8.愛刀との出会い
五階層のボスを討伐して街に戻ってきた俺たちは、ギルドの前にたむろしているチンピラ探索者もついでに撃破してギルドの中に入っていった。
セルフィアが興奮して俺に抱きついてきた。
「レインかっこよかったよ! あたし気持ちがスッとしたわ。かばってくれてありがとう!」
「まあ仲間を守るのが俺の役目だから気にするな」
今セルフィアの好感度が急上昇中だな、後でご褒美があったりして。
「レイン様は甘すぎます、セルフィアの軽率な挑発が招いたことですからもう少し反省させたほうがいいです」
「反省してるってば、それよりレインさっきあたしのことセフィーって呼んだじゃない? あれ気に入ったわこれからセフィーって呼んでね」
俺の右腕を抱え込みご機嫌でセフィー、セフィー、と繰り返し言っている。
「セルフィアそこは私の場所ですよ! どいて下さい」
アニーがセルフィアを俺から引き離そうとする。
「アニーの場所は左腕でしょ、こっちは右腕だからあたしのものよ」
両腕を抱え込まれて極楽浄土にいる気持ちよさだった。
三人で仲良くパーティー斡旋所に行く。
本当は来たくなかったが罠解除のためのシーフの仲間が欲しかったので、恥ずかしいけどおじいさんの前に立った。
「この前は生意気なことを言ってすいませんでした、おかげで目が覚めて死なずに済みました。話を聞いて下さい」
深々と頭を下げておじいさんに謝罪をする。
おじいさんはじっくりと俺の様子をうかがっていたが、頭をいつまでも上げない俺を見て深くため息をついたあと話し始めた。
「少しはましになったようじゃな、頭を上げろ。目つきもまともになってきておる、話を聞いてやるからそこに座れ」
「ありがとうございます!」
おじいさんに認められたのが妙に嬉しくて勢いよく椅子に座った。
「おい、そんなに勢いよく座ったら椅子が壊れるじゃろう。静かに座れ」
呆れ顔で怒られてしまい、また謝った。
セルフィアとアニーは前に一度斡旋所に来たことがあるそうだ。
おじいさんとも面識があるみたいだが、あまりいい思い出が無いらしい。
交渉事は全て俺に任せると言って、俺の横に座りおとなしくしていた。
「それで話とはなんじゃ言ってみろ」
「実は三人で迷宮に潜っているのですが、宝箱の罠を解除する事ができず、開けることが出来なくて半分以上見逃している状況なんです。だから斡旋所で誰かシーフの方を紹介してもらいたいと思ってきたんです」
「なるほどのう」
「今日五階層のボスを倒してきたんですが、ボスの宝箱は罠が張っていそうだったので泣く泣く捨ててきました。このままじゃいつか誘惑に負けて宝箱を開けてしまいそうなので、死ぬ前になんとかシーフの仲間がほしいんです」
切実な俺の話を黙って聞いていたおじいさんは顎に手を当てて考え込んでしまった。
そのままの姿勢で一分以上動かず固まっているおじいさんを見てセルフィアがじれて言い放った。
「ちょっとおじいさん! なんでなんにも言ってくれないの!?」
「おおすまんな、ワシの頭の中の探索者リストから、おまえ達にふさわしいシーフを探し出していたんじゃ」
この町の探索者の数はとても多くて覚えきれないはずだ、斡旋所なんかやっている人は特殊なスキルでも持っているのだろうか。
「それならそうと言ってくれればいいのに、目を開けて寝ているのかと思ったわ」
セルフィアは全く遠慮がないな、でもなぜか嫌な感じはしないんだよ、不思議な娘だな。
「それで私達の仲間は見つかったのですか?」
アニーが心配そうにおじいさんに聞いた。
「居ることは居るんじゃが、少し特殊なやつじゃからお前たちと馬が合うか心配なのじゃよ。しかしワシの見立てではこやつ以外にお前たちとパーティーを組めるシーフはこの町にはいないんじゃ」
「その人を是非紹介して下さい、会ってみたいです」
「そうね会ってみて合わなかったらやめればいいし」
「女神様のお導きがあればいい人が現れるはずです」
三人でおじいさんに詰め寄って返事を待つ。
「わかったわかった、相手に伝えといてやるから明日また今頃の時間に来い」
シーフ職を紹介して貰う約束を取り付け、俺達はギルドを後にした。
宿に戻って早めの夕食をとる、食堂は俺たち以外まだ誰も居なくて快適だった。
「どんな奴が来るか楽しみね、さっきのスケベなやつみたいなら足のスネ蹴っ飛ばしてやるんだから!」
身振り手振りを交え興奮気味に語っている。
「セルフィア、食時の時は静かにしなければ駄目ですよ」
行儀の悪いセルフィアをアニーがたしなめた。
「ちょっと聞いてくれないか? 明日はシーフ職の人の面接をするわけだが、迷宮に潜ると帰りが遅くなってしまうかも知れない、だから明日は休みにしようと思うんだが二人ともそれでいいか?」
「賛成! ちょうど休みがほしいと思っていた所だったのよね!」
「私は構いませんが、レイン様はお休みをどう過ごすのですか?」
「それなんだが今日コボルドナイトと戦ってみて、剣が弱すぎてあまりダメージを与えられなかったんだ。だから明日は武器の新調をしに行こうかと思うんだ」
「それでしたら私もお供します」
「ちょっとずるいわ! あたしも行く、レイン連れて行ってね」
「それじゃみんなで店に行こうか、行く店はギルド横にあるから近いんだけどね」
夕食を食べて俺の部屋に三人で移動する、今日のボス戦の分析をして戦いの為の意見交換をした。
