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33.ギルド長の悲しい過去

 ワンコインの働きで途方もない価値の魔石を手に入れた『白銀の女神』は、十六階層に足を踏み入れた。




「本当に森になっているのね……」


 十六階層に降りてきた俺たちは、周囲の警戒をしつつ周りの景色を眺めていた。

 そこは小高い崖の上で、眼下には地平線の彼方まで広大な森が広がっていた。


「森の端が見えないでやんす、広すぎて笑えてきやすね」


「これだけ広いのにここが迷宮の中だなんて信じられませんね」


 アニーが崖の突端に立ち眼下の樹海を見渡しながらしきりに感心していた。


「図書館で調べた限りでは、この領域のことを『深淵しんえんの樹海』と言うそうだ。広大な森はいまだにはてを見た探索者は居ないらしい。分かっている情報は名前だけで、他の情報は一切見つからなかった。長居は無用だ、石碑に手をかざしてさっさと街に帰ろう」


 俺の提案に全員がうなずき石碑に手をかざして一階層に飛んだ。

 階段を上がると迷宮衛兵の役人が何人も駆け寄ってきて俺たちを迎えてくれた。


「『白銀の女神』は、十五階層のボス大司教を討伐し、誰ひとりかけることなく全員迷宮より生還しました」


 俺が宣言すると、広場が歓声に包まれた。

 その大きさは耳が痛くなるほどで、久しぶりの十五階層突破に誰もが我を忘れて喜んだ。

 迷宮衛兵たちがうやうやしく詰め所の休憩室に俺たちを案内する。



 十五階層を突破したことで国内トップパーティーの一つに躍り出た俺達は、普通のパーティーとして扱われることはなくなり、待遇が飛躍的に良くなった。

 今までも役人の俺たちに対する態度は、それほど悪いわけではなかったが、今日は特にていねいで気持ちが悪いほどだった。


 十五階層を突破したパーティーのリーダーは、国王に謁見えっけんする栄誉が与えられ、場合によっては貴族にじょされることすら夢ではないそうだ。

 簡単なボス討伐の聞き取りをされ早々に解放された俺達は、宿屋に帰って今後の方針を話し合うことになった。




「サムソンさんただいま」


雄鶏おんどり嘴亭くちばしてい』に戻ってきた俺達は、宿屋の主人のサムソンさんを見つけホッとして話しかけた。


「おかえり、聞いたよレインとうとう十五階層を突破したんだな。これでレインもお貴族様の仲間入りだな、おめでとうを言わせてくれ」


 俺たちが十五階層を突破したことは既に宿屋にも伝わっていて、その偉業の凄さが推して量れた。


「その事も含めてまだ何も決まっていないんだ」


「そうか、わかったよ。お腹空いているだろ? 着替えたら食堂に降りてきな」


 いつもと変わらないサムソンさんに嬉しくなって笑顔でうなずくと、足早に部屋に向かった。




 着替えて食堂に降りてくると既に仲間たちはいつもの席についていて俺を手招きしていた。

 セルフィアとアニーの間に自然に腰掛けると、膝にドラムを載せて一息ついた。

 サムソンさんが食事を運んでくる。

 いつもの黒パンと塩スープを置いた後に、俺の前に搾りたての山羊やぎの乳を置いて「おめでとう」と言って、背中を二回軽く叩き奥に消えていった。

 サムソンさんのさりげない心遣いに感謝をして、みんなの顔を見る。

 メンバー全員が事を成し遂げた良い顔をしていて、とても嬉しくなってしまった。


 俺が山羊の乳の入ったジョッキを掲げると、アニーが水の入ったコップを遠慮がちに持ち上げ、他の三名もエール入りのジョッキを掲げてくる。

 みんなで杯をぶつけて今回の遠征の成功と無事を祝った。




 食後は俺の部屋にみんなで集まり今後の方針を話し合った。


「レインが貴族になるなんて凄いわ!」


「レイン様なら当然です」


 女性陣が気の早い話をしている。


「まだ叙爵じょしゃくが決まったわけではないんだ、ぬか喜びにならないためにもあまり考えないようにしよう」


「いやそれは違いやすぜ」


 珍しくワンさんが俺の意見に反対をしてくる。


「旦那の出世は『白銀の女神』の出世でやんす。そしてその出世は女神イシリス様の威光(いこう)を更に世に知らしめる絶好のチャンスでさぁ」


「確かにワンさんの言うとおりですね、イシリス様のおかげで今私達が存在出来ているのですから、全力でイシリス様にお仕えするのが道理です」


 鼻息荒くアニーが宣言する。

 他のみんなも深くうなずいていて、女神様の人気は天井知らずだった。


「ワンさん、過去十五階層を突破したパーティーリーダーで貴族になった人は、どうやって貴族になったか知っているかい?」


「あっしの調べた限りでやんすが、過去に貴族になった探索者は、国王に謁見した際に高価な品物を献上していやすね。その代表格が魔石でやんす」


「そのとおりだよ、でも逆に何も献上しなかった者は貴族になっていないのも事実だ。俺が貴族になるにはこの魔石を献上しなければならない、それはみんなの利益が吹き飛ぶことと同じなんだ。よく考えて決めようじゃないか」


