35.王都へ
王都から国王の使者の到着が『白銀の女神』にもたらされた。
使者との面会はギルドの応接間を使わせてもらえることになって、その席には貴族であるギルド長が同席してくれることになっていた。
「はじめまして、『オルレランド王国』、第一近衛騎士団所属、副団長ゴルドン・マックステープです。以後お見知りおきを」
体格のガッチリとした中年の男の人が丁寧に自己紹介をしてきた。
「レイン・アメツチです、遠いところをおいでいただきまして、ありがとうございました。こちらは『白銀の女神』のメンバー、シルフィア・タルソース、アニー・クリスマス、ワンコイン・ザ・シーフ、そしてモーギュスト・ミニタウロスです」
自己紹介をして、メンバーを一人ひとり紹介していく。
みんな緊張して直立不動でお辞儀がぎこちなかった。
ソファーに座り王国での『白銀の女神』の噂や、大司教討伐の経緯、今後の活動指針などを一通り話し合う。
国王に謁見する話になった所で、ギルド長が間に入ってきた。
「少しよろしいかゴルドン卿、ここに居る『白銀の女神』は今回の討伐で素晴らしい宝物を迷宮より持ち帰ったのじゃ。そしてその宝物を国王陛下に献上したいとワシに言ってきた。聡明なゴルドン卿の意見をワシに聞かせてほしいのじゃ」
そう言うと一抱えもある豪華な宝箱をテーブルの上にそっと置いた。
宝箱を見るゴルドンさんの目が今までと違うことを俺は見逃さなかった。
「献上といいましたな、それならばこの度の国王陛下の使者であるこのゴルドンの目に叶う品ではないと許可することは出来ません、拝見してもよろしいな?」
ゴルドンさんは俺をみて返答を待っている。
「どうぞ、とくとご覧ください」
俺は自ら宝箱の蓋を開きベルベットに包まれている魔石を取り出した。
ゴルドンさんの前でゆっくりとベルベットを外していく。
中から現れた紫色の巨大な魔石を見たゴルドンさんが唸り声をあげ立ち上がった。
「こ、これは! なんて、なんて大きな魔石なのだ! ん? 魔石ではない? この光沢は魔結晶の単一結晶ではないか!? この世に存在していたなんて……」
ゴルドンさんの取り乱し方は尋常ではなく、驚き具合はギルド長に見せたときと同じかそれ以上だった。
過呼吸気味になったゴルドンさんは、テーブルに置いてあった冷たい水を一気に飲み干し、ソファーの横のスペースをせわしなく歩き回り始めた。
歩きながら目だけは魔石から離すことはせず、顎に手を当ててぶつぶつとなにか言っている。
王都から来た身分の高そうな騎士が取り乱しながら歩く様は、俺たちを引かせるのに十分だった。
「取り乱してしまって申しわけなかった。改めて魔石を拝見させてはもらえないだろうか」
冷静さを取り戻したゴルドンさんは、丁寧に謝り魔石を検分するために手で持ち上げた。
「う~む、見れば見るほど美しい、これは間違いなく単一魔結晶だな。レイン殿、本当にこの宝物を国王陛下に献上する気持ちがあるのだな?」
ゴルドンさんはなにか含みがある言い方をして、こちらを値踏みしているようだ。
「はい、献上したいと思います。この事はパーティー内で既に決定したことです。その魔石の価値はどのくらいのものかわかりませんが、使者の方が許可をくださるのであれば、謁見の時に直接国王様にお渡ししたいです」
いちいちうなずきながら聞いていたゴルドンさんは、宝箱に魔石を丁寧に戻し俺の目を見て話し始めた。
「まず、宝物の価値は十分に献上に値することを確認しました。このゴルドンが保証いたします。そして、私は国王陛下に直接献上するというレイン殿が言われた言葉の意味を重々承知しています。この魔結晶を献上するのであればレイン殿の叙爵はかならず叶うことでしょう」
俺の横に座っているセルフィアとアニーが満面の笑みを浮かべ俺を見てきた。
今にも踊り出したいほど興奮しているが、使者の手前我慢しているようだ。
ワンさんのしっぽが左右にブンブン音を立てて振り動く。
もちろん顔の表情はいつも通りに澄ましたままだった。
謁見までのスケジュールが話し合われ、おおよその予定が立てられる。
王都への出発があさっての朝で、十日かけて王都へ到着。
簡単な礼儀作法を教えてもらい、国王陛下の予定に合わせての謁見となるようだ。
何かわからないことがあれば、ミドルグ城に来てくださいと言ってゴルドンさんは帰っていった。
あとから聞いた話では単一魔結晶とは魔物から取れる魔石ではなく、長年かけて魔力溜まりに出来る宝石のようなもので、魔力伝導効率が魔石の百倍以上良い、かなり価値の高い石のことだそうだ。
俺たちが献上する魔結晶は、価値が付けられないほど高価な品物で、売ることはもちろん、所持していることも出来ない超級の国宝らしい。
出発の朝がやって来た。
迎えの馬車が『雄鶏の嘴亭』の前に横付けされる。
馬車は屋根がついていて黒光りした高級仕様だった。
所々に金の飾りが付けられており、顔が映るぐらい丹念に磨かれた車体は、とても乗り心地が良さそうだった。
