40.火酒
ミドルグに帰還した俺は領主のカミーラ様に謁見した。
超がつくほど美人な女男爵様に気に入られた俺は、心を弾ませながら次の目的地、ギルドへ向かうのだった。
仲間を伴いギルドに入ると、その場にいた探索者達が一斉にお辞儀をした。
俺が貴族になって戻ってきたことは周知の事実で、俺のことを煙たがっていた探索者達も例外なく頭を下げていた。
(なんかやりにくいぞ、だんだん息苦しくなってきた)
受付に行ってギルド長に取り次ぎしてもらう。
受付嬢の慌てぶりは見ていて可愛そうなぐらいで、アニーが気を利かせて受付嬢をなだめていた。
受付嬢に先導されてギルド長室に行く。
軽くノックをすると、入るように言われたので扉をあけて中に入った。
「おお、来られましたか、どうぞお入りくだされ」
丁寧な話し方をするギルド長に一瞬固まってしまう。
「ギルド長、その話し方やめて下さい、お尻がムズムズしますよ」
「そうは言われましても爵位が上で、おまけにイシリス様の使徒様ともなれば下手な話し方もできますまい」
「それでもやめてほしいんですよ! お願いしますから今まで通りに話して下さい!」
泣きそうな俺の顔を見てニヤリと笑ったギルド長は、「まあ座れ」と言ってソファーに着席を促すと、自分も深々と腰を据えた。
「どうじゃ、なりたかった貴族の生活は楽しいじゃろう?」
面白そうに笑いながらギルド長が俺を見てきた。
「こんなに窮屈な生活になるなんて思いませんでしたよ。でもこれは必要なことだと言い聞かせて、精一杯貴族らしく振る舞うつもりです」
「そうか、まあ頑張ってくれ」
さして興味もないようにサラッと話を流す。
「ワシが騎士爵でお主が準男爵、この意味を分かっているか?」
唐突に語りだすギルド長。
「いえ、高価なものを献上したからではないのですか?」
「それもあるがお主の経歴をワシが気にしたように、王国もお主を気にしておるのじゃろう。そうでなければ今まで探索者に一度たりとも騎士爵以外の叙爵をしたことのない王国が、簡単にお主に準男爵を与えるとは思えん」
(俺が初めてだったのか……、そう言えばカミーラ様もそんな事を言っていたな)
「国王陛下に謁見する前に誰かに会ったり話したりしなかったか? 更に言うと教会関係者と接触はあったか?」
真剣な顔でギルド長が問いただしてきた。
王都での日々を頭の中で再生して怪しい人物がいなかったか洗い出してみた。
「駄目です、わかりません。怪しい人はいなかったように思います」
「そうか……、ワシの取り越し苦労だと良いのじゃが、とにかく身辺には注意を払って行動するのじゃ」
「ありがとうございます、気をつけます」
俺のことを真剣に考えてくれているギルド長にうれしくなって笑顔になってしまう。
「ところで十六階層へはもう潜るのか?」
ギルド長の質問に今まで黙っていたセルフィアがおもわず話し始めた。
「そうなんですよ! 明日から試験的に十六階層へ行くことになったんです! 王都も楽しかったけど探索に行きたくて仕方がなくて、今すごくワクワクしてるんです!」
楽しくて仕方がないのか、言葉が後から後から溢れ出し、暗かったギルド室の雰囲気が一気に明るくなった。
「そうかそうか、それは何よりじゃ、ワシも十六階層の話を楽しみに待っているぞ。」
「期待していて下さい、未知の大発見をしてきますよ」
ひとしきり話していたら時刻がお昼を回ってしまった。
「ギルド長、そろそろお昼なので一緒に昼食をとりませんか?」
ギルドを退出しようと思ったが、ギルド長にお土産を渡すことをすっかり忘れていたことを思い出し、話の流れでギルド長を食事に誘ってみた。
「いいぞ、どこかに食べに行くか? それともなにか持ってこさせようか」
立ち上がろうとするギルド長を呼び止め、巾着袋から料理を出していく。
みるみるうちにテーブルの上が、豪華な料理で埋め尽くされていった。
色とりどりの豪華な料理からは湯気が立ち昇っていて今作ったばかりのようだ。
女神様からいただいた巾着袋は中身の時間が止まっているので、いつでも熱々な料理を食べることができるのだ。
ワンさんとモーギュストのために、机と椅子を巾着袋から取り出してギルド長室の床に設置していく、またたくまに部屋の中は様々な料理で溢れかえり、美味しそうな匂いが充満していった。
ギルド長はその光景をただただ驚愕の眼差しで見ているだけで、思考が停止した顔は見事に固まっていた。
「ギルド長も遠慮しないで食べて下さい、王都の貴族の屋敷で出されていた料理や王都で人気のある店の料理ですよ、お酒も各種年代物がそろっています、ギルド長がお酒好きなのは知っていますよ」
俺は王都滞在中に休みを見つけては珍しい食材や料理、うまい酒などを大量に仕入れて巾着袋に収納していた。
