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54.眠り姫

 ギルド長に『ミドルグ探索結社』の詳しい内情を聞いた俺は、一旦考えるのをやめて迷宮探索にはげむことにした。




 いよいよ『中層階』終盤、十八階層の攻略が始まる。

 十八階層がどの程度広いのか、『コロニー』はあるのかなどわからないことだらけで不安だらけだが、未知の領域を探索するという楽しみも心に湧き上がってきた。

 迷宮の一階層に降り石碑に手をかざす、短い呪文を唱えると数日前に訪れた地下牢に一瞬で転移した。


 周りを見渡すとランプで照らされた薄暗い石畳の上をドブネズミが逃げていく所が見えた。


「ヒッ! ネズミよ! 気持ち悪いわ!」


 セルフィアが飛び上がって俺の腕に抱きつく、アニーもそっと手を握ってきた。


(二人ともゾンビやファントムを相手しているのに、ドブネズミが怖いなんておかしなたちだな)



 モーギュストの鋭い短槍の一撃で、血祭りにあげられたドブネズミが、断末魔の悲鳴を上げて絶命した。


「やったよ! 一発で仕留めたよ、幸先さいさきが良いね」


 ネズミを掲げて自慢するモーギュストをセルフィアが杖で叩く、コンッといい音がしてモーギュストが振り返った。


「セルフィアさん何するんだよ、杖が傷つくよ?」


「気持ち悪いもの振り回さないでよ、あっちに捨ててきて」


 黒檀こくたんの杖の先を気にしながらセルフィアが抗議の声をあげた。

 渋々ネズミを捨てに行くモーギュストは、捨てに行った先でもドブネズミを見つけたらしく短槍で串刺しにしていた。


「見てよ、連続でつながって焼鳥みたいだよ」


 嬉しそうに報告してくるモーギュストにアニーの本気の気弾がぶち当たった。


「やめて下さい! 私焼鳥食べられなくなってしまいます!」


 普通の町人なら即死してしまうほどの気弾をあびたモーギュストは、全くダメージを受けて無く「ごめんなさい」と言ってねずみを遠くへ放り投げた。

 モーギュストの防御力は人間の限界に限りなく近付いていて生半可な攻撃は一切通用しなかった。




 虱潰しらみつぶしに地下牢を探索する。

 地下牢は皆似た作りになっており、すぐ迷子になってしまいそうだ。

 ワンさんが探索した牢屋に筆で印をつけていく、一日ぐらいは迷宮に取り込まれず消えずに残っているので探索に重宝した。

 ミイラのようなに乾ききったゾンビや、素早く動くスケルトン達が行く手を阻む、しかし『白銀の女神』の盾であるモーギュストに、為す術もなく殲滅させられていった。


「モーギュスト一人居れば余裕でやんすね」


 十八階層に出現するゾンビ達も『地下墓所カタコンベ』に出てきたゾンビ達より大幅に強化はされている。

 しかしアダマンタイト合金の全身鎧を着込んだモーギュスト前には、一切の攻撃を封じられ一方的に排除されていった。




「旦那、ここが終点でやんす、意外と狭い階層でやんすね」


 ワンさんが報告してきたとおり、十八階層はそれほど広くはなかった。

 午前中の早い段階に粗方調べ尽くした結果、最後に目の前の扉が残されたのだ。


「この扉なんか他のと違うわね」


「セルフィアの姉さん、ここはあっしが調べやす、どいていてくだせぇ」


 嬉しそうに扉に近づくワンさんにセルフィアが素直に道をあける。

 セルフィアにとってはドブネズミより迷宮の罠のほうが怖いようだな。


 手早く周りを調べ、早々に鍵穴に取り掛かる。

 今回は罠は仕掛けられていなかったようだ。

 大人しくワンさんの背中を見ていると、カチッと鍵が外れる音がしてあっけなく解錠された。


「旦那あっしが扉を開けやす、少し離れていてくだせぇ」


 近付こうとした俺を鋭い視線で制したワンさんが、ゆっくり扉を開けていく。

 俺はもしもの場合に備えてモーギュストの後ろに隠れた。


(モーギュストの後ろは異世界で今一番安全な場所かもしれないな)


