6.ボス
早朝に起きて身支度をし、宿屋の外で背伸びをして体のこりをほぐす。
そろそろセルフィア達がやってくる時刻だ、アニーは正気に戻っただろうか、一抹の不安が頭をよぎる。
斜向かいのギルドを見ると大勢の探索者が、建物の内部に吸い込まれていく様子が見て取れた。
探索者に登録しに行った日からギルドには行っていない。
別に行く必要がないからという事もあるが単純に行きたくないからだ。
行けば探索者達に罵倒される、もうあんな思いは懲り懲りだった。
駄目だ気持ちを切り替えていこう、今日は四階層を攻略して五階層のボス部屋の手前まで行こう。
昨日の感触なら行けるはずだ、問題はボスの攻略だが今は考えないようにしなくては。
装備のチェックなどをしながら待っていると、二人の姿が大通りの端に見えてきた。
(相変わらず人目を引く可愛さだな)
遠くから見ても二人が美人だということがよくわかった。
まず白と紺色のローブの対比が人目を引きつける。
そして何よりも二人の髪の美しさが朝日に照らされて輝いていた。
いつもアニーはフードを被っているのに今日は被っていないな。
二人のスタイルの違いなどを考えていると、もう目の前まで二人が来ていた。
「おはようレイン、今日も早いのね」
「二人ともおはよう、もう日課だよ」
いつも宿屋の前で二人を出迎えるのが日課になっていたのでセルフィアに普通に返す。
「おはようございますレイン様、昨日はお見苦しい所をお見せいたしました。申し訳ございません」
アニーが深々と頭を下げる。
「レイン様ってなんだよ、それに昨日のことなんて気にしてないから頭上げてくれよ」
「この子が正気に戻ってから言い聞かせたんだけど、レインのこと様付けで呼ぶことをやめないのよ。でも秘密は守るって言ってたから安心していいわよ、呼び方はそのうち治ると思うから当分の間我慢してね」
「まあいいけど……、それより、今日の目標は四階層をクリアしてボスの部屋の入口まで行くことだ、二人とも無理をしないで行こう。でもその前にその荷物を宿屋に置いて飯を食べよう」
ご飯と聞いて二人共飛び上がって喜んだ、教会では煮炊きはさせてもらえず朝は何も食べないことが多かったそうだ。
早く言えば奢ってやったのにって言ったらとても残念そうな顔をした。
二人は大きめの袋に自分たちの荷物を詰め込んで背負って持ってきたようだ。
それほど多くない荷物を目にして過酷な貧乏暮らしをしていたことがよくわかった。
宿屋に戻ってサムソンさんに部屋を貸してもらう。
長期滞在の客は普段より更に料金が安いらしく二人は大いに喜んでいた。
二人部屋を頼んで荷物を運ぶ、偶然か分からないが俺の部屋の向かい側が二人の部屋だった。
(サムソンさんグッジョブです!)
部屋も決まったので早速三人で朝食をとる。
食堂に二人が現れると俺の他に泊まっていた客が、二人を見てざわめき始めた。
見たこともない美人がいきなり現れたら動揺してしまうのも無理はないな。
俺が二人と同じテーブルにつき親しく話し始めると、ざわめきは嫉妬の唸りになり、客たちは俺に殺意のこもった視線を飛ばしてきた。
座っていくらもしない内にパンとスープが運ばれてきてテーブルの上に置かれる。
俺は代わり映えしない黒パンと塩味だけのスープに正直飽き飽きしていたが、二人はおかわり自由の朝食にとても感動して脇目も振らずに食べ始めた。
二人の胃袋は底なしで一心不乱に食べる姿を見た客たちは、ど肝を抜かれて興味を無くしていった。
「味はまあまあだけど、おかわり自由という所がポイント高いわね」
セルフィアは黒パンをスープに付けずガリガリ音を立てて食べている。
(君はどういう歯をしているんだ)
「このスープ素朴な味をしていて村で修業していた時のことを思い出しますね、こちらのほうが塩味が効いてて美味しいです」
(アニーさん苦労したんだね、おじさんかわいそうになってしまうよ。日本に連れて行ってファミレスで豪遊させてあげたいよ)
朝食を食べ終わり、少しだけゆっくりする。
軽く打ち合わせをしてから迷宮に向けて出発した。
一階層に降りて石碑に手をかざす、瞬間的に四階層に移動して周りの様子を確認した。
辺りには危険がないとわかったので、俺たちは四階層を攻略し始めた。
昨日四階層に到達してみてまだまだ余裕があったように思う、この階を探索すれば五階層に行く階段は、比較的簡単に見つけられるだろう。
三人で警戒しながらゆっくりと奥へ歩いていった。
「ここがボス部屋か意外と普通なんだな」
四階層を攻略して階段で五階層にやってきた。
五階層はボス部屋しか無く、だだっ広い空間にぽつんと大きめの部屋があるだけだった。
ボス部屋の扉は特に豪華な作りなどではなく、古代文字で警告文が書いてあるだけだった。
『この扉を開けてはならない、開ければ死が待っている』
