24.呼び出し
幽霊が怖いセルフィアのために一緒の部屋で寝ることになった俺は、眠れない夜を過ごすことになった。
「一緒に寝るからって変なことしないでね……」
いつも強気なセルフィアが顔を真赤にしてもじもじしてるぞ。
「変なことするはずないだろ! いいから早く寝なさい」
「私は少しぐらいなら平気です、レイン様のしたいようにして下さい……」
アニーが恥ずかしそうに下を向いているが耳が真っ赤だ。
「アニーは聖職者なんだからそう言う事は言っては駄目だよ!」
二人とも少しおかしいな、先が思いやられるぞ。
覚悟を決めてベッドの真ん中に仰向けで寝転んだ。
セルフィアが俺の右手を握りながら寝そべってくる。
左を見るとドラムを抱えたアニーが俺をみてニコリと微笑んだ。
天井を見る、寝返りすらできない状況で目をつむる。
「おやすみレイン……」
「レイン様おやすみなさい……」
しばらく固まっていると二人からお休みの挨拶が聞こえてきた。
「おやすみアニー、セフィー心配せずにゆっくり眠りな」
俺も二人に声をかけた。
しかし可愛い女の子に挟まれている状況は人生で初めての体験だな。
ドキドキしてなかなか寝付けなかったが、すぐに横から二人と一匹の寝息が聞こえてきて安堵した。
(何かあるんじゃないかと、少しでも思ってしまった俺は馬鹿みたいだな)
妙に恥ずかしくなって無理やり寝ることにした。
時間にして六時間、たっぷり寝た俺はモーギュストが起こしに来る前に自然と起きてしまった。
正確な時間はまだわからない、ベッドの上でモーギュストが来るのを待つ。
目をつむっているとお腹の上が妙に重いことに気がついた。
緊急用にランプを絞って薄明かりを付けていたので、部屋の様子がぼんやりと見える。
毛布をめくってみるとドラムが丸くなって眠っていた。
(かわいい奴め、やはり俺の腹の上が落ち着くみたいだな)
起こさないように頭を優しく撫でる。
横に美女二人が寝ていることを意識させないほどドラムが愛おしかった。
部屋の扉が静かに開く。
建て付けが悪い扉がきしみ音をかすかに上げた。
「起こしてしまったかい? レインさん見張りの時間が来たよ、あとはよろしくね」
言葉少なにモーギュストが見張りの引き継ぎをする。
俺が手を軽くあげて了解の合図を送ると、ワンさんの寝ている隣部屋に引き上げていった。
隣の食堂に移動し、背伸びをして身体のこりをほぐす。
テーブルの上にある夜食をつまみ、冷えた特製スポーツドリンクを出してゆっくりと飲んだ。
テーブルに置いてあるランプに照らされた俺が、殺風景な食堂の壁に大きく不気味な影を映し出す。
気味が悪いほどの静寂が辺りを支配していた。
何気なく休憩をしているが『退魔の香』が消えたら、今の俺達では太刀打ち出来ないような魔物たちが大挙して押し寄せてくる。
全滅と紙一重な迷宮探索、極限の緊張と一時の安らぎ、日本にいたときには味わったことのない感覚に、俺は快感を覚え始めていた。
それから三時間、セルフィアとアニーのために軽い夜食を追加した俺は、スープを温め直してテーブルの上に置き、二人を起こしに隣の部屋へ移動した。
「二人とも見張りの交代の時間だよ、起きてくれ」
声をかけるとアニーがすぐに起きだした。
「交代ですね、わかりました」
セルフィアを見るがまだ起きた様子はない。
「レイン様、私一人で見張りをしますのでセルフィアをもう少し寝かせてあげて下さい」
「そうしたいのは俺も同じだけど、パーティー内ではけじめが大切なんだよ。みんな平等にしなければ結束も弱まるからね」
心を鬼にしてセルフィアを揺り動かし少し強引に起こした。
「レイン……、おはよう見張りの時間ね、今起きるわ」
寝ぼけてはいるが責任感が意外とある彼女は、ゆっくりと身を起こした。
二人が食堂に消えていきドラムだけがベッドの上で気持ちよさそうに寝ている。
眠気はもう無くなっていたが、このあとの探索を考えドラムを抱きまくらにして目をつむった。
うつらうつらしているとワンさん達が隣部屋から起きてきて食堂に向かうのがわかった。
俺も上半身を起こし背伸びをしてからベッドを降りる。
楽しげな話し声が聞こえる食堂へ足を運んだ。
ー・ー・ー・ー・ー
「この回廊異常に長いわね」
「まっすぐ続いているのに先が見えません」
俺たちはキャンプを畳んで探索を再開していた。
『居住区』から出て『大聖堂』外周部の回廊をひたすらに進んでいる。
進めば進むほど魔石や宝箱が見つかり、俺達の財産は結構な額になっていた。
「あっしは今日ほど旦那についてきてよかったと思う日はありやせんぜ、一人でくすぶっていなかったら旦那に会えなかったと思うと空恐ろしいでさぁ」
「僕も同じだよ、レインさんに拾ってもらってラッキーだったよ」
ワンさん達が騒ぐのもしかたがなかった。
見つけた部屋の中の宝や倒した魔物の魔石はどれもこれもが見事なもので、一人ひとりの取り分が凄いことになっていた。
いかに『中層階』が探索者に荒らされていないかがわかった。
「あなた達もっとレインに感謝しなければならないわよ、キャンプ用品もお宝も全てレインが巾着袋に入れて持って歩いてくれているから探索ができるのよ」
「分かっているでやんすよ、これだけの量のお宝、旦那がいなけりゃ持って帰ることなんて無理でさぁ」
ワンさんの俺を見る目が輝いている、もう俺のことをお金にしか見えていないんじゃないか?
