50.手紙
『自然迷宮』の夜の魔物たちと初めて戦闘をした『白銀の女神』、その圧倒的な戦力差に負傷者を出してしまった。
しかし見返りも大きく十八階層の階段を見つけるのだった。
「旦那、喜んでくだせぇ。この奥に階段がありやしたよ」
ワンさんが一仕事やり遂げたスッキリとした顔で俺を見た。
「間違いないのか? これで帰れるな……」
緊張の糸がほぐれていくのが分かる、俺も相当に無理をしていたようだ。
「モーギュスト立てるか? 十八階層に行って一旦街に戻ろう」
「うん、わかったよ。今立ち上がるからちょっと手を貸してくれるかい」
鎧を全部脱いだモーギュストは思いのほか軽く俺でも抱えられそうだ。
こんな小さい体でパーティーの盾をやってくれている、ありがたく申しわけないと思い、思わず涙ぐんでしまった。
「レインさんどうしたの? なんか気に触ったかい?」
モーギュストに逆に心配されてしまった。
「いや、いつもモーギュストばかりにつらい思いをさせて……、申し訳ない……」
ハンカチを出して目頭を拭う、言葉にしたら余計泣けてきて顔を上げられなくなった。
周りの仲間達も泣いているようだ。
緊張がから解放され感情が敏感になっているようだった。
「みんなありがとね、でも泣かないでよ。パーティーを組む仲間には役割分担があるんだよ、僕しかできないことを僕がやるのは当たり前だよ」
「そうだな、しんみりしてしまってすまない。あらためてこれからもよろしく」
みんなでゆっくりと通路を進む、突き当りの部屋にはワンさんが言った通りに下の階に続く階段があった。
今は夜だ、遺跡の中までは魔物はやってこないらしい、一種の『コロニー』状態なのだろう。
「今降りたら夜の魔物たちが出てくるかもしれない、モーギュストには悪いが一晩ここで待機して、朝一で街に帰ろう」
「うん、それでいいよ。僕疲れたから少し寝るね……」
モーギュストはやり遂げた顔をして横たわりすぐ寝息を立て始めた。
他のメンバー達も疲れ切っていて、ろくな野営の準備もせずに崩れ落ちるように寝てしまった。
俺は最後の力を振り絞って『退魔の香』を焚き、とりあえず安心して意識を手放した。
疲れきって長時間眠ってしまい昼過ぎに目を覚ました俺達は、食欲もなく水だけを飲んで重い足を引きずりながら階段を降りて行った。
一番下まで降りていくと、そこは石畳が敷き詰められている暗い部屋だった。
五人が入るといっぱいになってしまうほど狭い部屋は、三辺を石壁が囲い一辺が鉄格子になっていた。
すえた臭いが鼻を突く、空気が淀んで何年も換気がされてないようだった。
「地下牢でやんすね……」
周りの状況からどこかの施設の地下牢だと推測できた。
壁には手枷が吊るしてあり、部屋の隅に粗末なボロ布が打ち捨てられていた。
壁には小さな穴も開いており、凄まじい臭気が上がってきている。
どう見ても罪人を閉じ込めるために作られた牢獄だった。
唯一その牢獄が普通の牢獄と違うところは、出入りするための扉が鉄格子に付いていないところだ。
鉄格子をつかんで揺さぶってみるがびくともしない、誰か人のいる気配もなく静寂があたりを包んでいた。
ワンさんがここぞとばかりに近寄ってきた。
「またあっしの出番のようでさぁ、まあ見ていてくだせぇ」
自信満々で鉄格子を調べていく、罠がないことを確認するとおもむろに巾着袋から魔道具を取り出した。
それは九階層で散々お世話になった『氷結鍵破壊』だった。
ワンさんが俺たちにゆっくりと魔道具を見せつける。
ニヤリと笑った後鉄格子に近づくと、『氷結鍵破壊』を鉄格子に張り付かせた。
バシュッと小さな音がして『氷結鍵破壊』の周りに白い霧が発生する。
連続で魔道具を使用して計四回作動させた。
ワンさんが鉄格子を掴み手前に引っ張る、鉄格子はあっさりと根元で折れワンさんの手に収まっていた。
そっと床に鉄棒を置くともう一本も引きちぎる。
あっと言う間に外に通り抜けられるほどの空間が開き、ワンさんがゆっくりと外に出た。
左右の安全を確認してから俺たちに向かっていってきた。
「旦那もう大丈夫でさぁ、順番に出て来てくだせぇ」
なんて優秀な我が『白銀の女神』のシーフだろう、いとも簡単に脱出路を作り余裕の表情でたたずんでいる。
