23.予期しない提案
『ミドルグ迷宮』十四階層、通称『大聖堂』。
広大なアンデッドの巣窟を長期に渡って探索するための準備はすべて整った。
ギルドに探索日程を申告しに行った『白銀の女神』を見る探索者達の顔には、過去の様な蔑みや嘲りと言った負の感情は見て取れなかった。
ルーキー探索者を中心に、中堅探索者までもが憧れや羨望の眼差しを向けてきた。
石碑で十四階層まで一気に移動する。
「何度来ても気持ちが悪い階層ね」
「女神様を冒涜した酷いフロアです」
女性陣は『大聖堂』の赤黒い空が慣れないらしく、眉間にシワを寄せて丘の上にある教会を睨んでいた。
「みんな、アニーが作ってくれた聖水を武器にかけて戦いの準備をするんだ。それから各自小瓶に入った聖水をいくつか携帯するように。敵にかけても効果はあるし、呪われかけた場合はすばやく聖水を飲むと回復する。大量に作ったので遠慮はいらないぞ」
「普通のパーティーじゃこんなに贅沢に聖水を使えないよ、僕はすごい所に入れたみたいだね」
ナタのような太くて短い短剣に聖水をふりかけながらモーギュストがしきりに感心している。
「なにか異変を感じたら私を呼んで下さい、すぐにキュアをかけますので遠慮しないで下さい」
アニーも気合が入っている。
「第一関門は教会の前に広がる墓地だ、ゾンビやスケルトンが大量に湧いて出てくるぞ、気合を入れていけ」
「「「「了解!」」」」
「ガウ!」
四人の気合の入った返事に混じってドラムの咆哮が聞こえてきた。
「ドラムも攻撃を頼むな」
「ガウ!」
ドラムはドラゴンブレスを一回だけ迷宮内で吐いたことがある。
大量の魔物を先制攻撃したときのことなのだが、あまりの威力に一瞬で魔物が全滅し迷宮の壁が溶けて大惨事になってしまった。
それ以来、滅多なことでは攻撃に参加させずに『白銀の女神』の秘密兵器になっていた。
「よし、警戒しつつ前進を開始する。進め!」
俺の号令でモーギュストが先頭、次に俺、俺の両脇にセルフィアとアニー、殿をワンさんという布陣を敷いて墓場に進行を開始した。
頭の上には空中を浮遊したドラムがいつでもブレスを吐けるように肺に空気を溜めて丸くなっていた。
墓場に入る鉄の格子の門をくぐると、一斉に土の中からゾンビが這い出し始めた。
所々に点在する霊廟からは武器を装備したスケルトンが飛び出して来ている。
「ドラム! ここなら遠慮はいらない、一発大きなブレスをかましてやれ!」
俺の合図を聞いたドラムが、更に空気を吸って丸くなり怒った河豚のような体になる。
次の瞬間、轟音とともに紅蓮の炎が口から噴出し、眼の前に炎の絨毯が広がった。
熱気が辺りに充満する。
炎が収まった後には墓場の面影は微塵も残っておらず、広大な焼け野原が広がっているだけだった。
一同唖然としてその場に立ち尽くす。
ドラムだけが得意そうにギャウギャウと叫び、俺の頭の上を飛びながら喜んでいた。
「凄すぎるわ……」
「予想を超えてました……」
「さすが旦那が使役する神獣でさぁ、辺りの魔物は一匹も居なくなりやした」
「凄いよ! こんな攻撃見たことない!」
四人はそれぞれ思い思いの感想を言っている、俺もブレスの威力に度肝を抜かれた。
「ドラム、よくやった。でもこの威力のブレスは狭い所では撃たないでくれよ、俺たちも燃えて無くなってしまうからな」
ドラムを抱き寄せ頭を撫ぜながら、目を見て優しく語りかけた。
(わかった)
俺と念話を交わし、首を縦に動かしてみんなにも了解したことを伝えた。
ドラムのお陰で戦闘もなく教会の入口に到達できた。
ワンさんが罠がないかを確認する。
鍵もかかっていないようなので、モーギュストが盾でガッチリと前方をガードしながら建物の内部に侵入した。
「わ~、凄いですね!」
アニーが内部の豪華さに感嘆の声をあげた。
扉を開けて入った先は大きな吹き抜けの礼拝施設になっていて、はるか先に祭壇が設けられていた。
床はツルツルに磨かれた大理石でできていて、鏡のように顔が映りそうだ。
だだっ広い空間には椅子などの家具は一切置いてなくて、遠くの床がよく見えた。
周りの窓は青を主体としたステンドグラスがはめられていて、何故か明るい光が差し込み幻想的な空間を演出している。
頭を上に向けてみると、アーチ状の梁が天井をささえていた。
気味が悪いほどの静寂が辺りを支配していて、俺達が歩くたびに足音が辺りに響いた。
「魔物の気配がないでやんすね、気味が悪いでやんす」
「敵が居ないなら楽でいいでしょ、早くボスの階層への階段を見つけて先に進みたいわ」
礼拝施設の真ん中を警戒しながら奥に向かってゆっくり進む。
祭壇がはっきりと見えてきた辺りで、かすかな異変が俺の警戒に引っかかった。
「なんか様子がおかしい、みんな最大の注意を払え」
全員が神経をとがらせてゆっくりと奥へ進む、特に変わったことは起こらず気を少し緩ませた。
突然、礼拝施設にパイプオルガンの音色が響き渡る。
