70.悪魔
『深淵の樹海』を再探索し始めた『白銀の女神』は、探索早々に『樹洞』を発見し喜びあった。
「やったわ! 『樹洞』発見よ!」
「これで一息入れられますね」
「よし! 『樹洞』に登って拠点を確保するぞ、ワンさん先行して安全を確保してくれ」
「わかりやした!」
ワンさんが勢いをつけて巨木の幹を駆け上っていく、ワンさんは脚力だけならアトラスさんにも負けないほど『身体強化』を使いこなしていた。
程なくしてワンさんが『樹洞』から手を振って安全宣言してきた。
ロープが『樹洞』から垂れてくる。
メンバー達が次々とロープをつたい上へ登っていった。
全員が登り切るとキャンプの設営に入った。
先ず『退魔の香』が焚かれ安全を確保する。
次はテントの設置だ、『ルマンド公国』に旅した時に新調した大きめで冬用のテントを二張『樹洞』に設置していく。
中央に焚き火をおこし暖を取る。
メンバー達のリクエストでバーベキュー用のかまども設置することになった。
肉好きっ娘達が「ステーキ、ステーキ」と歌い始めた。
今日の昼ごはんはバーベキューになりそうだな。
辺りに肉の焼けるいい匂いが充満し始めた。
牛肉に豚肉、鶏肉といろいろな肉が網の上で焼かれていく、肉から油が滴り炭の上に落ちて香ばしい煙が立ち上る。
モーギュストは真面目に樹海を警戒しているが、その他のメンバーは網の周りを囲い焼けていく肉をじっと凝視していた。
俺は隣の鉄板で野菜炒めを作り始めた、栄養が偏ってはこれから始まる探索に支障をきたす事になりかねない。
青物野菜に人参に似た野菜、キノコや魚介を入れていく、小麦粉を水で溶いたものを仕上げにかければ、中華料理の八宝菜のような物が完成した。
俺が皿に盛り付けているとステーキの方も出来上がったようで次々に皿に盛られていく、すぐにお代わり用の肉が焼かれ始め盛大に煙を上げていた。
今日は樹海探索の初日だ、少々贅沢に白パンを食卓のカゴに盛っていく。
お金があるのだからいつも白パンにすればいいのではと思うが、質素な食事も皆それなりに気に入っていて、贅沢な食事はたまにとることにしていた。
食卓にワインやエールなどの比較的アルコールの低いお酒を出していく。
早めに探索を切り上げたときは飲酒を解禁していた。
そういう日は見張りの順番は固定で決まっていて、ワンさんとセルフィアが嬉しそうにグラスにお酒を注いでいた。
「それじゃ、食べようか。アニーお祈りをお願い」
「わかりました」
アニーの食前の祈りが始まり、みな真剣にイシリス様に感謝する。
祈りが終わると我先にステーキにかぶりつき楽しい昼食が始まった。
これから早くて半月、下手をしたら数ヶ月の探索が始まる。
みんなここぞとばかりにはしゃぎまくり、探索の不安を一時的でも忘れたがっていた。
食事が終わりテーブルの上が片付けられる。
りんごもどきのシロップ漬けを食べならがこれからのことを話し合った。
「ワンさんの予想通りに『深淵の樹海』は更に奥に広がっていることが確定した。ではここが本当の十八階層なのか、それともまだ十七階層のままなのか、みんなの意見を聞かせてくれ」
俺の問いかけにみんな黙って考え込んでしまった。
正直俺にもわからず判断に困ってしまう問題だった。
「あたしはここが十八階層だと思うわ、天候が変わってきたのが決めてね。十六階層は晴れで十七階層は嵐、十八階層になったら雪が混じってきたからよ」
「私もセルフィアに賛成ですね、天候はこれからどんどん悪化していくような気がします」
中々説得力のある意見だ、だがもう一つ決め手が欲しかった。
「みんな大事なことを忘れてるよ、階層が変わると魔物の構成が大幅に変わるでしょ、それを検証してみればいいのさ」
モーギュストがもう一つの決め手を披露してくれた。
明日から拠点の周りの魔物を狩って魔物の種類を調べることになった。
朝起きると『樹洞』の外は一面の銀世界になっていた。
