表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/280

49.夜の住人

 好評を博した『ラーミン』のおかげで士気が上がった『白銀の女神』一行は、更に樹海の奥へと探索を進めるのだった。




 今日も『中層階』十七階層『深淵の樹海』の探索が始まる。

 豪雨はますます強まり、うなりを上げて俺たちに襲いかかってきた。

『魔導雨具』によって体が濡れることはないが心理的には辛く、暗い樹海からいつ敵が襲ってくるかわからない状況に、神経がすり減る探索をいられていた。

『ラーミン』をみんなに振る舞ってから既に半月の月日が流れていた。


 十七階層の魔物はセルフィアが予想した通りアンデッドが主体だった。

 しかしただのゾンビなどは出て来ず、餓狼がろうがゾンビになったものやアンデッドの巨大熊、首のないファントムの馬など、森に生息している動物が変化した魔物が大半だった。

 その魔物たちのどこが手強いかと言うと、まず一様にタフなことだ。

 十六階層に出た生身の魔物や動物は、急所を突けば一撃で倒すこともできた。

 しかし十七階層のアンデッド達は急所攻撃は一切効かず、大ダメージを与えても平気で攻撃してくるのだ。

 聖水を武器に垂らしても、凄まじい雨によって流されてしまい、思うような効果は得られなかった。


 それではどうやって倒したかと言うと、ゾンビは切り刻み物理的に動けなくし、ファントム系の魔物にはセルフィアやアニーの呪文で対抗した。

 一戦一戦が微妙に長引き、トータルでけっこうな遅れになってしまう。

 一日に進める距離が極端に短くなり、メンバー達の疲労もピークに達していた。



「旦那! 前方に遺跡がありやす、この前の石碑の遺跡とそっくりでさぁ」


 それは唐突に目の前に出現した、十六階層と十七階層の境にあった遺跡にそっくりな建造物が、突如樹海に現れたのだ。

 メンバー達の喜びは相当なもので、周りの魔物を引き寄せてしまうのではないかと心配してしまうほどはしゃいでいた。


「静かにしろ! ここは迷宮だぞ! モーギュストと俺が周囲の警戒、アニーとセルフィアは不意の魔物に備えろ。ワンさん罠解除よろしく」


 心を鬼にしてみんなを叱りつける、一時の気の緩みが大惨事を招くことを、身をもって知っているからこそ厳しくした。

 メンバー達が謝罪をして自分の役割に戻っていく。

 ワンさんは薄手の手袋をはめながら神経を集中させていった。


「旦那、普通に考えて前より罠の精度が上がっていると思いやす、あっしのことを見ていてくだせぇ。もしなにか妙な動きがあったら、一目散に逃げてくだせぇ」


 相当な覚悟で遺跡の罠を解除するワンさんは、俺に有無を言わさず遺跡に向かっていった。

 仲間を置いて逃げる訳にはいかない、そう思っていても真剣なワンさんに口出しすることはできなかった。



 嵐は樹海の木々のこずえ部分を容赦なく左右にしならせ、擦れ合う幹の音は恐ろしい不協和音を奏でていた。

 雷が連続して周囲の木々に落ち、木っ端微塵に幹を破壊している。

 一人でこの場にいたら一時間と持たずに精神が崩壊してしまうだろう。

 精神的にタフにならなければ『深淵の樹海』の探索など出来るものではなかった。




 ワンさんが遺跡の周りを調べ始めた、時折止まっては念入りに地面を調べている。

 ワンさんが通った後には地面が陥没したり、遺跡の壁から槍が突き出したり、即死級の罠が作動し見ていて生きた心地がしなかった。

 一時間ほど経ってやっと周囲を調べ終わる。

 時刻は午後五時、もうすぐ夜の魔物たちがどこからかい出てくる時間になる。

 罠はずしを中断してコロニーへ戻るか、ワンさんに賭けて遺跡を攻略するか、決断をしなければいけない時間になってしまった。


 中断を宣言しようとした時、ワンさんが俺のところへ戻ってきた。


「旦那、周囲の安全は確保しやした。後は扉を開けるだけでやんす。時間がないのはよくわかっていやす。でも一度罠を作動させてしまい途中で中断すると、二度と開かなくなる罠もありやす。ここはあっしを信用して命を預けてくれやせんか?」


 ワンさんは真剣な顔をして俺を凝視している。

 みんなに相談する時間はない、俺は即座に返答した。


「仲間になってもらったときから罠解除に関しては全てワンさんに任せることにしているんだ。ワンさんがそう思うなら反対する理由はないよ、思う存分やってくれ、背中は俺たちに任せてくれ!」