途中から購買意欲が加速して金に物を言わせて買い漁り、大量に買いすぎた店からクレームが来てしまったほどだった。
流石は『千年王都オルレニア』、ありとあらゆる贅沢品が集まっていて、俺の巾着袋は某通販サイトの倉庫の中身より、充実しているのではないかと思うほどだった。
「やっぱり牛肉が一番美味しいわね」
「このナンコツ、コリコリしていて歯ごたえ抜群ですよ」
女性陣は既に食事に取り掛かっていて、大好物の肉料理を豪快に食べている。
食に関しては妥協の文字はないらしい。
お貴族様のギルド長が目の前にいても一向に気にする素振りを見せること無く、一心不乱にかぶりついていた。
「ギルド長、出すのが遅れましたが、これはお土産です。王都の洋館の地下貯蔵庫の奥に眠っていた年代物の火酒です」
王都に滞在していた時の話だが、事前にギルド長の好みを調べていた俺は、ギルド長のお土産にふさわしい逸品を探し回っていた。
探しても中々これといったものが見つからず、余分な物が巾着袋に増えていくだけだった。
礼儀作法習得の時間の合間にふと地下室へ降りていき、辺りを物色していたら、ホコリを被った樽が地下室の奥に無造作に置かれているのを見つけた。
興味を持った俺は執事を呼んで樽のことを聞いてみた。
長年勤めている執事でも樽の中身はわからずじまいで、恐る恐る開けてみることになった。
蓋を開けると辺りに強くて良い香りが立ち込める。
コップに注いで口に含ませた俺はこの香りと味を知っていた。
日本にいた時の話だ、大学生だった俺は親父の書斎で高そうな酒を物色していた。
その中にひときわ高そうなクリスタルの瓶があって、中に三分の一ほどの琥珀色した液体が入っていた。
興味津々で栓を抜き、親父のお気に入りのテイスティンググラスに液体を注いだ。
香りを楽しんだ後、琥珀色の液体をゆっくりと口に含ませた。
その酒の衝撃的なうまさは、自分で買った安酒とは比べ物にならないほどうまくて、空になるまで飲み続けてしまった。
夢心地で寝ていた俺を、親父の悲痛な叫び声が起こしたのは言うまでもない。
その時のうまさを軽く超える火酒が、異世界の地下倉庫に無造作に置いてあったのだ。
執事に譲ってくれと言うと、「お好きなだけお持ち下さい」と男前な返事を返してきた。
喜び勇んで全ての樽を巾着袋に収納し、周りにあったラベルがボロボロのワインもついでに頂いてきた。
ギルド長にガラスのコップをもたせ、琥珀色をした火酒を半分ほど注いだ。
ギルド長は喉をゴクリと鳴らした後、香りを嗅いで一口飲んだ。
「おおおお! うまい……、うまいぞ!!」
涙を流しながらゆっくりと味わうギルド長に、火酒を一樽プレゼントする。
感極まったギルド長は男泣きに泣き、俺の手を握りしめて礼をいつまでも言っていた。
ー・ー・ー・ー・ー
宿屋に戻ると俺の部屋に集まり十六階層探索の作戦会議が始まった。
結局十六階層の情報があまりないので、石碑の近くで魔物を狩って様子を見ることにした。
明日の探索では『コロニー』を見つけることが目標に掲げられ、階段の探索は優先順位の下の方だった。
早起きをするのはいつぶりだろうか、迷宮に潜らなくなってから三十日以上経っていた。
朝の身支度をして部屋を出る。
ドラムが肩に止まって大きな欠伸をした。
靄がかかる町並みを見ながら宿屋の前で柔軟体操をする。
体はどれ位なまっているのだろうか、軽くジャンプしてみるが重い感じはしなかった。
「いけそうだな……」
「何がいけそうなの?」
振り向くとセルフィアとアニーがたたずんでいて俺の動きを観察していた。
「おはよう二人とも、今日は暑くなりそうだよ」
季節はもう夏真っ盛り、じき蝉も鳴き出すだろう。
「うふふふレイン様、迷宮に潜ってしまう私達には関係ありませんよ」
嬉しそうに笑っているアニーにつられて、俺も笑ってしまう。
「おはようでやんす、セルフィアの姉さん今日は早いでやんすね、さては嬉しくて寝られなかったんでやんすね」
「失礼ね、ちゃんと寝たわよ、いつもより早く寝たから起きられただけよ」
「おはよう、僕が最後かみんな早いね」
「おはようモーギュスト、今日から頼むな、盾職であるモーギュストに負担を掛けるかもしれないからな」
「まかせといてよ、僕を傷つけるならオリハルコンの槍でも持ってこなくちゃ駄目だよ」
「オリハルコンなんてこの世に存在しないでやんす、ねえ旦那」
「そうだな、文献でも伝説の武器だな……、そんなことより早く飯食って迷宮に出発するぞ」
「「「「了解!」」」」
さわやかな朝、『白銀の女神』の一行を待っているのは『中層階』十六階層『深淵の樹海』、前人未到の深く暗い森だった。