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48.おいしいよ

 ドラゴンゾンビの討伐に成功した『白銀の女神』は、進むべきか退くか判断を迫られていた。




 ワンさんがドラゴンゾンビの魔石をつかんで喜んでいる。


「旦那見てくださいよ! こんなに大きな魔石が取れやしたよ!」


 俺に渡しに来たワンさんの手の中には、こぶし大の大きな魔石が握らてており、透明な輝きを放っていた。

 魔石を受け取ると、横に寄り添っているセルフィアの手の上に乗せる。

 手に載せられた魔石をうっとりと眺めながらセルフィアがつぶやいた。


「あれだけ禍々しい魔物からこんなに美しい魔石が取れるなんて不思議ね」


「そうだな、もともとは美しいドラゴンだったのかもしれないね」


 しばらく鑑賞した後は巾着袋に入れて辺りを見渡した。

 辺りの地面がドラムのブレスの残り火に照らされてキラキラと輝いている。

 それらは全てドラゴンの腹から飛び出した虫たちの魔石だった。

 親指大の色とりどりの魔石が辺り一面に散らばっている。

 その魔石をワンさんとモーギュストが嬉しそうに拾っていた。


「おれも手伝ってくるよ、セルフィアはもう少し休んでいな」


 セルフィアがうなずくのを見届けて魔石収集に取り掛かる。

 大量の魔石に嬉しい悲鳴を上げながらひと粒ずつ丁寧に拾っていった。




「ここが十七階層だということはほぼ決まった。十六階層と魔物の分布が明らかに変わったのが断定した理由の一つだ。それに雨が一向に上がらないのも理由の一つだ、おそらく今後も雨は上がらないだろう」