密かにセルフィアからギルドでチンピラ探索者から守ったご褒美がもらえるかもと期待したが、お酒を飲みすぎたのかボス戦の分析の途中で寝てしまい、アニーにささえられて部屋に戻っていった。
アニーも戻っていったので足をマッサージして貰う約束は無しになった。
今日も寂しく卵を抱いて眠りにつく、意識が遠くなって夢の中に旅立っていった。
ー・ー・ー・ー・ー
今日の迷宮探索は休みだ。
二人と朝食を一緒に食べる約束をしていたので、いつもより一時間遅く食堂へ降りていった。
食堂には常連の泊り客しか居なくて閑散としている。
二人がまだ起きて来ないのでサムソンさんにお茶を一杯注文して、窓際で朝日を浴びながら二人を待っていた。
しばらくぼ~っと窓の外を眺めていると眠気の抜けないセルフィアと、背筋をぴんと伸ばし足取り軽いアニーが階段を降りてきた。
「おはようセフィー、アニー今日もいい天気だよ」
「おはようレイン……」
「おはようございますレイン様、お待たせしてしまい申しわけございません」
「いいよ、お陰でゆっくりとお茶を飲めたからね」
人間余裕があると少しのことでは心に波風は立たなくなるものだな。
日本に居た頃だったら三十分なんて人を待っていられなかったよ。
本当に俺は小さい男だったな。
「おまちどお、昨日は良く眠れたか?」
いつもと代わり映えしない黒パンと塩スープをサムソンさんがテーブルに並べた。
「あたしはまだ寝足りないわ……」
低血圧なセルフィアは、半分目をつむって明後日の方向を見ながら返事をする。
「おはようございますサムソンさん、朝のお祈りも済ませましたし今日も健やかですよ」
アニーはほほ笑みを浮かべ、サムソンさんに丁寧な返事をした。
「そいつはよかった、腹いっぱい食べてくれな」
サムソンさんはにこっと笑って奥に消えていった。
セルフィアはまだ寝ぼけているが食欲だけは有るらしく、黒パンだけをガリガリとかじっている、アニーに塩スープを勧められて思い出したかのように飲み干した。
「サムソンさんスープおかわりちょうだい!」
やっと眠気が取れてきて食欲のエンジンも絶好調になってきた。
結局俺はパン一個とスープ一皿しか食べられなかったが、二人はパンを一かご食べ尽くし、スープも何皿もおかわりしていた。
「しかしすごい食べっぷりだな作りがいがあるよ」
サムソンさんは笑いながらスープを持って来てくれる。
赤字にならないか聞いてみたら、「気にせずどんどん食べてくれ、レインはもっと食え」と逆に駄目出しを食らってしまった。
食休みをしてから一旦部屋に戻り、外出の準備をしてから宿屋を出発する。
大通りには商人や子供達が忙しく行き交っていて活気に満ち溢れていた。
「ねえレイン、なんで完全武装なんてしているの? 武器を買いに行くんだから置いていけばいいじゃない。ナイフまで差して、これじゃダンジョンに今から向かう探索者じゃない。あ! 盾まで背負ってるわ信じらんない」
二人は手ぶらでローブだけ着て帽子やフードはかぶっていない、完全に町人モードの服装だった。
俺の格好を見てデート気分で来たセルフィアは少しお冠になった。
アニーも俺をみて困惑気味に苦笑いしている。
俺は二人を真っ直ぐに見つめ、真剣に語りだした。
「俺は何の取り柄もないけど君たちを守らなくてはならないんだよ。パーティーでの盾役とはそういうものなんだ。セルフィアは杖なしでも魔法使えるだろ? アニーだって回復呪文は手ぶらで使える。でも丸腰の俺は戦えないんだ」
二人とも黙って聞いている。
「昨日のチンピラ探索者の仲間が大勢押し寄せてくるかも知れない、そのときに盾役がいなければ瞬殺されてしまうぞ? 暑苦しいのは謝るけど我慢してくれ」
「ごめんなさい、そこまで考えていてくれたなんて思わなかったわ」
「私達が間違ってました、レイン様を疑ってしまった私達を許して下さい」
しょんぼりとしてしまった二人を見て、しまったと思ったが、この際しっかりと言っておいたほうが良いので先を続けた。
「俺は日本という治安がとても良い国から来たから、この街の日常がとても物騒に見えるんだ。これからも慎重な行動をするつもりだよ。店も開いたみたいだし気を取り直して行こうか」
二人の手を左右に握り通りを歩き出す。
おとなしい二人も俺の手を握り返し、三人仲良く武器屋に向かうのだった。
武器屋の扉を開けて中に入り、剣を中心に見ていった。
「レイン様こちらなんて切れそうで良いと思います」
アニーがミスリルの剣を指さしながらこちらを見ている。
銀色に輝く長剣はたしかに切れそうだが値段も目が飛び出るくらい高かった。
(おれの全財産をつぎ込んでも買えませんよ!)
「レインこれ可愛いわ! これ買ってよ」
セルフィアに至っては人の財布を当てにして自分の杖を衝動買しようとしている。
(こいつ可愛くなかったら説教しているところだぞ、かわいいは最強!)
適当に二人を捌きつつ、お目当ての武器コーナーに足を運ぶ。
その武器は他の剣とは形が全く違っていた。
柄の部分には豪華な柄糸が巻かれていて、鍔の部分には龍の姿が見て取れた。
黒塗りの鞘は幾何学模様が施されていて、光を反射して黒光りしている。
鞘から抜き放てば、カミソリのように切れる適度に反り返った刀身が姿を現すはずだ。
日本刀
日本人なら絶対に見逃せない世界最強の刀剣が、場違いに一本だけ武器屋の片隅に立てかけてあった。