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87.心地よい宿

 ミドルグに戻ってきた『白銀の女神』は、広場で探索者たちに歓迎を受けた。

 しかし度の過ぎた歓迎に居心地の悪さを感じてしまい、逃げるように『雄鶏おんどり嘴亭くちばしてい』に急いで戻っていった。




「サムソンさんただいま……」


 勝手口のドアを開けてそっと中に入る。

 ちょうど厨房で仕込みの最中だったサムソンさんと目が合った。


「レインじゃないか! どうしたんだこんなとことから入ってきて! おお! みんなも戻ったのか!? お帰り心配していたんだよ!」


 包丁を調理台に放り投げてサムソンさんが走り寄ってくる。

 がっちり握手をして笑いあった。


「さっき戻ったんですよ、表から入れない事情ができたんです」


「びっくりさせてごめんね、悪気はないのよ」


 迷宮広場のことをサムソンさんに話すと凄く心配してくれて、慌てて宿屋の扉を閉めてしまった。


「今日はもう店じまいだ、客もいい具合にいないから安心してくれ」


「サムソンさんお手数かけます、私達に気を使ってくれて嬉しいです」


「良いんだよアニーさん、無事に戻ってきてくれただけでうれしいよ。ほらモーギュストも鎧を脱いで楽にしな」


 サムソンさんは俺達が無事に帰ってきたのがとても嬉しいらしく、ニコニコしながら世話を焼いてくれた。

 俺達の部屋は毎日開け放って掃除を欠かさなかったそうだ。

 確かに自室に戻るとカビ臭さはまったくなくホコリも一切落ちていなかった。

 ドラムが寝床の木箱に向かい中に入ったが、身体が大きくなったためギュウギュウに詰まって身動きが取れなくなってしまった。

 慌てて救出して抱っこする。

 ドラムは悲しそうな目で寝床の木箱を見つめていた。


「ドラム、新しい木箱をサムソンさんに貰おうな、少し大きめにしようか?」


「うん、新しいの楽しみ」


 機嫌を取り戻したドラムが俺の背中へ移動する、体をピッタリと張り付かせ頭を肩に乗せてきた。

 鎧などを外し軽い服装に着替えてから一階に降りていく。

 一階に降りると食堂の方から楽しげな笑い声が漏れてきた。

 みんなもう集まってサムソンさんに探索の話をしているようだった。


「旦那! 早くこっちへ来てくだせぇ、旦那がいないと始まりやせんよ!」


 食堂の入り口からワンさんが顔を出し俺に手を振っている、俺も手を振り返して食堂へ移動しようとした。

 ふと宿屋の扉を見ると扉の横の窓から見慣れぬ少年が覗いていた。

 少年は小綺麗な格好をしていて、物乞ものごいをしに来た街の浮浪児などではないようだった。

 少年は俺を見つけると窓越しに話しかけてくる。


「すいません言付けを預かってきました。レイン・アメツチさんと言う方なのですがご存知ですか?」


 窓から手を差し込んで小さな手紙をひらひらと動かしている。

 急いでいるらしくせわしなく視線を動かして落ち着きがなかった。


「俺がレインだ、今扉を開けるからちょっと待ってろ」


 扉に近づくと鍵を外して片方の扉を少しだけ開ける。

 少年はホッとした表情で扉に近寄って来た。


「俺は言付け屋です、これ預かってきました。パーティークラン『あかつき金星のみょうじょう』のビリー・バグダッドさんからです。料金は頂いているので結構です」


 そう言うと手紙を俺に渡して急いでこの場を離れようとする。


 言付け屋というのは日本で言う郵便屋さんのようなものだ。

 手紙や伝言、ときには小包などを客に届ける仕事をしている。

 いつも街の中を駆け回り、忙しい職業の一つだった。


「待て、これは駄賃だ取っておけ」


 少年に銅貨を数枚握らせると、嬉しそうにお礼を言って早足に街へ消えていった。

 軽く手紙の表裏を確認すると裏にMの文字が書いてあった。

