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81.女神の尖兵

 アトラスさんに連れられて樹海の一角にある山脈に来た『白銀の女神』は、最終試験の名目でドラゴン討伐をすることになってしまった。




 驚愕の事実をアトラスさんから聞き、急遽きゅうきょ作戦会議が開かれる。

 議題はもちろんアースドラゴンをどうやって討伐するか、みんな真剣に議論して夜遅くまで話し合った。


 開けて翌日、朝日がまだ登らない内に山頂目指してキャンプを後にする。

 森林限界を越えた辺りから山肌から水蒸気が立ち上り始め、ここが活火山だということがわかってきた。

 特に気温が高いということはないが、念のために『水神の障壁』を身につける。

 いつ蒸気が噴出しても大丈夫になって少しだけ心に余裕ができた。


「レイン、りゅうかすいそ臭いわ」


 セルフィアが嬉しそうに言ってくる。


「そうだな、でもこういうときは硫黄いおう臭いっていうんだよ、もしくは腐った卵の匂いとかね」


「腐った卵の匂いね、わかったわ。アニー、いおう臭いわ腐った卵よ」


 傍らにいたアニーに嬉しそうに報告し始める。

 言われたアニーはわけが分からず、困った顔をしていた。

 セルフィアは日本語が結構お気に入りで事あるごとに使いたがった。

 外国の人に変な日本語を教えて喜ぶような感覚になって、苦笑いをしてしまった。


 標高が高くなるに連れてますます辺りの景色が奇怪なものになってきた。

 むき出しの岩肌から熱水が吹き出し、周りには熱水の成分が結晶化して淡い紫色や鮮やかな黄色が目立ってきていた。


『そろそろドラゴンの巣穴が見えてくるぞ、ヤツは俺が昔から目をつけていた一匹だ、中々の体格をしているから狩り甲斐があるぞ』


 俺は時々アトラスさんを憎らしく思うことがある。

 今がその時で何故強い個体をわざわざ選んだのか、小一時間ほど問い詰めてやりたくなった。


 眼の前に大きな洞窟が姿を現してきた。

『洞穴』など比較にならないほど大きなほら穴は、アトラスさんでさえ比較すると小さく感じてしまうほどだった。

 これ程の洞窟を住処にしているドラゴンとはどれだけ大きいのか、想像することを拒否して現実逃避したくなってしまった。

 しかしリーダーたるものそんな弱気では務まらない、意を決してまだ見ぬドラゴンを考察していった。


 先ず洞窟の高さは十メートルを少し超えるぐらい、天井の鍾乳石が奥まできれいに折れて続いていた。

 明らかに何かがぶつかって壊した跡だ、考えるにアースドラゴンの頭がぶつかって破壊したに違いなかった。

 体高が十メートル、そうすると体長は三倍くらいあってもおかしくない、しっぽまで合わせると五十メートルくらいのドラゴンが潜んでいる可能性が出てきた。



「アトラスさん、これどう考えても無茶じゃないですか? 人間が仕留める魔物の範疇はんちゅうを超えてますよ」


 半分泣き言のような抗議をアトラスさんにする、アトラスさんは笑って聞いていたが急に真剣な顔をして俺に言ってきた。


『ここに居るドラゴンは単独の魔物だ。お前らが今から向かおうとしている森の奥では、このドラゴンと同等の力を持っている魔物が大群で攻めてくるぞ。泣き言なんて何の役にも立たないぞ、これからも探索したいなら覚悟を決めてドラゴンを倒せ』


 ハッタリではなく本当の地獄を見てきた人の言葉だった。

 アトラスさんの過去はどのような過酷なものであったのか、うかがい知ることは出来ないが、腹をくくらなくてはいけない気がした。


「すいませんでした、この期に及んで怖気づいてしまいました。探索をあきらめたくないのでドラゴン討伐をやらせてください」


『わかればいいんだぞ、お前らはドラゴンだけに集中すればいい、後は俺に任せろ』


 ドラゴンの他に何が居ると言うんだ、一抹の不安を抱えながらドラゴンの巣穴に足を踏み入れていった。




 洞窟というとまず思い浮かべるのは入り組んだ迷宮のような作りだ、狭い横道に行き止まりの枝道、落盤で塞がれた道。

 そのような洞窟とはかけ離れた光景が目の前に広がっていた。

 さすがは巨大なドラゴンの巣穴になるだけあって、どこまでも大きな横穴が続いているトンネルのような洞窟。

 横穴は開いているが人間が入り込めそうな大きさの穴は、なにか大きな力によってことごとく壊し塞がれていた。


 辺りに微かにだが腐臭が漂い始めた。


「光よ灯れ、ライト!」


 セルフィアが天井めがけて発光した玉を打ち上げる。

 生活魔法の一つ『ライト』は、まばゆい光で洞窟内を昼間のように明るくした。

 トンネルの地面には巨大な動物の骨が散乱していて、辺り一面を白い色で埋め尽くしていた。


「ちょっとやばすぎるわ! 頭蓋骨の大きさがあたしの背丈より大きなやつまであるじゃない! これを倒して食べたドラゴンてどれだけ大きいのよ!?」


「ドラゴンゾンビの体格も相当ありやしたが、こいつはそれ以上かもしれやせんね」


「お兄ちゃんリサのそばを離れないでね? お兄ちゃんのそばが安心するの……」


 甘えん坊のリサが俺の腕につかまって上目遣いでささやいてくる。

 緊張していなくてはいけない場面だが、顔が自然とニヤケそうになってしまった。


「リサちゃん、パーティーメンバーになったのですから甘えてばかりではいけませんよ」


 アニーがリサをたしなめるように真剣に言い放つ。

 言われたリサはハッとして俺から離れ、辺りを警戒し始めた。


(アニーはいいお母さんになれるな、子供のしつけを任せられるしっかり者だ)


