39.帰郷
(閑話2~諸行無常~のあらすじ)
王都を出発した白銀の女神一行は、のんびりと帰路の旅を楽しんでいた。
途中立ち寄った村で追い剥ぎが出没するという情報を耳にした。
警戒態勢を整えた一行は、追い剥ぎの出没する森の中へ馬車を進めていった。
見事追い剥ぎを殲滅することに成功した一行は、何事もなかったかのように帰路の旅を続けるのだった。
王都を出発してミドルグへの帰路についた『白銀の女神』は、途中の森の中で追い剥ぎたちの襲撃を受けた。
見事討伐した一行は、何事もなかったかのようにのんびりと馬車を進めるのであった。
「見て! ミドルグが見えてきたわ!」
馬車の窓に張り付いていたセルフィアが、嬉しそうに振り返り俺に報告をしてきた。
俺も懐かしい『迷宮都市ミドルグ』を一目見ようと窓に近付いた。
アニーもミドルグが見たいようで俺の後を追ってきた。
後ろから柔らかいものに背中を押されてしまった。
不意だったので俺は窓にかぶりついているセルフィアに抱きついてしまった。
「あんっ、レインのエッチ!」
おどけながらセルフィアが俺を見る。
俺はもう慣れてしまってこの手のハプニングには動じなくなっていた。
「悪いな、俺にも見せてくれ」
苦笑いを浮かべながら窓の外を眺めると、遠くの丘の上にミドルグ城がそびえ立っているのが見え、ミドルグに帰ってきた実感がした。
ワンさんが運転する馬車が貴族専用の入場門に近づいていく。
門番の衛兵たちが大慌てで門の前に出てきて、止まるように合図してきた。
馬車がゆっくりと門の前に停車した。
衛兵とワンさんが何やら話をしている。
御者台から小窓が開けられワンさんが顔を見せてきた。
「レイン様、ミドルグの衛兵がアメツチ家の認証状を見せてほしいと言っていますがいかが致しますか?」
ワンさんがいつもの口調ではない畏まった口調を使って話しかけてきた。
(ちゃんと喋ることが出来るのか……、ちょっとびっくりしたな)
「わかったよ、悪いけどモーギュストにドアを開けるように言ってもらえるか?」
人を使うのに慣れていない俺は、遠慮がちにワンさんに指示を出した。
しばらくするとモーギュストが勿体つけたように馬車の扉を開けていく。
ステップが自動で車体からせり出してきた。
魔導馬車は中々便利な機能が満載だった。
モーギュストとワンさんがドアの横に並んで立ち、俺が降りるのを待っている。
ゆっくりとステップを降りた。
俺の視界に入っている人達はみんな頭を下げていた。
その中を目線を下に外した紋章官らしき人物がそそくさと近付いてきた。
「お初にお目にかかります、わたくし『迷宮都市ミドルグ』付き紋章官、パンチョ・クサークと申します。アメツチ家当主レイン・アメツチ準男爵様とお見受けいたします。お会いできて光栄でございます」
「確認が済んだら速やかにここを通すように、ワンコイン認証状を持て」
偉そうに言ってはみたが、内心はドキドキしてしまい顔に出ないか心配だった。
ワンさんが高級そうなトレーに載せた認証状を俺に差し出してきた。
認証状とは俺が貴族家を興したことを証明する免状のことだ。
紋章官に向かって認証状を開いて見せつける。
確認はすぐに終わり、門をくぐるときには衛兵たちが最敬礼をして見送ってくれた。
「あたしまで緊張しちゃったわ」
「慣れてないので心臓に悪いですね」
二人とも根は田舎娘なので驚くのは仕方ないな。
そう言う俺も貴族なんて雲の上の人で、実際会ったことなんかない世界から来たので同じなんだけどね。
馬車を走らせて『雄鶏の嘴亭』の前に横付けする。
早くサムソンさんにあいたくて自分でドアを開けて外に飛び出した。
セルフィアとアニーが後に続き、宿屋の中になだれ込んだ。
「サムソンさん、ただいま!」
カウンターに居るサムソンさんに駆け寄り笑顔で挨拶をする。
ずっと会っていなかったので嬉しくなってしまった。
「レイン様、ご、ご機嫌麗しゅう……」
「サムソンさんそんな堅苦しい挨拶はいらないから、もうおなかすいちゃったよ、なにか食べさせて」
カチカチに緊張していたサムソンさんが、俺の言葉を聞いて満面の笑顔になり俺の手を取って握手してくる。
「レイン! おかえり、変わらないで帰ってきてくれてワシは嬉しいよ。疲れただろう? 食堂に料理持っていくから座って待っていてくれ! もちろん部屋は王都に旅立ったときのままだぞ、行って確認してみると良いぞ」
いつものサムソンさんに戻り嬉しくなって笑いだしてしまった。
ワンさんとモーギュストも遅れて入り口から入ってくる。
「旦那、馬車は裏庭に止めときやした、馬は馬丁にまかせやしたよ」
「ありがとうワンさん、今から食事にするから用意ができたら食堂に来てくれ」
みんな一旦自分の部屋に引き上げ、久しぶりの自室で羽根を伸ばした。
