7.ルーキー卒業
コボルドナイトとの戦いが幕を開けて、最初の一手をどうするか俺は迷っていた。
飛び込んで乱戦に持っていくか、それとも相手の出方を見て細かく撃破していくか。
ジリジリとすり足で前に進む。
後ろではセルフィアがファイアーボールを撃つタイミングを量っているのがわかっていた。
二メートルほど前に進むとコボルド達四匹が一斉に俺めがけて突撃してきた。
コボルドナイトを見ると中央から動こうとせず、俺をただ睨んでいるだけだった。
俺はコボルドナイトはまだ動かないと当たりをつけた。
頭の中で作戦を組んで後ろのセルフィアに指示を出す。
「コボルドナイトは動かない、全力でコボルドたちにファイアーボールを撃ってくれ!」
「わかったわ!」
セルフィアからの返事を聞き、一番前に出てきているコボルドめがけて上段から剣を振り下ろした。
小学生くらいの体格でしか無いコボルドは、錆びた剣で俺の攻撃を受けたが、剣圧を受けきれず剣ごと頭を割られて絶命した。
動かなくなったコボルドを乗り越えて三匹が俺に切りかかってくる。
「よけて! ファイアーボール!」
火球をよける為に横っ飛びして回転しながら受け身を取る。
俺がいた所にコボルド達が殺到し三匹の剣が交差して火花が上がった。
そこにソフトボール大の火球が直撃して爆発を起こした。
結果三匹は瀕死の大やけどを負い、武器を手放してキャンキャン泣き叫びながらその場で転げ回った。
「そいつらはもう戦えない、余裕があるときにとどめを刺してくれ、俺はコボルドナイトと一騎討ちをする!」
前に走り出した途端にコボルドナイトも動き出し、中央やや手前で俺の剣とコボルドナイトの剣がかち合った。
背丈は俺より小さいが筋力は相当強くて押し負けそうになる。
とっさに剣を傾けて力を受け流してそのまま脇腹めがけて剣を叩き込んだ。
革鎧が切り裂かれコボルドナイトの脇腹に少しだけダメージを入れることに成功した。
同時にコボルドナイトの流れた剣が俺の太ももに当たり、バリアが砕け散った。
ギャンと一声鳴いて驚異の瞬発力で後方に後ずさるコボルドナイト、深追いはせず慎重に盾を構え直した。
(今のは危なかったな、バリアがなければ足を持っていかれたかも知れない)
「後方の状況を教えろ! コボルドはどうなった!?」
コボルドナイトから一瞬も目を離せない、後ろの様子がわからず声で確認した。
「コボルドは三匹全て倒しました! セルフィアが二発目のファイアーボールを撃つ準備をしています! こちらは無傷です!レイン様は前だけに集中してくださって結構です!」
アニーが的確な回答をよこしてくれた。
これでコボルドナイトだけに集中できる。
「これからコボルドナイトに攻撃を仕掛ける、接敵のタイミングでファイアーボールを叩き込め!」
「了解したわ、まかせなさい!」
「よし、いくぞ!」
気合を入れて駆け出していく、部屋の中央を越えてコボルドナイトに飛びかかった。
頭の上を熱い風を伴ってファイアーボールが通過する。
ドンピシャのタイミングで火球がコボルドナイトの顔に命中して火の粉を撒き散らした。
コボルドナイトは剣や盾を投げ捨て顔をかきむしって悶え苦しみ始めた。
俺は顔に火の粉がかかるのを無視して、コボルドナイトの心臓めがけ剣を突き出した。
狙い通りに深々と剣が突き刺さる。
断末魔の叫びを上げてコボルドナイトは光の粒子になって消えた。
他に生き残っている魔物がいないのを確認して、剣を鞘にしまって緊張を解いた。
一拍あいて奥の小部屋のドアが開いた。
この瞬間、五階層のボスの討伐が完了した。
「お疲れ様! あたしのファイアーボールすごかったでしょ!?」
会心の一撃を叩き込んだセルフィアが、はしゃぎながら俺の背中に飛びついてきた。
革鎧がなかったら幸せな気分になれるのに惜しいことをしたな。
「セルフィアいい加減にしなさい、レイン様はお疲れなんですよ」
アニーがセルフィアをにらんで俺の腕を抱え込む、柔らかい感触が二の腕に感じられ幸せな気分になった。
しかしいつまでも休んでいるわけにも行かない、後ろ髪を引かれる思いだが魔石の回収を行う。
コボルドはともかくコボルドナイトは良いサイズの魔石を落とした。
コボルドナイトが身に着けていた武器や防具は、いつの間にか無くなっており、迷宮に吸収されてしまったようだ。
ボス部屋を見渡しても下に続く階段が見当たらない。
残るは小部屋のみでまず間違いなくあの中に下へつづく階段があるのだろう。
二人を伴って小部屋の扉を通る。
すると部屋の中には左右一個ずつの宝箱があり、真ん中に下の階へ続く階段があった。
「宝箱があるな」
「そうね」
少しの間沈黙して三人で顔を見合わせた。
「今回も見送りなのか?」
「今回は大丈夫なんじゃない? ボスも倒したし」
俺とセルフィアは迷っていた。
宝箱を見つけるたびに罠を発動させてしまい、何度か全滅しかねない事態に陥った事があるのだ。
それからは明らかに罠のない箱のみ開けることにして、見つけた宝箱の半分以上を手付かずのまま放置してきた。
「二人とも目を覚まして下さい、この二つは明らかに罠です。どちらかを開けると酷いことが起こるようになっているはずです。死にたくなかったら諦めましょう」