御者が俺たちの荷物を受け取りに来るが、全て巾着袋に入れてあるので丁寧に断った。
御者は訳が分からず首をひねりながら馬車に戻っていく。
仲間が一階に揃った所でサムソンさんに出発の挨拶をした。
「サムソンさんしばらく留守にするけど、また戻ってくるからその時はよろしくね」
「今度帰ってくる時はお貴族様になっているのか、レイン達の部屋はそのまま取って置くから安心していってきな」
そう言うと黒パンに肉炒めを詰めたお弁当を一人ひとりに手渡してくれた。
外に出るとゴルドンさんが待っていて挨拶をしてきた。
「おはようございます、長旅ですが荷物を受け取ってないと御者が言いましてな。どちらに置いてあるのですか?」
魔結晶石を献上することが決まってから、ゴルドンさんの俺に対する態度が丁寧になった。
宝物の献上が決定した今、俺は準貴族扱いになったようだ。
「実は俺、無限収納の袋持っているんですよ、迷宮から出たもので仲間の荷物くらいなら全部入ってしまうんです。だから気にしないでください」
「そうだったのですか、流石は『完全階層攻略者』の方々ですな、わかりました。それはそうと……、レイン殿の肩に乗っているトカゲは一体何なのですか?」
俺はドラムの事をゴルドンさんに説明をした。
俺がドラゴンテイマーだとわかったゴルドンさんは非常に驚いたが、すぐに理解してくれた。
先頭の馬車に俺たち『白銀の女神』の五人と一匹が乗り込み、後ろにゴルドンさんと従者の方々が乗り込む、御者が馬にムチを入れて馬車が出発した。
サムソンさんが外まで出てきて手を振っている。
俺たちも手を振ってしばしの別れを惜しんだ。
街の周囲を城壁で囲った『迷宮都市ミドルグ』、その入出門を馬車が止まることなく走り抜けていく。
本来なら街を出て行く者は衛兵たちの検問を受けなければならない。
しかし、王都からの使者である馬車の車列は特別で、検問を免除され自由に出入りできた。
門番の衛兵は最敬礼で車列を見送る。
この世界の貴族の権力は、現代日本で暮らしてきた俺には信じられないほど衝撃的だった。
街を出ると道がとたんに悪くなる。
馬車が揺れるかと思ったら全く揺れなかった。
休憩の時にゴルドンさんに聞いてみると、馬車自体が魔道具でできており、道から伝わる衝撃を座席に伝えないような工夫が、施されていると教えてくれた。
更に馬にも強化魔法がかかっていて、疲れにくく力強くなっているそうだ。
魔法万能の異世界を思い知らされ、只々感心するばかりだった。
そこから森の中を抜けたり、細い山道を駆け上がったりしながら王都への旅は順調に過ぎていった。
ー・ー・ー・ー・ー
ミドルグを出発してから約十日、『オルレランド王国』首都、オルレニアが見えてきた。
「見てアニー! 王都が見えてきたわ!」
王都へ行くのが憧れだったセルフィアが、馬車の窓からオルレニア城の尖塔を指さしながらはしゃいでいる。
アニーも嬉しそうに窓からの景色を眺めていた。
この十日間は狭い空間に閉じ込められて散々な目に遭った。
片時も俺のそばを離れないセルフィアとアニーが、狭い馬車の中で俺を左右から押しつぶし身動きが取れなかったのだ。
気持ちいいのはいいのだが、たまには羽根を伸ばしたいじゃないか。
しかし現実はサンドイッチの具のように潰され、ただ耐えるしかなかった。
ワンさんとモーギュストは比較的背が小さいので余裕で座席に座っている。
ドラムも床に寝そべり気持ちよさそうに居眠りしていた。
宿泊する宿屋の中でもセルフィアとアニーは、俺を解放するつもりはないらしく、左右の腕にしがみついていた。
後半はもう諦めて半ば引きずるように連れ回された。
俺たちを乗せた馬車の車列が、王都を囲む巨大な外壁の入場門を止まること無く通過していく。
本来ならば停止して検問を受け無くてはならないが、国王の使者を示す旗を見た衛兵たちは直立不動で車列を迎え、貴族の権力の凄まじさを改めて感じ取った。
『千年王都オルレニア』、人口二十万人を有する『オルレランド王国』最大の都にして王国の首都である。
王都の歴史は千年以上前の魔神戦争終結後に始まる。
原始の神『十六柱の神』が、『女神イシリス』と『冥王ザーティン』の二つの陣営に別れて壮絶な戦いを繰り広げた。
その争いに女神陣営として加勢した人族の長が、戦争終結の後に国を起こしたのが発端とされている。
現国王の名はベルンハルト三世、『オルレランド国王』初代国王から数えて五十二代目の若き名君である。
先代の国王の死去に伴い十二歳で王位に就いたベルンハルト三世は、初めに国内の対抗勢力を一掃し、次に争いの絶えなかった『オルレランド王国』周辺国家を平定、王国に平和と富をもたらした。
その人気は凄まじく、吟遊詩人がこぞって王の物語を歌い、国内外で生きる伝説となっていた。
国王に謁見し宝物を献上。
現代日本に生まれ、ただの底辺無職だった俺が貴族になる。
考えられない出来事に、不安と期待が心の底からふつふつと湧き出してきた。