73.驚異の攻撃
アトラスさんに朝食をご馳走になり、いよいよ訓練が始まることになった。
朝食を食べ終え小屋の前で待機しているとアトラスさんがゆっくりと姿を現した。
いつもの革鎧に革のブーツを履きスキのない動きで近付いてくる。
しかし今日は巨大な剣と斧は携帯していなかった。
『三人ともそろっているな、これから特訓始めるぞ』
「「「よろしくおねがいします!」」」
三人で挨拶をする、ここでの強化が今後の探索に影響するので皆真剣だった。
『まずお前らで模擬戦をしてみろ、俺はそれを見ているからな』
アトラスさんが言ったことを二人に話す。
相談した結果俺とワンさんがモーギュストを攻め、モーギュストが防衛することにした。
普通の長剣を巾着袋から出し装備する。
この程度の武器ではモーギュストに傷一つ付けられないので安心して攻撃できた。
ワンさんも昔使っていた短剣を取り出し両腕に構える。
一方のモーギュストは武器を持たずに盾だけを構え、防戦することにしたようだ。
『準備できたら始めろ』
「よし、ワンさん『身体強化』してモーギュストを攻撃するぞ、左右から回り込んで同時に攻撃する」
「わかりやした」
魔力を体に巡らせて『身体強化』していく、心臓の鼓動が激しくなってきて力がみなぎってきた。
爆発的な素早さで左右に展開した俺達は、ドッシリと構えているモーギュストに向かって本気の一撃を加えた。
ワンさんが素早さを生かしてモーギュストの懐に侵入して短剣を喉元に突き刺す。
俺は振りかぶった長剣をモーギュストの兜めがけて渾身の力で振り下ろした。
ガキンと鈍い音がして俺とワンさんの動きが止まる。
俺の上段からの振り下ろしは見事に盾で防がれ、衝撃が俺の腕をもろに襲った。
ワンさんの短剣による突きは、寸前でモーギュストが首をひねったことにより受け流されてしまい、首筋の鎧をかすっただけで全くダメージを与えることは出来なかった。
盾が一瞬大きくなったような気がして剣が弾かれてしまう、その影響をもろに食らった俺は盛大に吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。
「ガハッ!」
肺から一気に空気が吐き出され、腰をしたたか打ち付けられた俺は動けなくなってしまった。
首を巡らせワンさんを見ると、モーギュストの横に片膝をつき腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
俺が吹き飛ばされるのと同時に、モーギュストの拳がワンさんの腹にめり込み、悶絶してしまったようだ。
必死に胃の中のものを吐き出さないように口を抑えているワンさん。
俺もすぐに起きることは出来ずにその場に寝転ぶ格好になった。
モーギュストは余裕でその場に立っている、俺達の攻撃は彼にとって全く脅威では無いようで少しがっかりしているようだった。
『何だお前ら、だらしがないな。そんな弱い攻撃をしているから返り討ちに合うんだ、攻撃はこうやるんだ』
いきなりアトラスさんが視界から消え去る。
気配すら無くなったアトラスさんは、次の瞬間モーギュストの後ろに現れて拳で殴りかかった。
モーギュストは一切探知できなかったらしく兜を殴られて頭を揺らされた。
その場にばったり倒れたモーギュストは、ピクリとも動かなくなって意識を刈り取られたようだった。
『モギュも装備ばかりに頼っているから駄目なんだ、俺の拳が剣だったら今ので死んでいるぞ』
パーティー内で最強の防御力を誇るモーギュストが一撃で沈められてしまった。
その状況に思考がついていかず俺はその場で目を見開き動けないでいた。
ワンさんが尻餅をついて目を見開いて固まっている。
おそらくアトラスさんの動きに全く反応できず、横で攻撃を見せつけられて腰を抜かしてしまったのだろう。
小屋の前で模擬戦闘を見ていたアニーにキュアをかけてもらう、モーギュストが倒れたことに女性陣も戸惑いを隠せず終始無言だった。
