44.ギルド長の英断
アトラスさんに『身体強化』を教えてもらった。
一部のメンバーを除いて『身体強化』を取得した『白銀の女神』は、コロニーを確認するため樹海に分け入った。
「みんな少し待ってくれよ……」
俺は汗だくになりながら必死に追いかけていく。
アトラスさんや、『身体強化』を発動させたセルフィアたち三人は、涼しい顔をして俺を待っていた。
「レイン頑張って!」
「大丈夫ですか? 今キュアをかけますね」
「『身体強化』を早く覚えられればいいね」
みんな俺のことを心配している。
しかし涼しい顔をして言われるとなんだか複雑な気持ちになった。
「あっしでもついていくのがやっとでやんすから、旦那には相当きついでさぁ。旦那のためにも少しゆっくり歩いてくだせぇ」
汗だくで舌を口から出しながらワンさんが俺を気遣ってくれる。
俺は木の切り株に腰掛けて特製のスポーツドリンクをラッパ飲みした。
「旦那……、あっしにもくだせぇ……」
相当無理しているワンさんも、俺の足元に崩れ落ち飲み物を要求してきた。
「はいどうぞ、まだあるから好きなだけ飲んでくれ」
『お前ら何飲んでるんだ、俺にもくれ』
スポーツドリンクに興味を示したアトラスさんが俺に近寄ってきた。
巾着袋から竹筒に入ったスポーツドリンクを一本出してアトラスさんに渡す。
ついでに余裕でたたずむ三人のメンバー達にも渡した。
『おお!? うまいぞ! こんなうまいもの飲んだことないぞ、でも量が少ないな……』
空になった竹筒を恨めしそうに眺めている。
「いくらでもあるから好きなだけ飲んで下さい」
追加で竹筒を出しアトラスさんに渡す。
嬉しそうなアトラスさんは、豪快に喉を鳴らしながら美味しそうにスポーツドリンクを飲んだ。
お昼前に『樹洞』に着く。
ワンさんを始め俺以外のメンバーが蔦を登って行ってしまう。
ドラムがさみしげに俺の肩に止まって一声鳴いた。
(ドラムだけが俺の味方か……)
悔しいけど後に続く体力はもう無い、よしんば体力があったとしても俺では蔦は登れない。
どうしようかと立ち尽くしていると、アトラスさんがヒョイッと俺を持ち上げて背中に背負った。
『つかまってろ、行くぞ!』
アトラスさんは俺に一声かけると一気に『樹洞』に駆け上った。
ドラムが俺の後から空中を飛んで追いかけてくる。
自転車で友達数人と走っていて、俺だけ補助輪を付けているような感じで、顔が真っ赤になってしまった。
(くそう、絶対『身体強化』をものにしてやるぞ!)
精神年齢三十四歳にして屈辱のおんぶをされてしまい、スキルの取得を固く心に誓うのであった。
結果を言うとウサギは元気に『樹洞』の上で丸まっていた。
昨日置いておいた草を黙々と食べている。
ここが『コロニー』ということが確定した瞬間だった。
地上に降りてウサギを逃してやる。
一晩危険な実験を生き延びたウサギを肉にするのは忍びなく、ウサギには生きるチャンスを与えることにした。
(もう人前に出てくるなよ、出てきたら食べちゃうからな)
草むらに消えていくウサギを眺めながらこれからの活動をどうするか考えていた。
「アトラスさん、俺たち一旦地上に帰ります。またすぐ来るのでその時はよろしくおねがいします」
『そうかそうか、また来いよ。途中まで送ってやるぞ』
心優しいアトラスさんに樹海の縁まで送ってもらう。
幸い強い魔物も出ることはなく、平穏無事に樹海を抜けることが出来た。
「いろいろありがとうございました、ではまた近い内に行きます」
全員でアトラスさんにお辞儀をする。
嬉しそうに手を振りながらアトラスさんは樹海の中に消えていった。
「すごい体験だったわ……」
「魔物にもいい人がいるんですね」
「結果的に戦力アップできたし良かったよ」
「始めはどうなるか気が気じゃなかったでやんすが、あんな強い人と知り合いになれてよかったでさぁ」
樹海から出てこれてホッと一息ついた四人は顔を見合わせながら笑っていた。
「みんなに相談だが、王国にアトラスさんのことは当分内緒にしようと思うんだけど、どうかな?」
「そうでやんすね、スキルのこともあるし旦那の『異世界言語』だってギルド長しか知らないわけでやんすから、教えるのはやめたほうがいいでさぁ」
「そうね、『魔力剤』の存在を王国が知ったら血眼になって製造法を探ると思うわ。だってみんな魔法使いになれるかもしれないでしょ」
「教会も黙ってないと思います。人工的に魔力を発現できることになれば、僧侶の権威も下がってしまいかねません」
相談した結果、ギルド長に一応報告はするが、情報が広がらないよう秘密にすることにした。
ギルド長なら俺の秘密も知っているし、悪いようにはしないだろう。
地上に戻り迷宮衛兵の聞き取りを受ける。
特に詳しく聞かれることもなくすぐに解放された。
迷宮衛兵たちの貴族に対する遠慮は今の俺達には都合が良かった。
迷宮から戻ったその足でギルドへ向かう。
十六階層の事を早くギルド長に報告したほうがいいと判断したためだった。
ギルド長室の扉をノックする。
入室許可の返事を待って中に入った。
「おお、お主たちかよく来たな、そこにかけなさい」
ギルド長が気さくに話しかけてくる。
ソファーの横に新しく二人がけの椅子が設置してあった。
ギルド長はワンさん達も座れるように気遣ってくれたようだ。
モーギュストの鎧を巾着袋に預かってみんなで着席する。
