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28.大司教

 十五階層のボス、大司教を討伐するため迷宮に降りた『白銀の女神』は、ボス部屋の目の前で、キャンプの準備に取りかかった。




「あの部屋の向こうに大司教が待ち構えていると思うと、なんだか尻がムズムズしてきやすね。なんか緊張してきやした」


 一緒にテントを設置していると、ワンさんが不安そうに俺に話しかけてきた。


「あれだけ十分に作戦も立てたし、レベルだってみんな高いんだ。大丈夫だ絶対に勝てるよ」


「そうでやんすね、弱気なところを見せてしまって恥ずかしいでやんす」


「内心はワンさんと一緒でみんな不安なんだよ、恥ずかしいことなんてないよ」


 ワンさんをなぐさめながら、他のメンバーを一人ひとり眺める。

 みんなの顔は緊張でこわばっていて、誰一人として余裕のある顔をしてはいなかった。



「みんな、そんな暗い顔をしていては勝てる敵にも負けてしまうぞ。今日は今からバーベキューをして明日の決戦に備えるぞ」


 わざと明るい声を出してみんなの注意を引いた。


「バーベキューってなに?」


 人一倍好奇心が強いセルフィアが俺に話しかけてくる。


「バーベキューっていうのは野外で行う肉や野菜、魚介類の焼き料理のことさ。今日の夕食は期待しててくれよ」


「レインさんの料理はいつも美味しいから期待してるよ」


「レイン様、私もお手伝いしますね」


「あたしだって手伝うわよ」


 食べ物の話題で場が一気に明るくなって悪い雰囲気も無くなった。


「旦那、あっしはもう弱音は吐きやせん、早いとこテントを設置して美味しい料理を食わせてくだせぇ」


 みんなの表情が明るくなったのを見て、パーティー内の雰囲気がどれだけ重要かを悟ったワンさんが、吹っ切れた表情で俺に話しかけてきた。


「よし、任せとけ!」


 バーベキューをするために食材を買い集めておいた俺は、ワンさんに向かって笑顔でうなずきテント設置の作業を再開したのだった。




 バーベキューをやるにあたってレンガのブロックを積み上げて、かまどを作り、炭火を起こし網を載せた。

 食材はあらかじめ下ごしらえをして巾着袋に入れてあるので、後は取り出して食べたい食材を焼くだけだった。

 今日の肉は市場で見つけた牛肉だ。

 塩コショウで下味をつけた塊肉を大量に巾着袋に入れてきたのだ。

 他にも切った野菜や貝にエビ、あらかじめ串に刺した鶏肉(とりにく)などを大量に用意してきた。

 セルフィアやアニーがいくら大食いでも食べきれないだろう。

 

「みんな、好きなものを網の上にどんどんのせて焼いてくれ、焼けた順番に食べていいぞ」


 食材を巾着袋からテーブルにどんどん出しながら焼き方をみんなに教える。


「お肉! あたしは絶対お肉を焼くわ!」


 いち早く肉の入った大皿を手に取って豪快に網の上に肉を置いていく。

 セルフィアの行動にメンバー達は納得の表情をして、異論を唱えることはなかった。

 みんな肉が大好きなのだ。

 


 網の半分以上が大量の牛肉で埋められてしまった。

 残った場所に火の通りにくい野菜や串焼きの鶏肉を並べ、火加減を調節して焼けるのを待つ。

 その間にかまどの横に作っておいた簡易的なかまどでスープなどを作り、テーブルに飲み物やパンを並べていった。


 肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い始める。

 みんなの視線は網の上で焼かれている分厚い牛肉から一時も離れない。

 セルフィアは真剣な顔をして肉の焼け具合を確認していた。


「そろそろいいみたいだな、みんな各自お皿に取って食べてくれ。まだまだ大量にあるから急がなくていいぞ」


 俺の合図を皮切りに一斉に肉を皿にのせるメンバー達。

 その顔は真剣そのものでまたたく間に網の上の肉はみんなの皿の上に収まった。


「おいしいわ! いつものお肉じゃないわね」


「すごく柔らかくていくらでも食べられます」


 女性二人は幸せな顔して肉にかぶりついている。


(あの調子じゃおかわりをすぐに要求して来るな)


 俺は新たに網の上に牛肉を並べていった。


「うまいでやんす、旦那はやっぱり料理がうまいでさぁ」


「僕は本当に幸せだなぁ、このパーティーに入れてよかった」


 ワンさんもモーギュストも肉大好きだな、みんなの顔を見ていると嬉しくなってにやけてくるな。

 しかしモーギュストはミノタウロス族なのに牛の肉を食べても大丈夫なのかな、牛は親戚みたいなものじゃないのか?

