25.パワーアップ
次の日、俺の部屋に集まった『白銀の女神』の面々は、十五階層のボス攻略のために作戦会議を開くことにした。
「みんな集まったな。これから十五階層のボスを倒す為の作戦会議を開く」
俺が開催を宣言するとガヤガヤしていた部屋が一気に静かになり、みんな顔をこちらに向けて注目してきた。
十五階層に関し事前にみんなで調べたが、俺以外のメンバーは大した情報を集めることが出来なかった。
それは図書館で見つかった情報が大昔の古文書ばかりで、解読できたのが俺だけだったからだ。
いつもはワンさんに説明してもらうのが恒例だったが、今回は俺が説明をした。
「『中層階』十五階層、ボスは死せる大司教だ。この世を呪った大昔の大司教が、禁忌の黒魔術で高位のアンデッドになって迷宮のボスとして現れたと言われている。死霊達の軍団を使役していて攻守ともにバランスの良い魔物だ」
話を聞いているメンバー達は、自分の知らない情報なので、聞き漏らすまいと質問などをせず静かに聞いている。
「今説明した通りに今回のボスは今までとは比べ物にならないくらい強い敵だ、今の俺達では正直勝てる見込みがない。歴代の探索者達も多大な犠牲を払ってボスを撃破している。しかし俺は『白銀の女神』のメンバーを一人も死なせるつもりはない。そこで戦闘能力の底上げと装備の強化をしたあとにボスに挑戦しようと思う」
明らかにホッとした表情をメンバーたちが見せた。
「具体的にはどうするの?」
セルフィアがみんなが知りたいことを代表して聞いてきた。
「先ず武器防具の新調をする。今回の探索でお金はみんな持っていると思う、今の段階で買える最強の装備を揃えてくれ。せっかく稼いだのだからと出し惜しみをしたら、全員あの世行きになるほど今回の敵は強い。次を目指すならばすべて使い切る勢いで装備の強化を図ってくれ」
全員が深刻な顔をしてうなずいた。
「そして装備を強化しつつ、レベルを上げるために十四階層で戦闘を行う。どのくらい上げるかはまだ決めていないが、自信がつくまではボスに挑戦はしないからそのつもりでいてほしい」
会議を解散した俺は『白銀の女神』のメンバー全員で装備を買いに行くことにした。
ギルドの横にある武器屋や防具屋に向かう。
俺とセルフィアは武器を買う必要がないので防具屋に、他のメンバーは武器屋にそれぞれ向かう。
「レインと二人きりでデートみたいね!」
ご機嫌のセルフィアが腕に絡みついて来る。
武器屋に入ろうとしていたアニーが、俺とセルフィアの様子を見て踵を返して向かってきた。
「レイン様とセルフィアを二人きりにさせるのはやはり心配なので、私も防具屋さんから見ることにします!」
勢いよく左手に抱きついてきて、いつもの体勢で買い物をすることになってしまった。
しかし、なんだか妙に落ち着いてしまって慣れとは怖いなと思った。
装備品の強化は意外とスムーズにできた。
まず俺は愛刀はそのままで、防具を革鎧から魔法鉄鋼の鎧に買い替えた。
魔法で鋼鉄を薄く軽量化して強度もあげている鎧で、革鎧と同じ重量で強度は桁違いという代物だ。
サイズはさすが魔法製品だけのことはあり、着込むと勝手に適正サイズに縮まった。
防具屋の主人に聞くと、ある程度の値段の防具には備わっている機能で、別段珍しいものではないそうだ。
しかしそんな便利機能が付いている鎧は値段も桁違いで、稼ぎの大半が飛んでいった。
セルフィアも杖は替えずにローブを新調した。
ローブは魔法銀糸を織り込んだ一点物で、見た目は豪華なローブだが防御結界が張られていて一般的な鉄の鎧より防御力があるそうだ。
アニーはローブの新調と、ローブの下に付けていた胸当てをミスリル製の鎖帷子に買い替えた。
ローブは祝福の衣と言って、強力な神聖魔法がかかっている法衣だ。
物理防御のほか精神攻撃を防ぐ優れものの一品だ。
鎖帷子の方はミスリルを加工した魔法金属で編み上げた物で、薄く羽根のように軽いが、魔法結界が組み込まれているので物理攻撃を通さない強靭さがあった。
防具屋の主人に性能を聞いたところ、至近距離からの弓矢の直撃でも貫通しないと太鼓判を押された。
防具屋を出て隣の武器屋に向かう、ワンさんとモーギュストが武器を物色しているはずだ。
「ワンさんいい武器あった?」
「いい武器はあるんでやんすが、防具を買う金を考えると手が出やせんね」
そう言って壁にかけてある二振りの短剣を指差す。
その短剣はいかにも魔法のかかっていそうな双短剣で、銀色に輝いて鋭く尖っていた。
ワンさんの説明では魔法で切れ味を強化していて、斬りつけた対象の精神を崩壊させる魔法がかかっているらしい。
確かに値段が高いのが引っかかるところだが、ワンさんの攻撃スタイルには合っている気がした。
「いいんじゃないか、防具のことは考えず買ってみなよ。防具の方は足が出たらパーティーの金から建て替えとくから大丈夫だよ。レベル上げの時に余裕で元が取れるから納得のいくものを買ってくれ」
俺の言葉で決心がついたワンさんは双短剣を買うことにしたようだ。