ドラムも久しぶりに木箱の中に入って嬉しそうにクルクルと回っていた。
食堂に降りるとみんないつもの席について俺を待っていた。
いつもの硬い黒パンを食べ、塩スープを飲みながら、旅の思い出を語り合う。
貴族である俺に最初は遠慮していた常連客も、俺の話を聞くにつれて顔の表情が緩んで笑顔になっていく。
最終的には俺が貴族だということなど忘れ去られて、みんなで大いに盛り上がった。
宿屋の中ではいつでも普通のレイン、日本に居たときと同じ民間人の天地蓮だった。
次の日俺は貴族の正装をしてミドルグ城に向かった。
この地域を監督する貴族、カミーラ・スパゲット女男爵に挨拶するためだ。
カミーラ様は王国の直轄地である『迷宮都市ミドルグ』を三年前から統治している。
領地は他にあるが国王の命令で十年程度の任期で赴任してきたのだ。
歳は二十六、七歳ぐらい、自領には二人の子供と、夫であるスパゲット男爵代理が暮らしているはずだ。
一度チラッと見たことがあるが、中々の美女で精神年齢が三十四歳の俺にとってドストライクなお貴族様だった。
ワンさんを伴ってミドルグ城に向かう。
お城の衛兵に国王陛下からいただいた白銀勲章を見せ、取り次ぎをしてもらった。
衛兵は俺を詰め所の応接間にうやうやしく案内すると、今にも床に頭がつくくらい低い姿勢で接してきた。
顔からは脂汗がにじみ出ていて、手先は微妙に震えている。
(本当にこの世界の貴族はどれだけ恐れられているんだ……)
麦茶に似た香りのお茶を飲みながら気長に待っていると、城中からの使者がやってきて丁寧に女男爵様の元へ案内してくれた。
謁見の間に通された俺は、国王陛下にお目にかかったときのような最敬礼ではなく、会社の部長と話す感覚でカミーラ様に謁見した。
「ようこそミドルグ城へ、妾はカミーラ・スパゲット女男爵じゃ」
「お会いできて光栄です閣下、この度国王陛下より準男爵に叙されましたレイン・アメツチです。以後お見知りおきを」
ぎこちなく挨拶したが、緊張して礼儀なんて忘れてしまった。
本物の貴族の迫力はすごいものがあるな。
髪は金色で三つ編みに束ね頭に巻きつけている。
肌は二十代後半に差し掛かっているとは思えないほど透き通っていた。
スタイルは二人の子供を生んだとは思えないほど引き締まっていて、出る所が大きく出ていて大迫力だ。
服装はゆったりとしたチュニックに、パンツスタイル、活発な印象で乗馬とかが得意そうだった。
容姿は思っていたより数段美人で人妻なのが惜しいの一言だった。
流石に人の嫁さんには手は出さんよ。
「これはお近づきの印です、お収め下さい」
王都で買い漁った高価な品物から、カミーラ様が喜びそうな物を選んで貢物として持ってきていた。
絹の反物や今王都で流行りの化粧道具一式、珍しい果物に滅多に入手できない年代物のワインなど、幅広い嗜好品を選んでカミーラ様のご機嫌を伺う。
「これはこれは、素晴らしい気遣い嬉しく思うぞ」
ワインを手にとって嬉しそうにこちらを見てきた。
(女男爵様はお酒が好きなのか、いつか二人きりで飲みたいものだな)
「そんなに固くならなくても良いぞ、妾は仲間ができて嬉しいのじゃ、このような辺境の地では貴族など一向に来ぬからの」
「はっ、ありがとうございます」
カミーラ様の俺に対する印象はすこぶる良いようだ、根回し成功だな。
「そなたは陛下に痛く気に入られておるようじゃの、いきなり準男爵に叙されるなど前代未聞じゃ、妾もそなたのことを気に入ったぞ」
口元を隠し面白そうに笑いだした、大人の美女の笑う顔に見惚れてしまい、顔がだらしなくなってしまう。
「そなたは探索者であったの、それも新進気鋭で探索歴も短いときている。妾も迷宮都市を束ねる長として探索のコツなど聞いてみたいものじゃな」
カミーラ様が俺に探りを入れてきた。
貴族との会話はどこに罠が潜んでいるかわからない、慎重に答えなければ秘密を暴かれてしまう。
警戒したことを表情に出さないように注意しながら、当たり障りのない言葉を選んで答えた。
「なんと言ってもパーティー内の結束ですね、仲間を信頼することが探索のコツです。それから欲をかかないことでしょうか、無理をすればそこで命を落とします」
「そうか、またそなたの話を聞かせてくれ。領主の生活は忙しいのに刺激が足りないのじゃ、次に城に来るときには迷宮の話などを聞きたいの」
その後は当たり障りの無い話を少ししてカミーラ様に退席の挨拶をした。
「本日は貴族の末席に加えていただいた事へのご挨拶ですので、この辺で御暇いたします」
次はギルドに顔を出さなくてはいけない。
忙しさにうんざりしながらワンさんと一緒に宿屋に戻った。
初めてお会いしたカミーラ様は超がつくほど美人なお貴族様だった。
異世界の女性の美しさにつくづく異世界に来てよかったと思った。