37.パーティー
無事貴族になった俺は、帰りを待っている仲間たちのもとへ足取り軽く帰還するのだった。
馬車が貴族街の洋館に滑り込んでいく。
車窓から本館が見え、早く仲間たちに会いたくて少しの距離が待ち遠しかった。
車止めに馬車が停車すると、御者がうやうやしく馬車のドアを開けてくれた。
王城に行くときも丁寧な扱いだったが、今の御者には緊張の表情が浮かんでいて、失敗しないように務めるピリピリした雰囲気が漂っていた。
(この世界の貴族ってどれだけ怖いんだよ、もっとリラックスしてくれていいのに……)
神妙な態度を取られると、こちらもそれに応えなくてはいけない気がしてくる。
礼儀作法を教えてくれた美人教師も、目下の者に舐められては王国全体の貴族が舐められたことになるので、気を付けるようにと言っていた。
ギルド長が言っていた『貴族になんてなっても良いことはない』という言葉を思い出して小さくため息をついた。
「ご苦労」
すまし顔で言ってみたが、下を向いてお辞儀をしている御者の顔は見えず、何を考えているかわからない。
急に言葉の通じない土地に来てしまったような、妙な戸惑いが俺を襲った。
「レイン! おかえりなさい!」
「レイン様! おかえりなさい!」
セルフィアとアニーが洋館の中から飛び出してきて俺に飛びついた。
さっきまでの疎外感が一気に氷解して、温かい気持ちが戻ってきた。
「ただいま、無事貴族になってきたよ」
「やったわ! 早く食堂へ来て!」
セルフィアが俺から離れるとクルクルと二回、器用に回ったあと家の中に消えていく。
洋館の中からは俺が帰ったことを仲間達に知らせて回るセルフィアの声が聞こえていた。
アニーは俺の腕をとって嬉しそうにしている。
洋館のエントランスホールに入るため玄関を見ると、執事やメイド達が総出で俺を迎えるために並んでいた。
「アメツチ様、叙爵おめでとうごさいます」
「「「「「「「おめでとうございます」」」」」」」
執事の祝いの言葉に続き、メイド長以下メイド達が一斉に頭を下げる。
別に俺の雇っている従業員じゃないのにそこまでしなくてもいいのではないだろうか。
「ありがとう、『白銀の女神』のメンバーは食堂にいるのか?」
精一杯偉そうに装って執事に聞いてみる。
「はい、皆様お集まりでございます」
「そうか」
みんなの顔が早く見たい。
逸る気持ちを抑えてゆっくりと食堂へ向かった。
途中でアニーが腕から離れ、嬉しそうに食堂へかけていった。
今日はみんな忙しいな。
食堂の扉をメイドが開けてくれる。
次の瞬間紙吹雪が宙に舞い、拍手が聞こえてきた。
「「「「おめでとう!」」」」
紙吹雪を振り払って前を見ると『白銀の女神』の仲間たちが満面の笑みで俺を迎えてくれた。
食堂はきれいに飾り付けがされていて、テーブルには豪華な料理が並んでいる。
奥の壁には垂れ幕まであって『祝、レイン・アメツチ準男爵様』と書いてあった。
(皆仕事が速いな、爵位まで知っているなんて一体どんな魔法を使ったんだ?)
