74.喜びと希望
戦力強化のためスキル『縮地』の特訓が始まった。
俺とワンさんとモーギュストは、苦労しながらも少しずつスキル取得へ近づいて行った。
厳しい特訓の合間の休憩の時間、俺は地べたに座り込みスキルについて考えていた。
スキルとは一体何なのだろうか?
今までは練習でスキル取得など出来るものではなく、有る日突然発現する物というのが俺達のスキルに対する認識だった。
地上の人々はそれを未だに信じ込んでいて、今の俺達のように練習などしていないのだ。
そもそも魔力を持たない人は一生『身体強化』などのスキルを取得することは出来ない。
俺は幸運にもアトラスさんと知り合いになれたことによって、『魔力剤』なる液体を飲ませてもらい魔力を得た。
アトラスさんによれば『魔力剤』を飲めば誰でも魔力持ちになれるそうだ。
人々が未だに出来ない自主的なスキル取得、これはもうチート能力だと言わざるを得なかった。
魔法系のスキルにしても原理は同じなのだろうか?
セルフィア達がスキルを自主的に取得できれば、さらなる大幅な戦力アップにつながるだろう。
しかし惜しむべきことにアトラスさんは、魔法系のスキル持ちではなく取得方法を全く知らなかった。
セルフィアたちのスキル獲得は完全に暗礁に乗り上げた状態だった。
『お前ら休憩は終わりだぞ、さっさと練習を再開しろ』
厳しい号令がアトラスさんの口から飛び出す、俺は飛び起きて『縮地』の練習を再開した。
精神を集中して『縮地』を発動する。
体内の魔力を練り上げて十メートルほど前方に飛ばした。
視界が歪み一瞬だけ体が前方に引っ張られるような感じがした。
しかし気がつくと数歩しか移動してはいなくて、『縮地』とは到底呼べるものではなかった。
もう少しでできそうな気がする。
他の二人も感覚はつかめているようで、誰が先に成功してもおかしくない段階に入っていた。
もう一度最初から『縮地』を発動する。
何気ないひらめきで魔力を飛ばす距離を五メートル前方へ変えてみた。
今までになく視界が歪み力強く引っ張られていく。
少し怖くなったが思い切って前方に飛び込んでみた。
突然世界がぐにゃりと曲がり、見ているもの全てがゆっくりと動いて見えた。
凄まじい勢いで前方に体が進んでいく。
気がついたときには五メートル前方へ移動していて突然の事に驚いてしまった。
「旦那! 今『縮地』できてやしたよ! あっしも目でも捉えることができやせんでした!」
「レインさん凄いや! 一瞬で移動してしまってビックリしたよ!」
二人が盛大に喜んで走り寄ってきた。
どうやら『縮地』を取得できたらしい。
『やっと出来るようになったか、これで戦いの幅が広がったぞ』
アトラスさんも嬉しそうにうなずいている。
時間が経つにつれ嬉しさがじわじわと湧いてきた。
「やった~! できたぞ! 『縮地』ができた!」
飛び上がって喜び、三人で肩を組み喜び合う。
忘れないうちにもう一度やっておこうと思い、再び『縮地』を発動した。
今回は当初練習していた十メートルほど前方への瞬間移動だ。
魔力を練って前方に飛ばすと一瞬で移動が完了した。
さっきまでできなかったのが嘘のようにスムーズに移動できる。
一度取得すれば使い方を忘れるようなことは無い様だった。
今だにできない二人にコツを教える。
二人は俺が成功したように五メートル前方に意識を向けさせ『縮地』を発動させた。
二人ともそれほど時間がかからずに『縮地』を成功させる。
三人仲良くスキルを取得してみんなで喜びあった。
『お前ら三人『縮地』を取得したな、それを使って今から追いかけあうぞ、誰か一人が鬼になり『縮地』で追いかけろ』
「なるほど鬼から逃げる二人も『縮地』を使って逃げるのですね」
『そうだ、やっているうちに慣れて使いこなせるようになるぞ』
休憩を挟んで『縮地』を使った鬼ごっこが始まった。
始めはすぐに鬼に捕まえられてしまっていたが、徐々に逃げることが出来るようになって一戦一戦が長くなっていった。