 ワンさんの肩を軽く叩き遺跡に送り出す。

 更に真剣になったワンさんは最後の難関に挑んでいった。



 時間が刻々と進んでいく、既に昼の時間は過ぎ去り凶悪な妖魔が闊歩かっぽする魔界が辺りを飲み込んでいた。

 木々の間に青白い炎が灯り始めた。

 その炎は一つまた一つと数を増やしていく、肌で感じるほど凶悪な魔物が俺たちを認識して血祭りにあげるために集まってきていた。

 遺跡の広場に緊張が走る、メンバー達は扉の前に一塊になり集まりつつある悪魔を睨みつけていた。


 ワンさんは周囲のことを気にする様子がないほど罠解除に集中していて次々と罠を外していく。

 遺跡の扉はワンさんの指さばきに反応して寄木細工のように形状を変えていく、悪魔たちが攻めてくるかワンさんが扉を開けるか時間の勝負になってきた。



 広場のふちに複数の青白い炎が近付いてきた。

 はっきりと魔物の姿が見え始める。


 全身を骨でできた鎧に身を包み、体中から血を流した馬に乗った骸骨達が見渡す限り出現した。

 その強さは見ただけで戦意を喪失するほどで、間違いなく今の俺達では傷一つ付けられないだろう。

 骸骨たちはサイクロプス族の巨人、アトラスさんよりも実力は上のはずだ。

 髑髏どくろの落ち窪んだ目に真っ赤な光が灯り始める。

 それは戦闘を開始する合図のようだった。


 骸骨戦士たちが一斉に大剣を抜き構えた。

 絶体絶命のその時、後ろからワンさんが叫び声を上げた。


「おまたせしやした! 扉の解錠成功でやんす! 中に飛び込んでくだせぇ!」


 そう言い残して上にせり上がっていく扉の下から遺跡の中に潜っていく。


「セルフィア、アニー行け! モーギュストと俺が時間を稼ぐ!」


 俺は刀を抜き放ち腰を深く落とした。

 モーギュストがシールドチャージを唱える。

 魔法鉄鋼の大盾が魔力を吸収し振動を始めた。


「レインさん! ここは僕に任せて先に行って下さい! すぐ追いかけますから!」


 いつもの軽口は鳴りを潜め、真剣な口調のモーギュストが俺に指示を出してきた。

 議論している時間は無いので、ドラムを抱え思い切って遺跡に飛び込む。

 遺跡の中でワンさんが開閉装置を操作して扉がゆっくりと下がってきた。


 骸骨騎士がモーギュストに向かって突進をしてくる。

 バコンッと地響きがして魔法鉄鋼の大盾と大剣の切っ先がまともにぶつかりあった。

 モーギュストが遺跡の内部に吹き飛ばされる。

 骸骨騎士の乗っていた馬が後ろに一メートルほど弾き返された。


 骸骨騎士達が扉に殺到するが、既に扉は下まで下がってきていて、騎士たちの行く手をはばんでいた。

 馬上から降りた騎士たちが扉をこじ開けようと押し寄せてきた。


「これでもくらいなさい!」


 セルフィアとアニーが聖水をありったけ骸骨騎士たちに投げつける。

 鎧に当たりガラス瓶が割れ、もろに聖水を被った騎士たちが青白い炎を上げならが炎上した。


「オオオオオウ……」


 断末魔の叫びを上げならら転がりもだえ苦しむ骸骨騎士、最後まで扉をこじ開けようと頑張っていた騎士が倒れ扉がピッタリと口を閉じた。




 辺りが暗闇に閉ざされる、さっきまでが嘘のように静かになった遺跡の内部で、息を殺して様子をうかがう、危険は過ぎ去ったようだ。


「危機一髪だったな……」


「扉の解錠が遅くなってしまってすいやせん……」


「ワンさん、謝らないでくれ、ギリギリだよ……、セーフだよ」


 ワンさんをねぎらうため話しかける、しかし上手く話せず変な発音になってしまった。


「あれが夜の魔物たちなのね……」


「夜に探索してはいけない理由がよくわかりました……」


 誰かがランプに明かりを灯した。

 骸骨騎士たちに怯えたセルフィアとアニーの顔がランプに照らされる。

 薄暗いランプの光に照らされた二人の顔色は真っさおだ、生きた人間と言うより蝋人形の肌色に似ていた。

 床に横たわっているモーギュストが起き上がってこない。

 最悪な事態に慌てて駆け寄った。

 魔法鉄鋼の大盾は見事に大きな穴が空き、全身鎧から赤い血が流れ出している。


「モーギュスト! しっかりしろ! アニー、キュアをかけろ!」


 兜のバイザーを上げて安否を確認する。

 血の気は引いているが何とか生きているようだ。

 連続してキュアを唱え、数回かけてようやく意識を取り戻した。


「凄い一撃だったよ……、あの大剣きっとオリハルコンでできているよ……」


 魔法鉄鋼の全身鎧の腹の部分にヒビが入っていて、横腹を切り裂かれたようだ。

 なんとか急所は外れたが、死んでもおかしくない一撃だった。

 モーギュストですら一撃で吹き飛ばされる攻撃の強さに背筋が凍る思いがした。


 モーギュストを床に寝かせ安静にする。

 その間にワンさんが通路の奥をくまなく探索してくれた。

 程なくしてワンさんが帰ってくる。

 その顔には安堵の色が色濃く出ていた。


「旦那、喜んでくだせぇ。この奥に階段がありやしたよ」





 とうとう十八階層につながる階段を発見した。

 次の階層には何が待っているのか不安に心が押しつぶされそうだ。

 メンバー達も皆同じらしく誰一人として余裕のある顔をしている者は居なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