83.圧倒的戦闘力
圧倒的な戦闘力の『白銀の女神』は、アースドラゴンを討伐一歩手前に追い詰めた。
トドメを入れるべくさらなる攻撃を仕掛けるため、慎重にドラゴンに近づくのだった。
片腕をなくしたアースドラゴンが苦悶の咆哮を上げながらその場でのたうち回っている。
流石に巻き込まれるのを恐れた俺達は、一旦『神聖防壁』の中に戻ってきていた。
「凄いわレイン! 一撃でしっぽを切り飛ばすなんて普通できないわ!」
「レインの旦那の剣技がそれだけ尋常じゃないということでやんす、あの切れ味は異常でさぁ」
「刀身に闘気を纏っているからな、今なら岩だって両断することが出来るぞ」
アトラスさんに教わったのは何もスキルだけではなかった。
武器を保護し強化する方法や、気配探知法。
更には相手の力量を素早く見分ける方法など、戦闘に役立つことすべてを教えてもらった。
「モギュさんの『シールドチャージ』も威力上がりましたね、地響きで転んでしまいましたよ」
「それは申し訳なかったね、でもドラゴンは転ぶだけでは済まなかったみたいだよ」
嬉しそうにモーギュストが言ってくる。
「あの攻撃をまともに受けたら俺達でも即死だろうな、凄い攻撃力だよ」
「レインさんに褒められると僕照れちゃうよ、もっと威力を高めていくから期待しててね」
俺達が話している間にドラゴンが体勢を立て直してこちらをにらみつけてきた。
片腕で巨体を支えきれず、さらにしっぽが無いのででバランスも取れずにゆらゆらと左右に揺れている。
足元には大量の血液が流れ出していて小さな川を作っていた。
その真紅の川は『神聖防壁』まで流れてきていて障壁に当たり煙を上げて蒸発していた。
「よし! もう一度攻撃を仕掛けるぞ! 準備はいいか!?」
「いつでもオッケーだよ!」
「だいじょうぶでさぁ、いつでも行ってくだせぇ!」
タイミングを図って障壁の外へ出ようとする。
「お兄ちゃん待って! 精霊が騒ぎ始めたわ! なにかドラゴンが仕掛けてくるわ!」
おとなしいリサが俺が外へ飛び出すのを必死に止める。
気になってドラゴンを注視すると口を大きく開けて俺達を見据えているドラゴンがそこにいた。
心なしか喉元が膨らんでいるような気がする。
俺はドラゴンの様子を見てある一つの攻撃を頭に浮かべた。
「まずい! ワンさん、モーギュスト攻撃中止だ! 総員ドラゴンブレスに備えろ!」
瀕死の重傷を負ったアースドラゴンは、洞窟の中でブレスを吐くことにしたようだ。
ドラゴンのブレスは体内のブレス曩という器官で生成された大質量の呼気だ。
普通の息とは違いあらゆる物をなぎ倒す特性を持っている。
ドラゴンの種類によって特性は異なり、火竜ならファイアーブレス、水竜ならアクアブレスなど多種多様なブレスの種類がある。
アースドラゴンももちろんブレス攻撃をできるが、まさか洞窟内ではなってくるとは思わなかった。
下手をすると洞窟が崩壊して生き埋めになるかもしれない、俺は緊張しながらドラゴンの動向をうかがっていた。
そうこうしているうちにドラゴンの口から黄色い煙が吹き出してきた。
辺りに卵の腐ったような匂いが充満し始める。
「まずいぞ、アースドラゴンのブレスは硫黄と硫化水素の混合物かもしれない」
「りゅうかすいそね! それと卵の腐ったやつ、それがどうかしたの?」
聞き覚えた単語が出てきてセルフィアが喜ぶ、しかし言っている意味はわからず首を傾げた。
「硫化水素も硫黄も可燃性だ、下手したら洞窟内が大爆発するかもしれない」
俺の話を聞いていたメンバー達が一斉にどよめき動揺し始めた。
その中でアニーだけが冷静に錫杖を掲げ俺を見てきた。
「レイン様、『神聖防壁』の障壁はその程度では破られませんよ、私達は今守られているのです。身近に女神様の気配を感じられませんか?」
言われてみると懐かしく慈愛に溢れたイシリス様の気配を感じることが出来た。
『神聖防壁』はより一層輝き出し、厚みを増していった。
