲高く透き通った音に変わっていく、なぜかわからないが身体がかってに動いてどう斬ればいいか分かるようだった。


 あまり人の多い所で素振りをしていると目立ってしまうので、このくらいでやめておこう。

 きれいに腰を引いて刀を納めると後ろを向いて二人を見た。


「なんかすごいものを見た気がするわ」


「緊張感がすごくて手に汗をかきました」


 二人はまだ半信半疑だが、ただのなまくら剣ではない事はわかったようだ。


「試し切りは明日にしよう、実戦で使える武器ということを証明してみせるよ」


 二人はただコクンとうなずくだけで言葉が出ないようだった。

 次に防具屋に行くのだが刀を持ち歩くのは邪魔なことに気がついた。

 腰に剣が刺さっているので手に持っているのは辛い、宿屋に置いてこようと思ったがある事がひらめいたのでやってみた。


 巾着袋を腰から外し、刀を入れてみる。

 すると長い刀が巾着袋に入っていって綺麗さっぱり収納されてしまった。

 試しに背中の盾も入れてみよう。

 巾着の入口は小さいのに直径で三倍近くある盾が中へ消えてしまう。


 マジ巾着袋有能。


 二人は開いた口が塞がらないようでしきりに口をパクパクしている。

 俺が女神様に貰ったものだから当然だと二人に言うと、アニーが我に返って女神様に祈りだす。

 未だにパクパクしているセルフィアの顔が面白くて笑っていると、やっと正気を取り戻したセルフィアが怒った顔をして俺をにらんだ。


「別に巾着袋ごときで驚いてないんだからね!」


 顔をプィッと横に向けてほおを膨らませているのが可愛かった。




 隣の防具屋に行って鉄板付きの小手を買う、刀は両手持ちなので今までの盾が使えなくなる。

 盾なしだと心もとないので買うことにした。

 セルフィアに機嫌を直してもらうために道具屋で小物を買おうと思う。

 二人を道具屋に連れて行っていろいろな商品を見て回った。


 女の子は小物が好きなのは日本も異世界も変わらないな、すぐに機嫌が直り三人でいろいろ見て回った。

 セルフィアは魔力が貯められるネックレスが気に入って、俺がお詫びに買ってあげると抱きついてきてとても喜んだ。

 アニーは遠慮していたが、女神教のシンボルが描かれている手鏡を買ってあげると、大事に胸に抱えてお礼を言ってきた。




 買い物はとりあえず終わったな。

 早めの昼食を食べようかな。

 パーティー加入者の面接は午後三時過ぎなので、まだまだゆっくりできそうだ。

 馴染みの定食屋で昼食を食べる。

 セルフィアとアニーは食欲旺盛で、三人前の定食をぺろりと平らげていた。


 食後のデザートに甘いシロップ漬けのりんごのような果物を食べる。

 異世界で唯一美味しいと思った食べ物で、ついついおかわりしてしまった。

 セルフィアは目の色を変えて食べまくり三皿目を注文していた。

 俺とアニーは仲良く二皿目をゆっくりと味わった。


「レイン様、あ~んして下さい」


 アニーは俺に串に刺したシロップ漬けを差し出し、微笑みながら口を開けるように言ってきた。


「ちょっと恥ずかしいけどやってみるか、あ~ん」


 日本にいる時から一度やってみたいと思っていた俺は、すんなりと口を開けて食べさせてもらった。


「ふふふ、おいしいですか? もう一つどうぞ」


「そうか、あ~ん」


 はたから見ると若い男女がいちゃついていて微笑ましいかも知れないが、男の中身は三十三歳なんだよな。

 よくよく考えたら日本では犯罪じゃないか、急に恥ずかしくなって顔が赤くなった。


「なに顔を赤くしているのよ、べつにあたしもやってあげてもいいわよ」


(セルフィアさん、あなたの顔も真っ赤ですよ)


「じゃあ一回だけやってもらおうか、あ~ん」


 俺は開き直り馬鹿みたいに口を大きく開けて、セルフィアからシロップ漬けを食べさせてもらった。

 恥ずかしいのは俺のはずなのに最後まで顔が赤かったのはセルフィアだった。




 定食屋を出たらまだ一時だった。

 手持ち無沙汰ぶさたになった俺達は、アニーのすすめで女神教の教会に行ってみることにした。

 お供えをしたくなったので、露天の果物屋に寄る。

 美味そうな果物を二、三種類買い、袋に入れてもらった。

 アニー達に案内されて以前軒先を借りていたという教会に来た。

 

 教会は結構立派な作りをしていて、中に入ると中央に女神像がまつってあった。

 その下には豪華な祭壇が設けられていた。

 礼拝堂の窓はステンドグラスがはめてあり、幻想的な雰囲気をかもし出している。

 果物と銀貨一枚をお供えしてアニーを真似てお祈りをした。


(イシリス様、異世界で楽しく暮らしています。イシリス様にいただいたいろいろな品物が役に立ってくれています。本当にありがとうございました。これからも頑張って異世界で生きていこうと思います)


 結構長く祈りを捧げ、満足したので教会を出てギルドに向った。




 ギルドにつくと三時少し前で、ギルドの中で相手を待つことにした。

 斡旋所に近付いていくとおじいさん……、じゃなくガルダンプさんが俺たちを待っていた。


「こんにちはガルダンプさん、少し早く着いてしまいました。ここで時間まで待たせて下さい」


「お前たちか、こっちに来いもう待ち人は来てるぞ」


 斡旋所の衝立の向こう側で人の動く気配がして、俺は日本にいた頃の面接を思い出して緊張してしまった。


(面接をするのは俺なんだけどね)




「こやつがお前たちに紹介できるシーフのワンコインだ」


 ガルダンプさんが一人の人物を指し示し紹介してくれた。

 目の前の人物は俺を見るなり素早く立ち上がる。

 ガルダンプさんはそれを見届けると無言でどこかへ行ってしまった。

 俺はその人物を見て驚いてしまった。


 何が驚いたかと言うと眼の前にいたのはコボルドだったのだ。

 背はセルフィアより頭一つ分小さく痩せ型、身軽そうな格好をしていて、犬顔で身体も体毛で覆われている。

 目には理性が見て取れるが、これ魔物じゃないのか?

 身軽な革鎧を着て腰に二本の短剣を挿している。

 身のこなしは無駄がなく、なるほどシーフだと思う。

 俺たちが固まっていると真面目な顔をしたコボルドが話し始めた。


「はじめやして、あっしの名前はワンコイン・ザ・シーフでやんす」


「俺の名前はレイン・アメツチだ、こっちの二人はセルフィアとアニー、今三人で迷宮を探索している。少し話を聞かせてもらっていいか?」


「もちろんでさぁ、何でも聞いてくだせぇ」





 探索者の仲間を探していた俺は、予想外の人選をしたガルダンプさんに驚き、これから何を話そうかと悩みながら眼の前の獣人を見つめるのだった。

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