79.希望と不安
戦力アップの修行はとうとう最終試験に到達した。
アトラスさんが俺達をどこかへ連れて行こうとしていた。
半年にも及ぶ修行の日々で色々な出来事が起こった。
一つはドラムのことだ。
食欲もなくなり一日中ベッドの上で眠っているようになってしまい心配していたが、アトラスさんによればドラゴンの脱皮の症状なので心配ないらしい。
時折起きてきて生肉を黙々と食べるとすぐにベッドへ戻り動かなくなる。
いつしかベッドの上は俺がかけてあげた毛布や衣類などでいっぱいになり、それをドラムが器用に重ねて丸いドームのような巣が出来上がっていた。
ドームにはドラムがもぐれるギリギリの穴が開けられ、この頃は姿さえ確認できなくなってしまった。
心配だがいつもそばにいることはできないので、日に何度か声掛けをして俺は修行を続行した。
そんな状態が数ヶ月続いたある日、巣の中からまばゆい光が漏れてきた。
その光はドーム状の巣穴の隙間から漏れていて、中では相当な光量になっていそうだった。
俺はアトラスさんに許可をもらい一日中そばにいることにした。
メンバー達が代わる代わる心配して様子を見に来るが、光っていること以外変化がない状況に諦めて修行に戻っていく。
そんな状態が一日中続き窓の外が夕闇に包まれるころ、ドラムがドームの穴から顔を出して俺を見てきた。
突然のドラム登場にビックリして無言で見つめてしまう。
ドラムの頭は心なしか大きくなっているような気がするが、思ったほど大きくなっていなかった。
用心深くあたりを見渡し俺以外がいないのを確認すると、ドラムがゆっくりと巣穴から這い出してきた。
体は今では大人の猫ほどだったが、今のドラムは中型犬ぐらいに大きくなっていた。
体の色は白から光沢のある銀色に近い白に変わっている。
顔つきも赤ちゃんぽいところが消えて、人間で言うところの幼児ぐらいに成長していた。
なんと言っても前と違う特徴は背中の羽が一回りも二回りも大きくなっていることだ。
その羽根は器用に折り畳まれて背中に張り付いていた。
「ドラム、調子はどうだ? お腹空いてないか?」
心配して声をかける。
「おなか空いたよ、お肉ちょうだい」
俺の問いかけに念話ではなく直接声で話しかけてきた。
「おお!? ドラム! お前喋れるようになったのか!?」
「うん、声帯が備わったから話せるようになったよ、それよりお肉食べたい!」
つぶらな瞳は健在でくりくりした目で俺を見つめ肉を要求してきた。
「ああ、ごめんごめん。そら、牛肉の固まりだぞいっぱい食べな」
巾着袋から牛肉の肋骨の部分を取り出すとドラムの前に差し出した。
ドラムは嬉しそうに首を上下に動かしてから前足を器用に使って食べ始めた。
「ドラムお前本当に脱皮したのか? 病気とかだったわけではないんだよな?」
「脱皮とはちょっと違うけど進化したんだよ、今までより強くなったよ」
ムシャムシャと肉を頬張りながらドラムが説明をし始めた。
説明によればドラムは脱皮はしないらしい、そのかわりある程度の間隔で力が強くなるようにできているそうだ。
神様からもらった卵から生まれたドラムは、少し普通のドラゴンとは違うようだった。
ドラムの体の強化は生きている限り続くようで、最終的にはこの地上で最強のドラゴンになるらしい。
しかし膨大な年月がかかるらしく、俺の生きているうちは数回の強化で終わると言われた。
それでも骸骨騎士クラスの魔物ならば、何体いようが簡単に蹴散らすことが出来るくらいには強化されたらしく、更に強くなるためにいっぱい肉を食べると息巻いていた。
俺はそっとドラムの背中の羽を触ってみた、肉を食べているドラムは特に気にする様子はなく一心不乱に食べまくっていた。
その羽の手触りはなんとも不思議な感触で、硬いのだが弾力もありとてもすべすべしていた。
