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4.セルフィアとアニー

『ミドルグ迷宮』に足を踏み入れた俺は、『単独迷宮探索者スカベンジャー』として不安を抱えつつ、階段を一歩ずつ慎重に降りていった。




(結構暗くて足元が見えづらいな……)


 足元はこけむした石畳で出来ていて、足を滑らせれば大怪我になってしまいそうだ。

 ランプの光は思ったほど明るくなく、一番下まで降りると十メートル先は暗くぼんやりとしか見えなかった。


 とりあえず階段下にある石碑せきひに手をかざす。

 石碑の文字が光って一階層が俺を認識した。

 石碑はエレベーターの役割をしていて、簡単な呪文を唱えると攻略したことのある階層まで一瞬で行けてしまうのだ。

 二階層の石碑に手をかざしたことのない俺には関係ないが、いちいち迷宮の階段を上り下りしなくていいのは地味に嬉しい。

 早く二階層に行って石碑で移動したいものだ。


 一階層に降りて早々、あることに気づいた俺は、その場に立ち止まって愕然がくぜんとしていた。

 前を警戒していると後ろの警戒がおろそかになり、後ろを警戒していると前に進めなくなる。

 何が潜んでいるかわからない迷宮を、見通しの悪いランプの明かりだけで一人で進むのは、神経がすり減る作業だった。

 パーティーで潜ればお互いに得意な分野で補い合える。

 ソロ探索がいかに無謀で常識のない行動であるかということが、迷宮に降りた途端わかってしまったのだ。


 しかしここで立ち止まっている訳にはいかない。

 もたもたしていると次のパーティーが降りてくる、このまま怖気おじけづいてこの場にとどまれば嘲笑ちょうしょうの的になり、罵声を浴びることになる。

 速やかに階段下から離れることは探索者の常識だった。




 足音を立てないように気をつけながら亀のようなノロさで迷宮を進んでいく。

 どんな小さな音も聞き逃さないように耳をそばだたせ、目を見開き細心の注意を払った。


 俺は壁を触りながら奥へ進んでいた。

 壁を触るとなんだか安心してくるような気がしたからだ。

 しばらく歩いていくと壁を触っていた手が急に感覚を失う、目の前に壁はあるのに感覚はなし、トラップの一つである『幻覚の壁』だった。

『幻覚の壁』とはその名の通り、目には見えるが実体のない壁のことである。

 この手のトラップの向こう側は、高い確率で部屋があり魔物がいる。


 一階層の魔物はさほど強くないが問題は数だった。

 二匹までなら素人探索者が一人で倒せるが、三匹以上だと逆にやられるケースが増えるのだ。

 もし魔物が溜まっているモンスターハウスだった場合、今の俺では一分と生きてはいられないだろう。


 せっかく見つけた壁の内側に行ってみたいという自分と、怖気づいて行きたくない自分がいた。



「おやおや? 誰かと思えば丸腰ルーキーじゃねえか、こんな所で突っ立っていてしょんべんでも漏らしてんのか?」


 チンピラ風の盗賊シーフを先頭にして、初心者をやっと抜け出したくらいの駆け出しパーティーが、面白そうなオモチャを見つけた子供のように近づいてきた。


「お前、迷宮で何があってもおとがめ無しなのは知ってるよな、俺たちゃ今日はまだ懐が温まってねえんだよ、倒した分の魔石よこせや」


 チンピラ風の盗賊が堂々とカツアゲをしてくる。


「さっき迷宮に入ったばかりだ、まだ一度も戦闘していない」


「何よ湿気しけてるわね、そんなら邪魔だから早くどっか行きなさいよ」


 盗賊の後ろにいる魔法使いの女が俺の事を汚物を見るような目で見た。

 俺がなかなか離れていかないのをみて盗賊が何かに気づいたようだ。


「おやおや? お前の手元少しおかしいんじゃねえか? そりゃ『幻惑の壁』だろ、おれは騙せねえぜ」