カウンターに向かうワンさんを見送ってモーギュストに声をかける。
「モーギュストどう? 気に入った武器は見つかったか?」
「レインさんか、僕は防御専門だからね、防具に全額投資することにしたよ。それでも気になる武器はこれぐらいかな」
そういいながら一振りの短槍を見せてきた。
ミスリル製の短い槍で刃渡りが普通の槍より長い、突いて良し切ってよしのいいとこ取りの槍だった。
「盾を構えてもその槍振れるのか?」
「腕力には自信があるから問題ないよ、切れ味も魔法で強化しているから正直欲しいね」
「ワンさんにも言ったけどパーティーの積立金を貸してやるよ。レベル上げをしていたらすぐに稼げるから妥協はしないほうがいいぞ」
「そうか……、思い切って買おうかな」
結構気に入っていたようで悩んだ末に、嬉しそうな足取りでカウンターに持っていった。
俺が男二人と話している間に女性二人はアニーの武器を物色していた。
武器の選択はほぼ決まったようで、俺が一人になったタイミングで声をかけてきた。
「レイン様はこのメイスと錫杖、どちらがいいと思いますか?」
見せられた武器を一つずつ手に取って見る。
メイスはミスリル製で棒の先に豪華な重りがついている。
アニーの説明を聞くと魔法がかかっていて、手で持つには軽いが攻撃力は普通のメイスより高いそうだ。
錫杖の方はちょうど俺の肩の位置ぐらいの長さで、アニーの背丈ぐらいあった。
こちらもミスリル製で軽く、持つ分には女の子の力でも問題がなさそうだ。
武器の性能としては装備した者の魔力を上げる効果があるらしく、直接戦闘をするよりも魔法補助がメインの武器らしかった。
「錫杖とは面白い武器を選んだね、たしかにアニーはもう直接に戦闘する必要はないね。身を守るだけなら錫杖で十分だし、魔力が上がるなら錫杖のほうがいいね」
「でしょ、あたしも錫杖を勧めていたのよ。アニーには魔法攻撃を充実させてもらって、あたしと一緒に遠距離攻撃をしてもらおうと思っているのよ」
「でも僧侶って攻撃魔法を覚えられるのか?」
「はい、気弾と言って気の塊を撃つ術があります。その他にも精神攻撃や目くらましの術など覚えるのが難しい呪文ですがいくつかあります。それにヒーラー職は支援魔法が結構使えることがわかったので、それも合わせて覚えていければいいと思います」
俺の問にスラスラと答えるアニーは、前々からヒーラー職の使える魔法を調べていたそうだ。
これを機会に直接攻撃は避けて遠距離戦闘を学びたいと言ってきた。
「いいと思うよ、前衛は俺たちに任せて新しい戦闘スタイルを模索してくれ」
俺の言葉で吹っ切れたアニーは錫杖を買いにセルフィアとカウンターに向かった。
それからワンさんとモーギュストの防具を買いに防具屋に戻り、二人が選ぶのを横から見ていた。
ワンさんは魔法で防御力を高めた革鎧と、魔法で移動速度と隠密性を強化されたシーフ専用の革のブーツを買った。
モーギュストは俺と全く逆の発想で制作された魔法鉄鋼の全身鎧と魔法鉄鋼の大盾を買った。
俺の鎧は軽量化に重点を置いていたが、モーギュストの鎧はとにかく頑丈さに特化した作りとなっていて、俺の鎧の五倍の防御力があると防具屋の主人が言っていた。
並の人間では装着して動くことすら出来ない重量で、装備する人を選ぶくせのある鎧だった。
モーギュストが鎧を装着していくたびに鎧が小さくなっていく様子は、見ていてかなり面白かった。
一度所有者に合わせてサイズを決めて固定の呪文を施すと、脱いでもサイズが変わらなくなるそうだ。
たしかに脱ぐたびにいちいち元の大きさに戻ったら、面倒だろうからよくできていると思う。
全身に鎧を着込んだモーギュストは、黒光りした鋼鉄の塊になり生半可な攻撃では傷一つ付けられそうになかった。
盾を構え槍を装備して俺達の前に立ちはだかると、小さい体ながら威圧感を感じ頼もしさが倍増した。
モーギュストの装備品の金額が凄いことになってしまったので、みんなと相談してパーティーの積立金から少し補填することにした。
盾職の大切さを知っているメンバー達は、不満を一言も言わずに満場一致で俺の提案を支持してくれた。
この事にモーギュストは痛く感動して涙ぐみながら感謝の言葉を言った。
「僕はこんなに優しくしてもらったこと今までなかったよ。これからも頑張るからみんなよろしくね」
仲間達も口々にモーギュストに励ましの声をかけ、パーティーの絆がいっそう深まった。
宿屋に帰った俺達は、新しい装備を身に着けて俺の部屋に集まった。
みんな顔が笑顔になってお互いの装備を褒めあっている。
そこには初心者探索者を抜け出した頃の面影は微塵もなく、中堅を通り越してベテラン探索者の迫力があった。
「今のあたし達を見て馬鹿にする探索者はミドルグには居ないわね。でもこの位置に満足せずにもっと高みを目指しましょ」
「もちろんでさぁ、『白銀の女神』の名が全世界に轟くまで精進しやすよ」
個人の懐はすっからかんになってしまったが、パーティーの資金はまだまだ潤沢に残っている。
生活に不安はまったくなく明日からの探索に期待を感じていた。