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41.慢心

 いよいよ『中層階』十六階層『深淵しんえんの樹海』の探索が始まった。




 十六階層の石碑の前に転移した。

 小高い崖の上で俺たちはしばらく樹海を眺めていた。

 崖上には適度な下草が生えており、ピクニックで来ているなら大の字に寝転んで昼寝をしたいくらいだった。

 しかしここはまぎれもなく『ミドルグ迷宮』だ、油断すれば命を落としかねない魔境だった。


 崖下には広大な原生林が地平の彼方まで広がっており、どんなに目を凝らしても樹海以外のものを発見することは叶わなかった。

 雲ひとつない空には太陽と思われる光源が輝いており、ここが地下深く暗い迷宮の深部とは到底思えなかった。

 モーギュストが真剣に辺りを警戒している。

 彼がいる限り余程のことがなければ、危機が訪れることはないだろう。


「魔物の姿が見えないわね」


「あの樹木、見たことがない種類ですよ」


 女性陣は崖から身を乗り出すように四つんいになって樹海を観察している。

 二人並んだ後ろ姿をじっと見つめてしまい、ワンさんにからかわれてしまった。


「旦那~、顔がニヤケていますよ、もう少し真面目に警戒してくだせぇ」


 駄目だしをしているが目が笑っているので本気ではないんだろうな。


(ワンさんは二人のことを見ちゃ駄目だぞ、彼女たちは俺の大事な人なのだからな)


 心がモヤモヤしてしまう。

 ワンさんに人間の女性に興味あるか聞いてみたら、興味はないと言ってきた。

 独占欲を出してしまった俺は馬鹿みたいだな……。


(いかん、油断大敵だ)


 探索に関係ない考えを振り払って仲間を呼び集め、探索の指示を出した。


「今から眼下の樹海のへりに降りて森の中の様子を観察する。いつ魔物が飛び出してきても良いように油断をせず行動するように」


 全員がうなずき移動を開始した。

 崖の反対側は緩やかなスロープ状の小道があり、気をつければ安全に下っていけそうだ。

 モーギュストを先頭に縦一列で移動した。

 程なくして地上に到着する。

 天を仰ぎ見れば意外と崖が高く見え、石碑の場所を見失うことがなさそうなので一安心した。


 慎重に森に近づく。

 樹木は思っていたよりも巨大で、見上げるとこずえが確認できなかった。

 じっくりと樹海の中を覗く。

 下草が腰のあたりまで生えていて視界が良好とは言えない。

 モーギュストなら余裕で全身隠れてしまいそうだ。


 五分ほど右回りに樹海の縁を移動して、特に変化がないので樹海の中に入るか検討することにした。


「今ちょうど午前八時ぐらいだ、探索の時間はたっぷりある。樹海の中に入ってみようと思うがみんなの意見を聞かせてくれ」


「このまま縁を歩いていてもしかたがないから中に入ってみたいわ」


「僕もその意見に賛成だね、魔物と戦闘しなければ樹海のこともわからないでしょ」


「あっしはレインの旦那の指示に従うでやんす」


「私もワンさんと同じです」


(まあこんなところかな、いつまでも縁を移動してもしかたがないから中に入ってみるか)


「それじゃ今から樹海に入る、各自警戒を強めて不意の攻撃に備えるように」


「「「「了解」」」」




 樹海の中に入ろうとすると、ワンさんが自分の腰の巾着袋から何やら道具を取り出していた。


「ワンさん、どうしたんだ?」


「旦那ちょっと待ってくだせぇ、今から石碑の位置を記憶しやすから」


 興味を持った仲間達がワンさんを取り囲む。

 ワンさんは袋の中から小さなコンパスを取り出した。

 コンパスを石碑のある崖にかざすと、赤いレーザー光線がコンパスから照射されて三回点滅した。


「これでいいでさぁ、これは『魔導コンパス』と言って、指定したポイントを指し示してくれる魔道具でやんす。前々から欲しかったんでやんすが、高価な魔道具で手が出なかったんでさぁ」


