46.謎
『深淵の樹海』の探索を再開した『白銀の女神』は、樹海の奥に古びた遺跡を発見した。
「旦那、探していた物が見つかりやしたよ」
穴から顔を出したワンさんの手をつかんで引っ張り上げる。
「ありがとうございやす、穴の下は真っ直ぐな通路でやんす。行き止まりに部屋があり、探していた石碑がありやした。もちろん現役で使える石碑でやんす」
「石碑!? やったわ! これで帰れるのね!」
樹海にうんざりしていたセルフィアが小躍りして喜んでいる。
「ちょっと待ってくれ、いま石碑と言ったか? 階段ではなく?」
「言いやした、間違いなく石碑でさぁ、理由はわかりやせんが階段は見当たらなかったでさぁ」
今までの探索では階段の先に石碑はあった。
その石碑が何故か十六階層にある、どういうことかわからず考え込んでしまった。
「レインさん、とりあえず現物を見てみようよ、本物の石碑なら一度地上に戻ってゆっくりと考えよう」
モーギュストが至極まっとうな意見を言ってきた。
その意見を採用してみんなで穴を降りることにした。
ワンさんを先頭に、メンバーが一人ずつ狭い穴を降りていく。
穴には手がかりになる出っ張りが付いていて、『身体強化』した俺達はラクラク降りていくことが出来た。
ワンさんに先導されながら狭い通路を歩き、行き止まりの部屋にたどり着く。
中を覗いてみると確かに見慣れた石碑が置いてあった。
辺りを見渡すが石碑以外には何もない。
ワンさんも調べたがおかしなところはないと太鼓判を押した。
「よし、みんな石碑に手をかざすんだ、街に帰還するぞ」
メンバー全員が手をかざしたのを確認して、短い呪文を唱え一階層に転移する。
一瞬で転移した俺達は、階段を上がり地上に帰還した。
約二ヶ月ぶりの帰還で『ミドルグ迷宮』の広場は大いに湧いた。
役人からの俺たちに対する聴取は、俺が貴族であることも手伝って簡単に終わった。
お貴族様の機嫌が損なわれることは自身の身の破滅につながるので、役人たちは一切逆らわず俺の好き勝手に出来た。
「ただいまサムソンさん、無事帰ってきたよ」
懐かしい『雄鶏の嘴亭』にたどり着く。
このごろは年単位で部屋を借りているので、既に我が家同然だった。
「おおレインか! お帰り、心配してたよ」
サムソンさんが笑顔で迎えてくれた。
他のメンバーも次々と扉から入ってくる。
サムソンさんはそのたびに笑顔で声をかけ、みんなの無事を喜んだ。
食事をした後は恒例の会議が俺の部屋で開催された。
今回の議題は謎の石碑と今後の探索についてだ。
みんなそれぞれ考えていたことを話していった。
「誰かあの石碑の謎を解いた人はいるか?」
「はいはい! あたしはあの場所が既に十七階層だと思うわ、あの丸い穴が階段の代わりであの部屋が十七階層なの、完璧な推理でしょ」
セルフィアが自信アリげに言い放った。
「でもそれだと十八階層への階段はどこにあるのですか? そんなものはなかったですよ」
アニーが鋭いツッコミを入れる。
「セルフィアの姉さん、あの場所はただの遺跡でやんす、あっしが隅々まで調べやしたから間違いありやせん」
「なによ、二人してそんなに言わなくてもいいじゃない」
セルフィアが二人に責められてふてくされてしまった。
「セフィーなかなか面白い考察だったよ、みんなもどんどん考えを言ってくれ、間違ってもいいからな」
俺がフォローするとセルフィアが嬉しそうに飛びついてきた。
「レインは優しいわ、誰かさんたちとは大違いね」
セルフィアに背中に抱きつかれながら他の意見が出るのを待つ。
「じゃあ僕の意見を言うよ、あの遺跡の石碑は十六階層に点在している中間地点じゃないかと思うんだ。広大な樹海を探索するのは骨が折れる事だから、迷宮を作った何者かが親切に設置してくれたんじゃないかな」
中々ぶっ飛んだモーギュストらしい考え方だな、親切な迷宮主がいるとは思えないが。
「それだと『大聖堂』や『草原』に中間地点がなかった説明がつかないでやんす。あそこだって『深淵の樹海』にはおよびやせんが、なかなか広いフロワーでやんすから石碑があってもおかしくありやせん」
「確かにそう言われると反論できないなぁ」
モーギュストもワンさんの意見に納得してしまったようだ。
反論してばかりいるワンさんは、自分の意見がまだまとまらないらしく、ウンウン唸って考えをまとめ中だ。
その他の意見が中々でないので俺の考えを発表することにした。
「俺はあの遺跡より樹海の奥が十七階層と同じ扱いではないかと考えているんだ。遺跡の手前に目に見えない境界線があって知らない内に十七階層に侵入していたんじゃないだろうか」
突然ワンさんが手をポンと叩き大きな声を上げた。
「それでやんす! あっしもそう考えていたんでさぁ、やっぱり旦那とは考えが合いやすね」
ワンさんが俺と考えが一緒なのを喜んで興奮している。
(どれだけ俺のことが好きなんだ……、怖くなってきたぞ、俺はそう言う趣味はないからな!)