俺が扉の文字を読むとセルフィアはびっくりして目を見開いた。
「レイン! 扉の文字読めるの!? 未だに解明されていない文字なのよ!?」
セルフィアが興奮して大きな声を出す。
「セルフィア、声が大きいですよ。もう少し静かにしましょう」
対するアニーは冷静にセルフィアをたしなめている。
「アニーはびっくりしないの? 古代文字をスラスラと読んじゃったのよ?」
信じられないという顔をしてアニーを見る。
「レイン様は異世界言語のスキルを持っているのよ、イシリス様の使徒なんだから当たり前です」
異世界言語で古代文字を読んだのは確実だろう、しかし女神の使徒は関係ないんじゃないだろうか。
ボス部屋の扉の前に座ってこれからどうするかを三人で話し合った。
思ったより早くボス部屋まで来てしまった俺達は、このまま帰るかボス部屋に入るかで意見を交換した。
「やっぱり勢いって大切だと思うの、四階層を攻略してきた勢いでボスも蹴散らしてやりましょうよ」
「判断に困るな俺も中の様子は気になる、アニーはどう思う? ボス部屋に入ってみるか?」
俺は二人の意見が聞きたいのだ、さっきから黙って俺を見ているアニーに話を振ってみた。
「レイン様が戦いたいというのであれば私はお供いたします。レイン様のお好きになさって下さい」
指を胸の前で組みながら俺を見つめるアニーは、恋する乙女のような感じで嬉しいがなんだかこそばゆかった。
「アニーに聞くのが間違いなのよ、この手の決断はいつもあたしが決めていたの。ねえいいでしょ覗くだけでいいから! ダメそうなら逃げればいいじゃない」
セルフィアが俺の腕を抱え珍しくおねだりをしてきた。
しかし素直なセルフィアは可愛すぎるな、おじさん言うことを何でも聞いてあげたくなるよ。
若い女の子にデレデレする中年のおじさんの気持ちがわかったような気がした。
「よし行ってみるか、扉を抜けても中央に行かなければ戦闘にならずに戻ってこられる。敵の数が多かったら撤退する、二人共俺の指示があるまで攻撃は控えること、いいね?」
二人とも大きくうなずく、俺は抜剣して盾を構えた。
セルフィアが杖を構えファイアーボールをいつでも打てるように集中し始めた。
アニーはメイスを構えてセルフィアの真横に移動した、親友をかばいつつ長期戦に備えるようだ。
二人を見て大きくうなずく、石でできている重い扉を少しずつ開いて中に侵入した。
ボス部屋に入ると中央に霧が湧き出てきて人の形になっていく。
中央に少し大きな影が現れ、その影を取り巻くように子供くらいの影が現れる。
すっかり霧が晴れるとボスの姿がはっきりと見えるようになった。
コボルドナイトと思われる個体が一体、それを守るようにコボルドが四体、俺が想定していた魔物たちの数より大幅に少ない数に心の中で飛び上がって喜んだ。
コボルド達は裸に近い格好をしていて手に錆びた剣を持っている。
あんな剣では斬ることは出来ないだろう、せいぜい突き刺すことが精一杯だな。
それに比べてコボルドナイトは全身を革鎧で包み込み、手入れの行き届いたロングソードを持っていた。
体格もコボルドとは比較にならないほどたくましく、剣技もそれなりにありそうだった。
この数なら六人パーティーの熟練探索者なら一方的に倒す事が出来るだろう、しかし俺たちは三人、苦戦はするだろう。
「セルフィア、アニー、コボルド達の数が見えるか、今回は当たりを引いたようだぞ、俺の考えていた個体数より大幅に少ない、勝てない相手ではない」
「じゃあやっちゃいましょうよ! いつでも合図して、ファイアーボールはまだまだ撃てるからあてにしていいわよ」
鼻息荒く杖を敵に向け魔力を杖に集中させる。
「私もレイン様に障壁の呪文を唱えます。バリア!」
アニーが呪文を唱えると俺の体に薄い膜が張り付いて消えていった。
「この呪文は一回だけ攻撃を弾いてくれる呪文です。まだ一日一回しか使えませんのでご注意を」
真剣な顔をして俺を見てくる、俺は大きくうなずき次の指示を出した。
「俺がコボルドナイトを食い止める、セルフィアはコボルドにファイアーボールを集中、全て倒した後は俺のサポートをしてくれ」
「わかったわ、すぐ仕留めるからそれまでがんばりなさい!」
「アニーはセルフィアの周りにコボルドを寄せ付けないようにしてくれ。俺がコボルドナイトに傷つけられた時は冷静にキュアを飛ばしてくれ、決して助けようとして突っ込んでこないように。コボルドナイトはアニーの手に負える敵じゃない、君はパーティーの要の回復要員だ、君がいれば態勢が立て直せる、わかったね」
「わかりましたご武運をお祈りいたします」
女神教のシンボルを握り、祈りを捧げてくれた。
「よし戦闘開始だ!」
こうしてコボルド軍団対スカベンジャー三人の戦いの幕が開けたのだった。