「これは俺が見つけたんだ、お前らこそどこかに行けよ」


 精一杯強がってみたが多勢に無勢でどうしようもない。


「運が悪かったな」


 無口なマッチョ戦士に巨大な棍棒で押しのけられて、あっけなく『幻惑の壁』を取られてしまった。

 次々に駆け出しパーティーが中に入って行く、戦闘音が少しだけ聞こえて後は静かになった。

 部屋の様子が気になって壁を通過してのぞいてみると、部屋の中には宝箱があって駆け出しパーティーが嬉しそうに騒いでいた。


「おやおや? まだそこにいたのか。丸腰ルーキーのおかげでおれたちゃ一儲けできたぜ。魔物も一匹しかいなくて楽勝だったし、お宝がザクザクよ、ありがとさん!」


 バカにした口調で盗賊が俺を挑発する。

 しかしフルパーティーの奴らには勝てない、悔しくて泣きそうになりながら走ってその場を後にした。




 その後も探索を続けたが、魔物が見つからず収穫がなかった。

 仕方がないので迷宮の入口に戻り、階段を上がって街に戻った。


「レイン・アメツチ戻りました」


 言葉少なげに帰還の報告を済ませる。


「よく戻った」


 迷宮衛兵の役人は一言だけ言って他の冒険者に注意を向けた。




「おお、レインよく戻ったな、今飯を持っていくからいつものところにでも座ってろ」


「サムソンさんありがとう、ただいま」


 気落ちしている所を見せたくなかったので、極力明るい声を出して返事をする。

 宿屋の主人であるサムソンさんとは、宿に連泊していて仲良くなり名前を呼び合うようになっていた。

 夕食を食べて、体を拭くお湯をもらって早々に部屋に戻った。




 やはりソロはきついな、『幻惑の壁』だってパーティーで潜っていれば、奴らが来る前に突撃できたはずだ。

 お宝だって手に入っただろう全てうまくいかない、うつな気持ちが心を駆け回ってモヤモヤする。

 こういう時は寝るのが一番だ、毛布にくるまって目をつぶる、体が疲れていたのかすぐ眠りにつけた。




 翌朝からも早くから『ミドルグ迷宮』に潜る、探索者達があまり行かないような細い道を中心に探索した。

 一度に出現する数が少ない魔物を見つけて倒していく、三匹以上いる時はこっそりと撤退した。


 魔物を倒し魔石を換金するが一向にお金は増えてこない、赤字ギリギリの収支で完全に日雇い労働者となってしまった。

 結論としてソロ探索者は、一番難易度が低い『低層階』でさえ一階層より下へは行けないという事だ。

 チート級のスキルなどがある人は例外だが、俺をふくめ一般のソロ探索者の場合は一階層が限界だった。




 一週間ほどうだつの上がらない日々が続き、気力が無くなってきた。

 装備の修理に防具屋に行って修理を頼んだら、思いの外高くてとうとう赤字になってしまった。

 一旦迷宮探索は休止した。

 休止中は図書館通いと町の散歩を日課にして、これからのことを模索していた。


 この頃は街の物価などが少しわかるようになってきた。

 それに当てはめると図書館の入館料は結構高い出費だった。

 しかし情報がいかに重要かを知っている俺は、無理をしてでも図書館に通い続けるのだった。




 日課の図書館通いの帰りに、道の端に何故か気になる人影を発見した。

 大通りから一本後ろにつながる路地に、目つきが悪い男が辺りの様子をうかがって立っている。

 いつもなら治安が悪い路地裏の事など気にしないで素通りするが、妙な胸騒ぎを覚えてこちらも物陰から様子を見た。


 しばらくすると、二人の女の子とガラの悪いチンピラが大通りを歩いてきた。

 俺は物陰からこっそりと様子をうかがう、女の子たちは見張りの男と合流し裏路地へと消えていった。

 チラッとしか見えなかったが二人共可愛い顔をしていて、スタイルも良さそうだった。


(知り合いなのかな? でも違和感がある組み合わせだ、犯罪の匂いがするな)




