36.立身出世
国王陛下に謁見する席で宝物を献上することが決定し、『王都オルレニア』に上京した『白銀の女神』の一行、謁見の義を控えて俺は忙しい日々を過ごしていた。
俺は今、ゴルドンさんに連れて来られた貴族街の洋館で、謁見のための礼儀作法を仕込まれていた。
貴族の礼儀作法なんかとは無縁の生活をしていた俺は、堅苦しい礼儀や難しい作法を中々覚えられず、悪戦苦闘中だった。
謁見し、貴族に叙されるのは探索パーティーのリーダーだけなので、他の仲間達は大いに羽根を伸ばし、王都観光を満喫するために連日楽しげに街へでかけて行った。
楽しそうな仲間を横目に今日も厳しい特訓をしながら、俺は『ミドルグ迷宮』のことを考えていた。
まずこれからの探索のことだ。
王都でワンさんに迷宮の情報を集めてもらったが、目新しい情報は取得できなかった。
情報がない以上手探りで攻略していかなくてはならず、今まで以上に危険な探索になることは目に見えていた。
危険な探索をするということは、俺や仲間が死んでしまう確率が格段に上昇するということだ。
この問題は考えていても埒が明かないだろう。
まず十六階層を探索してこのまま探索を続行できるか出来ないかを決めようと思った。
次に大司教が言っていたことが今になって気になってきた。
大司教は俺達を見て『唯一神ザーティン様の眠りを妨げるために、またも異教徒がこの迷宮に侵入してきた』と言っていた。
あれはどういう意味なのだろうか。
『ミドルグ迷宮』の成り立ちを俺たち探索者は全く知らない。
『迷宮都市ミドルグ』の文献にも一切書かれておらず全くの謎だった。
『ミドルグ迷宮』は『冥王ザーティン』と何らかのつながりがある施設なのではないだろうか。
その場合、このまま探索を進めてしまっても問題はないのだろうか。
気になってしまって礼儀作法の特訓が疎かになってしまう。
「アメツチ様! そのようなことでは謁見などいつまで経っても許可できませんよ! もっとしっかり学習して下さい!」
眼鏡をかけた真面目そうで気の強そうな美人の礼儀作法教師が、俺の態度にキレてにらんできた。
「すみません、真面目にやります……」
俺は教師に怒られたのを機に気持ちを切り替え勉強に励むのだった。
王都に来てから一週間が経ち、とうとう謁見の日取りが決まった。
今日から数えて三日後、忙しい国王陛下の予定の中で唯一空いた数分が、俺に与えられた時間だった。
作法に則り行動すれば問題ないとのことなので、少しだけ肩の荷が下り、来るべき謁見に向けて思いを馳せていた。
ー・ー・ー・ー・ー
今日は久々に一日中休みをもらいオルレニアの街に繰り出していた。
ミドルグとは規模が全く違う町並みは、現代日本で暮らしていた俺でも驚きの連続で、先にオルレニアの街を探索していたセルフィアとアニーに連れられて、お上りさん状態で楽しんでいた。
「あのお店の肉料理はレインが食べさせてくれたヤキニクと同じくらい美味しいわ」
「あそこの屋台の串焼き肉もピリ辛でとても美味しいですよ」
二人が案内する店はどれもこれも食べ物屋ばかりで、嬉しいが呆れてしまった。
(二人とも少し体に肉がついたんじゃないか?)