日が暮れる頃には三人共連続で『縮地』を使って動き回れるようになりかなり上達してきた。
『よし、俺も参戦するぞ、俺が鬼になるからお前ら逃げまくれ』
とうとうアトラスさんが鬼役で参加してきた。
それなりに逃げる自信があったが、すぐに捕まえられてしまった。
アトラスさんの『縮地』は、フェイントや二段階『縮地』など多彩な動きで全く予想できなかった。
『縮地』とは奥が深いスキルだということがわかり今後の課題になった。
『明日からは『気配消失』のスキルを覚えていくぞ、しっかりと休養して明日に備えろよ』
「わかりました!」
二人にもアトラスさんの言葉を伝えると、大きく返事をして今日の特訓は終了した。
夕食を食べ終わり食休みをしているときに、セルフィアが一冊の本を俺に渡してきた。
古びた羊皮紙を束ねて、これまた古い革の装丁が施してある、古文書と言っていい代物だった。
「レイン、この本を読んで。寝室の本棚に置いてあったのだけれど、古代文字のようで私達には読めないのよ」
子供が親に本を読んでもらうようにねだってきたセルフィアは、とても可愛くて頭を撫ぜてしまいたくなった。
「どれどれオジサンが読んであげようね、膝の上にお座り」
少しからかってみたくなりセルフィアを抱き寄せる。
ちょっとだけ戸惑っていたが、すぐに素直になって俺の膝の上に座ってきた。
今度は逆に俺がビックリしてしまい、セルフィアをじっと見つめてしまった。
イタズラが成功した子供のような顔をして笑ったセルフィアは、膝の上から降りようとはしないで、本を読むことを急かしてきた。
本の表紙を見ると題名が大きく書かれていた。
「え~と、『アルフレッド・メイウェザーの魔法書』ってかいてあるな」
俺が本を読み始めるとアニーとリサが近寄ってきて身体をくっつけてくる。
膝の上にセルフィアが乗り、両脇にアニーとリサという珍しい格好で本を読み進めていった。
「著者はアルフレッド・メイウェザーだってさ」
誰も本の著者のことを知らないらしく、大した反応が帰ってこない。
気を取り直して本の表紙をめくっていく。
最初のページには、本の紹介文が書いてあった。
『この本は魔術を志す者のために、我輩が直々に書き起こした貴重な書物である。この本に書かれていることを実践すれば、能力が数倍になるスキルや有用な呪文を取得できることを保証する……』
「ずいぶん自信有り気な文章だな、なんか胡散臭くないか?」
「でも興味があるわ、もしかしたら本当に強くなれるかもしれないじゃない? それにこれはレイン達が練習している、スキル取得方法の魔法版の可能性が高いわ」
「次のページに練習方法が書いてあるよ、本の通りに練習すればいいらしい」
セルフィアは俺の言葉を紙に書き写して本の内容を実践するようだ。
本をどんどん読んでいくと、専門的な用語には丁寧に解説が載っていて、とてもわかり易い内容だった。
最初の書き出しは明らかに魔術初心者に向けた教科書的な文章で、本当に強くなれるような気がしてきた。
詳しく読みながらセルフィアに紙に写させる。
夜遅くまで掛かって第一章を書き写した。
本の構成は全部で四章からなっていて、初級、中級、上級、応用編となっている。
第一章の内容は基礎的な内容が大半だったが、その他にいかに素早く魔法を唱えるかや、魔力の効率的な威力拡大方法なども書かれていた。
「レイン! この本に書かれていることがもし本当だったら、私達も強くなれるかもしれないわ。明日からこの本を実践してみるわ!」
夜が遅いにもかかわらず、セルフィアは興奮してやる気を出している。
俺にくっついている二人は、だいぶ前に夢の中へ旅立ってしまっていた。
さすがは魔法使い、セルフィアだけはいつまでも本を見つめながら期待に胸を膨らませていた。
眠ってしまった二人をベッドへ運び、セルフィアも強引に寝かしつける。
すっかり夜中になってしまい俺もいい加減疲れたので、寝床に潜り込むとすぐに意識を手放した。