59.旅の予感
ギルド長に推薦された人物は『迷宮都市図書館』の館長メアリーさんだった。
リサの故郷を特定できることを願いつつ、メアリーさんに質問することにした。
まずはじめに簡単にリサのことを説明する。
静かに聞いていたメアリーさんが事情を聞き終えて大きくうなずいた。
そして一旦席を外し、一抱えもある本を持って戻ってきた。
俺たちを真っ直ぐに見つめながらメアリーさんが話し始める。
「おおよその事情はわかりました。王国と王国周辺の地理には自信がありますよ」
堂々と答えるメアリーさんに俺やワンさんは安堵をする。
リサは帰れるかもしれないと思いニッコリとした。
「結論を言いますと『エレンの森』という場所はこの大陸には存在しません」
そう言い切ったメアリーさんに一同絶句してしまう。
みるみるうちにリサの顔が曇り始めた。
「まだ話は終わりではありませんよ、現在は存在しない地名ですが大昔の歴史書にその名が出てきたのを記憶しています」
先程持ってきた本の栞を挟んだ部分を開き俺達に見せてくる。
そこには大陸の地図が描かれており、昔の文字で何やら説明が書かれていた。
ワンさんは見た瞬間お手上げだという表情で俺を見てくる。
リサも同じで興味深そうに見ているが、何が書いてあるかわからないようだ。
「これは古代エルフ語で書かれた大陸の歴史書です。長い年月をかけて当図書館の司書たちが古代エルフ語を解読して読み進めてきました」
自信と誇りで輝いた顔をしながら愛おしそうに開いた本を撫でる。
「このページにお探しの『エレンの森』の記述が載ってます」
そう言って一文を指し示す。
「えーとなになに、……大陸の西に『エレンの神域』があり、ハイエルフの王が国家を統治している……」
俺は何気なしにメアリーさんが指さしている文章を読んだ。
「旦那! 駄目でやんすよ!」
ワンさんが慌てて俺を制する、しかし既にメアリーさんは驚愕の表情で俺を凝視していた。
「レインさん!? なんで古代エルフ語が読めるのですか!? それにその翻訳のスピードと正確さは何なんでしょうか!?」
今にも俺に掴みかかりそうなメアリーさんの様子を見て、リサが戸惑いながら俺とメアリーさんの顔を見ていた。
ワンさんは手で顔を覆って天を仰いでいる。
(しまった~、ついつい読んでしまった、どうやってごまかそうかな)
「いや、適当にデタラメ言っただけですよ? 俺が読めるわけないじゃないですか」
「いいえ、でたらめではありません! この文章は私が直接解読したのですから!」
苦しい言い訳は優秀なメアリーさんに通用するはずもなく、俺が古代エルフ語を読めることを理詰めで白状させられた。
「ということは、レインさんは『万能言語』というスキルを持っておられるのですね? 素晴らしいわ!」
メアリーさんは今にも踊りだしそうなほど喜んで鼻息荒く俺に近寄ってきた。
さすがに異世界から来たとは言えなかったので、スキル『異世界言語』を『万能言語』と名を変えて説明した。
「メアリーさん、顔が近いですよ、もう少し離れて下さい」
美少女の顔が数センチまで近寄り今にも触れてしまいそうだ。
当のメアリーさんは俺の話を聞いておらず、俺の手を握って今にも抱きついて来る勢いだ。
それから一時間、どれだけ俺のスキルが人類にとって有用なものかを延々と語られてしまう。
疲れ切ったリサは俺の膝に頭をあずけて夢の中へ旅立ってしまった。
ワンさんと二人でメアリーさんの独演を聞き、やっと話し終わると恥ずかしそうにメアリーさんが謝ってきた。
「取り乱してしまいました、申しわけありません。でもわかってほしいんです、我々学者が数百年をかけて代々解明してきた言語が、正確に翻訳されるということは物凄い事なのです」
「言いたいことはわかりましたよ、図書館にある古文書の翻訳の協力もします。しかしあまり公にしないのが条件ですよ、これだけは絶対守ってもらいます」
「わかってます、『迷宮都市図書館』だけでも大量の未処理古代文献があるのです。他の研究機関にレインさんを取られるわけにはいきません」
鼻息荒く言い切るメアリーさんは、見た目に反してけっこう強欲な人物だった。
「それで話は戻りますがリサの故郷は現在どうなっているのですか?」
「今は『エレニア神殿跡』と名前を変えて隣国の『ルマンド公国』にある深い森の中に遺跡として存在しているようです」
「その『エレニア神殿跡』へは行けるのでしょうか、リサに約束したんです故郷に送り届けてあげると」
「どうでしょう……、詳しくは探索者ギルドのガルダンプ騎士爵様に聞いたほうが早いと思いますよ。あのお方なら適切な情報を下さいますよ」
(またギルドへ戻るのか……、今日はいろいろうまくいかないな……)
ギルド長に聞きに行くのは明日でいいだろう、メアリーさんに別れを告げて宿に戻った。
部屋のドアがノックされる、扉を開けると仲間達が勢揃いをしていた。
みんなを部屋に入れて臨時の会議を開く。
「どうだったのですか? リサちゃんの事なにかわかりましたか?」
アニーがリサを膝に乗せながら心配そうに聞いてきた。
リサも不安そうに俺を見ている。
図書館で途中から寝ていたリサは、大半の会話を聞いていなかった。
「そのことなんだが、正直まだよくわからないんだ。明日ギルド長にもう一度相談してくるよ」
俺は『エレニア神殿跡』のことをリサに言いたくなかったので、ぼかしてみんなに伝える。
ワンさんはすました顔で俺の判断を支持していてくれた。
「報告することが一つ、相談が一つある。報告はメアリーさんに『異世界言語』がバレた」
「え! ばれちゃったの? どうして?」
「これは俺が全面的に悪いのだが、うっかり古代エルフ語を読んでしまったんだ。お陰でメアリーさんの研究に協力しなくてはならなくなったよ」
みんながため息をつき俺を哀れそうに見てくる。
(そんな目で見ないでくれよ……、古代エルフ語だろうがミノタウロス語だろうが俺には読めてしまうんだよ)
「そして相談だが、もしかしたら迷宮の探索を一旦中止して、旅に出なくてはいけなくなるかもしれない。もちろん行きたくない人は言ってくれ、強制じゃないから旅の間は自由にしていていいからな」
「あっしは何処までもついて行きやすよ、旦那と離れる時は死別だけでやんす」
「僕も同じだよ、レインさんの盾になって死ぬのが僕の本懐だからね」
(二人共スラスラと言い切ったよ……、怖すぎるんですけどっ!)
「レイン、当然あたしはついてくわ、いいでしょ? 」
「私だってついていきます、一生お世話することに決めているのです」
(まあこうなることはわかっていたけど、うちの結束は強いな、それが強みなんだけどね)
「リサも連れてってね……」
不安そうに聞いてくるリサのほっぺを優しく手で包んだ。
「もちろんリサのお家を探しに行く相談だったんだよ、リサを置いてくことはないよ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
明るくなったリサを抱き寄せ膝に乗せる、嬉しそうにしているリサの膝の上にドラムが乗ってきた。
「もちろんドラムも一緒だからな」
「ガウ!」
みんな一斉に笑い出す、少し暗い雰囲気だった部屋が一気に明るくなった気がした。