よくよく二人を観察すると、アニーは出っ張りが一段と大きくなってローブを窮屈そうに押し上げている。
しかし全体的に太ったわけではなくナイスバディーに拍車がかかっていた。
(何故そこだけが大きくなるんだ……、その秘密を解明したら日本で一財産稼げるかもしれないな……)
セルフィアも負けてはいない。
もともとスレンダーだった彼女は、今ではメリハリがでてきて豪華な紺のローブを押し上げていた。
腰をベルトで締めているのでスタイルがいいのがよく分かる。
(紺のローブを着ているのにこれだけ目立つなら、着痩せしていただけなのかもしれないな……)
思考は既にオッサンになっている。
ジロジロと舐め回すように二人のことを見てしまった。
「なんかいやらしい目で見ているわね」
セルフィアが目ざとく俺の視線に気づき、ジトッとした目で見てくる。
「やめて下さい、人前じゃ恥ずかしいです……」
アニーが両手で自分を抱え込み、ますます強調されてしまいジックリと凝視してしまった。
「ちょっと小腹がすいたな……、あそこの店でも入ってみるか」
ごまかしついでに教えてもらった店に入り、美味しい料理に舌鼓を打った。
帰りがけに屋台で串焼き肉を大量に買って巾着袋に収納する。
来るべき十六階層の探索で、おいしく味わうことにしようかな。
二日後。
時刻は朝の九時を回ったばかりだ。
今日はあいにくの雨で、空は鉛色に染まっていた。
宿泊先の洋館に二頭立ての馬車が横付けされる。
玄関先には屋根のついた車寄せがあり、雨に濡れること無く馬車に乗車できた。
「じゃあ行ってくるよ」
見送りに出てきたみんなに軽く声をかけた。
心の中は既に緊張で余裕はなかったが、すまし顔でみんなに笑いかけた。
「レイン気をつけてね」
「イシリス様のご加護がありますように……」
「帰ってきた時は旦那もお貴族様でやんすね」
「帰ってきたら色々聞かせてね」
心配そうな女性陣と、明るく見送る男性陣にきれいに分かれて少し面白かった。
馬車が滑るように洋館を出発する。
目指すは『千年王都オルレニア』が誇る絢爛豪華なオルレニア城、一世一代の晴れ舞台だった。
「ではこれより先はレイン様お一人でお進み下さい。くれぐれも礼儀を欠くことの無いようにお願いします」
謁見の間の扉の前で王城詰めの従者が俺に指示を出した。
すでに謁見用の綺麗な服に着替えさせられ、献上の品も従者に預けている。
この扉を開ければ俺に指示をくれる人は誰もいないので、心臓がバクバクと音を立て始めた。
従者に軽くうなずき返す。
言葉を発する余裕はもうなかった。
城の内部は筆舌に尽くし難いほど豪華で、一つ一つが一級品で出来ていた。
例えば窓だ。
廊下を歩いてきたわけだが、すべての窓に大きな一枚板のガラスがはまっていて、日本の製品と同じぐらい均一な薄さで透き通っていた。
この世界で大きなガラスを見たのは、『ミドルグ迷宮』の『大聖堂』ぐらいだ。
王都で泊まっている貴族街の洋館ですら、細かなガラスを何枚もつなぎ合わせた窓しかなかった。
歩いてきた廊下そのものも素晴らしく、すべての床に絨毯が敷いてあり、休憩のために置いてある椅子や小机は、それ一つ売るだけで庶民が一生暮らせるほど贅沢に作られていた。
見るもの全てが贅の限りを尽くした一品で、驚きを超えて呆れてしまった。
大きな扉が内側にゆっくりと開いていく。
俺の目に飛び込んできたのは明るくて広い荘厳な空間だった。
まず床は鏡のように磨かれた大理石の切石が敷き詰められていて、その床に赤い絨毯が敷かれていた。
その絨毯をたどっていくと玉座まで繋っていて、謁見を許された者が迷わず王のもとに行けるように工夫されていた。
左右の壁には大きな窓が幾重にも連なっている。
明るい外光を取り込み室内を照らすように設計されているのは明白だった。
今日はあいにくと外が雨なので、室内の燭台には煌々と明かりを灯す魔道具の光が輝いていた。
上に目を向ければアーチ状の天井があり、様々な絵画が描かれていていっそう華やかさを演出していた。
その天井からは大きな魔道具のシャンデリアがいくつも下がっており、まばゆい光を発していた。
謁見の間の奥には一段高い床があり王座が鎮座してあった。
玉座は金の無垢で出来ていて、大粒の宝石がちりばめられている。
遠目から見ても価値が付けられないほど豪華なのは一目瞭然で、只々驚くだけだった。
玉座の後ろには金糸や銀糸で彩られた巨大な王国旗が飾られており、強大な王国の国力を象徴していた。
「『ミドルグ迷宮』第十五階層『大聖堂』守護者『大司教モルドバーン・アスタリスク・十三世』討伐、『白銀の女神』リーダー、レイン・アメツチ殿、到着いたしました~」
高らかと俺の名前が謁見の間に響き渡る。
