5.ばれちゃった
あれから意気投合した俺たちは、一緒にパーティーを組んで迷宮探索をすることにした。
一人で探索していた時より探索の幅が広がり、今では三階層まで攻略出来るようになっていた。
俺が壁役をしてセルフィアが火力、アニーは軽い陽動と回復要員、三人だけでまだ心もとないが、取りあえず戦える形にはなっていた。
「ファイアーボール!」
セルフィアが呪文を唱え、ピンポン玉くらいの火球がポイズンリザードに着弾し爆発を起こした。
頭を吹き飛ばされたポイズンリザードは光の粒子になって消えていった。
「いっちょ上がりね!」
嬉しそうに飛び跳ね俺の方へやってくる。
「キュア……」
ポイズンリザードに噛みつかれ、毒に侵されていた俺をアニーが癒やしてくれる。
「ありがとう」
「どうぞお気になさらないでください、レインさんに前衛をやっていただけているおかげで、私やセルフィアが安心して戦えるのですから」
「そうよ、レインには感謝してるわ、あたし達二人じゃこんな下の階層になんて来られないもの」
二人とも俺に労いの言葉をかけてくれた。
魔物の魔石を回収して、少し休憩してから冒険を再開した。
この数日間、行動をともにして二人の事が少しだけわかってきた。
とんがり帽子が可愛いセルフィア・タルソースは俗に言うツンデレだ。
悪気はないが言葉がきつくなることがあり、今までも問題を起こすのはセルフィアだったようだ。
痩せの大食いで大の酒好き、お酒を飲むと素直になって可愛くなるのは本人には内緒だ。
癒し系のアニー・クリスマスは普段から温厚でたまにぼ~っとしていることもある。
基本しっかりものだが抜けている所もあり、掴みどころがない。
セルフィアがいないと駄目な面もあり、物事の決定権はセルフィアにあるようだった。
四階層に到達して石碑に手をかざす、早めに迷宮探索を切り上げ地上に戻ってきた俺達は、馴染みの定食屋で夕食をとっていた。
今日の稼ぎもなかなかで懐に余裕が出来てきた。
「ほんとレインと組んで良かったわ、数日前のどん底生活が嘘みたい! レイン様様ね!」
エールの盃を片手に赤い顔をしてごきげんなセルフィア。
すでに二杯目を飲み干し三杯目に突入している。
「俺の方こそ二人には感謝してるよ、ソロで探索する限界を感じてたんだ。二人に会わなければ探索者をやめていたかも知れないな」
「私達三人が迷っているときに出会えたことは、イシリス様のお導きですね」
アニーが女神教のペンダントを胸の前で握りしめて祈り始めた。
両手で寄せられてますます目立ってしまい、目のやり場に困ってしまった。
「そういえば『ミドルグ迷宮』の五階層ってボスが出るんじゃなかったかしら?」
食事を終えてまったりと食休みをしていると、思い出したようにセルフィアが聞いてきた。
「俺たちの近近の目標はそのボスを撃破することだよ。ボスはコボルド達を従えたコボルドナイト。その時々によって出現する手下の個体数が変わるから運要素もからんでくる。レベルがそれなりに高くなくては突破は難しいだろうね」
コボルドとは犬の頭をした獣人で、好戦的な性格の魔物だ。
体格は人間の子供ぐらいで、一匹ではそれほど強い魔物ではなかった。
ボス戦の攻略方法などを二人に聞かせると、頼りになるリーダーだと褒められた。
「ところでレインさんはレベルいくつなのでしょうか、私達は二人ともレベル三に昨日なりました」
「そういえばレベルなんて見てもらったことないな、この街に来てから一度も教会に行ってないからね。確か女神教の助祭クラスの人に見てもらうんだよね」
(この世界に来てから何かと忙しくてレベル確認なんてしていなかったな)