みんなよそ行きの笑顔ではなく、いつもと同じ気さくな顔で俺を見ながら拍手をしている。
「驚いたな、みんなどうしたんだ?」
まさかいきなり祝賀会が始まるとは夢にも思わなかった。
ドアの前で固まっている俺を右からセルフィアが、左からアニーが腕を抱え、奥の席に俺を導いていった。
俺の周りをドラムが嬉しそうに飛んでいる。
「旦那~、あっしは嬉しくてしようがありやせん~、旦那についてきて今日が一番いい日でさぁ」
涙で顔中どろどろにしたワンさんが、俺を見ながら泣いている。
さっきからずっと泣いていたようだ、涙もろいのはいつも通りだな。
「レインさんここに座ってよ、王城の様子を後でいっぱい聞かせてね」
モーギュストが椅子を引いて俺を座らせてくれる。
俺が座るとみんな席につき、楽しい祝賀会が始まった。
長細いテーブルの一番上座に俺が座り、その斜め右前にセルフィアとアニー、そして左前にモーギュストとワンさん、ドラムはもちろん俺の膝の上だ。
広い食堂は俺たち五人と一匹だけで贅沢に使うらしい。
テーブルの上の料理も全部食べられそうにないぞ。
メイド達がにこやかな表情でガラスのグラスにワインを注いでくれた。
全員が立ち上がりグラスを片手に微笑んでいる。
「では、あっしが進行させていただきやす。レイン準男爵様、叙爵おめでとうでやんす。これからも『白銀の女神』をよろしくお願いしやす。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
上等なワインを一口飲んでみんなを見渡した。
みんな嬉しそうに俺の言葉を待っている。
俺はみんなを見渡すと静かに話し始めた。
「みんなありがとう、無事貴族になることができたよ。これからも探索していくつもりだからよろしく」
仲間達が一斉にうなずいた。
「爵位はみんな知っての通り準男爵、領地はないらしい。代わりにお金と称号をもらったよ」
「称号って何?」
セルフィアが横から聞いてきた。
「おれもあまり詳しくないけど、ギルド称号みたいな名誉らしいよ、幾らか年給も出るし特権も与えられるらしい。まあ、イチャモンを付けてくる奴がいなくなるお守りみたいなものかな」
「名誉の勲章か! さすがレインさんだよ、憧れるね!」
名誉好きのモーギュストは鼻息荒く興奮している。
俺の王城での叙勲の話を酒の肴にみんなで楽しく食事をした。
セルフィアが酔いつぶれ、アニーに部屋に連れて行かれる。
アニーも酔っていたのか戻っては来なかった。
メイド達の給仕の任を解き、食堂から下がらせた。
モーギュストもいつの間にかテーブルに伏せて眠ってしまった。
ドラムはとうの昔に俺の膝の上で丸くなっている。
残った俺とワンさんはゆっくりワインを飲みながら今後のことを話していた。
「ワンさん、大司教の言ったこと覚えてる?」
「覚えていやすよ、どういう意味でやんすかね」
「『唯一神ザーティン様の眠りを妨げるために、またも異教徒がこの迷宮に侵入してきた』……、あの迷宮は一体何なのかな……」
大司教が言った言葉がいつまでも心から離れない。
迷宮探索をこのまま続けても良いのだろうか。
「あっしは大司教がゾンビ達に説教していた言葉が気になりやすね。大司教は『唯一神ザーティン』の降臨と言ってやしたよ」
ワインをグラスから豪快に一気飲みをしてワンさんが不安なことを言った。
「あの迷宮を攻略したら、なにかとんでもない化け物が出てきそうでやんすね」
「探索やめたほうが良いかな、稼ぐ方法は他にもいくらでもあるよ?」
「あっしは旦那の判断に任せやす、それがどんな選択でもあっしはついていきやすよ」
俺をまっすぐ見ながらワンさんが真剣に言ってくる。
その目は酔っているようには見えず、ワンさんの酒豪っぷりが際立っていた。
いささかワインを飲みすぎたようだ。
祝勝会をお開きにしてワンさんに支えられて寝室に戻る。
ベッドに横になった所で眠気が限界に来て、記憶がなくなり夢の中へ旅立った。
ー・ー・ー・ー・ー
祝勝会から三日間、貴族としての色々な決めごとを精力的にこなした。
まずは家名を決めなくてはいけない。
これはとても大事なことで一度決めた家名は王国が続く限り貴族簿に記載され続けるそうだ。
考えた結果、家名をアメツチにすることにした。
日本との接点は今では自分の名前『天地蓮』しかなくなってしまった。
未練がましいかもしれないが、こちらの世界でアメツチ家を興し、日本で暮らした日々を忘れないようにしようと思う。
次に家紋だ。