(そのとおりですアニーさんは正しいです。しかしボスの宝箱って価値の有るお宝が入っていそうじゃないですか、今回は開けたいなぁ)
開けたい衝動が体を支配する。
「本当に駄目ですよ、さあ早く階段で六階層に行きましょう」
アニーは俺の気持ちを宝箱から逸らすために一生懸命二の腕を包んでくる、なんとか宝箱の誘惑から解放された俺は気力を振り絞りセルフィアに言った。
「早急にシーフを仲間に入れよう、そうしないといつか俺たちは宝箱の罠にやられて死んでしまう、今回は試練だと思って耐え抜くんだ」
一言一言絞り出すように言葉を紡いでいく、俺が宝箱を見ようとするとアニーが二の腕をギュッとしてくれて何とか正気を保つことが出来た。
(アニーさん感謝です、またよろしくおねがいします)
アニーの胸にある女神教のシンボルに手を合わせてお祈りをした。
ついに六階層に到着した。
『ミドルグ迷宮』、『低層階』の後半開始。
『低層階』は十階層で構成されていて、この階から難易度がかなり上がっていく。
初心者に優しいのは五階層までで、ここからが本番だという探索者も少なからずいた。
「今日はこれで探索終了にしよう、まだ余裕はあるがこの辺が潮時だと思うんだ」
「レインの言うとおりね、あたしは満足したからそれでいいわ」
「レイン様おつかれでしょう? 宿に帰ったら足をさすってあげますね」
アニーが俺から離れようとしない。
俺の腕に張り付いて歩きにくいことこの上なかった。
感触はいいのだがここは迷宮だ、少しの油断が命を散らす原因になりかねない。
「どうでもいいけどアニー、レインから離れなさいよ。レインが困っているじゃない!」
「困ってなんかないですよね? この位置が落ち着くんです邪魔しないで下さい」
二人の間に見えない火花が散った。
「アニー、俺を好いてくれるのは嬉しいけどここは迷宮なんだ。いつでも戦闘に対処できるようにしていないと、怪我じゃ済まないことに成りかねないから悪いけど少し離れてくれ」
「わかりました……、でも迷宮の中でなければいいんですよね? 迷宮の中では我慢します」
すごく残念そうに手を離し俺の一歩後ろに静かに立った。
「それじゃ石碑に触って街に戻ろう」
三人でひとかたまりになって石碑に手をかざす。
一瞬光って一階層の階段下に飛んだ。
地上に出るとまだ明るく、午後の陽の光があたりを照らしていた。
「レイン・アメツチと他二名、五階層のボスを撃破して帰還しました」
初めての迷宮探索の時に居た迷宮衛兵の役人がいたので、帰還の報告を胸を張って言った。
周りの探索者が一瞬ざわめく。
「よし! よく戻ってきた!」
迷宮衛兵の役人も嬉しそうに感情を込めて返事をしてくれた。
ギルドの前に三人で立つ、相変わらず扉の周りには冒険者達がたむろしていて、俺のことを蔑んだ目で見ていた。
しかし今日は別の意味でいつもとは違っていた。
スケベそうな細マッチョの戦士が、仲間たちの間からこっちに向って歩いてきた。
「よう丸腰ルーキー、今日はえらくべっぴんなねえちゃん達を連れてるじゃねえか、お前には似合わないからそのねえちゃん達を置いてさっさと宿に逃げ帰れよ」
からかい半分、嫉妬半分で俺にいちゃもんを付けてくる。
俺が何かを言い出す前にセルフィアが一歩前に出て啖呵を切った。
「群れてなきゃ何も出来ない犬のくせにいい気になってんじゃないわ! あんたよりレインのほうが百万倍かっこいいわ! あんたこそ、この場から居なくなりなさいよ!」
言い切った、言い切ってしまった。
胸がスッとしたけど相手の細マッチョは顔をゆでダコのように真っ赤にして、今にも腰の得物を抜きかねない状態になった。
「うひゃひゃひゃ、女にいいように言われてやがる。どうすんだこれ!」
裏の集団の中から煽るために声が出て、ますます細マッチョが切れだした。
「てめえ女だからって手加減しねえぞ、裸に剥いて広場に貼り付けて晒し者にしてやる!」
とうとう剣を抜いて前に出てきた。
「セフィー! 俺の後ろに来るんだ!」
とっさにセルフィアの腕を掴んで後ろに引っ張り、盾を構えて剣を受け止めた。
「街なかで剣で攻撃してくるなんて正気か!? ただで済むと思うなよ!」
俺は細マッチョを睨みつけ大きな声で威嚇した。
少しは威嚇が効いたようで、一歩引いた細マッチョは周りの仲間を探し始めた。
「おまえの事は衛兵に報告しておくぞ、次になにかやったら俺がお前を許さない!」
俺の怒りに恐れをなしたのか細マッチョは後ろを向いて逃げていった。
たむろしている探索者達が、俺を見ながら複雑な表情を浮かべ小声で話し始めた。
耳を済ませると俺のことを言っているようだ。
「あいつあんなに強かったのか?」
「雰囲気が前と違うが同じやつなのか?」
「あいつも素人から脱出したみたいだな」
「これからが見ものだぜ、さっき逃げていったやつの仲間が黙っちゃいないだろうよ」
俺の立場は今までよりは幾分ましな扱いになったのかも知れないな。
仲間が襲ってきたら容赦はしない、セルフィアたちを傷つけさせるわけにはいかないんだ。
心臓がバクバク鳴っていたが虚勢を張ってギルドの扉に近付いていく。
その他大勢の探索者に少しだけ一目置かれている気がした。
俺たちがギルドの扉に近づいていくと探索者達がゆっくりと離れていき、何の嫌がらせもなく中へ入る事が出来たのだった。