52.癖のある奴ら
謎の手紙の送り主に会いに行く時間が迫ってきた。
万全を期すため全員が完全武装の出で立ちで宿を出発した。
五人で宿屋を出る、夕焼けの中をスラムに向けて歩いていった。
道を歩いているとすれ違う人すべてがモーギュストを見て振り返る。
アダマンタイト合金の全身鎧は夕日を受けて七色に輝いていた。
スラム街に到着した、この地区の宿屋は一軒だけ、『熊の牙亭』と言う胡散臭い宿だけだ。
セルフィア達は宿を見た瞬間に嫌そうな顔をした。
二人とも汚い宿が苦手らしいな。
俺を筆頭に五人で中に入っていく、宿屋の親父が下品な笑いを顔に貼り付け猫なで声で話しかけてきた。
「旦那様いらっしゃいまし、お泊りでしょうか、それとも待ち合わせですか?」
(なんでこの親父が待ち合わせできたことを知っているんだ?)
「よく知っているな、ここには待ち合わせできたんだ。俺はレイン・アメツチ準男爵だ、俺を呼んだやつがいるだろう?」
俺が名乗りを上げると、張り付かせていた笑いはすぐに無くなり、青ざめたひどい顔になり震え始める。
さっきからセルフィアとアニーをチラチラと見ていたがなにか因縁があるようだな。
「先程から俺の連れを見ているようだがどうゆうことだ? 知り合いのようには見えないが説明してもらおうか」
(いやらしい目つきで二人の顔を見ているな、二度と見れないようにしてやろうか?)
「すす、すいません貴族様、そんなつもりはありません。どうかお許しを……」
カウンターに頭を擦り付けながら主人が謝ってきた。
体は震えて顔面蒼白だ、二人を見ていた罰だいい気味だ。
「セルフィア、宿屋の親父に心当たりはあるか?」
「別になんとも思ってないわ、昔ここに泊まったことがあるだけよ、さっさと待ち合わせの部屋に案内してもらいましょ」
宿屋の主人を一瞥もせず、吐き捨てるようにセルフィアが言った。
(絶対何かあったな、気になるけどあまり詮索はしないでおこう)
「部屋に案内するように言われております、どうぞついてきてくだい」
余裕のなくなった主人が小さく丸まりながら階段を上がっていく、その後に俺たちが続き二階の一番奥に到着した。
主人がドアをノックする。
中から女の人の声がしてドアが中から開けられた。
「意外と早かったわね……、リーダーだけ中に入って、中は狭いからみんなは入れないのよ」
ワンさんが何か言おうとするのを手で制し、みんなに振り返って話しかけた。
「おれは大丈夫だよ、ドラムだけは連れて行くから何かあったらすぐ呼ぶよ」
納得いかない顔をしているがみんな黙っている。
ドラムを肩に乗せて部屋の中へ入っていった。
中はどこにでもある普通の宿屋の部屋で、汚いベッドに古びたテーブル、椅子が数脚あとは何もなかった。
部屋の真ん中のテーブルには蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。
相手の人数は四人、一人がドアを開けた女でその他は全て男だった。
窓際に男が一人、ベッドに腰掛けた男、そして椅子に座っている男だ。
女はドアの前に立ち俺の退路を断っていた。
囲まれる形になったが、別に敵意は感じられない、四人は俺を興味深そうに見ていた。
「始めましてアメツチ準男爵、俺はビリー・バグダッドだ、お会いできて光栄だ」
椅子に座ったまま言い放つ男は、俺を馬鹿にしているわけではなく素で話しているようだ。
「礼儀がなっちゃいませんね、そういう時は立って話しかけるのですよ。お初にお目にかかります、私はシルバー・ハンティングマン騎士爵です、以後お見知りおきを」
俺の他に貴族がこの場にいるとは驚きだな、彼も宝物を献上した口だろうか。
優雅にお辞儀をするが、これはこの男の本質ではないな、もっと冷酷な性格をしているように思える。
「ショーン・ギャラクシー、よろしく……」
窓際に立つ男が言葉少なげに自己紹介してきた。
「あたしで最後ね、ミカサ・ミルキーウェイよろしくね。自己紹介も済んだことだしそろそろ本題に入りましょうか、あたし疲れてきたわ」