「そうだな……、皆んな聞いてくれ! ドラゴンブレスを恐れる必要はなくなった。イシリス様の加護が俺達を守ってくれる、安心するんだ」
「いらないかもしれないけど僕の盾も設置しとくよ、『パイルバンカー』」
俺達の前方に陣取り壁盾を備え付けると盾から杭を出してブレスに備え始めた。
『面白いことになってきたな、俺も少し避難させてもらうぞ』
アトラスさんが唐突に俺達の後ろに現れドッカリと腰を下ろした。
「アトラスさん! その格好どうしたんですか!? まさか怪我しているわけではないですよね?」
アトラスさんの全身は魔物の血で真っ青になっていた。
『問題ないぞ、余計な外野を排除していただけだ。お前たちに言っただろ? ドラゴンだけに集中しろと』
アトラスさんは俺達の知らない所で壮絶な戦闘を行っていたようだ、一体何と戦っていたのだろう。
「レイン様! 来ます!」
アニーが天高く錫杖を持ち上げ祈りの体勢に入った。
その横でセルフィアが呪文の構築を開始している、全てをアニーに委ねて次の攻撃をする準備に入っていた。
ドラゴンの口が一層大きく開けられ、大質量の黄色い噴出物が勢いよく吐き出される。
咆哮を伴ったドラゴンブレスは自然発火しながら辺り一面を炎で包み込んだ。
粉塵爆発を起こしたドラゴンブレスは周りの景色を全てなぎ倒していく。
またたくまに『神聖防壁』は炎と毒ガスに包み込まれ一切の視界を奪われた。
「アトラスさん熱くないですか? 俺達は水神の障壁を付けているので大丈夫ですがアトラスさんが心配ですよ」
『大丈夫だ、全然熱くないぞ』
辺りは灼熱地獄でいくら障壁があろうと生身には辛そうだ。
しかし障壁は熱の遮断まで完ぺきにこなし、アトラスさんが丸焦げになることはなかった。
『神聖防壁』のドームには天井から剥がれ落ちた岩石が雨のように降り注いでいた。
それでも強固な障壁が俺達を守ってくれて一切被害が及ぶことはなかった。
永遠に続くと思われるほど長い時間、炎に飲み込まれていたがとうとうブレスが途切れる時が訪れた。
セルフィアはタイミングを図っていたようで呪文の詠唱に取り掛かった。
「雷神トールよ、我に応えよ、岩をも砕く力強き閃光、神の雷で我の敵を焦がし尽くせ……、サンダーバースト!」
セルフィアの呪文に反応して洞窟の天井付近に黒々とした雲が出現した。
それはちょうどアースドラゴンが寝そべっている直上で厚みがどんどん増していっている。
そのうちに雲から雷がチラチラと顔をのぞかせ始め、辺りにゴロゴロと雷鳴を響かせ始めた。
ブレスで力を使い果たしたドラゴンはぐったりと巣の上に倒れ込み天井を見上げている。
呪文が完成した時、空気を切り裂く音とももに無数の光の筋がドラゴンを打ち付けた。
バンバンと空気を切り裂く爆音が連続して鳴り響き雷がドラゴンを襲う、そのたびにドラゴンの体を爆ぜさせながら貫いていった。
残っていた前足や後ろ足も雷に打たれ千切れ飛んで洞窟の壁にぶち当たっていった。
一際大きな雷がドラゴンの首筋に当たると、勢いよくドラゴンの首がちぎれ飛び地面に転がった。
その首もさらなる雷の追撃によって粉々に砕けて分解されてしまった。
ゆっくりとアースドラゴンは光の粒子になって消えていった。
セルフィアが黒檀の杖を降ろし疲れきって地面に倒れかかる。
俺は素早く抱き上げると倒れ込まないようにセルフィアを支えた。
「レイン見てくれた? これがアルフレッド・メイウェザーが編み出した呪文の片鱗よ、さらなる呪文を取得するためこれからも頑張るわ」
『アルフレッド・メイウェザーの魔法書』に書かれている様々な呪文のごく一部をセルフィアが取得していたようだ。
「ああ、すごい魔法だったよ、『白銀の女神』の最大火力はセルフィアだと言うことが改めてわかったよ」
「当然よ……、あたし少し疲れたから眠らせてね……」
俺の中で目をつむり寝息を立て始める、しっかりと抱きしめるとセルフィアは少し微笑んだような気がした。