71.停滞
骸骨騎士との戦闘に突入した『白銀の女神』は、絶体絶命の窮地に陥ってしまった。
骸骨騎士が超重量級の化け物馬を操り突進してくる。
全ての体重が乗ったランスの切っ先は鋭く尖っていて、どんなものでも貫ける凶悪な兵器だった。
「ファイアーボール!」
セルフィアが苦し紛れに魔力の乗っていないファイアーボールを撃った。
骸骨騎士の胸の部分に直撃して爆発するが、全く効いている様子はない。
爆風の中から何事もなかったように速度も落ちずに突進してきた。
「この前みたいには行かないよ! 僕の防御力は桁違いに強くなったからね!」
モーギュストの体から大量の魔力が放出される、『身体強化』を極限まで高めたのだ。
「アダマンタイト合金の壁盾の防御力を見せつけてやる! 『パイルバンカー』!」
ドンッと地響きが俺たちの足元から発せられて尻餅をついてしまう。
モーギュストを見るとうっすらと光っており、壁盾から何本もの杭が地面に突き刺さっていた。
ただ突き刺さっているだけではなく、杭の周りの地面が灰色になっていて、まるでコンクリートの様に固くなっていた。
モーギュストから放出した魔力が壁盾を通じて杭に伝わり地面を硬化しているようだった。
モーギュストの鎧と壁盾と地面、全てが一体化する。
凄まじいスピードで突進してきた骸骨騎士のランスが壁盾をもろに突いた。
壁盾とランスの接点を中心にして大爆発が目の前で起きる。
閃光を伴った凄まじい爆風が辺りに拡散していく。
辺りの木々が全てモーギュストを中心になぎ倒された。
しかし盾の後ろにいた俺達には衝撃が一切来なかった。
思わずつむってしまった目を開けると、モーギュストが依然として立っていて骸骨騎士のランスは粉々に砕け散っていた。
そればかりか突進してきた圧力で骸骨騎士の腕は破壊され、肩口からちぎれ飛んでいる。
乗っていた馬は壁盾に激しくぶつかり首から先が消失していた。
即死した馬が盛大に痙攣してその場に倒れ込んだ。
「その首もらったー!」
モーギュストの槍の一撃が骸骨騎士の首元に突き刺さり兜ごと首を上空に刎ね飛ばす。
さしもの骸骨騎士も聖水をかけた槍に首を刎ねられ、光の粒子になって消え去った。
「借りは返したぞ骸骨騎士!」
モーギュストが槍を横一線に振り抜きポーズを決めると高らかに宣言する。
この瞬間『白銀の女神』の盾は悪魔をも退ける最強の盾であることが証明された。
「すごすぎて言葉も出ないわ……」
「本当に倒してしまったのですね……」
「モギュえらい!」
女性陣から絶賛の嵐だ、俺とワンさんはあっけにとられ顔を見合わせていた。
急いで『コロニー』へ戻り『退魔の香』を焚く、昼間でも強敵が出ることがわかった以上常に焚いていなければ安心ができなかった。
「おどろいたが何とかモーギュストのおかげで生還できた。ここは間違いなく十八階層だろう、でなければあんな化け物が昼間に出没する理由が説明できないからな」
「しかしよくあんな化け物倒したでやんす、近距離戦ではモーギュストに勝てる魔物はもういないでさぁ」
「悔しいけどあたしの攻撃もやつには通用しないわ、機動力がありすぎて魔力を練る時間がまったくないわ」
「私は怖くて何も出来ませんでした……」
骸骨騎士には勝てたものの課題は山積みなようだ。
当のモーギュストは難しい顔をしてなにか考えていた。
「どうしたんだ? なにかまずいことでもあったか?」
「ああ、別になにもないよ、ただ骸骨騎士が複数出てきたら果たして勝てるのか疑問に思ったんだ。あれだけの機動力で走り回られたら防ぎきれないよ」
確かに単騎であれだけの脅威だったのだ、二体三体出てきたら簡単に全滅させられることは容易に想像できた。
かと言って武具による強化は現状できそうにない、レベルをあげるかスキルを取得するか、もうそのくらいしか強化する方法は考えられなかった。
「困ったな、骸骨騎士が出ることがわかった以上、十八階層の探索は危険すぎて出来なくなってしまった。十七階層でレベルを上げるのはいいが、もう一つ決め手が足りないような気がするな」