名前を読み上げるのに前置きが長すぎるんじゃないだろうか、なんだかこそばゆくなってしまうな。
それに大司教のフルネームなんて初めて聞いたぞ、生きている時は相当偉い人だったのだろうな。
顔を伏せながら絨毯の上をゆっくりと歩いていく。
謁見の間の両脇には全身鎧を着た警護の騎士たちが列を作って並んでいて、俺の動きを監視していた。
その他にも王族に連なる高貴な方々や、遠方より来た他国の大使が大勢並んでいる。
謁見の間をしばらく進んでいくと、停止するための目印の模様があったので、そこで片膝をついてかしこまった。
「『オルレランド王国』五十二代国王陛下、王国の英雄、オルレニアの明星、ベルンハルト三世国王陛下お出ましでございます~」
しばらく待っていると国王陛下が姿を見せたようで、また長々と呼び出しの声が謁見の間に響き渡った。
しかし呼び出しの人いい声だな、低くてよく通る声を聞いてほれぼれとしてしまった。
人が大勢入ってくる足音や衣擦れの音が前方からして少し騒がしくなる。
俺は下を向いたままだったので、音の正体を確かめることは出来ず、ただ固まってかしこまっていた。
「レイン・アメツチ、ベルンハルト三世国王陛下の御前である控えよ」
「はっ」
国王陛下のおつきの人に、名前を呼ばれ更に深く頭を下げた。
「こたびの守護者討伐大儀であった面をあげよ」
「ははぁ」
国王陛下から特別に顔をあげることが許された。
俺は恐る恐るゆっくりと顔を上げた。
眼の前の玉座に眼光鋭い壮年の男の人が座っている。
豪華な衣装を身に着け王笏を手に持つ姿は、映画やドラマで出てくる王様の姿そのものだった。
「そなたら『白銀の女神』は中々優秀な探索者だと聞いておる、これからも探索に励み迷宮の謎を解き明かすのだ」
「ははぁ、ありがたきお言葉、『白銀の女神』一同、更に探索に励みます」
緊張しながら何とか言葉を絞り出して頭を下げる。
玉座のある床の一段下に控えていた初老の男の人が、国王陛下と俺のやり取りが終わると俺に語りかけてきた。
「私は『オルレランド王国』宰相、ネルソン・ボドワンだ。探索者レイン・アメツチ、そなた国王陛下に献上する品があると聞いておる。献上の品を直接陛下にお渡しする栄誉を与える。もう少し前へ出よ」
「ははぁ」
声をかけられたので中腰で玉座の方へ少し近寄った。
おつきの人が俺が預けたベルベットに包まれた魔結晶を、豪華な台座に載せて俺の前に持ってきた。
ゆっくりとベルベッドを剥がしていく。
中から透き通った紫色をした『単一魔結晶』が姿を現し、その場に居合わせた多くの人が騒然となってざわめき始めた。
貴族の男性が隣の貴族と話をし始める。
ドレスを纏った貴婦人たちは色とりどりの扇子を口に持っていきひそひそと話をし始めた。
「静まりなさい、国王陛下の御前ですぞ」
宰相がよく通る声を張り上げてその場を落ち着かせる。
中々静かにならない謁見の間は国王が王笏を掲げたことでやっと静かになった。
「陛下、これなる魔石は『ミドルグ迷宮』より『白銀の女神』が持ち帰った『単一魔結晶』でございます。これほど大きな魔結晶はこの国始まって以来の一品でございます」
宰相が魔結晶の取得の経緯を国王陛下に細かく説明をした。
俺は宰相に促されて、台座を掲げて国王陛下のもとへにじり寄り、陛下がよく見えるように台座を突き出した。
陛下は魔結晶を手に取ると天井の明かりにかざしてじっくりと鑑賞をした。
陛下が台座に魔結晶を戻すと、おつきの人が台座を俺から受け取り宰相の横に控える。
俺は後ずさりながら元の位置に戻った。
「献上の品見事だ、古来よりの慣習に乗っ取りレイン・アメツチを貴族に叙する」
「ははぁ、ありがたき幸せでございます」
陛下の一言でその場に居合わせた人々が騒然とし始めた。
再び王笏が持ち上げられる。
するとピタリと静かになり皆が陛下に注目をした。
「ときに宰相、この献上の品はちと価値がありすぎると思うが宰相の意見を述べよ」
「はっ、この国始まって以来の献上の品でございます。レイン・アメツチの陛下への忠義に応えなくては王国の沽券に関わると存じ上げます」
「そうか……、こたびの『白銀の女神』の働きと忠義に答え、レイン・アメツチを領地を持たない準男爵に叙することにする。それに加え金一封を与え、白銀の称号を与えることにする」
陛下の宣言に謁見の間が沸き立ち、拍手が巻き起こる。
しばらくの間、謁見の間は盛大な拍手に包まれて、なかなか鳴り止むことはなかった。
拍手の雨の中、叙爵と叙勲の義が執り行われて、国王陛下への謁見は滞りなく終了した。
王城から帰る馬車の中で今頃になって震えが出てきた。
俺は一瞬にしてこの世界でごく僅かしか居ない支配階級へと出世してしまった。
マンホールに落ちて死んだ間抜けな元サラリーマンは、異世界で上級国民へなってしまった。