寝ている間にみぞれは雪に変わり、猛烈な勢いで積もっていったらしい。
深夜当直組に吹雪の様子を聞き、探索に一抹の不安を覚えた。
拠点の付近を重点的に魔物を探す。
『火神の障壁』のお陰で寒さはそれほどでもなく活動するのに支障はなかった。
雪は小降りになっているがいつまた吹雪いてくるかわからない、あまり拠点から離れること無く探索することにした。
足元の雪は昨晩の気温低下によってカチコチに凍っている。
表面だけかと思ったら中の方まで凍っていて、異世界の自然の厳しさに怖くなってしまった。
今『火神の障壁』をはずしたら数分と生きてはいられないだろう。
周りの樹木が凍っていて枝に触ると粉々に砕け散った。
探索して数時間、依然として魔物は姿を現さない。
さしもの樹海の魔物たちも気温が低すぎて生存することが出来ず、全滅したのかと思われた。
「旦那、蹄の音が聞こえやす、警戒してくだせぇ」
耳の良いワンさんがかすかに聞こえる馬の足音を聞き分けた。
木の陰にしゃがみ込み音の主が現れるのを息を殺して待ち構える。
木の枝が押し分けられる音がして馬のいななきが聞こえてきた。
「最悪じゃないか……、なんでやつがここに居るんだ……」
俺は心底驚いていた。
今まで戦った敵の中で一番強かった敵、骸骨騎士が単騎ではあるものの俺たちの前に姿を現したのだ。
全身を骨でできた鎧に身を包み、体中から血を流した馬に乗っている。
これだけの寒さにもかかわらず馬の口からは白い息が全く出ていなかった。
おまけに全身から流れ落ちる血液が地面の雪の上に落ちると煙を上げて溶かし始めた。
まさに異界の化け物、完全にこの世のものではなかった。
「レイン、逃げましょう、あんな奴に勝てるはずないわ」
「レイン様、相手が悪すぎますここは引いたほうがいいです」
「お兄ちゃん、怖いよ……」
女性陣は戦意喪失して俺にしがみついてくる。
そんな中モーギュストひとりだけが嬉しそうに呟いた。
「こんなに早く借りを返せるなんて僕はなんてラッキーなんだ、今度は負けないよ」
モーギュストはやる気満々だ、アダマンタイト合金の短槍に聖水をふりかけ戦闘の準備に取り掛かった。
極寒の樹海でも聖水は凍ること無く液体のまま短槍を濡らしていく。
女神の奇跡のたまものか、はたまた『火神の障壁』のおかげか、どちらにしても聖水は液体を保ったまま完全に効力を発揮していた。
「モーギュスト、早まった行動はするなよ、感情で動けば必ず失敗する。あの魔物は強い、やり過ごせるなら戦わないほうが懸命だ」
俺はモーギュストが今にも飛び出していきそうでハラハラしていた。
「レインさん、どうやらあいつは見逃してくれそうにないよ……」
モーギュストに言われて骸骨騎士を見ると、ヤツは俺たちを捕捉してこちらを凝視していた。
骸骨の落ち窪んだ目に真っ赤な光が灯り始める。
右手に持ったランスをこちらに向けると、すごい勢いで突進してきた。
間一髪セルフィア達を抱きしめ横飛に逃れる。
ワンさんとモーギュストは反対側に逃げおおせていた。
素早くモーギュストが俺達の前に立ちふさがる、壁盾を構え次の攻撃に備えた。
「みんなモーギュストの後ろに隠れるんだ、俺達ではヤツの攻撃は防げない、モーギュストの防御に頼るしかない。それからセルフィア魔法を放つ準備をしろ、アニーはバリアをモーギュストにかけた後、神聖魔法を放つ準備、リサは弓矢で牽制してくれ、ワンさんと俺は女性達の盾になるぞ」
一気に言い終えたときには骸骨騎士は一度目の攻撃から馬を翻して再び突進してくるところだった。
絶望がパーティーを包み込む、最悪の展開に為す術はなかった。
最悪の悪魔との戦闘に突入した俺達は、絶体絶命の窮地に陥ってしまった。
絶望の展開にみんな恐慌状態一歩手前になっているが、モーギュストだけは闘志に燃えていて、一人骸骨騎士に立ち向かっていった。