 本人は気にしている様子はないから放っておこうか。

 俺は牛肉を食べる傍ら、網の上の食材をひっくり返して焼きすぎないように調理していった。


「みんな、肉以外もちゃんと食べないと駄目だぞ、バランスが大事だからな」


 そう言いながらみんなの皿にキノコや野菜をのせてやる。

 普段野菜をあまり取らないメンバー達は、俺に勧められたのであまり気が進まないが野菜も食べ始めた。


「この野菜甘くて美味しいわ!」


「村の教会で食べた野菜を思い出します」


「旦那は天才料理人でやんす!」


「こんなに野菜が美味しいなんて僕知らなかったよ!」


 野菜もおおむね好評のようだな。

 次は魚介のうまさも堪能してもらおうか。


「これもうまいから食べてみてくれ」


 新しい皿に貝やエビを盛り付けてみんなに渡して回る。

 ホタテに似た貝やロブスター並に大きなエビはみんなの口にあうだろうか。


「おいしい~! お肉もいいけどエビの食感もたまらないわ!」


 肉好きのセルフィアが魚介の魅力に気づいたみたいだ。


「こんな贅沢をしていいのでしょうか、女神様ありがとうございます」


「旦那は神の料理人でやんす!」


「食べるもの全て僕の知らない味だよ、今まで僕は何を食べていたんだ……」


 モーギュストが目に涙を浮かべているぞ、俺の料理が気に入ってもらえて嬉しい限りだな。


「セルフィア、ワンさん。一杯だけならお酒飲んでもいいよ、美味しいワインを買ってきたからみんなで飲もう」


 俺の提案に二人が驚いた表情を一瞬だけ見せて、次の瞬間には歓声を上げていた。


「旦那は神様でやんす!」


「やったわ! レイン大好き!」


 セルフィアが背中に飛びついてきて後ろから抱きしめられた。


(背中に柔らかいものが当たっているよ~)


 鼻の下を伸ばしているとアニーがすばやく近付いてきて俺の腕を胸に抱えた。


「私も一杯だけワインを下さい」


(左腕にも柔らかいものが当たっているな~)


 予期せぬラッキーに見舞われ、幸せなひとときを堪能したのだった。




 食事が終わり後片付けをする。

 後はたっぷりと睡眠をとって明日に備えるだけとなった。


「それじゃあレイン一緒に眠りましょ」


 当然のようにセルフィアが俺をテントに誘ってきた。


「セルフィア、ここには魔物は出てこないんだから俺が付いていなくても眠れるだろ?」


「いやよ、今日だけだから一緒に眠って、ねえおねが~い」


 上目遣いでおねだりしてくるセルフィアは、少しだけワインで酔っていて顔が赤い。

 上目遣いがこれ程似合う女の子は、探してもめったに見つからないのではないだろうか。


「私からもお願いします、少し心細くなってしまいました……」


 腕に絡みついているアニーを見ると、やはり上目遣いをしておねだりをしてきた。

 めったに見つからないと思っていたら隣りにいたよ。

 もう断ることはできそうにない。


「そ、それじゃあ、今日だけだからな」


 完全に鼻の下を伸ばしきってにやけてしまった。


「でも変なことはしちゃ駄目だからね……」


 恥ずかしそうにつぶやくセルフィアを見て、理性が飛びそうになりクラクラしてきた。


「ガウ~!」


 ドラムがあまりかまってくれない俺にやきもちを焼いて飛びついてくる。

 可愛い赤ちゃんドラゴンを抱えて理性を復活させた俺は、何もしないと約束して三人と一匹でテントに入っていった。



ー・ー・ー・ー・ー



 十五階層の真ん中に大きな部屋はあって、簡素な石造りの扉が取り付けられていた。

 扉には見慣れない文字でなにか書いてあるようだ。

 スキル『異世界言語』で何が書いてあるかわかる俺は、スラスラと古代文字を読み進んだ。


『死は突然訪れる、何人たりとも運命からは逃げることはできない』


 古代文字で書いてある意味はとてもみんなに伝えることはできない、それほどに不気味な文章だった。


「なんて書いてあるの?」


「いつもどおりの脅し文句だよ、気にすることはないよ」


 無邪気に聞いてくるセルフィアの質問に、言葉をにごしながらみんなに声をかける。


「今からボスを討伐する、間違いなく勝機はこちらにある。この十五階層を突破しているのは現在四パーティーだけだ、この偉業を達成すれば現役の探索者で俺たちがトップと並ぶことになる。しかし一人も欠けずに地上に帰還するのは俺たちが初めてとなるだろう。俺が一人も死なせない! 全員で帰るぞ!」


