62.出発
『ルマンド公国』に旅立つ日が来た、みんなで旅の準備をして宿屋の前に集合した。
ワンさんが馬車を裏庭から動かしてきた。
馬車は金の縁取りをふんだんに使い装飾が施してあった。
横の扉には日の丸に女神教のシンボルをかけ合わせたアメツチ家の紋章が描かれていた。
王都から戻ってきてから暇を見つけては少しずつ直して、貴族が乗ってもおかしくない立派な馬車に仕上げてきたのだ。
季節は真冬なので、馬車を引く馬たちは鼻や口から白い息を勢いよく吐き出していた。
宿屋の前に停まると御者台からワンさんが降りて俺に近付いてくる。
黒を基調としたマントを羽織っていてなかなか格好いい。
「どうだい? 寒くないか?」
俺はワンさんの胸元を指差し確認する。
「かなり快調でさぁ、全然寒くありやせん」
首には赤く透き通った宝石がネックレスに加工されて掛かっていた。
『火神の障壁』、冷気を抑え極寒の環境でも活動できる魔道具だ。
『水神の障壁』と対で持ってるとあらゆる環境で活動できるすぐれものだった。
今回この魔道具を錬金術師に人数分作ってもらった。
代金は目玉が飛び出るほど掛かったが、悠長に出物を待っている時間がないので金に物を言わせたのだ。
『火神の障壁』をつけていれば、厚着をしなくても問題がない、しかし俺は冬用の服装にもこだわった。
薄着をして歩いていれば目立ってしまうので、それぞれマントなどを購入した。
「レイン、どう? 似合ってるかしら?」
セルフィアが俺の前でクルッと回り、買ってきた外套を広げて見せてきた。
色はローブと合わせた紺色で袖がないタイプだ、いわゆるクロークと呼ばれるタイプでとても良く似合っていた。
「とても似合っているな、いつもに増して美人だよ」
セルフィアは顔を真赤にして俺に抱きついてきた。
「どうですか、私も着てみました」
アニーが控えめに聞いてくる。
こちらは白を基調にしたケープタイプ、肩からゆっくりと降りていてやはり袖がない、縁がレースで飾られていて豪華でアニーによく似合っていた。
「アニーは何を着ても似合うけど、今日は特に似合っているな、とても綺麗だよ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
嬉しそうにケープの下から手を出して俺の手を握る、少し体温が冷たくて思わず両手で温めてしまった。
「レイン様の手暖かいです……」
照れながらはにかむアニーが可愛くて思わずニヤケそうになる。
それをぐっと我慢してすまし顔をしながら手が温まるまで繋いでいた。
セルフィアとアニーが馬車に乗り込む、馬車の中で二人は旅への期待ではしゃぎ始めた。
雪がちらついてきた、吐く息が白くなって空に消えていく、今日はこれからもっと冷え込みそうだ。
「お兄ちゃん、リサも買ってもらったよ……」
空を眺めていると俺のマントの端を引っ張るリサが隣りにいた。
リサもアニーと同じケープタイプ、色は薄桃色だ。
丸い襟がかわいくてリサによく似合っている。
「凄くかわいいよ、リサにピッタリのいい色だな」
まるで人形のような可愛さに思わずほっぺを触ってしまった。
「温かいね、お兄ちゃんの手」
俺の手に小さなリサの手が重なり、幸せなひとときを過ごす。
リサの両親はもうこの世にはいないかもしれない、それをリサが知った時、この笑顔が失われると思うといたたまれなくなってきた。
「何を考えているの?」
「なんでもないよ、そろそろ馬車に乗り込もうか」
リサを持ち上げ馬車に乗せてやる。
後ろを見るとモーギュストが鎧を着込み馬車の後ろのステップに立っていた。
「モーギュストはマントとか必要はないのか? 『火神の障壁』すら買ってなかったよな、寒くないのか?」
「ふふふふ、レインさん僕、鎧を改造したんだよ、『水神の障壁』と『火神の障壁』を錬金術師に頼んで鎧につけてもらったんだ」
「そんな事ができるのか、俺も付けてもらえばよかった……、まさか『魔導雨具』も鎧に仕込んだのか?」
モーギュストの鎧には雪が一切ついておらず、冬の町並みを反射して青黒く光っている。
「もちろんだよ、いちいちネックレスを付け替えなくていいから楽だよ」
この頃モーギュストは装備の改造にハマっていた。
迷宮から戻るたびに怪しげな錬金術師の店に足繁く通い、何やら便利な機能を鎧に施していた。
「そろそろ出発するからよろしくな」
「オッケー、見張りはまかせてね」
馬車の扉をあけ俺の周りに浮かんでいるドラムを馬車の中に入れる、リサに引き取られたドラムは気だるそうに大人しく丸くなった。
(流石にドラゴンはトカゲに似てるから冬は苦手なのかな……)
馬車の中に乗って御者台とつながる小窓をあけ、出発するようにワンさんに言った。
「それじゃ行きやすよ!」
窓の外には見送りに出てきてくれたサムソンさんが見える。
みんなで手を振って別れを惜しむ。
「お土産買ってくるから期待しててね」
セルフィアが笑いながらサムソンさんに言った。
「ああ、気をつけて行って来い、無事を祈っているよ」
馬車が滑るように走り出す、異世界の道路は日本のような交通ルールはなく勝手に馬車や人が行き交う。
しかし貴族の乗る馬車を止めるような勇気のある者はいないので、ノンストップで街の入出門まで走り続けた。
貴族専用門を止まること無く走り抜ける、衛兵たちは最敬礼で俺たちを見送ってくれた。
「なんか特権階級って感じよね!」
セルフィアは止まらずに門を通過するのが、とても気に入ったようで子供のようにはしゃいでいる。
「レイン様は、本物の貴族なんですよ当たり前です」
落ち着いて澄ましているアニーもまんざらじゃないようで笑うのをこらえているようだ。
「お兄ちゃん本当に偉い人なんだね」
ニッコリと笑うリサの頭を優しく撫でる。
アニーとセルフィアも撫でてほしいらしく頭をあずけてきた。
かわりばんこに頭を撫ぜながら、これから始まる長旅の行程を考えていた。
『迷宮都市ミドルグ』は『王都オルレニア』より北西に位置している。
まっすぐ南に下れば『ルマンド公国』だが、道は真っ直ぐつながっていなかった。
まず王都に行きそこから『ルマンド公国』へといかなくてはならない。
十日で王都へ行きそこから更に十日、早くて二十日の旅だった。
風景が変わり辺り一面銀世界になった。
収穫がとっくに終わった小麦畑は雪が積もり真っ白になっている。
道にも雪が積もっていて普通の馬車では立ち往生してしまうだろう。
しかし俺の自慢の馬車を引いてくれる馬は、体つきが普通の馬の二回りは大きい種類で身体強化魔法がかかっている。
ちょっとやそっとの悪路ではびくともしない頼もしい愛馬だった。
「こんな厳しい道を旅しても大丈夫なの?」
不安そうにセルフィアが聞いてくる。
「大丈夫だよ、向かっている方向は南だ、じきに雪もなくなるよ」
「旦那、郊外に出やした。少々飛ばしやすよ」
小窓を開けてワンさんが言ってきた。
「わかったよ、よろしく頼む」
馬車のスピードがどんどん上がっていく、道路に積もった雪を左右に吹き飛ばしながら王都へ向かって突き進んでいった。