 封を切って中身を見る。

 手紙の内容は『ミドルグ探索結社』の会合の場所と日時だった。

 予想通りの内容にさして驚きもしないが、帰ってきて早々の招集に居心地の悪さを感じた。




 食堂に入っていくと食卓にはすでに黒パンと塩スープが置かれ、スープからは湯気が立ち昇っていた。

 俺の座る予定の長椅子の場所にリサが座っていて、セルフィアとアニーと楽しそうに会話している。

 六人がけのテーブル、女性陣はもう座っていて俺の座る場所はない。

 残るはワンさんとモーギュストが座っている長椅子しか俺の座る場所は残っていなかった。


(ああ、やっとゆっくり飯を食えるときが来たな、長かった……)


 感慨深く思いながらワンさんの隣に腰掛けようとした。

 ワンさんも気を使って広めに席を開けてくれてニコリと笑いかけてくれた。


「ちょっと! どこに座っているのよ! レインの席は決まっているでしょ!?」


「レイン様なにかの冗談ですよね? こちらへ来てください」


「いや……、リサがそこへ座っているじゃないか、女の子同士で仲良く食べれば良いんじゃないか?」


 椅子の端っこに座り、隣の空間が空いているという解放感が心地よくて、思わず二人に反論してしまう。


「だめよ、レインの席はあたしたちの間って決まっているのよ、変わることはないわ」


「でもそうなるとリサの席がないじゃないか、リサはどこに座るんだ?」


 テーブルのふちをギュッと握りこの場所を死守しようと食い下がる。


「リサの座る場所はお兄ちゃんの膝の上よ、今までだってそうしてたでしょ?」


 俺とセルフィアの会話を聞いていたリサが、さも当然のように言い放った。

 たしかにそうだが、この際椅子の端っこに座らせてくれても良いのではないだろうか。

 リサに論破されて反論に詰まっていると、セルフィアが立ち上がり俺の右腕を抱えてしまう。

 片腕をテーブルから剥がされ、もう片方の腕に力を込めて最後の抵抗に出た。


「今日だけだから、ここでご飯食べてみたいんだよ」


 セルフィアに懇願して椅子に座り続ける。

 いつの間にか死角からアニーに左腕を掴まれ、柔らかい感触に包まれてしまった。

 アニーに抱きつかれて骨抜きにされた俺は、リサの待ついつもの席へ連行されていった。

 リサが俺の膝の上に座り三方を固められてしまう。


 観念したくない俺はワンさんとモーギュストを見て救いを求めた。

 ワンさんは少し哀れそうな目をして俺を見てくる。

 モーギュストに至っては俺と目を合わせようともしないで遠くを見ていた。

 完全に自由を逃した俺は、おとなしく女性陣に囲まれて小さく縮こまりながら食事をすることになった。


(椅子の端の心地よさ、いつか獲得してみせるぞ)


 俺の膝の上でニコニコしているリサを見つめながら心に固く誓うのだった。




 食事を終え、俺達以外誰もいない食堂で作戦会議を開催した。


「今回の議題は十八階層の探索についてだ、それからもう一つ報告があるがそれは後で話す」


「旦那、あっしら相当強くなりやした。そろそろアニーの姉さんにレベルとスキルを調べてもらいやせんか?」


「いいわねアニーにレベルを見てもらいましょうよ、どうなったか楽しみだわ」


「そうだな、修行中は見てもらうの止めていたんだったな、アニー悪いがみんなのレベルを見てくれるか?」


「わかりました、では背中を向けてください、誰から見ますか?」


「はい! あたしを見て、早く結果が知りたいわ」


「セフィー、どうせメモをして全員一気に発表するんだから誰から見てもらっても同じだよ」


「そうだったかしら? 久しぶりすぎて忘れちゃったわ」





 一人ずつアニーに調べてもらいメモに書いて渡してもらう、俺は一人ずつ発表をしていった。 

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