 そう言って巾着袋からアーモンドの形をしたスイカ大の魔石を取り出しみんなに見せた。

 明るい室内で見る魔石は、迷宮で見たときよりも立派に見えて、一同息を呑んだ。


「私達は金銭目的でレイン様について行っている訳ではありません」


「そうよ、お金なんて黒パンが食べられて、たまにエールが飲めればそれで満足よ」


「僕は名誉が大事だよ、お金の優先度はずっと低いのさ」


「あっしも旦那に出世してほしいでさぁ、一生ついて行くって決めたからには、どんどん偉くなってほしいでやんす」


 みんな真剣に俺をみて、自分の意見を言葉に表した。

 その答えの全てが俺の叙爵を肯定していて俺に反対する理由はなかった。

 それにこの世界は力が全てだ。

 邪魔をされずに探索者を続けていくためにも権力を手中に収めるのも悪くはないと思った。


「みんなの気持は良くわかった。後はギルド長との話し合いになるが、貴族になれるのならその努力をしてみようと思うよ」


 俺が決意表明をするとメンバー達が立ち上がり一斉に拍手をし始めた。


 セルフィアが満面の笑みを浮かべ、アニーは目に涙を浮かべている。

 ワンさんとモーギュストが俺を担いで部屋中をり歩いた。


「危ないからおろしてくれよ」


「レイン様のお通りでやんすよ!」


 俺も笑いながらみんなとはしゃいで、楽しい夜は更けていくのであった。




 翌日、朝の混む時間を避けてギルドに向かった。

 エントランスは俺たちが到着すると、蜂の巣をつついたような騒ぎになり、

 ギルド職員が大勢出て騒ぎを抑えるのに必死になっていた。


 しいたげられていた頃の卑屈ひくつな思いはもう俺にはない。

 それはメンバー全員に言えることで、堂々とした俺達はまっすぐ前をむいて軽やかに受付に向かった。


「ギルド長に取り次ぎをお願いします」


 いつものセリフを受付嬢に言うと、待っていましたとばかりに返事が返ってきた。


「ギルド長からレイン様が来られた場合は、(すみ)やかにお通しするようにと言われています。どうぞこちらへお越し下さい」


 深々と頭を下げられ、丁寧すぎる態度に少し戸惑った。

 しかしここでうろたえてはかっこ悪いので、腹にグッと力を込めて気を引き締める。


「わかりました」


 受付嬢に続いてみんなで階段を登りギルド長室へ移動した。




 部屋に入るとソファーにギルド長が座っていた。

 テーブルをはさみ、その真ん前に俺が座り、両隣にセルフィアとアニーが座る。

 俺の後ろにワンさんとモーギュストが並んで立った。


「ギルド長、呼び出されても居ないのに、勝手に来てしまい申しわけありません」


「ちょうどお主達を呼びに行こうとしていたところじゃよ、気にせんでもいいぞ、まずは大司教討伐と無事全員の帰還おめでとう、正直ここまでやるとは思わんかったぞ」


「いろいろな幸運が重なって奇跡的に帰還できただけです。実力ではありませんよ」


 謙遜ではない、イシリス様に助けてもらわなければ、全滅していたのだから。


「それでもお主達はここにこうして居るのじゃ、その奇跡を起こしたのも実力のうちじゃよ」


 ギルド長は俺を見ながらうなずくと、表情を変えてこちらに聞いてきた。


「そちらから出向いてきたということは、なにかワシに聞きたいことがあるんじゃないか、ワシの知っていることなら喜んで教えるぞ」


「そうですか、それならまずこれを見ていただけますか?」


 巾着袋から赤い色のベルベットに包まれた特大の魔石を取り出し、テーブルの上に置いた。

 入るはずのない大きな物が巾着袋から出てきたのでギルド長が驚く。

 前に異世界から来たことは言っていたので、巾着袋のことを話すと納得してくれた。


 丁寧にベルベットをめくっていくと徐々にアーモンドの形をした特大の魔石が姿を現してきた。

 興味深そうに見ていたギルド長は、特大の魔石に目を見張って驚きの声を発した。


「なんなんだこの大きな魔石は! こんな見事な魔石見たことないぞ!」


 いつもの大きくドンと構えているギルド長の面影はなく、腕を伸ばして魔石を指し示す手は大きく震えているのがはっきりとわかった。


「手に持ってみてもいいかの」


「どうぞゆっくりと見て下さい」


 ギルド長は赤子を抱くように優しく魔石を抱いてジックリと見始めた。

 魔石を見る目は手にとるときよりも更に大きく見開かれて、今にもこぼれ落ちそうなくらいだった。


「お前さん、これはどこで見つけたんじゃ、この紫色の魔石の価値はとんでもないものだぞ」


 そっとテーブルの上に戻してソファーに深く腰を沈めた。


「十五階層のボス部屋の宝箱に入っていたんですよ。あの小部屋の罠は凄まじかったです。ワンさんが居なければ今頃俺たちは迷宮に吸収されていましたよ」


「ワンコインは余程罠解錠の腕がいいのじゃな……」


 俺の話を聞いたギルド長は顎髭あごひげを手でしごいて目を閉じた。


「ワシが現役の時にいたパーティーは、あの部屋の宝箱でワシ一人を除いて全滅したのじゃ。その時から迷宮には潜っておらんよ……」


「そうだったんですか……、嫌なことを思い出させてしまいましたね」


「昔のことじゃ、もう気にしておらんよ」





 やはりあの部屋の罠は危険だったようだ、一歩間違えればギルド長と同じことになっていただろう。

 ギルド長の悲しい過去を知った俺は迷宮の恐ろしさを実感し、更に慎重に探索しようと心に誓った。

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