 そういいながら『魔導コンパス』を左右に動かして動作確認をする。

『魔導コンパス』は正常に作動しているようで、細いレーザー光線が崖の上にあるであろう石碑を常に指し示していた。


「便利な魔道具があるもんだな、これで樹海で迷わなくて済みそうだ。でもそれ自腹で買ったんでしょ? 言ってくれればパーティーのお金から出したのに……」


「魔道具集めはあっしの趣味みたいなものでやんす、パーティーに迷惑かけるわけにはいきやせんよ」


「でもこうして探索に役立つこともあるんだから迷惑じゃないよ」


「わかりやした、これからは有用な道具があった場合は、旦那に相談させていただきやす」


「そうしてくれ、遠慮はいらないからね」


 ワンさんの秘密道具で帰り道に迷う事はなくなった。

 後顧こうこうれいを絶った『白銀の女神』は、深い森の中に足を踏み入れた。




『深淵の樹海』は思ったより視界が悪く、十メートル先も見通すことができなかった。

 そこでワンさんに先行してもらい、索敵しながら進むことになった。

 一時間ほど進んでいくとワンさんが急に立ち止まった。


「止まるでやんす、前方から敵の気配がしやす」


 ワンさんが手の平をこちらに向けて、前進を止めた。

 俺はワンさんの隣まで移動し、詳しい話を聞くことにした。


「あっしの耳で聞き取れたのは、大型の二足歩行の何かでやんす。数は一体、重量がありそうでさぁ。それから周りには他の魔物の気配はありやせん」


 相変わらずの高性能な索敵に舌を巻く。

 ワンさんの言うことは外れた事がないので間違いないだろう。

 みんなを集め協議に入った。


「もう少し近付いて様子を見ましょうよ」


「どんな魔物か興味あるね、今回の探索の目的の一つが生態系の把握だから行かない選択肢はないね」


 モーギュストが正論を言う。

 結局静かに近寄って観察することになった。




 細心の注意を払いながらやぶの中を進んでいく。

 唐突に巨大な丸太の壁にぶち当たった。

 丸太の壁は左右に見渡すかぎり続いている。


「何だこれは……」


 大人が腕を回してようやく届くか届かないかの太い丸太が、綺麗に地面に突き刺さっている。

 上を見上げると、十メートルほどの高さで切りそろえられていて先は鋭利にとがっていた。

 表面は火であぶられ腐食に耐えられるように加工されていた。

 明らかな人工物。

 それも少人数では設置できない大掛かりな構造物だった。

 壁の向こう側には樹木が生えてないようだ。

 青い空が広がっており太陽が顔をのぞかせていた。


「旦那、足音はこの壁の先から聞こえやすぜ、ヤバイ匂いがプンプンしやす」


「この構造物が人の手によるものならば大発見だ。しかし魔物の手によってできたものなら、知能がかなり高い奴がこの森に生息していることになるな」


 少し考えた結果、丸太に沿って静かに移動してみることになった。

 こういう時は、俺は右回りに移動することにしている。

 しばらく移動すると壁は緩やかにカーブを描いていることがわかり、推測すると円状になっていると思われた。




 どのくらい移動したのだろう、前方に開け放たれた大きな木製の扉が見えてきた。

 巨大な扉は鉄のわくで補強してあり、かなり頑丈がんじょうな作りになっている。

 恐る恐る扉から中をのぞいてみると、綺麗に下草が刈り取られた土むき出しの道が見えた。

 左右には畑が広がっており、色とりどりの野菜が実っている。


「見て、小屋があるわ、でも凄く大きい小屋ね」


「あちらには納屋がありますね、同じくらい大きいです」


「旦那、これはやばいですよ、気配が消えやした。それにあんな大きな小屋に住んでいる住人は間違いなく人間じゃありやせん、ここはひとまず引き返して様子を見やしょう」


 ワンさんが俺に進言してくるが俺はそれどころじゃなかった。

 他の仲間は扉の向こうに夢中で気づいていなかったが、後ろを向いていた俺はすぐ近くにたたずむ巨大な人影を見上げて固まっていたのだ。


「旦那どうかしやしたか? 顔が真っ青でやんす……」


 不思議そうに振り返ったワンさんは、俺の視線の先の巨人を見て言葉を失った。

 ワンさんが腰の短剣に手をかけようとする。

 俺はとっさに小さな声で言い放った。


「駄目だ、剣を抜くな! 相手を刺激してはいけない、もうヤツの射程圏内だ……」


 絞り出すように言って、ワンさんを止めると、他の三人に静かに言った。


「ゆっくり振り返るんだ、巨人に発見されてしまった。でも騒いだり逃げ出したりするな、下手に動いたらそこで全員死ぬことになるぞ」


 見た目から判断するに目の前の巨人はかなりの強敵だ。

 筋骨隆々で背の高さは壁の三分の一ぐらい、驚くべきことに顔には目が一つしか無く、大きな目玉がこちらを凝視していた。

 背中には巨大な斧を担いでいて、腰には一メートルを余裕で超える大剣をたずさえている。

 何かの分厚い革でできた鎧を着込み、足には巨大なブーツを履いていた。

 この間合で戦いが起これば一方的に蹂躙じゅうりんされるだろう。

 モーギュストなら一撃を止められるかもしれないが、試してみようとは思えなかった。


 三人がゆっくりと振返る。

 顔は真剣でこの場の状況は一応わかっているようだった。


「「ヒッ!」」


 セルフィアとアニーが同時に息を呑みその場に固まる。

 モーギュストも微動だにせず棒立ちになった。


「あっしの気配探知をすり抜けやした……、いつ気配が消えたかもわかりやせん」


 ワンさんが悔しそうに拳を握っている。


「レインさん……、あれはだめだ直感でわかるよ。大司教の化けたムカデなんか比べ物にならないくらい強いよ。あの手の戦士は攻撃特化のスキルを持っているよ、間違いなく勝てない……」


 自信家のモーギュストが弱音を吐いている。

 それは間違いなく戦闘をすれば負けることを意味していて、かすかな希望がついえたことを示していた。



 時間にして三十秒ぐらい、両者動かないままその場に釘付けになった。

 先に動いたのは巨人の方で、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「旦那、あっしがおとりになりやすから逃げてくだせぇ」


「あの巨人の足止めなら僕が適任だよ、最後まで盾職の責任をまっとうさせておくれよ」


 二人が特攻に志願するが、俺の見立てでは逃げる間もなく全滅するのが予想できた。


「だめだ、許可できない。最後ぐらいリーダーに花を持たせてくれ、俺が先頭に立つから後ろにまとまれ。おそらく一瞬で全滅するがこれも運命だと思って諦めてくれ」


 女性陣のすすり泣く声がかすかに聞こえる。

 ワンさんとモーギュストが異論を唱えず俺の後ろについた。


(甘かった……、慎重に探索を進めているつもりだったんだ……、でも結果的に慢心まんしんがあったな、みんなすまない!)


 体を緊張させ、死の一撃を覚悟した。

 セルフィアとアニーは俺の腰にしがみつきブルブルと震えている。

 ドラムが俺の肩にとまって来た。

 一緒に居てくれるようだ、逃げてもいいのにもう逃がす時間もない。





 すぐそこまで巨人が近づいてきた。

 ゆっくりと巨人の顔が俺たちに迫って来た。

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