家名と同じくらい大事なもので、これも貴族簿に記載される。
仲間達と一緒に考えて日本の国旗である日の丸と、女神教のシンボルである丸に十字を組み合わせたシンプルな絵柄にした。
女神様に感謝を忘れずに日本のことも思い出せる、まさに一石二鳥だった。
王城から来た紋章官に家名と家紋を教え、正式にアメツチ家初代当主となった。
王都にとどまっている間に色々なところから縁談の話が舞い込んできた。
結婚なんて考えていなかったので寝耳に水で、かなり困ってしまった。
「レイン様、今日も男爵家の家令の方が縁談を持ってきましたよ」
アニーがそっけない態度で筒状の手紙を持ってくる。
「そこに置いといてくれ」
執務室に使っている洋館のリビングのテーブルの上には、山と積まれた縁談の手紙が置いてあった。
机に向かい忙しく礼状などを書いている俺は、手紙に一瞥すらせずペンを走らせる。
「あの……、中身を見ないのですか?」
「これからも探索者をする予定の俺が、貴族の嫁をもらってもしかたがないだろう。どうせすぐこの街を出て行くんだからほっとけばいいよ」
「わかりました! ここに置いておきますね! それから美味しいお茶を入れてまいります!」
妙に嬉しそうにアニーが手紙をテーブルに置いて、軽い足取りで厨房の方へ消えていった。
貴族の娘にははっきり言って興味はない。
迷宮探索に取り憑かれてしまった俺は、次の探索のことしか頭になかった。
とはいえ完全に無視はできないだろうな、山のように積まれた縁談の手紙を前に、どうやって断ろうかと頭を悩ませるのだった。
王都での滞在予定の全てが滞りなく終わり、ミドルグに旅立つ日が訪れた。
貴族になったからと言って別段義務が生じることもなく、表面上は今までと変わりなかった。
洋館の執事やメイド長に別れの挨拶をする。
リビングで寛いでいるとセルフィアがやって来た。
「レイン、馬車の用意ができたわ、いつでも出発できるわよ」
すっかり旅支度を済ませたセルフィアは、買い食いの影響もなくスレンダーなモデル体型に戻っていた。
(この短期間に体型を戻してくるとは、いったいどんな魔法を使ったんだ……、ますます日本で発表すれば大ヒット間違いないな)
「ありがとう、今行くよ」
立ち上がって表に向かう。
車止めには黒塗りの馬車が止まっていて、御者台にはワンさんが座っていた。
もちろん車体の後方のステップにはモーギュストが立っていて、周囲の警戒をしてくれていた。
ミドルグに帰る旅路は俺たちだけなので、王都に来た時に乗ってきた馬車は借りることができない。
しかたがないので国王陛下からいただいた金一封を使って、貴族が乗っても問題がない見栄えの魔導馬車を一台購入した。
御者も雇うことになるのかと思ったら、ワンさんとモーギュストが運転できると言ってきた。
二人とも迷宮に潜る前は各地で冒険者をやっていたので、野外での活動は一通りできるそうだ。
思わぬ二人の有能な一面を見せつけられ、何もできない自分が情けなくなった。
「旦那はお貴族様なんでやんすから、ドンと構えていてくれていればいいんでさぁ」
ワンさんが俺に気遣いの言葉をかけてくれた。
いい仲間を持ってよかったとあらためて思った。
馬車に俺とセルフィア、アニーが乗り込む。
ドラムは馬車の屋根の上で日向ぼっこをするようだ。
馬車の中は思ったよりも広そうだ。
そう思っていたのもつかの間、二人が俺を挟み込み窮屈になってしまった。
「セルフィア、アニー、目の前の座席がガラ空きなんですけど……」
「なんとなく癖で座ってしまったわ、アニーそっちに座ったら?」
「セルフィアこそ遠慮せずそちらに座って下さい、私はここで十分ですから」
お互い笑っているが目は笑っていないぞ。
俺がそっと向かいの席に移ろうとすると、両脇から腕を引かれて戻されてしまった。
「レインはここに座っていてね!」
「レイン様、動かないで下さい!」
二人同時に言われてしまい、諦めて小さくなった。
ぎゅうぎゅうと柔らかいものが押し付けられる。
苦しくて嬉しい旅が始まろうとしていた。
御者台のワンさんが車体に付いている小窓を開けて中を覗いてきた。
「旦那、出発しやすよ、忘れ物はありやせんね?」
「ああ大丈夫だよ、出発しよう」
ワンさんが出発の合図をすると、馬車が滑るように洋館を出発した。
車窓から洋館の使用人達が頭を下げて俺たちを見送るのが見えた。
これからの長旅、何が起こるのだろうか。
期待と不安を胸に『千年王都オルレニア』を後にしたのだった。