 扉から頭だけを入れて慎重に中の様子をうかがうワンさん、頭を引っ込めてワンさんが手招きしてきた。


「旦那、中は大きな部屋でやんす、しかも真ん中に豪華な洋館が建ってやす」


「洋館? ボス部屋なのか? ワンさん悪いけど調べてくれ、くれぐれも慎重に頼む」


「わかりやした」


 部屋の中に入ったワンさんは、壁際から始まり洋館の外壁まで丹念に調べていった、ワンさんは終始首を傾げている。


「だめでさぁ、罠なんかありやせん、普通の部屋でさぁ、建物の方も普通の洋館でさぁ」


 結論を言うと罠は見当たらなかった。

 慎重に調べたが、いたって普通の広い部屋で怪しい感じは全く無かった。

 地下牢は全部調べてしまった、あとはこの怪しい洋館を調べるしか道はない、俺たちは恐る恐る洋館に入っていった。



 洋館の扉を開けると中は普通のエントランスホールになっていて、魔物が襲ってくることもなかった。

 問題ないので奥に進むと廊下のような場所に出た。

 左右に伸びる廊下に赤い絨毯が敷いてある。

 窓には一枚ガラスがはまっており、外を覗くと暗い空間が広がっていた。


「まさか地下牢に洋館が建っているとは思わなかったわ……」


「かなり裕福そうなお家ですね」


 キョロキョロと女性陣があたりを見渡している。

 モーギュストは警戒を怠らないで短槍を構えていた。


「とりあえずここに居てもしかたがない、この洋館を調べてみよう」



 慎重に洋館を調べ始めるが、人の生活している形跡は全く見つからなかった。

 人っ子一人居ない洋館、魔物の気配すらせず不気味に静まり返っていた。


「なんか気味が悪いわ、時間が止まってしまったみたい」


 セルフィアが不安そうにあたりを見渡している。

 不安に思いながらも探索は順調に進み、洋館のほぼすべてを調べ終えた。

 残すは三階の一番奥の部屋、普通なら洋館の主人が使っている一番いい部屋だけだった。


 上等な扉を開けると広い部屋の真ん中に天蓋てんがい付きのベッドが一台あった。

 部屋を見渡してみても怪しいところはなく、安全も確保できたので全員で室内に入っていった。


 床には高級そうな毛足の長い絨毯が敷き詰めらていて家具も一級品だった。

 窓の外にはバルコニーがあり、青空の下でお茶会をしたら気持ちよさそうな椅子とテーブルが置いてあった。

 しかしここは暗い迷宮の中なので、かえって不気味な雰囲気を醸し出していた。

 問題のベッドへ静かに近付いていく。


 レースでできた天蓋の中を覗き込む、なにかおどろおどろしいものが横たわっているのか思ったが、視界に映ったのは意外に普通だった。


「これ女の子よね……」


「かわいいですね、眠っているみたいです」


 セルフィアとアニーがベッドの上の住人を興味深そうに覗き込んだ。


「二人とも、油断するな、あまり近寄っては駄目だ」


 俺は二人を慌てて引き寄せる、外観が普通でも魔物ではない保証はないのだ。

 あらためて横たわっている少女を観察する。


 白髪はくはつに近い金髪でストレートの細く長い髪、透き通った肌に整った容姿、つむっている綺麗なまぶたには長いまつげが生えそろっている。

 人形のようにシワひとつないほおは、薄く紅色に染まっていて赤ん坊の肌のようだった。

 驚くことに耳が細長く尖っている、これは俗に言うエルフなのではないだろうか。

 年齢はおおよそだが十歳ぐらいで身長は俺の胸のあたりぐらいだろう。

 エルフとおぼしき少女は、形の良い口元に微笑を浮かべて眠っているようだった。

 肩口まで毛布がかかっており、毛布の下は裸だろう、少女の胸はかすかに上下に動いていて生きている証拠を示していた。


「生きていやすね……、エルフでやんすかね」


「僕には危険な魔物には見えないな」


 幸せそうに寝ている少女を見ているとみんな笑顔になってしまった。

 迷宮で生存者を発見するという、誰も予想し得ないハプニングが起こってしまい、対処に困ってしまう。

 時間はまだお昼前だが、夜になる前に『コロニー』を見つけるなり街に帰るなりしなければならない。

 このまま寝かせておいていいのだろうか?

 それとも起こして事情を聞こうか、難しい決断を迫られていた。




 対処に困って少女を見つめていると、いきなり少女の目が開いた。

 青くすんだ瞳にじっと見つめられてしまう。

 どのくらい時間が経っただろうか、少女がおびええて毛布を顔に引き上げ顔を隠してしまった。


「驚かせてしまったね、俺達は悪い人じゃないよ、怖がらなくていいよ」


 極力優しい声で少女に語りかける。

 しばらくすると少女が毛布の中から目元まで顔を出して俺を見てきた。


「お兄ちゃんはだれ? ここはどこなの?」


 不安そうに聞いてくる少女は今にも泣き出しそうだ。


「お兄ちゃんは探索者だよ、色々なところを調べている人さ、ミドルグと言う街から来たんだ、知っているかい?」


 大人しく聞いている少女は俺の話を聞いても特に反応をせず理解していないようだった。


「お名前はなんと言うの? どこから来たのか覚えてるかな?」


 アニーが優しく少女に問いかける、子供に接するのは慣れているのかとても自然な語りかけだった。


「リサよ、リサ・フレッシュウインド……。エレンの森に住んでいるの……」


 アニーの優しい問いかけに心を少し許したのかエルフの少女が少しずつ話し始めた。


「そうなの、よろしくねリサちゃん、お姉ちゃんはアニーって言うのよ」


 リサと名乗った少女は上半身を起こそうと動き出した。

 シーツが滑り落ちて裸が見えそうになる。

 慌ててアニーがシーツを掴み、リサの体に巻き付けた。


「大丈夫よ、お姉ちゃんたちがリサちゃんの事守ってあげるわ」


 か細いリサの体をアニーが抱き寄せる。

 小さく震えているリサはアニーの胸に顔を埋め静かに泣き始めた。

 セルフィアがそばに寄りリサの頭を撫ぜている。

 少しの間二人にリサのことを任せておいても大丈夫なようだな。



「困りやしたね、このまま探索は出来そうにありやせん、撤退も視野に入れて作戦を練りやしょう」


 ワンさんが現実的な提案をしてくる。

 俺はうなずいてベッドから離れ、男三人で今後のことを話し合った。




 撤退か探索続行か、どちらにしてもあまり時間は残されていない、俺は難しい決断を迫られていた。

  

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