しかし感謝しなければならないのはイシリス様なんだけどな、この巾着袋をくれたのは女神様だからね。
結局十五階層への階段を見つけたのは迷宮に入って十二日目だった。
探索の間セルフィアとアニーの二人と川の字で寝たのだが、間違ったことは起こらなかった。
ホッとした半面、残念にも思い複雑な心境だった。
十五階層に降り、石碑に手をかざして地上に戻る。
俺たちが姿を現すと迷宮前広場は騒然となり、次の瞬間歓声が上がった。
役人の話によれば、俺たちがなかなか迷宮から出てこないので、地上では大騒ぎになり『白銀の女神』全滅説まで流れる始末だったらしい。
どうやって生き延びたかを役人に根掘り葉掘り聞かれ、ごまかすのが大変だった。
宿屋の食堂でくつろいでいると、ギルドからの連絡が来て至急出頭しなければならなくなった。
「みんなは休んでいてくれ、俺一人でギルドへ行ってくるよ」
今回は帰還したばかりでみんな疲れているし、大勢で行くのも面倒くさいので俺だけがギルドに行くことにした。
宿屋の斜向かいのギルドに足を運ぶ。
ギルドの前にたむろしているチンピラ探索者は、俺が近付いてくるのを見ると蜘蛛の子を散らすようにどこかへ消えていった。
扉を開けてギルドの中へ入る。
うるさかったギルドのホールが静まり返り、全員が俺を見ていた。
受付に歩いていく間にルーキー冒険者が『白銀の女神』に入れてくれと言ってきた。
丁寧に断っても次から次へと志願者が殺到する。
何とか人の海を越えてカウンターにたどり着き、ギルド長に取次をしてもらった。
「レイン・アメツチ入ります」
ノックをして名乗ってからドアを開けて中へ入る。
ギルド長がソファーに座っていた。
「おお来たか、まあ座れ」
「今しがた迷宮より帰還しました」
「いつも呼び出して悪いの、報告を聞いたのじゃが十四階層を突破したそうじゃな」
「少々手こずりましたが今日突破しました」
「それは良かった、次は十五階層のボス戦じゃな」
「はい、ボス戦も全員無事で攻略したいと思いますよ」
ギルド長はとりとめのない話をして、なかなか本題を切り出してこなかった。
「ギルド長、そろそろ今日俺を呼び出した理由を教えてもらえませんか?」
ギルド長が話を振りやすいように促す。
やや硬い表情をしたギルド長が意を決したように話し始めた。
「今日はお前さんに聞きたいことがあって呼んだのじゃ。単刀直入に聞くがお前さんは何者なのじゃ? いきなり現れて次々と階層を突破していく、今回の遠征も普通じゃ考えられないくらい長い間迷宮に潜って、ピンピンして帰ってきた。ワシはお前さんに興味がつきん」
探索者のトップであるギルド長に、俺の出処をいつまでも秘密にしてはいられないだろう。
それにストレートに聞いてくる姿にむしろ好感が持てる。
秘密を守るという条件を飲ませて俺のことを話すことにした。
「なるほどの、それではお前さんは女神イシリスの使徒という事じゃな」
この世界に来た経緯を話すと、驚きながらも納得して深くソファーに腰を沈めた。
「イシリス様の使徒ではありませんよ、ただ単に加護を貰っただけです」
「その加護が使徒の証じゃよ。しかしこの話はあまり公にはしないほうがいいかもしれんな、教会がそのことを知ったらお前さんを放おって置くまい、今のように自由に探索者なんてやっていられなくなるぞ」
「それは困りますね、くれぐれも秘密は守って下さい」
「わかった、この話は秘密じゃ」
それから俺はギルド長と他愛のない話をした。
あまり長居をしてもしかたがないのでギルド長室を後にする。
ドアの前に立ち別れの挨拶をすると、ギルド長が真剣な顔で話しかけてきた。
「ワシを信用してくれたお前さんに一つ忠告をしてやろう。十五階層のボスは今までのボスとは強さの桁が違う、くれぐれも準備を万全に整えてから挑むことじゃ」
「忠告ありがとうございます、肝に銘じて探索します」
頭を下げギルド長室を退室する。
探索者ギルドを出ると夜風が気持ちよく吹いていた。
俺は次の探索の事を考えながら『雄鶏の嘴亭』へ戻っていった。