ふと気になってドラムを持ち上げてみたが、この数ヶ月で『身体強化』が相当強化されている俺は、ドラムを軽々と持ち上げることができた。
俺が持ち上げられない重量になってはいないことが確認されてとりあえずほっとした。
気になる戦力アップに関しては、今は試さないほうがいいとドラムに言われてしまった。
試したらここら辺が更地になってしまうらしく、そのうち機会があったら披露してくれることになった。
夕食を呼びにセルフィアが部屋に入ってきて大きくなったドラムを見つける。
大騒ぎをしてドラムを抱っこしようとしたが、重すぎて持ち上げることさえできなかった。
『身体強化』をしてやっと持ち上げ抱っこしようとしたが、ドラムに潰される格好となり俺が救出するはめになった。
セルフィアの落胆は凄まじいものがあり、ドラムを抱っこするために『身体強化』を頑張って強化すると固く誓っていた。
ドラムを抱え食堂へ向かうと、皆んな驚いて近くへ寄ってきた。
ドラムがみんなに人の言葉で挨拶すると、興奮は最高潮になって食堂が一気に明るくなった。
そこから代わる代わるドラムを抱っこしようとしてその重さに驚愕の表情をする。
結局抱っこできたのは俺とワンさん、モーギュストの直接戦闘組だけで女性陣は心底悔しがっていた。
その様子をアトラスさんが嬉しそうに眺めていて、樹海の夜はにぎやかに更けていくのだった。
翌日アトラスさんの家の上空をドラムが風を切って飛び回っている姿を皆んなで見ることができた。
自慢の翼を目一杯広げ急旋回や宙返りなど自由自在に飛び回っている。
羨ましそうにみんなで見ていると、連続で火炎弾を遠くの空へ吐き出し、大きな鳴き声を上げていた。
地上から見ていても火炎弾の大きさと速度が尋常じゃないのがわかって、ドラゴン種の進化がいかにチートなのかということが思い知らされた。
アトラスさんでさえ火炎弾を見ながら唸り声をあげていて、普通のドラゴンとは違う種類だと言っていた。
女神様からもらった卵から生まれたから普通じゃないのだが、アトラスさんに俺の素性は言っていなかったな、今度それとなく伝えておこうと思った。
この半年で起こったこと二つ目は地上の事だ、俺は半年の間に何度もギルド長へ報告しに街へ帰っていた。
帰るたびに俺の身体能力が強化されていくのを、驚きながらも嬉しそうに見守っていたギルド長は、最近の報告で気になることを言ってきた。
それは『オルレランド王国』と隣の『ゼブナント帝国』との対立が日に日に悪化しており、このままでは年内にも戦争に突入するかもしれないということだった。
もともと両国は仲が悪いらしく、ちょくちょく小競り合いをすることは日常茶飯事だった。
しかし今の国王、ベルンハルト三世になってからは帝国の王国への侵攻が目立って多くなり、一時は相当な王国内部まで領土を侵犯されたらしい。
十二歳で即位という幼い王を侮った帝国の所業に、王国内を平定した国王の恨みは凄まじかった。
領土奪還を果たしてからは逆に帝国の領土を切り取り、今では帝国の土地の多くが王国の領土になっていた。
その帝国が王国の進撃を食い止めるため、一大攻勢を仕掛けてくるという情報がギルドの情報網からもたらされた。
戦争になると探索者ギルドも他人事とは言っていられないらしく、場合によっては招集がかかることがあるらしい。
今のうちに国外へ脱出する方法もあるが、後々入国するときに色々と面倒なことになるそうだ。
まして俺はこの王国の貴族だ、知らんぷりはして居られないだろうと言うのがギルド長の考えだった。
これからどうするか仲間と相談をするようにと内々に釘を差されてしまった。
異世界に来る前は平凡な一般市民が今では迷宮探索者で貴族、そして今回は戦争に行くことになるかもしれない事態に陥っている。
一、二年でここまで劇的に変わってしまった俺の人生はこれからどうなるのか、不安と仄暗い期待が心に芽生えていた。