意識を取り戻したモーギュストは状況を説明されるとうなだれて自信をなくしたようだった。
三人とも情けない結果に気を落とし無言でアトラスさんの前に整列する。
『お前たちの力はだいたいわかったぞ、これから強くしてやるから安心しろ』
「本当に強くなれますか? こんな無様な俺達にアトラスさんみたいになれるのでしょうか……」
『簡単になれるとは言わないぞ、しかし俺の言うことを実践していけば必ず強くなれる、後はお前達次第だ』
二人にもアトラスさんの言葉を伝えるとモーギュストが泣き出してしまった。
「僕調子に乗っていたみたいだね、アトラスさんの言うことを聞くから強くしてください」
頭を下げながら泣いているモーギュストの頭をアトラスさんは優しく撫ぜてうなずいていた。
言葉がわからなくても気持ちは繋がっていて、アトラスさんの俺達に対する優しさがわかって少し泣けてしまった。
落ち着くとアトラスさんが食堂に俺たちを集め講義をし始めた。
まず俺たちの体力に関しては何も問題ないということだ。
何ヶ月も『身体強化』を磨いてきたので、アトラスさんの基準に照らし合わせても十分に合格点をもらえるようだった。
では何が俺たちに足りないのか、それはスキルだそうだ。
この世界には戦闘用の様々なスキルが存在していて、それらをあやつり戦うのが当たり前らしい。
今までの俺たちは自分の基礎体力だけで戦ってきたようなもので、アトラスさんに言わせると素人同然だそうだ。
具体的なスキルを一つひとつ教えてもらう。
直接戦闘職の代表的なスキルは『縮地』と『気配消失』だ。
『縮地』とは距離を一瞬で縮めるスキルで、取得すると相手の懐に容易に潜り込むことが出来るようになるらしい。
そして今まで何度かアトラスさんに使われたこともある『気配消失』は、アタッカー職では必須のスキルだそうだ。
アトラスさんの他には『暁の金星』のリーダー、ビリーさんにスラム街で使われたことを思い出した。
容易に敵を倒すことが出来るスキル、それを取得することが当面の課題となった。
講義が終わると早速小屋の外で『縮地』の練習が始まった。
基本は『身体強化』と同じで体に魔力を巡らせ、素早く体を動かすことらしい。
ただ普通に動くだけではなく空間を魔力で歪め、距離の概念を無効にするのだそうだ。
全く意味がわからないが簡単に言うと、『縮地』とはワープをして相手のそばにいきなり現れることらしい。
ますます頭が混乱してその日は何も進歩なしに終わった。
来る日も来る日も飽きること無く『縮地』の練習をする。
最初のときよりは何となく理解できるようになってきて若干の進歩はあった。
『そろそろ出来るようになってきたな、今からお前たちを抱えて『縮地』をするぞ、今のお前たちなら『縮地』の真髄を理解できるだろう』
アトラスさんが俺を抱えあげると魔力を発動し始めた。
アトラスさんが俺にも魔力を発動するようにと言って来たので、二人して魔力を体に流す。
アトラスさんと俺の魔力はゆっくりと混じり合っていく。
そしてその魔力は体だけではなく十メートルほど離れたところからも感じれれた。
その魔力と魔力の間が細い魔力の糸で継っていて、まるで自分自身が十メートル先に居るような感覚に陥った。
ビックリしているといきなり辺りが歪み、次の瞬間には十メートル先に転移していた。
『どうだレイン、わかったか?』
驚きで固まっている俺にアトラスさんが聞いてくる。
「はい! なんか魔力の糸が感じられて遠くの方にも意識が感じられました」
『それがわかればもう一息だ、忘れないうちに一人で練習してみろ』
一人でやってみるがあと一歩の所でうまくいかない。
ワンさんとモーギュストも同じ様に抱えられ瞬間移動を体験していた。
三人してもう一歩のところまできたような気がする。
近い内に『縮地』を覚えられる予感がして、練習にも一層力が入っていった。