82.戦闘力
アースドラゴンの巣はもう目の前に迫っていた。
『白銀の女神』のメンバー達は、攻撃のための準備を完全に終了させて、残すは接敵するだけとなっていた。
大きなトンネル状の洞窟が急に左に曲がっている。
その奥から喉を苛立たしそうに鳴らす巨大生命体の気配が感じられた。
モーギュストが慎重に、曲がり角の先を確認する。
「レインさん、この先にドラゴンの姿を確認したよ。ドラゴンゾンビより確実に大きな個体だった。完全にこっちを警戒してにらんでいたよ」
戻ってきた彼は嬉しそうな声で俺に報告してきた。
「そうか、モーギュスト率直に聞くぞ。そのドラゴンの攻撃、君に受け止めることが出来るか?」
「まかせてよ、僕の勘が言っているんだ、あいつの攻撃は僕には効かないとね」
ホントかどうかわからないがすごい自信だ、しかしモーギュストは無茶なことを言うやつではないので多分大丈夫だろう。
「よし! モーギュストの後ろに隠れてドラゴンと接敵するぞ!」
盾職の後ろに俺が陣取りその後ろにリサ、俺の両脇をセルフィアとアニー。ワンさんは気配を消して周囲に溶け込んでしまった。
ゆっくりと角を曲がっていく、俺の視界にアースドラゴンが姿を現した。
洞窟の最深部と思われる空間にうず高く動物の骨が溜まっていて、その上に巣穴の主が横たわっていた。
肌の色は黄土色でやや金属的、鱗は荒々しく逆だっていて一つひとつが大きかった。
顔の大きさはアトラスさんの身長を優に超えて四メートル近くあるのではないだろうか、鋭い眼光が侵入者を見据え怒りで血走っていた。
体長はとぐろを巻いているのでよくわからないが、ドラゴンゾンビと比較してもアースドラゴンのほうが大きいのは確実だ。
しっぽの太さは元の方から先の方まで極太で、大人が二人がかりで腕を回しても届きそうにない。
もちろん頑強な骨格と筋繊維で出来ているのは遠くからでもよくわかり、しっぽの一撃を受ければただでは済まないのは明白だった。
その尻尾よりも目につくのは巨大な柱のような四肢で、特に前足には鋭く長い鉤爪が生えていて苛立たしげに地面を削っていた。
体の大きさはそこに小山があると錯覚するほど大きくて近づくことさえ恐ろしかった。
絶望的な視覚情報の中で唯一救いがあるとすれば、ドラゴンが持っている翼が退化していて全く見当たらないことだ。
その事によってアースドラゴンは空を飛ぶことは出来ないようで、それだけでもこちらの不利な条件が一つ消えて嬉しかった。
仲間達に指示を出しつつ有利なポジションの場所を探っていく。
窪地の前に大岩のある場所までたどり着くと、そこを起点にしてアースドラゴンと戦うことにした。
俺達が移動している間ドラゴンはじっと俺達のことを凝視していたが、攻撃してくることはなかった。
「いつまでもにらみ合いをしていてもしかたがない、セルフィア呪文を完成したら一発大きいのをお見舞いしてやれ、それを合図に戦闘に入る」
集中しているセルフィアは了解の合図の代わりに呪文の詠唱に入っていった。
セルフィアの足元に特大の魔法陣が出現しゆっくりと回り始める。
その魔法陣は青く光っており、鈍い振動音を発していた。
「イフリートよ、我に応えよ、炎の束はすべてを貫く業火の楔、そなたの力を我に分け与え、我に敵対する者を貫き通せ……」
セルフィアの呪文の詠唱開始とともに目の前に極太の炎の柱が現れ始める。
その炎は青白く燃え盛っていて呪文の旋律とともにゆっくりと回転し始めた。
呪文が進むに連れて回転速度も上がっていき、最終的には甲高い金属音が辺りに響き渡った。
「地獄の炎で焼き尽くされなさい! インフェルノ!」
最後の呪文を言い終わると一直線にアース・ドラゴンの顔めがけて飛んでいく。
ドラゴンもただ呪文が完成するのを見ているだけでなく、長いしっぽをしならせてこちらを攻撃してきた。
俺達とドラゴンのちょうど中間の空中で極太の炎の柱とドラゴンのしっぽがぶつかりあった。
炎の柱は大爆発を起こし辺りに衝撃波を撒き散らした。
青白い炎はしっぽにまとわりつきどんどん燃え広がっていく、またたくまにドラゴンの身体まで包み込みすごい勢いで燃え盛りだした。
「インフェルノの炎はその程度の攻撃では消せないわ! 地獄の炎をとくと味わいなさい!」
桁違いの大魔法を放ったセルフィアは肩で大きく息をしながらアースドラゴンをにらんでいた。
その表情はかすかに笑みを浮かべていて自分の呪文に自信を持っているようだった。
ドラゴンが炎をまとってすごい勢いで暴れだした。
足元の動物の骨が弾丸のような勢いで辺りに散らばっていく。
もちろんこちらにも飛来してくるが『神聖防壁』によって全て防がれ、ドーム状の結界の周りに散らばるだけだった。
「精霊たちお願い! あのドラゴンを捕まえて!」
リサが精霊たちと交信をして両手を前に突き出した。
暴れまわるドラゴンの足元が一気に隆起してドラゴンを埋め始めた。
それは土属性の精霊ノームの仕業で、足元の岩石を使ってドラゴンの動きを封じ込めるようだった。