「さすがレインね、言われてみるともうそれしか無いと思えてきたわ」
「レインさんは凄いよ、レベルは低いけどさすがリーダーだね」
(モーギュスト君、褒めながらディスるのはやめてくれないか……)
「と言うことは十七階層も樹海が続くということですか……」
アニーがうんざりした顔で呟く。
「嫌だわ! もう樹海なんて探索したくない……」
泣きそうになっているセルフィアをベッドに腰掛けさせる。
セルフィアの膝の上にドラムを置き、ドラムに肉の塊を与え食べさせる。
ドラムが肉を食べている姿を見た彼女は、なんとか平常心を取り戻し顔を緩ませ微笑みだした。
アニーもセルフィアの横に座りドラムの頭を撫ぜ始める。
精神安定剤として、なかなか優秀なドラムは、周りを気にせず一心不乱に肉にかぶりついていた。
とりあえず石碑の周辺の樹海を探索してから結論をだすことに決まって会議は終了した。
明日から三日間の連休に入る、二ヶ月も探索していたんだからバチは当たらないだろう。
ドラムを抱きまくらにして藁のベッドに寝転ぶ。
久しぶりのベッドで、ぐっすりと眠ることができそうだ。
三日間の休みにやったこと、それはまずギルド長への探索の報告だ。
俺一人でギルドへ行き、二ヶ月間の探索結果を詳細に報告した。
俺の話にギルド長は大いに喜び、魔物や遺跡の話を子供のように目をキラキラさせて聞いていた。
次にカミーラ女男爵様へのご機嫌伺いも欠かさなかった。
異世界屈指の美女との会話は、中身がオッサンな俺の密かな楽しみなので、誰がなんと言おうとこれからも足繁く通うだろう。
本当に人妻なのが惜しい、いつまで眺めるだけで我慢できるだろうか。
その他は市場へ出かけて軽く食材を買ったくらいで、宿屋でゴロゴロしたり、適当にそこら辺を散歩したりしながらゆっくりとした休日を楽しんだ。
ついに休み明けの今日から推定十七階層の探索が始まる。
鎧を着込みドラムを肩に乗せて部屋から廊下へ出た。
サムソンさんに朝の挨拶をしてから日課の柔軟体操のために宿屋の表に向かった。
「レインおはよう」
「おはようございます、レイン様」
「レインの旦那、おはようございやす」
「レインさん、おはよう今日もいい天気だよ」
遅く起きたわけではないのにみんな先に表に出ていた。
「みんなおはよう、気合が入ってるな」
「もちろんよ! やるからにはとことんやるわ」
「私もがんばります!」
「一気に探索済みの地域を増やしやすよ」
「もっと強い魔物と戦いたいよ」
三日の休憩がみんなのやる気を回復してくれたようだ。
これはうかうかしていたら、もっとレベルを離されてしまいそうだな。
「よし! 朝飯を食べたら早めに出発するか」
みんな嬉しそうに食堂へ移動していく。
迷宮探索が好きなのは俺だけじゃないみたいだな。
早く探索のスリルを味わいたいので、急いで朝食を摂り始めた。
皆豪快にパンにかぶりつき塩スープを飲み干していく。
俺も負けてはいられない、急いでパンにかぶりつき一生懸命に咀嚼するのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
迷宮の一階から謎の石碑へ転移する。
狭い通路を通って穴を登り樹海へ顔を出した。
通路を通っているときから、外の低い地鳴りのような音が聞こえていた。
穴を抜けて外に出ると外は土砂降りで、大粒の雨が頬を打ち、すぐさま体をずぶ濡れにしてしまった。
「みんな、一旦遺跡の中に戻ろう、この嵐では探索などできない」
みんなも俺と同じ意見で無言で穴に戻っていく、穴を降りきると通路を通って石碑の部屋に戻った。
「ひどい目にあったわ、服がびしょ濡れよ」
「あまりこっちを見ないでもらえると助かります……」
俺はアニーのボディーラインを凝視してしまい慌てて目線をそらす。
女性陣はローブが濡れてしまい、体の線がバッチリと分かるようになってしまっていた。
「すまない、いま熱源を出すから」
とりあえずマントを二人に出してから、王都で買った達磨ストーブみたいな魔道具を取り出した。
「旦那、狭い空間で火を起こしたら酸欠でお陀仏でやんす」
「これは大丈夫だよ、酸素は一切消費しない魔道具だからね」
スイッチを押して魔道具を起動させた。
するとすぐに暖かな熱を放出し、部屋を温め始めた。
「アニー悪いけど、この部屋にクリーンかけてくれないか?」
埃っぽい部屋が気になったので部屋を綺麗にしてもらう。
椅子を出してストーブを囲い思い思いの場所に腰掛けた。
「服が乾いたら外の様子を見て雨がやんだら探索開始だ」
『自然迷宮』の天候変化はコントロールできない。
出鼻をくじかれてなんともやりきれない雰囲気になったが、諦めて雨の止むのをただじっと待つのであった。