 彼女たちが消えていった裏通りへ移動して、物陰に隠れそっと顔を出して覗き見る。

 案の定、女の子たちとチンピラたちが言い争いをしていた。

 魔法使いのような格好をした女の子が興奮気味にチンピラに詰め寄り、チンピラも負けじと啖呵たんかを切っている。

 もうひとりの女の子はプルプルと震えており、ここからでも見ていて可哀相になるくらいだった。

 その内にチンピラが興奮して手を上げた、ここまで聞こえるビンタの音、魔法使いの格好をした女の子がその場に崩れ落ちた。


 震えていた女の子が悲鳴を上げながら倒れている女の子をかばうように体の下へ隠した。

 余裕を取り戻したチンピラが笑いながら何かを言っている。

 とうとうチンピラが大型のナイフを抜き放った。

 俺は物陰から飛び出し、大通りの方を向いて大声で叫んだ。


「衛兵さん! こっちです! 早く来て下さい!」


 手を大きく振り上げチンピラを指さしてわざと大げさに騒ぐ。


「邪魔が入ったか、野郎どもずらかるぞ!」


 男たちが一目散に逃げていく、俺は女の子達に素早く近づき声をかけた。


「ここから離れたほうがいいよ、ついて来て」


 二人を立たせて大通りの方に誘導した。




 大通りに出て辺りを見渡してチンピラ達がいないのを確認する。

 特に問題がないので女の子たちに声をかけた。


「危なかったね、怪我は大丈夫かい?」


 魔法使いの格好をした女の子は、殴られたショックから抜けきれずに放心状態で、震えていた女の子に支えられている。


「事情はわからないけど女の子二人でガラの悪い男に付いて行っては駄目だよ」


 大きなお世話かも知れないが軽く説教してしまった。

 反応が返って来ないのでそろそろ宿屋に帰ろうかな。


「じゃあ俺は行くから、さよなら」


 女の子たちに背を向け歩き出す。



「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、まだお礼言ってないんだから」


 魔法使いの格好をした女の子が殴られたショックから立ち直って俺を引き止めた。


「あたしの名前はセルフィア・タルソースよ、助けてくれてありがとう」


 あまり人と話すのが得意じゃないのだろうか、居場所なさげにそわそわとしながらお礼を言ってきた。


 紺色こんいろのローブを着てウエストをベルトで締めている、スレンダーでスタイルが良さそうだ。

 トンガリ帽子をかぶっていて、長いストレートの金色の髪が風に揺れて綺麗だった。

 まだ幼さは残っているが気の強そうな美人で、肌は透き通るように白く、青い目は力強く魅力的に輝いている。

 背の高さは俺の肩ぐらいだろうか、木の杖を握っていて典型的な魔法使いの格好だった。



「あの……、アニー・クリスマスです、本当に助かりましたありがとうございます」


 もうひとりの女の子がおっとりした口調で話し頭を下げた。

 あまり男の人と話したことがないのだろうか、とても恥ずかしそうにしている。


 セルフィアとは対照的に白のローブを身にまとい、女神教のペンダントを首にかけている。

 何と言ってもゆったりとしたローブを押し上げている大きな胸に目がいってしまう。

 フードを被っているが奥から見える容姿はとびきりの美人だった。

 目の色は珍しいルビー色で肌はセルフィアに負けないくらい色白だ。

 髪の毛はプラチナブロンドで限りなく細い。

 背の高さもセルフィアと一緒ぐらいで二人は良く似ていた。



「俺の名前はレイン・アメツチだ探索者をやってる。困っている人がいたら助けるのが当たり前だろ? 別に気にしないでいいよ」


 気さくに自己紹介をして二人をよく観察する。

 二人の様子はどことなく悲壮感が漂っていて、訳ありなのがわかった。


「もし気に触ったらごめん、もしかして君達困ってないか?」


 俺の問いかけに二人は一瞬ハッとした表情を浮かべた。


「そ、そんなことないわ! あたし達は全然困ってない!」