全員自己紹介をしたみたいだな、敵意があって呼んだわけではなさそうだ。
「俺の名はレイン・アメツチ準男爵だ、招待状が届いたので来たのだが、ここで間違いないな?」
「ああ間違いない、立ち話も何だしまあ座ってくれや、すぐ終わるからよ」
自分の正面の椅子を指差し座るように言ってくる。
その腕は丸太のように太く、下手な人間なら簡単に絞め殺せるほど大きかった。
髪は赤髪でざんばら、戦士タイプでアタッカー職だろう。
洗いざらしの白シャツに足にピッタリと張り付いたズボン、今にもはちきれそうなほどの筋肉に、服は悲鳴を上げているようだった。
座っていてよくわからなかったが、背丈は二メートルを軽く越えているように思えた。
拒否する理由もないので椅子に腰掛ける。
静まり返った室内に粗末な椅子の軋む音だけが響き渡った。
「今日あんたを呼んだのは俺たちの秘密結社にあんたを誘うためだ。十五階層を無傷で突破し『深淵の樹海』の奥深くまで到達しているあんたに、是非参加してほしいと思っている」
先程までの砕けた物言いは影を潜め、真剣な語り口に冗談ではない感じが伝わってきた。
「俺達四人はそれぞれパーティーのリーダーやっているんだよ、もう察したかもしれないが全パーティー十五階層突破組だ。秘密結社の名称は『ミドルグ探索結社』、これまで十五階突破組には全て声をかけている」
俺の反応を窺うように言葉を切り、黙って俺を観察する。
粘ついた視線が四方向から感じられ居心地がとても悪かった。
「この部屋に入ったときからだいたい察しはついていたよ、そんな組織があることは知らなかったがな」
俺は四人の顔を見た時、瞬時にこの集まりの目的を理解した、みんな大司教を倒すという死線をくぐった顔をしていたからだ。
「そうかい、それはよかった。少し組織の説明をさせてくれ、この組織は強制力を持たないゆるい協力関係の集まりだ。嫌なことはしない、利害が一致したときだけ協力をする。ただし仲間内以外で組織のことを口外しては駄目だ、それは王国やギルドにも当てはまることだ、そこを理解してほしい」
「あたしは新参者のあんたがでしゃばってこなければそれでいいのよ、協力なんかする必要はないわ」
ミカサが吐き捨てるように言い放った。
歳は二十代前半、ベリーショートの銀髪だ。
容姿は頗る付きの美女、引き締まった体型に大きな胸、スタイルを強調するような派手な衣装に目を取られる。
いつでも動けるように重心を前にかけている佇まいから察するにシーフ職だろう。
性格がきつそうなのがとても残念だ、仲良くはなれそうにないな。
「あなたはいつもそうですね、話がややこしくなるので黙っていてくれませんか」
頭を抱えたシルバーがミカサを牽制する。
シルバーは全身黒ずくめの上等な服を着ていて、流石は騎士爵を名乗っているだけはあった。
黒髪の長髪を後ろで束ねている、切れ長の目には丸くて小さな縁無しの眼鏡をかけていた。
スラリとした体型は贅肉が一切無く、筋肉が服の下から盛り上がっているのが見て取れた。
探索者として彼の体は理想の体型をしているように思える。
ミカサと同じシーフ職だと思うが、それだけじゃなさそうだ。
もしこの世界に忍者がいるとすればシルバーはまさしく忍者そのものだった。
さきほどから自己紹介以外一切話さないショーン・ギャラクシーをちらりと見る。
第一印象はセルフィアと同じ魔法使い、それも経験を積んだ老練な印象を受けた。
ローブを着て目深にフードを被っている。
手には高級なロッドを持っていて、フードの奥から見える目は蝋燭の炎に照らされて金色に輝いていた。
フードからチラリと見えたその容姿は、俺とそれほど変わらないように感じる。
雰囲気は老齢だが見た目は若い、この男がこの中で一番わけがわからない危険人物かもしれなかった。
四人に共通しているのは四人全員が相当の手練ということだ、世の中にはまだまだ強い人間がゴロゴロいるということを思い知らされた。
五人のいる狭い空間に妙な緊張感が漂っていた。
一筋縄ではいかない達人たちにどう対処しようか俺は迷っていた。