「旦那、ここはアトラス師匠に相談しやしょう、師匠ならきっと解決策を出してくれやすよ」
「確かにそうだな、身近に手本となる人がいるのを忘れていたよ。今日はこのまま休んで明日アトラスさんに会いに行こう」
次の日『樹洞』を早々に後にして『深淵の樹海』をアトラスさんの家に向かって移動し始めた。
骸骨騎士がまた出てくるかと思うと生きた心地はせず、出現しないかビクビクしながらの撤退だった。
謎の遺跡に到達して素早く中に入る。
扉は一度解錠しているからなのか一切罠が作動しなかった。
地下牢に降り、石碑に手をかざして『深海の樹海』の畔に転移する。
雲ひとつない快晴で空が青く高かった。
「なんか不思議な感覚よね……、さっきまで雪景色で次に豪雨でしょ、それで一瞬で晴天だもの調子が狂っちゃうわ」
「たしか日常では味わえない環境の激変だな、みんな体調管理は万全にお願いするぞ」
崖の上の草むらに仰向けに寝転びながら一時休息を取る。
魔物がはびこる迷宮にもかかわらず敵は一匹も見当たらなかった。
冷え込んでいた心と体が暖かくなった。
俺はみんなを呼び集めるとアトラスさんの家に向かって探索を開始した。
リサの弓から矢が連続で放たれる。
樹海の浅い所に出る魔物や動物は、矢に急所を貫かれて一撃で倒されていった。
「師匠にお土産が出来やした」
ワンさんが子牛ほどあるうさぎの足を掴んで嬉しそうに持ち上げた。
手早くロープで足首を縛り上げると器用に木の枝にぶら下げた。
解体用のナイフを腰から引き抜き一気に首筋を斬りつける。
まだ温かい血が地面に垂れ始め、辺りに鉄臭い匂いが漂い始めた。
ナイフを器用に操って兎の皮を剥いでいく、見事な手さばきに見入ってしまった。
「いつ見てもワンさんは解体うまいよね、なにか上手く捌くコツとかあるの?」
「何事も慣れでやんす、長期間野外キャンプしていた時に嫌という程解体しやした。今じゃ目をつむっていても出来やすよ」
(あ……、聞いちゃいけないことだったな、ホームレスで自給自足だったのか……)
まだ温かいうさぎの肉を巾着袋に収納する。
他の仲間達は何をしているのか見渡してみると、モーギュストは真面目に見張りをしていた。
そしてリサ達三人はドラムを取り合ってじゃれ合っていた。
代わる代わる持ち上げられておもちゃにされているドラム、少し可哀相になって注意しようと近付いた。
「あ! レイン、ちょっとドラムを抱いてみて」
注意しようとしたらセルフィアに話しかけられて出鼻をくじかれてしまう。
不思議に思いながらもドラムを受け取り抱っこしてみた。
「なんだ? 別に何も変わらないような気がするが……」
「レインはいつも抱き上げているからわからないのよ、ドラム凄く重くなっているわ」
見た目はいつもと変わらないような気がするが重くなっているのだろうか。
「レイン様、『身体強化』を切ってみてください」
俺は日頃から『身体強化』を発動してスキルの強化を図っていた。
無意識のうちに発動していたので違和感がなくなっていたのだ。
言われるままに『身体強化』を切ってみる。
その瞬間ドラムの身体が異常に重くなって落としてしまった。
ドラムは素早く浮遊状態になり俺の周りをプカプカと回り始めた。
「なんなんだ、めちゃくちゃ重かったぞ」
「でしょ! ドラム体の大きさは変わらないのに体重が異常に重いのよ、なんだか心配だわ」
『身体強化』を発動してドラムをもう一度抱き寄せた、いつもの感覚に戻って軽々持ち上げられる。
スキルの凄さを改めて実感した。
「ドラム、お前なんか重いぞ」
ドラムの目を見て話しかけた。
(もうすぐだよ、かわるよ)
ドラムが念話で話してくる。
「え? 何が変わるんだ?」
(すぐわかるよ、待ってて)
その後は何を聞いてもくりくりした目玉で俺を見つめるだけで念話を飛ばしてくることはなかった。
アトラスさんの家が見えてきた。
相変わらずの高い丸太の壁が眼の前に現れ懐かしくなった。
アトラスさんに会えるのを楽しみにしながら大きな門に移動していった。