77.親心
まさかのアトラスさんとの模擬戦闘をすることになってしまった。
骸骨騎士など足元にも及ばないほどの戦闘力を誇るアトラスさんから、無事生還することを目標にするのだった。
俺たちに簡単なルールを説明すると、アトラスさんは樹海の奥に消えていった。
ルールは俺達が本気を出すこと、アトラスさんは手加減すること、この二点だけだった。
戦闘開始は十分後、その後は今立っている樹海がどこから攻撃が来るかわからない危険地帯になってしまうのだ。
「ワンさんどうしよう、アトラスさんの攻撃をかわせる自信がないよ」
「あっしもでさぁ、今なら師匠の怖さが手に取るようにわかりやす」
「正直完全武装の僕でもアトラスさんの攻撃を受けきれるか疑問だね、多分連続で攻撃されたらアウトだよ」
話し合いの結果は惨憺たる物だった。
逃げたら本気で攻撃してくると言っていたし、正面から戦っても勝てる見込みがない。
後五分ほどでアトラスさんの先制攻撃で全滅ということが濃厚になってきた。
「モーギュストは一撃なら受けきれるのか?」
「多分いけると思うよ、でも一度受けたら最低でも十秒は時間を稼いでくれないと次は受けきれないだろうね」
「よし、モーギュストに一撃受けてもらってそのスキにワンさんと二人で全力で攻撃しよう。もうそれしか考えつかないよ」
「あっしはそれでいいでやんすよ、周囲に溶け込んでレインの旦那の攻撃に合わせやす」
そう言うと『気配消失』を使って俺達の前から消えていく。
眼の前に居るはずなのにどんどん見えなくなっていって、とうとう居なくなってしまった。
周囲のどこかに溶け込んだワンさんは俺の動きを見ていることだろう。
俺も『身体強化』を高めながらアトラスさんの襲撃に備えた。
十分が経ったころ樹海の奥から異様な気配が近付いてくるのがわかった。
別段俺が気配を探知する能力に目覚めたわけではないのにその気配はよく分かる。
その場に居合わせた全ての生き物が感じられるほど濃厚な気配でとても攻撃的なものだった。
「モーギュスト感じるか? きっとアトラスさんが近付いてきている気配だよ」
「うん、よ~く分かるよ。ヤバすぎて鳥肌が立ってきたよ」
(ミノタウロス族も鳥肌が立つんだな……、 もちろん俺は立ちまくりだ)
一瞬馬鹿なことを考えてしまったが、おかげで少し冷静になれた。
「アトラスさんは本気を出さないと言っていた。この気配も本気で消そうと思えば俺たちにバレることなんてないはずだ、案外攻撃も正面から普通に仕掛けてくるかもしれないな」
「そうだったらいいね、それでも受けきれる保証はないけどね」
話しているうちにどんどん気配が近付いてきて眼の前まで迫ってきた。
モーギュストの壁盾を持つ力が強まっていくのが傍らで見ていてもよくわかった。
俺も愛刀の柄を握る手に自然と力が入っていく。
勝負はモーギュストが一撃を受け止める一瞬、流石にアトラスさんでも姿を消すことは出来ないはずだ。
そこを狙って渾身の一撃を叩き込むことにした。
ふいにアトラスさんの気配がゆらりと消えた気がした。
しかしすぐに元に戻る、違和感しかないそのゆらぎに体が勝手に反応する。
「モーギュスト上だ!」
体を極限まで地面に伏せ、刀をいつでも抜けるように構える。
折り畳まれた俺の体は、解き放たれるのを今か今かと待っているバネのように弾ける寸前になっていた。
俺のすぐ横では壁盾を素早く上空に向けたモーギュストが、魔力の放出を最大にして一撃に備えた。
「『シールドチャージ』! 『パイルバンカー』!」
壁盾が一瞬光り無数の杭が周囲に突き刺さっていく、俺とモーギュストを傘状に包んだ杭が、周囲の地面をコンクリートのような硬さにしていく。
ワンさんがどこかで見ているだろうが、俺たちの周囲には壁盾を屋根にして檻のように杭が立ち並び、まるで鳥かごのようになっているだろう。
『刺突杭刺し!』
アトラスさんがスキル名を叫び降下してきた。
丸太のような木剣を逆手に持ってまっすぐ壁盾に向かって突撃してきた。
木剣からは空気を切り裂く風切り音がしていて、相当の速度と威力が乗っているのが容易に予想できた。