 セルフィアと名乗った子が虚勢を張って言い放つ、しかし今にも泣きそうな顔は俺の予想を肯定していた。


「セルフィアそんな言い方は駄目よ、ご親切に心配してくださっているのですから」


 アニーと名乗った子はおっとりしているが丁寧な言葉づかいで好感が持てるな。

 二人に興味がいて放って置けなくなった。


「立ち話も何だから近くでお茶でも飲まないか?」


 安いナンパみたいなセリフを言ってしまい断られるなと思ったが、意外にも二人はお茶の誘いに乗ってきた。




 店に入って俺が注文をしても二人はなかなか注文しない、よくよく話を聞いてみるとお金を余り持っていないと白状した。

 ここは俺がおごるから何でも注文していいよと言うと二人は目の色を変えて注文しまくった。



 目の前に定食を勢いよく食べる女の子二人が座っている。

 俺の目など気にせずに一心不乱に食べている二人は、余程お腹が空いていたのだろう。

 セルフィアは大口を開けて豪快に食べ、アニーはゆっくりだが確実に皿を空にしていった。


 一息ついた二人にお茶を飲ませる。

 落ち着いてきたのを見計らって話を切り出した。


「それでどうして危ない目に合っていたんだ?」


「あいつらが悪いのよ、割のいい仕事を紹介してくれるって言ったのに、いかがわしい事をしようとしたんだから」


 ぶすっとへの字口にして目をそらしながらセルフィアが言った。


「私はついて行くのを止めようとしたのですが、空腹で頭が回りませんでした」


 恥ずかしそうにアニーが告白する。



 よくよく話を聞くと二人は幼馴染で、探索者になりにミドルグに来たが二人で迷宮に入り続け、所持金を使い果たし一文無しになってしまったそうだ。

 途方に暮れているとチンピラ達が仕事を斡旋あっせんしてくれると言ってきたので、ついていったら人買いに誘拐されそうになったということだった。


「なるほどね、しかし二人で迷宮に入らずにパーティーを組めば楽に探索できたんじゃないの?」


「あたしたちも最初はパーティーを組むつもりだったのよ、でも話すやつ全員下心丸出しでうんざりしてしまって、結局二人で探索していたのよ」


「それでなかなか先に進めず所持金が無くなってしまったのか」


「そういうことよ、笑っていいわよやんなっちゃうわ」


 セルフィアはテーブルに体を突っ伏した。

 苦笑いをして見ているとアニーが俺の顔を見ながら質問してきた。


「失礼ですがレインさんは本当に探索者ですか? あの野蛮な方々とは雰囲気が違うような気がします」


「あたしもそれは思った、レインってなんか荒くれてないと言うか上品っていうか……、とにかくあいつらとは違う感じがするのよ」


 二人共なかなか鋭い所をついてくるな、日本育ちのお坊ちゃんだよ俺は。


「俺も一応は探索者だよ、今は休業中だけどね。俺は『単独迷宮探索者スカベンジャー』なんだよ」


 二人は少し驚いたようだった、しかしすぐに嬉しそうな目をして俺を見てきた。


「奇遇じゃないあたしたちもスカベンジャーよ」


「しかし二人で潜っているんだからソロとは言わないんじゃないか?」


「スカベンジャーは半端者の総称です、一人も二人も変わりません」


 アニーがさみしそうに説明してくれた。




 場に変な間ができる、俺やセルフィアやアニー、三人とも思っていることが一緒なのではないだろうか。

 セルフィアとアニーがお互いを見て小さくうなずく。


「あのっ、あたし達と一緒に迷宮探索しない?」


「もしよかったら、俺と一緒に探索しないか?」


 俺とセルフィアが同時に声をかけた。

 驚いてお互い見つめ合ってしまった。





 涼し気なそよ風が俺たちの間を吹き抜け、セルフィアのきれいな金色の髪がゆらりとなびいた。

 セルフィアの青く大きい透き通った瞳に俺の驚いた顔が映っていた。

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