ギルド長が待ちきれないとばかりに身を乗り出して話し始めた。
「どうじゃった、十六階層の様子は。なにか面白いことはあったか?」
中々聞けない『深淵の樹海』の話を聞きたくて仕方が無いようで、眉毛に隠れたつぶらな瞳が好奇心で輝いている。
「そのことなんですが、ギルド長に相談がありまして、迷宮から直行してきたんです」
「なんじゃ……、そんなに緊急のことなのか?」
真面目な俺の顔を見て、ワクワクしていた顔を真剣な顔に戻したギルド長が、その場のみんなを見渡した。
メンバー達もみんな真剣な顔をしてギルド長を見る。
「中々深刻そうじゃな……、悪いようにはしないから話してみろ」
ソファーの背もたれにゆっくりと背をつけて、落ち着きを取り戻したギルド長が俺に話を促してきた。
十六階層での出来事を最初から順番を追って話していく。
はじめは興味深そうに聞いていたギルド長も、アトラスさんのことを聞くと表情を曇らせ、スキルのことを話すと眉間にシワを寄せて考え込んでしまった。
「中々深刻な話じゃな、先ず十六階層の魔物のレベルが高いのは問題ないじゃろう。どうせ『深淵の樹海』に行けるパーティーはお主達を含め現在四パーティーしかいないのじゃ」
その意見には俺も同意する。
行けもしない階層のことをご丁寧に報告しなければ、あとでうるさく糾弾してくる人など、この異世界にはいないのだ。
「次にアトラスというサイクロプス族の末裔じゃが、これも報告する必要は無いじゃろう。相当な手練であるアトラスを怒らせて、地上に攻めてこられるのは想像しただけで寒気がするぞ、触らぬ神に祟りなしじゃ」
ギルド長の話を聞いて俺たちはほっと胸をなでおろした。
既に探索の師匠となっているアトラスさんを王国に報告するなら、ギルド長と袂を分かつ覚悟すら出来ていたのだ。
「最後が一番厄介じゃな、スキルの自主的取得など複雑な利権が絡みすぎていて一言では片付けられんわい」
これにはギルド長もすぐには答えが出すことが出来ないようで、顎髭をしごきながら考え込んでしまった。
スキルや魔力の事を公表したらどうなるかなど想像もできない。
公開したら軍事利用されて王国が戦乱の渦に巻き込まれてしまうかもしれない。
国の発展に有用な情報を秘密にするのが、いいことなのか悪いことなのか。
あまりにも複雑な問題にみんな黙り込んでしまう。
暫くするとギルド長がスッパリと結論を出した。
「やめじゃ、考えたって結論なんて出んわい。この話はなかったことにするぞ、責任は儂が取る。お主達は今まで通り自由に探索するのじゃ」
こんな豪快な決定をすることなんて俺にはできそうにない。
きっとグズグズと悩んでしまったと思う。
ギルド長の豪快な決断に、相談してよかったと思わずニヤッとしてしまった。
二日後、『深淵の樹海』を目指して迷宮に入った。
アトラスさんの家に行って『身体強化』の練習の続きをする事にしたのだ。
『身体強化』を早い段階で取得した三人も、練度を高めるため一緒に練習した。
真剣に取り組んだかいがあり、次の日にはワンさんと俺、二人ともスキルを取得できた。
一度覚えてしまえば嘘みたいに使いこなせていく。
刻一刻と身体が強化されていく感覚は、今までになく新鮮で興味深い体験だった。
『お前らあのトレントをやっつけてみろ』
森の中でアトラスさんが巨木の魔物を指さして俺たちに指示を出した。
それはアトラスさんが一撃で仕留めた樹木の魔物だった。
極太の幹に大きな口を開け、ムチのように根っこをくねらせながら魔物が襲いかかってきた。
巨木の魔物の名前はトレントと言うらしい、樹木の魔物でこの辺りでは比較的弱い魔物だそうだ。
トレントの正面に仁王立ちになり、『身体強化』を発動したモーギュストが、自信ありげに盾を構える。
その後ろに俺とワンさんが並んで立ち、トレントのスキをうかがった。
更に後ろにはセルフィアとアニーが魔力を練りながら、攻撃のタイミングを図っていた。
トレントの触手のような枝が、唸りを上げてモーギュストを襲う。
大質量の巨大な枝がモーギュストの小さな体を真上から打ち付けた。
かざした盾にぶつかってガコンッと重い大きな音がする。
モーギュストの身体が地面に大きくめり込んだ。
めり込んだことを気にせずに前進を開始するモーギュスト。
モーギュストの圧力は凄まじく、トレントの枝がメキメキと音を立てて砕け散った。
そのままトレントの体を盾で押し込み、とうとう横倒しに押し付けてしまった。
「みんな捕まえたよ! 攻撃よろしく!」
動きが止まったトレントへ、ワンさんと俺が左右から攻撃を仕掛けた。
トレントの触手を刀で根本から切り落とす。
ワンさんも細かく枝を切り刻んでいった。
「みんなよけて! ファイアーボール!」
唸りを上げて炎の玉がトレントの開かれた口へ吸い込まれた。
大爆発がトレントの口の中で起こる。
内側からの圧力でトレントの体が裂け、光の粒子になって消え去った。
数日前まで苦戦必至と思われていた魔物を、あっさりと討伐できてしまった。
あっけない結末に一同顔を見合わせて喜んだ。
『まあ上出来だな、体が慣れたらもっと強くなるぞ』
アトラスさん的にも合格点らしく、メンバー全員が飛び上がって喜んだ。
戦力のさらなる強化に成功した『白銀の女神』は、更に強くなるため、その後も積極的に魔物を狩るのだった。