「ああ、僕武者震いが止まらなくなってきたよ。早くドラゴンの一撃を受けてみたいよ……」


 一人おかしなやつが混じっているな、この雰囲気に飲まれないで我が道を貫き通せるなんて、頭がおかしいかよっぽど肝が座っている猛者もさだぞ。

 モーギュストが後者であることを祈りつつ、ゆっくりと足を進めていくのであった。




『お前らそろそろ戦闘の準備をしろ、あの角を曲がったらやつの寝床だ』


 アトラスさんが俺たちに警告をしてくる。

 皆んなでうなずき合うと、予め決めていた陣形に素早く移行した。


『おそらくやつは俺達のことを既に感知しているぞ、先制攻撃は効かないと思ったほうがいいぞ』


 最善のプランだっだ奇襲からの攻撃はできそうに無くなった。

 次のプランはモーギュストを中心に据えた防御重視の作戦だ、陣形を素早く指示して最良の形を作り上げた。




「アニー、パーティー全体を『神聖防壁』で囲え、その後に個別に『バリア』を付与しろ」


「了解しました、イシリス様のご加護を」


 アニーが呪文を唱え始めると、アニーを中心とした半径五メートルの球状の力場が出現し始めた。

 法術『神聖防壁』、あまりにも魔力消費が激しくて使うことが出来なかった僧侶系の高位結界呪文だ。

『アルフレッド・メイウェザーの魔法書』に書いてあった『魔力効率化』のスキルのおかげで、アニーはこの法術を完全に使いこなせるようになっていた。


 その球状の力場はうっすらと虹色に輝いていて、あらゆる災から術者を守る神の結界だった。

 アニーからそれとなく聞いたのだが、完全な『神聖防壁』なら大司教戦の最後の光の束さえも防ぐことが出来るかもしれない高次限の結界だそうだ。



「セルフィアは移動しながら超大魔術の構築を急げ、セルフィアの攻撃呪文が『白銀の女神』の勝利の鍵だということを忘れるな」


「言われなくてもわかっているわ、あたしの本気の力を見せてあげるわ」


『魔力制御』、『魔法速詠唱』、『魔力効率化』、セルフィアが獲得したスキルを駆使して、現時点で考えられる最高の魔法の構築を行っていく。

 魔力を練り始めると空気がピンと張り詰め始め、青白く輝く魔法陣が空中に出現した。

 ゆっくりと回り始めた魔法陣は、アニーの結界と共鳴して低い唸りのような音を発し始めた。

 その音は大きくなったり小さくなったり、まるで楽器が旋律を奏でるように心地よく、まるでセルフィアの心臓の音を聞いているようだった。



「リサは『精霊召喚』をしてアースドラゴンの動きを封じてくれるように精霊たちを説得してくれ」


「わかったわ! 精霊たちに聞いてみるわ!」


 リサの胸元にある角笛が七色に光り輝いていく、『精霊の角笛』とリサは言っていたがリサと精霊をつなぐ通信機のような存在らしかった。


「お兄ちゃん、精霊たちが力を貸してくれるって言っているわ、ドラゴンはまかせてと言っているの」


「そうかよくやった、後は身を護る程度でいいからな、無茶をしては駄目だぞ」


「わかったわ」


「ワンさん、俺とタッグを組んですきあらばドラゴンを仕留めるぞ、俺の合図を聞き逃すな」


「わかりやした、旦那は自分の思う通りに動いてくだせぇ。あっしは旦那に合わせやす」


「モーギュスト、君の防御力に俺達の命を預ける。どうか俺達を守ってくれ」


「わかったよ、本当の盾職の恐ろしさをドラゴンにわからせてあげるよ」


 兜のバイザーを勢いよく落として完全に鎧の死角をなくしていく。

 アダマンタイト合金の塊になったモーギュストは、壁盾を片手に装備して先頭をゆっくりと進んでいった。




「アトラスさん、俺達の戦いを見ていてください。これが『白銀の女神』の戦いというものをお見せしますよ」


 背中からゆっくりとドラムが飛び立った。

 上空でゆっくりと滞空しながら俺達の戦いぶりを楽しみに見守るつもりのようだった。





 愛刀をさやから引き抜き、魔力をゆっくり刀身に込めていく、必殺の一撃の準備は整いつつあった。

 アースドラゴンと『白銀の女神』の戦いが刻一刻と迫っていた。


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