つくづくパーティーに入ってもらってよかったと思った。
「ワンさんにかかれば罠も形無しだね」
「ワンさん大活躍ね、頼りになるわ」
「あれが本来の『氷結鍵破壊』の使い方なのですね、勉強になります」
メンバー全員がワンさんを褒めちぎる、魔道具を褒められ嬉しそうなワンさんは輝いて見えた。
「あそこに石碑があるな、長居は無用だ街に戻ろう」
牢屋の通路の一番奥にひっそりとたたずむ石碑を見つけ、ゆっくりと近づいていく。
メンバー全員が手をかざしたのを確認して、短い呪文を唱え一階層へ転移した。
地上に出ると相変わらず探索者たちの歓声に出迎えられた。
迷宮衛兵の役人たちが大慌てで近付いてくる。
軽く遠征の調書を取られて解放された。
疲れた足を引きずるように定宿にしている『雄鶏の嘴亭』に帰る。
手厚いサムソンさんの歓迎を受けてやっと一息つけた気がした。
食堂で懐かしい黒パンをかじっていると、一人の少年がキョロキョロしながら食堂の中に入ってきた。
サムソンさんが目ざとく見つけ少年に近付いていく。
「何だボウズ、誰かに言付けでも頼まれたのかい?」
少年の手には一通の便箋が握られており、誰かを探しているのか視線が定まらなかった。
「レイン・アメツチ様に言付けです。この手紙を渡すように言われてきました」
十歳ぐらいの少年の割にはシッカリと受け答えができるようだな。
感心しているとみんなの視線が集まっていることに気づいた。
「俺がレインだよ、手紙をくれるかい? 駄賃をあげるから少し話を聞かせてくれないか?」
駄賃がもらえるのが分かると、とたんに笑顔になる少年。
手紙を受け取り銅貨を数枚握らせてから話を聞くことにした。
「この手紙は誰から預かったの?」
「知らないおじさんだよ、凄く高そうな鎧を着ていたよ、かっこよかったな」
「手紙の他にはなにか言っていたかい?」
「ううん、何も言ってなかったよ、宿屋の前で振り返ったらもう居なくなっていたんだ……」
「ありがとうね、気をつけておかえり」
黒パンをハンカチに包んで持たせてやる、嬉しそうにお礼を言った少年は小走りに宿屋から出ていった。
「なんなのその手紙、差出人の名前もないわね」
俺の手にある手紙に興味津々のセルフィアが内容を知りたくてウズウズして聞いてきた。
表面を手早く調べると、手紙の裏にMの文字が一文字書かれている以外何も書かれていなかった。
手紙の封蝋を開ける、中身を素早く読んでから裏も確認して考え込んだ。
「なんて書いてあるんでやんすか?」
返事の代わりに手紙を差し出した。
「読んでいいんでやんすか?」
ワンさんが俺の手から手紙を取ると中身を読んでモーギュストに渡した。
メンバー全員が読み終わり俺の手に手紙が戻ってきた。
手紙にはこう書かれていた。
『明日の夕暮れ時にスラムの宿屋の一室で待つ』
たったこれだけの文章でなにがわかるというのか。
考え込んでいる俺にワンさんが尋ねてきた。
「どうするんでやんすか、真に受けて行って罠が張られていたら一大事でやんすよ」
「私もワンさんの意見に賛成です、怪しすぎますよ」
「そうね、差出人の名前を書かないなんて失礼なやつよ、そんなヤツ無視すればいいんだわ」
三人の意見は否定的だ、その中でモーギュストだけが違う意見だった。
「みんなビビリ過ぎだよ、十七階層を生き抜いてきた僕たちに、危害を加えられるやつがいると思っているの? それこそナンセンスだよ」
すごい自信のモーギュストにメンバー全員がおどろいている。
しかし言われてみると負傷をしたが、十七階層の夜の悪魔の一撃に耐えたモーギュストに、怖いものはもはや存在していないのも事実だった。
結論としてはとりあえず行ってみることになった。
五人固まっていけば滅多なことにはならないだろう、明日は防具屋でモーギュストの鎧を直し、それからスラムへ向かうことにしよう。
久々の自室のベッドに思い切りダイブする、うつらうつらしているとドラムがベッドに登ってきて、俺の腹の上に乗っかってきた。
抱き寄せて目を閉じる。
まだ寝る時間には早すぎるが、ひんやりとしたドラムの肌を抱き寄せると、とても眠くなり夢の中へ旅立っていった。
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