そのことからアトラスさんはただ重力で落ちてくるのではなく、『縮地』を発動して加速をしてきたのがわかり、スキルの連続使用に戦慄を覚えた。
木剣の先が壁盾とまともにぶつかった。
それはまるで骸骨騎士との戦闘を再現しているようで、身体がこわばりその場に釘付けになってしまう。
骸骨騎士のときはランスが粉々に砕け散って勝負がついたが今回は逆だったようだ。
壁盾自体は木剣の圧力と五分で持ちこたえたが、周囲に展開していた杭はことごとく砕け散って辺りに散らばった。
もろにアトラスさんの圧力を受けたモーギュストが、その場に膝を付け苦悶の声を上げる。
アダマンタイト合金の鎧がギシギシと不気味な音を立て始めた。
完全にアトラスさんの攻撃を止めてはいるがいつ崩れ落ちてもおかしくない状態になっていた。
「ここだ! 『刺突』!」
渾身の技、『刺突』をアトラスさんの心臓めがけて繰り出す。
切っ先が音速を超えて空気の壁を突き破る。
周囲に爆発音を響かせて高速の突きが放たれた。
同時にワンさんがアトラスさんの頭上に急降下してきた。
ワンさんは木の梢付近に潜伏して俺の攻撃をうかがっていたのだ。
まっすぐ手を突き出し二本の短剣をアトラスさんの首元に狙いつける。
ワンさんはアトラスさんの真似をして『縮地』を発動し、加速を付けて弾丸のように飛び込んできた。
俺とワンさんの一撃必殺、連携の突きがアトラスさんを上下から襲った。
「いけるか!?」
思わず声が出てしまう。
『あまいぞ小童! 『剛力解放』! 『金剛硬化』!』
俺とワンさんの攻撃のコンボが決まりかけた時、新たなスキルをアトラスさんが使った。
ワンさんの双剣が首筋に弾かれて、そのまま体ごと体当りする格好になる。
俺の必殺の一撃もアトラスさんの胸板に弾かれてしまった。
とうとうモーギュストが圧力に耐えきれず地面とアトラスさんに間に潰されてしまった。
丸太の木剣から手を離したアトラスさんが、俺とワンさんを掴み上げて勢いよくかち合わせた。
『身体強化』で防御力が相当上がっているにもかかわらず、目から星が出るほどの衝撃が全身に駆け巡る。
最後に見た景色は俺と同じ様に気絶していくワンさんの顔と、既に意識をなくしたモーギュストの顔だった。
ー・ー・ー・ー・ー
頭がひんやりとして意識が戻ってくる。
視界には木々が生い茂っている様子が映し出され、ここが樹海だということを思い出した。
俺は何をしていたのだろうか、頭がはっきりせず記憶が曖昧だ。
隣を見るとワンさんとモーギュストが寝かされている、ちょうど俺達は川の字に横たえられていて、二人ともまだ意識が戻っていないようだった。
体を起こそうとしたが大きな手で抑えられてしまう。
頭の上を見るとアトラスさんが居て俺たちを見守っていた。
『まだ休んでいろ、じきに良くなる』
ひんやりしていたのは薬草のようだ、額にはすり潰された草が張り付いていた。
『お前たちはだいぶ強くなったが、まだまだ弱いな。この樹海には俺より強い魔物がたくさんいるぞ、急いで樹海の奥へ行ってはいけないぞ』
アトラスさんの目は俺を心配そうに見ていた。
俺の探索への焦りを見透かしていたようかのに説教されてしまった。
少しばかり強くなって調子に乗っていた俺達を心配して、アトラスさんなりに俺達を戒めてくれたようだ。
少々手荒い戒めだったが、不思議と嫌な気持ちにはならず素直な気持ちで受け止めることが出来た。
少し焦っているのかもしれないな、仲間達と話し合ってこれからのことを決めていこうと心に誓った。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
アトラスが戦闘で使ったスキル・技
【身体強化】…… 体に魔力を満たし、身体能力を大幅に引き上げるスキル。
【縮地】…… 瞬間的に短距離を移動するスキル。
【気配消失】…… 自分の気配を極限まで消すスキル、強者や探知型スキルを持つものには効果が薄い。
【剛力解放】…… 一瞬だけ力を数倍に跳ね上げることが出来るスキル。
【金剛硬化】…… 体の表面を固くして防御力をアップするスキル。
【刺突杭刺し】…… 刺突系の技、全体重を武器にかけ上空から突き刺す技。