「それでしたら私が見て差し上げましょうか?」
「そうねそれがいいわ、アニーは村で助祭をやってたのよ、小さい教会だけどね」
「小さくありません、質素なんです」
(二人とも仲がいいな、彼女達二人で話す時はセルフィアもアニーも気をはらず自然な感じがするな)
「じゃあお願いしようかな、でもどうやってレベルを見るんだ?」
「呪文を唱えてイシリス様にお伺いを立てるのです。そうしますと御神託が私に降りて参ります。ここでも出来ますけど宿屋のお部屋のほうが落ち着いて見られますね」
夕食も食べ終わったので宿屋に移動することになった。
俺が滞在している宿屋に向かいながらふと気になって聞いてみた。
「ところで二人はどこで寝起きしているんだ? お金無かっただろ?」
「教会の軒先をお借りしてなんとかやってます。でもそろそろ出ていかなくてはいけないのです。それなりにお金も貯まってきましたからね」
「決まった宿がないなら俺の泊まっている宿に来ないか? 安い割に主人が親切で味はともかく腹いっぱい食べられるぞ。それに冒険者ギルドの向かい側だから何かと便利なんだ」
親切心で二人をサムソンさんの宿屋『雄鶏の嘴亭』に誘うと、二つ返事で引っ越して来ることを了承した。
「引っ越すのはいいけど、あたし達になにかしたら許さないんだからね!」
自意識過剰なセルフィアが俺に釘を差してきた。
「駄目ですよセルフィア、レインさんは親切心で言ってくれているのですからね」
「わかったわよ、レインごめんなさい」
アニーにたしなめられてセルフィアが謝ってくる。
なんだかんだ楽しくおしゃべりしながら、宿へ帰っていった。
辺りがまだ暗くなる前に定宿の『雄鶏の嘴亭』にたどり着いた。
「サムソンさんただいま、新しい客を連れてきたよ」
カウンターにいるサムソンさんに声をかける。
「おかえりレイン、うれしいねありがとよ」
「この二人はセルフィアにアニー、いま教会に間借りして暮らしているんだ、明日からここに越して来るからよろしく」
軽く二人を紹介して事情を話した。
「よろしく」
「お世話になります」
ふたりとも宿が気に入ったようで、ロビーをキョロキョロ見渡している。
「サムソンだ、大した特徴はない宿だがギルドや武器屋なんかが近いのが取り柄だ、よろしく」
気さくに話を始めるサムソンさん、やっぱりこの人はいい人だな。
「それにしても二人共えらいべっぴんさんじゃないか、レインも隅に置けないな。ハハハハ」
サムソンさんは冗談を言って笑いだした。
俺もつられて笑い出す。
「ちょっと! 勘違いしないでよ、そんなんじゃないんだからね!」
冗談を真に受けたセルフィアが顔を真赤にして騒ぎ出した。
その後アニーになだめられておとなしくなった。
「それでは椅子に座って後ろを向いてください」
俺の部屋に移動してさっそくレベルを見てもらう。
アニーはベッドに座り紙とペンを横に置いた。
言われた通りに椅子に座り後ろを向いた。
後ろから祈りの言葉が微かに聞こえてくる、背中がポカポカしてきて気持ちよくなった。
恍惚の表情で、アニーは紙とペンを持つとスラスラと何やら書いていく。
意識はあまりはっきりしていないように見える、神託を受けてトランス状態になっているようだ。
フラフラとしながらも書き終わった紙をアニーがこちらに渡してきた。
俺は何気なく渡された紙を見て驚愕してしまった。
[レイン……十六歳、 レベル……三、 スキル……健康、異世界言語、 加護……女神イシリスの加護]
やばい、スキルに『異世界言語』って書いてあるのか、さすがにごまかせないだろうな。
それに『女神イシリスの加護』ってなんだよ、あの女神様過保護すぎだろ!