「これから先あの龍のような魔物がでてくるんでやんすかね、気が滅入ってくるでやんす」


「その可能性は捨てきれないが今回も勝てたし、わからないことを恐れてもしかたがない。このまま進んで『コロニー』を確保して今日の探索を終えたいと思う」


 メンバー全員が神妙な顔つきでうなずく。

 ドラムのブレスで炭化した木々が雨にあたって白い水蒸気を上げている。

 新たな生物が近寄ってこない内にこの場所を離れたほうがいいだろう。

 嵐が激しくなる中を気合を入れ直して樹海の奥へ進んでいった。




『コロニー』はあっけなく見つかった。

 ドラゴンゾンビを倒したところから歩いて数十分、距離にすれば一キロも離れていない所に突然現れた。

 メンバー全員が喜び、幹の下に駆けつける。

 大きな樹径じゅけいは今までで一番立派で、何千年生育すればその大きさになるのか見当もつかなかった。


 ワンさんが器用にスルスルと幹を登っていく、『樹洞じゅどう』の安全を確認したようで大きく手を振って合図してきた。

 セルフィアが嬉しそうにつたを伝って登っていく、次にアニーが登り俺もその後に続いた。

 周囲の安全確認をしていたモーギュストが、重そうな鎧を器用に操り最後に登ってくる。

 全員が登ったところで『退魔の香』がかれ、『コロニー』の安全が確保された。



「やっと『樹洞』に来られたわ! これで一安心ね」


「ここに入ると落ち着きます」


 女性陣は安心したのか笑顔をみせている、ワンさん達も安堵あんどの表情をしていた。

 時刻はまだ午後二時を回ったばかりだが今日は探索を終了しよう。


 作業を分担してキャンプの準備をする、テントは二張、テーブルと椅子を並べ簡易のかまどを作ると、さすがの『樹洞』も狭く感じられた。


「みんな、少し遅いけど昼飯にしよう。代り映えしないけど王都の料理を出すよ。夜中に夜食を出すからあんまり腹に詰め込みすぎるなよ」


「あたし王都の肉料理大好きよ、いくら食べても飽きないわ」


「ナンコツまだありますか? 私あの食感とても好きです」


 肉好きっ娘たちが肉をよこせと催促してくる。

 俺は言われるがままに肉料理を大量にテーブルに並べていった。

『樹洞』の中がすぐに美味そうな匂いで充満する。

 古代中国には満漢全席まんかんぜんせきという宴席に出す料理があったそうだが、種類や珍しさでは俺の巾着袋に入っている料理も負けてないはずだ。

 俺は湯気を出しながら食べられるのを待つ、様々な料理達を見ながら満足気にうなずいた。


「今日は少し早く探索が終わったから、見張りの順番が遅い人は少しだけなら酒を飲んでもいいぞ」


 気が滅入っているメンバーを思ってお酒を解禁した。

 もちろん俺は飲まずに我慢する。

 少しでもメンバーのストレス解消につながればいいと思う気遣いだった。


「さすがレインの旦那、話がわかりやすね! あっしは朝方が当番でやんすからいただきやす!」


 嬉しそうにエールをグラスになみなみとそそいいで自分の席の前に置くワンさん。

 それを見ていたセルフィアが俺を見ながら言ってきた。


「レイン、あたしも飲んでいいかしら? 見張りの順番は二番目だから微妙なんだけど……」


「セルフィアさん、僕が順番代わってあげるよ、僕三番目だからそれで良ければね」


 モーギュストが横から嬉しい提案をしてくる。


「ホント!? モギュッちありがとう! アニー順番変えてもいいでしょ? レインもいいよね?」


 お酒を飲みたいセルフィアは必死になって確認しまくっている。

 アニーと俺から了解を得るとグラスにワインを注いで嬉しそうに席についた。

 この頃のセルフィアのお気に入りは年代物のワインだ、日本なら値段が目が飛び出るほど高いワインを、グラスに無造作に注ぐセルフィアはとても幸せそうだった。


「それじゃいただこうか、アニー食前のお祈りを頼むよ」


「わかりました……、女神イシリス様、今日も我々に食事をお与えくださってありがとうございます。イシリス様に感謝をしていただきます……、それでは皆さんいただきましょう」