「「「「了解!」」」」


 みんなで聖水を武器にふりかけ、今回は身体にもふりかける。

 もう一度みんなの装備を確認した俺は、ワンさんとモーギュストにうなずき、扉をゆっくりと開けさせた。

 慎重にボス部屋の中に入っていく。

 扉から離れなければ攻撃はないはずだ。



 中に入るとそこは礼拝堂になっていて、明るい室内は静寂に包まれていた。

 広さは少し大きめな体育館程度だろうか、床は顔が映るほど磨かれた大理石が敷き詰められていて塵一つ落ちていない。

 左右と奥の大きな窓にはステンドグラスがはめられていて、色とりどりのガラスが神聖な雰囲気をかもし出していた。

 そして中央の奥には祭壇が設けられていて、女神教とは異なる神のシンボルがまつられていた。


 中央には祭壇まで長い道があり、左右には長椅子が置いてあり数百人以上が一度に礼拝できるようになっていた。

 上を見上げると天井は吹き抜けになっていて天井画が描かれている。

 天井画には天使達が描かれており、見事としか言いようがない出来で、今にも絵から抜け出して来そうなほど良く描けていた。

 しばし状況を忘れて見入ってしまい慌てて周りを警戒した。


 いつもならボス部屋に入った直後から中央に霧が発生するが、今回はそれが起こらない。

 油断なく周りを見渡しながらみんなに指示を出していった。


「モーギュストは前方からの攻撃に備えろ、ワンさんは周囲の警戒、セルフィアとアニーはいつでも呪文を唱えられるように精神を集中させろ」


 俺の指示に各自速やかに反応し、戦闘態勢が整った。


「ドラム、今回は先制攻撃をまかせたぞ、俺の合図で全力のブレスをお見舞いしてやれ」


ガウ!(わかった!)


 空気を吸い込んだドラムがボールのように丸くなる。

 準備は整ったようだな、俺はモーギュストにゆっくりと前進するように指示を出した。

 二メートルほど扉から離れると、礼拝堂のそこかしこから霧が噴出してきて辺りを包み始めた。


「全員とまれ、ゆっくりと扉の前まで下がるんだ」


 冷静に指示を出し霧の中から脱出する。

 霧はみるみるうちに部屋全体を包み込み、しまいには俺たちまで包み込み、手の先すら見えないほどの濃さになった。


「みんな落ち着いて密集隊形に移行しろ、霧が晴れるまでは現状で待機する。ここまでは文献で調べた通りのボスの行動だ、全くおびえる必要はないぞ」


 的確に指示を出しモーギュストの肩を手で触る。

 俺の腰を両脇からセルフィアとアニーが掴み、背中にワンさんが手をそっとつけてきた。

 永遠と感じられる時間が過ぎていく、こめかみを冷たい汗が一筋流れて頬をつたった。

 腰をつかんだ手から震えが伝わってきた。


「セルフィア、アニー大丈夫だよ俺を信じるんだ、必ず無事に帰れるからね」


 二人の恐怖心を少しでも和らげるように優しく語りかける。

 腰を掴む力が一層強くなり震えが徐々に収まっていった。




 永遠に霧など晴れないのではないかと思い始めた頃、うっすらと霧が晴れ始めた。

 ここからのボスの情報はあまりあてにはならない。

 文献にもボスの情報が何通りも書かれていて一つに絞ることはできなかった。

 ある文献にはこう記述されていた。


『大司教の怒りは大いにうねり、礼拝堂を駆け巡った』


 他の文献にはこうも書かれている。


『大司教の呼びかけに光が降り注ぎ、不埒ふらちやからに天罰を下した』


『見えざる軍勢の祈りの前に探索者達は膝をついてこうべを垂れた』


 今回はどんな敵が現れるのか、目を凝らしながら前を見据えた。



 すっかりと霧が晴れて礼拝堂の全容が観察できるようになった。

 そこに現れた光景に一同声を上げることはできなかった。





「みんな落ち着いてその場で待機だ、もう少し様子を見よう」


 セルフィアとアニーが俺にしがみつく。

 眼の前に広がる光景をどう解釈していいのかわからずに、俺は只々(ただただ)前を見つめることしかできなかった。

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