いっその事全部打ち明けようかな、気味悪がって離れるなら早いほうがいいしな。
「どれどれなんて書いてあるの? お姉さんに見せてみなさい」
セルフィアが冗談を言いながら覗いてきた。
「十六歳! レインって私達と同い年だったの? もっと年下だと思ってたわ。レベルは三か、あたし達と同じね、スキル健康、異世界言語? 女神イシリスの加護!?」
俺の肩越しから紙を覗き込んでいたセルフィアがびっくりして言葉をなくしている。
「レインさん異世界言語とはなんでしょうか、私は聞いたことがありませんが……、そしてなぜあなたがイシリス様の加護をお持ちなんですか?」
アニーも困惑気味に俺の顔を直視してきた。
「あ~、その……、異世界言語は異世界言語だよ、加護は何だろう?」
頭が混乱していて訳のわからない説明をしてしまった。
少し時間をもらい、落ち着きを取り戻してからこれまでの経緯を二人に話す。
「信じてもらえないかも知れないけど、実は俺この世界の人間じゃ無いんだよ、異世界の日本と言う国で生まれ育ったんだ。そこで死んでここに来たんだ、来るときに神様に会って色々教えてもらったんだよ」
そこまで一気に言って二人を見ると、アニーは真剣に話を聞いていて、セルフィアもお酒が完全に抜けているようだった。
「そしてこの世界は過酷だからスキルをあげるって言われて貰ったんだよ。そういえば最後にプレゼントも貰ったな」
懐から鶏の卵に似た、やけに光沢の有る卵を取り出した。
それを二人に渡して話を続ける。
「神様の顔は見てないよ、でも声は女の人だった。加護のことは今知ったからよくわからない、無限収納の巾着袋を貰ったんだけど見てみるか?」
そう言って巾着袋を腰から外す、中を開いてビニール袋に入ったコンビニ弁当の空を取り出した。
(やばい、ずっと入れたままだった。絶対腐っているな!)
恐る恐る袋を開けてみる。
容器についた汁などにカビとか生えているだろうと覗いてみたが、食べたときと変わらず空の容器が入っているだけだった。
(不思議だけど巾着袋の中では物は腐らないのだろうか、すごい袋だな)
すごすぎてもう麻痺してきたよ、あまり考えないようにしよう。
「そうだこれがあったよ! 神様からの手紙、巾着袋に入っていたんだよ。ちょっと読んでみてくれよ、俺の言うことが少しは信じてもらえるかも知れないから」
巾着袋から手紙を出して二人に差し出す、しかし固まったままの二人は引きつった顔をしてなかなか受け取らなかった。
「どうしたんだ? これを読めばなにか分かるかも知れないよ、遠慮しないで読んでくれ」
「ちょ、ちょっとまってよ! その手紙がただの手紙じゃないことぐらい見れば分かるわよ! 恐れ多いオーラがバンバン放たれているわ!」
セルフィアが青い顔をして受け取りを拒否する。
アニーに至っては床にひざまずき手紙に向ってお祈りを始めてしまった。
しばらく経って落ち着いた二人が、震えながら手紙を読み始めた。
最初はアニーが声を出して読んでいたが、途中で感動して泣き出してしまい、慌ててセルフィアが介抱していた。
たっぷり時間をかけて手紙を読んだ二人は、俺の言うことを信じてくれた。
二人が俺の事を女神様の使徒だといい出し敬語を使いだしたから、慌ててやめさせ二人に言い聞かせた。
「だから俺はただの一般人なんだって、二人と何も変わらないんだよ。輪廻って概念はわからないかも知れないけど、ここで普通に暮らして死ぬことが俺の望みなんだ。お願いだから今まで通りに接してくれ、それからこのことは他の人には内緒にしてほしい」
「話はわかったわ……、レインがそう言うならあたしは今まで通りにさせてもらうわ。それに人にも言わないわ、言っても信じてもらえなそうだしね」
切り替えが早いセルフィアがいつもの口調に戻る。
横のアニーを見ると目が座っていて、俺の声もセルフィアの声も聞こえていないようだった。
かすかになにか言っている、耳を澄まして聞いてみると驚きの言葉をつぶやいていた。
「ああ、やっと運命の方に出会えました。私はレイン様のために生まれてきたのですね、私はあなた様に忠誠を誓います。一生お世話させていただきます。こんな嬉しいことが有るのでしょうか、きっと女神様が私のことを見てくださっていてレイン様を遣わしてくれたのです……」
いつまでも何かをつぶやいていて止まらないようだ。
セルフィアの方を見ると諦め顔で俺に説明してきた。
「ごめんね、この子時々こうなるのよ、この状態になったらしばらく元に戻らないわ、明日には元に戻っているはずだからもう教会に帰るわね。アニーにもちゃんと言い聞かせておくから心配しないで、じゃあね」
明日、朝一で宿屋に引っ越して来ると言って、視点の定まらないアニーを抱きかかえてセルフィアが教会へ帰って行った。
二人がいなくなった部屋に一人残されて寂しくなる。
ベッドの上に毛布に包まれて丁寧に置かれている卵を懐にしまい妙に安心して早めに寝た。