63.ルマンド公国
『白銀の女神』の一行が乗る豪華な馬車は、王都へ向かって軽快に疾走していった。
ミドルグを出て十日後、予定通り『オルレランド王国』の首都である『オルレニア』に到着した。
滞在予定日数は二日、旅の疲れを癒やすにはちょうどいい期間だった。
王都で一番豪華な宿に宿泊する。
俺たちの馬車が宿屋の前に到着すると、二人の馬丁が大急ぎで近寄ってきた。
馬車の扉が自動で開き、ステップがせり出してくる。
全てのステップが出終わると階段状になった。
宿の扉が開き上品な初老の紳士が現れる、丁寧なお辞儀をして馬車から降りる俺を出迎えた。
「旦那様ようこそおいで下さいました。当宿屋の主人でございます。お疲れでしたでしょう? すぐお部屋をご用意致します、中へお入り下さい」
豪華な馬車が到着したため主人自ら出迎えに出てきた。
流石貴族が多く住んでいる王都だな、対応は一流だということか。
宿の看板には『王室御用達 金色の真鮒亭』と書いてあった。
相変わらずこの世界の宿はネーミングセンスがない。
「出迎えご苦労、長旅で疲れている、早速部屋へ案内してくれ」
セルフィアとアニーの手を引き宿屋の扉を通る。
中へ入ると従業員が一斉にお辞儀をした。
カウンターで名簿にサインをする。
俺が貴族だと分かると丁寧だった対応が、更にエスカレートして従業員たちに緊張が走った。
宿屋の主人が次々と指示を出し始め辺りが騒然となった。
「当宿屋の一番良い部屋をご用意致します。最上階貸し切りでごさいますので、ゆっくりとご逗留いただけますよ。もちろんお連れの方々もゆったりと泊まれる部屋が付属してますのでご安心して下さい」
緊張で引きつりながら説明してくる主人、そこまでいい部屋でなくてもよかったんだけどね。
「そうか、滞在は二日だ、その後王都を出立するのでよろしく頼む、これは前金だと思ってくれ」
金貨が入った小袋を主人に手渡す。
小袋の重みで主人の手がグッと下がり、大金だとわかった主人が丁寧にお辞儀をした。
主人自ら部屋に案内してくれる。
贅沢な広い部屋へ通されソファーに座るように勧められる。
柔らかいソファーに腰を下ろすと主人が宿の説明をしてきた。
今座っている大きな居間の他に、寝室が六部屋、中々豪華な部屋の説明に感心してしまう。
説明を終えるとそそくさと主人が出ていく、取り残された俺達は広い居間に戸惑いながら顔を見合わせた。
「すごい豪華な宿ね、サムソンさんの宿とは大違いだわ」
「私は豪華な宿より『雄鶏の嘴亭』のほうが落ち着きます」
「あたしだってそうよ、ここは豪華すぎて落ち着かないわ」
どこでもじゃれ合う二人が、お約束のように騒ぎ始めた。
(俺を挟んでじゃれ合わないでくれないかな、色々当たって気持ちいいけど今はゆっくりしたいんだ)
あいだに座った俺は小さく縮こまり二人が落ち着くのをジッと待った。
俺の膝の上ではドラムがあくびをしている、すんなりつれて部屋に入れたが、異世界ではペットをつれて宿屋に泊まるのは普通なのだろうか。
「旦那、王都と言えば『ラーミン』でやんすよ、今夜は『ラーミン』を食べたいでやんす」
「何言ってんのよ、今夜はあの有名店のステーキに決まってるじゃない、ギュウニクよギュウニク」
「私はナンコツが食べたいです、美味しい焼き鳥屋さんを知っていますよ」
三人が今夜の夕食でもめ始めた。
俺とモーギュストは別にこだわりがないので、黙って事の成り行きを傍観した。
議論は中々収まらず夕食時になっても決まらなかった。
部屋には炊事場が備え付けてあった。
貴族などがお抱えの料理人に食事を作らせるための結構本格的な炊事場だった。
うるさい三人をほっといて炊事場に移動する、リサとモーギュストに手伝ってもらいながら食材を手早く処理していった。
牛肉を焼き、串に刺した鶏肉を焼き、『ラーミン』を作る。
同時進行で手早く料理を作り皿に盛り付けていく、居間がやけに静かだなと思ったら、争っていたはずの三名がよだれを垂らしながら炊事場を覗いていた。
「おとなしく待っていたら食べさせてあげるよ、仲良くソファーに腰掛けて待っていてくれ。それからこれは食前酒だ、みんなで開けて飲んでいてくれ」
軽い飲み口の発泡ワインを三人に差し出す、グラスも渡し居間にお引取り願った。
できた料理を居間に持っていき並べる、王都の有名店の味が再現された各料理が広いテーブルの上をいっぱいに占領した。
「言い争わないで全部食べれば良いんだよ、遠慮しないでお腹いっぱい食べよう」
ステーキも焼き鳥も『ラーミン』も人数分作った。
三人は目を輝かせながら食前のお祈りをし始めた。
「おいしい! おいしいわ! お店なんて行かなくてよかった、レインがいつでも作ってくれるんだったわ」
「私も大人気なかったです、レイン様に頼めばいつでも食べられたのでした」
「しかし旦那の『ラーミン』は本物よりうまいでやんす」
(そうだろう、うまいだろう。迷宮に潜って作り続けていたから今ではそこら辺の料理人には負けないぞ)
「どうだリサうまいか?」
「うん! 美味しいよ、ありがとうお兄ちゃん」
美味しそうにステーキを食べているリサの顔をにやけながら見ていた。
ふとテーブルの下を見ると、ドラムが生肉を美味しそうに食べていた。
(まだドラムの好物は生肉なのか……、俺の料理の腕もまだまだ精進が足らんようだな、もっと頑張ろう)
ドラムを唸らせる料理をつくることが出来る日まで俺の修行は続くのだった。
二日間はあっという間に過ぎ去り王都を去る日が来た。
馬車に乗り宿屋の従業員に見送られながら一路『ルマンド公国』へ出発した。
王都の入場門を通り、進路を南西に馬車を進める。
『オルレランド王国』の首都と『ルマンド公国』を結ぶ街道は、きちんと舗装されており快適な馬車の旅を約束していた。
首都を出発して六日、とうとう両国の国境へ到着した。
流石に素通りとは行かず馬車を停止させる。
『オルレランド王国』の国境警備隊の兵士に事情を話し白銀勲章を見せる、勲章を見た兵士たちは途端に直立不動になり最敬礼してきた。
宿舎の中から警備隊長がでてきて俺に挨拶してきた。
丁寧な言葉使いに仕草、決して俺を侮っていない立ち振舞だった。
『オルレランド王国』の国境を無事通過する。
国境をまたぎ次は『ルマンド公国』の国境警備隊の検問を受ける。
こちらでは勲章は効かないので、貴族家認証状を見せ身分を明かす。
最敬礼とはい行かないがとても丁寧な態度になり、警備隊長も表に出てきた。
両国は友好国なので大した質問をされること無く入国手続が終わる。
再び馬車に乗り込むと『ルマンド公国』の公都『ロマド』へ馬車を走らせた。
リサの故郷をたずねる旅は無事『ルマンド公国』へ入国することができた。
ここからはオルレランド王国貴族の権力は効かないので、慎重な旅になることだろう。
すっかり晩秋の景色に戻った馬車の外を眺めながら、まだ見ぬ公都へ思いを馳せた。