「「「「ありがとうございます、いただきます」」」」


 イシリス様に感謝をしつつ食事が始まった。


 セルフィアが骨付きの牛肉に豪快にかぶりつく、王都で評判のステーキ専門店の看板メニューだ。

 ステーキソースが絶品で、ほのかに懐かしい醤油のような味がして俺も大好物の絶品だった。

 もちろん焼き加減はレア状態で肉質はとても柔らかい、霜降り肉とまではいかないが十分脂が乗っていて至極しごくの一皿だった。


「ん~! これよ、これが食べたかったのよ! 毎日食べずに我慢して我慢して、もう我慢出来ないところで食べるギュウニクは堪らないわ!」


 高級ワインを喉を鳴らして飲み干すセルフィアは、つられて笑ってしまうほど幸せそうな顔をしていて、とても可愛かった。


「おいしいです~、これを食べたらもう他のものは食べられません」


 幸せそうなセルフィアを眺めていると、反対側からこれまた幸せそうな声が聞こえてきた。

 振り返って見ると右手に焼き鳥の串を握りしめながら、とろけるような笑顔で焼き鳥を頬張っているアニーがいた。

 珍しいことに左手にはエールが握られており、完全に昔懐かしいオヤジギャルと化している。

「オジサンと一緒にお話しないかい?」と、声をかけたくなるようなアニーの幸せそうな顔を見ていると、自然と目尻が下がっていってしまう。

 まさに両手に花とはこの事を言うんだろうな、俺もお酒を飲みたい気分だ。



『樹洞』の外は相変わらず豪雨で、まだ夕方には早い時間だが樹海の木々のせいで暗くなってきている。

 しかしこのありがたい安全地帯の中は、不思議と雨音が気にならなくて普通に会話ができた。

 なるべく楽しい話を話題に出して一時いっときさをまぎらす。

 他のみんなもよく分かっているようで、難しい話はしないで馬鹿な話を積極的に選んで話した。


 みんなお腹いっぱいに好物を食べ、満足して食事を終えた。

 就寝するには早すぎるので思い思いに時間を過ごす、装備を手入れする者、『樹洞』の入り口から樹海を眺め物思いにふける者。

 アニーは女神様に食後の祈りを念入りに行なっている。

 俺は夜食に向けて下ごしらえに入っていた。


 王都で買った寸胴鍋ずんどうなべに水を張り、下処理をした鶏ガラを入れていく、適当にアクを取ったら香味野菜などを入れて根気よく煮ていく。

 お祈りを終えたアニーが興味深そうに近寄ってきた。


「レイン様何を作っているのですか?」


「今日の夜食だよ、何を作っているかはできてからのお楽しみだ」


 勿体もったいつけて教えないでいると、「楽しみに待っています」と言って離れていった。

 その後も代わる代わる仲間達が聞きに来る。

 そのたびに答えをはぐらかし料理を続けた。


 時刻は九時を回る、そろそろ小腹がすいてきた頃だろう。

 メンバーの中には夜中の見張りに備え仮眠をとっているものもいた。

 寸胴の蓋を開けて味見をするとしっかりとしたスープができていた。


「まあまあよくできたかな」


 器に秘伝のタレを入れる。

 このタレは王都のある店で食べたものを無理を言って分けてもらってきたものだ。

 普通は分けてくれないだろうが、俺が貴族だと分かると渋々ツボひとつ分だけ分けてくれた。

 貴族の権威を振りかざしてまい心苦しかったが、どうしてもほしいタレだったので無理を言ってしまった。

 その分代金は弾んでおいたので勘弁してくれるだろう。


 塩ベースのタレに鶏ガラで取ったスープを入れる。

 同時に沸騰したお湯で茹でていた麺をザルで湯切りして器に入れた。

 トッピングは焼豚や青菜の茹でたもの、刻んだネギもどきにシンプルに半熟のゆで卵を入れてみた。

 辺りになんとも言えないいい香りが漂い始めた。


 俺が作っていたものは王都で見つけた『ラーミン』という日本でのラーメンに似た食べ物だった。


「凄くいい匂い……、何を作ったの?」


 お酒が少し抜けてきたセルフィアが匂いにつられて起きてきた。


「それ王都で食べたラーミンですね、凄く美味しそうです」


「あっしの大好物でさぁ、旦那は何でも作れやすねやっぱり凄いでやんす」


(あれだけ酒を飲んでいたのにもう素面しらふになっているワンさんはやっぱり凄いよ)


「僕にも食べさせて、おなかすいちゃったよ」


 真面目に樹海を警戒していたモーギュストが匂いにつられてやって来た。


「大丈夫だ、いっぱい作ったから順番に作るよ」


 出来上がった順に仲間達に『ラーミン』を食べさせていく。

 最初はテーブルにいち早く座ったセフフィアとアニーの前にドンブリを置いていった。


「「いただきます!」」


 二人は嬉しそうに『ラーミン』を食べ始める。


「ん~! 美味しいわ! 王都で食べた味と一緒ね」


「ほんとですね、とても美味しくて王都を思い出します」


 二人には気に入ってもらえたようだ。

 ワンさんとモーギュストの分も、もうすぐ出来上がる。


「二人とも席についてくれ、もうすぐ出来るからな」


 手早く作った『ラーミン』を待ちきれずにこちらを見ている二人に振る舞った。


「うまいでやんす! 王都で食べたラーミンよりうまい気がしやす!」


「これほんとに今作ったの? 信じられないくらい美味しいよ!」


 これで全員から合格点をもらえたようだな、俺も一杯作って食べようか。

 麺を多めに茹でておかわりの分を作り、自分の分もドンブリに作る。


「おかわりあるから食べたい人は食べてくれ」


 テーブルに人数分の『ラーミン』を置き、セルフィアとアニーの間に座る。

 おかわりのラーミンはすぐさまみんなに確保され各自二杯ずつ完食をした。



「おいしかったわ、レインありがとう」


「レイン様大好きです」 


 横から二人に抱きつかれ『ラーミン』が食べられないよ。

 流石さすがに俺の食べるのを邪魔してしまったのを謝った二人は、俺から離れてニコニコしながら俺が食べるのを見ていた。


 膝の上に乗ったドラムに麺を与えてみる、興味は示したが食べることはなかった。

 今度は焼豚を鼻先に持っていく、ドラムは嬉しそうに手でつかみ美味しそうに食べ始めた。


(肉食のドラムには『ラーミン』は合わないらしいな、四勝一敗『ラーミン』の成績はまずまずだろう、今度はドラムをとりこにする料理を作るぞ)


 全員食べ終わり後片付けをする。

 時刻は十時近くになっていた。

 全ての片付けが終わりあとは寝るだけとなった。



「レイン、今日からまた一緒に眠ってね」


 当然のようにセルフィアが言ってくる。


「なんでだ? 樹海では別々に寝ているだろ?」


「だってドラゴンゾンビが出たってことは、ここはもうアンデッドが出るということでしょ?」





 おばけが怖いセルフィアに無理やりテントに引っ張られていく、途中からアニーにも腕を抱えられ骨抜きにされた俺は、観念して二人とともにテントに消えていくのだった。 

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