ドラゴンは必死に抵抗して暴れまわる。
しかし圧倒的な岩石の質量に徐々に動きが鈍くなり、後ろ足の足先が完全に地面に埋もれてしまった。
その場から動くことができなくなったドラゴンは、インフェルノの炎に焼かれながら苦悶の咆哮をあげた。
ドラゴンの咆哮には相手を混乱させる効果があると図書館の資料に書かれていたのを思い出した。
まずいと思い身構えたが『神聖防壁』の性能は凄まじく一切混乱することはなかった。
神の障壁の前にはいかなる攻撃も通用しないことがわかりその凄まじさに戦慄を覚えた。
「『神聖防壁』の防御力は折り紙付きだ、セルフィア達を護衛する必要はなくなった。作戦を変更して俺とワンさんとモーギュストは、炎の勢いが弱まってきたら結界から出てドラゴンを攻撃する」
出番がなかったモーギュストが嬉しそうに歓声を上げた。
「モーギュストは正面からドラゴンの攻撃をできるだけ受け続けろ、そのスキに俺とワンさんでヤツの息の根を止める」
「オッケー」
モーギュストが今から強敵と戦うというのに緊張感のない返事をしてきた。
「わかりやした」
俺の横の空間が一瞬揺らいでワンさんが姿を現し返事をしてきた。
すぐに姿が見えなくなって幻だったのではないかと錯覚してしまった。
「やった! 僕の出番ないかと思ったよ! きっちり受け続けるから心配しないでね!」
嬉しそうに盾を揺らしながらモーギュストが足踏みしている。
「よし! 今だ一気に距離を詰めろ!」
インフェルノの炎が徐々に下火になり全身を焼かれて身ををただれさせたドラゴンがはっきりと姿を現した。
俺は『縮地』を駆使して一気にドラゴンの体の横に回り込んだ。
しっぽの付け根に到達するとさらにスキルを重ねていく。
「『剛力解放』! 『兜割り』!」
瞬間的に力を増幅する『剛力解放』を唱え、筋力を通常の数十倍に強化する。
ギルド長からもらった剛力の小手にも魔力を流し、相乗効果で凄まじい怪力を身に付けた。
アタッカー職の技の一つ『兜割り』、ただ上段から振り下ろすだけの技だが、シンプルな攻撃はダイレクトに力を解放できて、何かを両断するにはもってこいの技だった。
ピュッと刀身が上から下へ振り下ろされる、音速を超えた刀身がドラゴンのしっぽを一気に両断した。
刀身よりも太いしっぽが全て切り落とされてゆっくりと地面に転がっていく。
達人の域の到達した俺の剣技は、刀身から発せられる剣圧で何倍もの間合いを切り裂くことが出来た。
アースドラゴンの絶叫が洞窟内にこだまする、あまりの音量に天井付近の鍾乳石が音を立てて崩れ落ちてきた。
石のつららの雨の中をワンさんが『縮地』を駆使して縫うように走り抜ける。
常人では即死してしまうほどの質量の岩石の雨の中をいとも簡単に駆け抜けていった。
ワンさんはドラゴンの足元に到達すると、体をどんどん駆け登って行く。
暴れるドラゴンの背中をためらうことなく上りきったワンさんはとうとう首筋に到達した。
そして魔法の双短剣を翻し神速の速さで首筋に突き立て始めた。
更にドラゴンが暴れだす、しかし足を固められているのでその場からは離れられないでいた。
その場を離れることを諦めたドラゴンが俺を見据えて攻撃をしようとしてきた。
「『パイルバンカー』! 『ヘイト』!」
太い腕で俺を捻り潰そうとドラゴンが腕を持ち上げた時、モーギュストが『ヘイト』の呪文を唱えドラゴンの意識を引きつけた。
ジロリとモーギュストをにらみつけると、俺に振り下ろそうとしていた鉤爪をモーギュストに向かって振り下ろした。
衝撃波が洞窟内に広がり地響きが起こった。
土埃が辺りに舞い上がりモーギュストを中心に地面に亀裂が走った。
視界がクリアになってくると壁盾をドラゴンが殴りつけているのが見えてきた。
地上で最強のドラゴンの一撃を壁盾が完全に防ぎきり、モーギュストは一切のダメージを受けていないようだった。
「お返しだよ!『剛力解放』! 『シールドチャージ』!」
一瞬壁盾が大きく膨らんだような錯覚がして、その後に衝撃波がドラゴンの腕を直撃した。
その圧力は凄まじく先程のドラゴンの一撃の比ではなかった。
俺は足を踏ん張って倒れないようにする、しかし揺れは中々収まらず思わず手を地面につけてしまった。
ワンさんが気になってみてみると、ドラゴンの首筋に突き立てた短剣にぶら下がって振り回されていところが見えた。
俺の顔になにかドロッとした液体が降り注いだ、手で拭ってみるとそれは鮮やかな色をした血液でまだ生温かかった。
血煙がモーギュストを中心に巻き起こっている。
次の瞬間にドラゴンが今日最大の絶叫を発してのたうち回り始めた。
それはモーギュストの『シールドチャージ』によって、極太の前足が爆散して消し飛んだときに出来た血煙だった。
俺の顔に降り注いだのはドラゴンの血肉で、完全にミンチにされて辺りに散らばっていた。
戦闘はまだ始まったばかりだがドラゴンの姿は満身創痍に見える。
『白銀の女神』の戦闘力は自分たちでも気づかなかったほど高次元に達していた。