その音の大きさは隣のアニーの声が全く聞こえないほどで、セルフィアに至っては耳を手で覆ってしかめ面をしているくらいだった。
そして俺達の周りの床から青白い顔をした半透明の人々がゆらゆらとせり上がってきた。
顔の表情は全員眠っている様に穏やかで目をつむっている。
見た瞬間に魔物のファントムだと確認できたが、衣装が豪華なローブを着てミトラと言う聖職者がかぶる帽子をつけていたことから、瞬間的に攻撃ができず後手に回ってしまった。
様子をうかがっていると身体が床から全て出た段階で、ファントム達が目を開いた。
『神聖な地を犯す不届き者達め! 神の裁きを受けるがいい!』
開いた目は血のように赤く輝いていて、この世のものではないことを物語っている。
怒りに顔を歪めてファントム達が一斉に攻撃をしてきた。
モーギュストが聖水をかけた盾を掲げて一番敵の数が多い場所に立ちはだかる。
ファントム達が一斉にモーギュストに群がり姿が見えなくなった。
しかし次の瞬間には数体のファントムが盾に吹き飛ばされ のたうち回った。
ファントムが鉤爪のような指を盾に弾かれ苦悶の絶叫を上げながら体を後ろに飛び退いた。
聖水の効果は絶大で、本来ならファントムに攻撃が当たらないモーギュストが、ファントムに対して有効な打撃を与えていた。
「キュア!」
アニーの呪文がファントム達を確実に浄化していく。
俺はセルフィアを守りながら刀で一体ずつ切り伏せていった。
その中で聖水をかけたダガーを両手に装備したワンさんは、ファントム達の間をすばやく動き周り、誰よりも多くのファントムを倒していた。
聖水をかけた武器の威力は凄まじいものがあり、一刺しで傷口から煙を吐きながら光の粒子になっていく。
今まではアンデッドに対して全く通用しなかったワンさんが、パーティー内での最大火力になっていた。
周りの敵を一掃して戦闘が終了した。
いつの間にかパイプオルガンの音色も止まっていて再び静寂が辺りを支配していた。
魔石を回収して俺に渡しながらワンさんが上機嫌に言ってきた。
「やっぱりあっしはダガーが使いやすいでさぁ、聖水のかかったダガーは強力な武器に変わりやした」
「確かにそうだな、この調子で敵を蹴散らしていこう」
「わかりやした!」
礼拝施設はなんにもないただの広い空間だと思っていたが、ワンさんの索敵によって隠し部屋や、ちょっとした隠し空間がいたるところにあり、お宝が眠っていることがわかった。
俺たちの手元の資金は溜まっていく一方で、一年前の貧乏暮らしはもう遠い昔話になってきていた。
礼拝堂を抜け広い通路に探索の矛先を向ける。
出てくる敵は礼拝堂で出てきたファントムやレイスなどの死霊系ばかりで、聖水で強化した俺達の敵ではなく、現れた瞬間に討伐されていった。
ー・ー・ー・ー・ー
ここで『大聖堂』に出現する敵を少しだけ解説していきたい。
『大聖堂』でもっとも出現率の高い魔物はファントムだ。
俗に言う亡霊や幽霊のことで実体が無く、身体が半透明で生者を憎しみ攻撃をしてくる。
物理攻撃が一切効かず、僧侶や魔法使いの呪文以外では魔法の剣などのマジックアイテムでなければ討伐できない。
次に多く出現するのはレイスという生霊に近いアンデッドで、凶暴性はファントムより低いがなぜかここ『大聖堂』のレイスは俺たちを見つけると問答無用で襲ってきた。
「今日の探索はこのくらいにして、早めに『コロニー』を見つけてキャンプをしよう」
俺がみんなに提案すると一斉に同意をしてくる。
いくら敵と相性が良くても慣れない戦闘が精神を疲弊させていた。
大聖堂の『コロニー』は聖職者達が暮らしていた『居住区』で、かつての居住者達が使っていた粗末な寝具や家具がホコリを被って置いてあった。
「アニー、悪いんだがこの部屋と隣の部屋、それに食堂にクリーンの魔法をかけてくれないか?」
「わかりました」
ホコリが舞う部屋でキャンプをするのが嫌なので、アニーに無理を言って生活魔法をかけてもらい小奇麗にした。
見張りの順番を決める。
最初が今日一番動き回ったワンさん、後でゆっくり寝てもらおう。
次がモーギュストでその次が俺だ、今回は女性陣二人には朝の見張りを頼んだ。
一人三時間ずつ見張ることにする。
たっぷり時間を取って探索の疲れを取ることにした。
家具を壁際に並べ直し中央にスペースを作る。
そこに古びているがまだ十分に使えるベッドを並べ今日の寝床にした。
隣部屋も同じ様に整理をする。
男女別に寝ることにしてみんなに通達した。
「ちょっとまって、あたし怖くて寝られないわ」
「大丈夫です私が居ますから」
セルフィアとアニーが二人で何やら言い合っている。
「二人ともどうしたんだ?」
「セルフィアが幽霊が出る所では怖くて眠れないと駄々をこねているんです」
「でも出るかもじゃなくてここには本当に出るのよ、考えたら眠れないわ」
「『退魔の香』も焚くし隣には俺達がいるんだから大丈夫だよ」
俺の話を聞いていたセルフィアは、何かをひらめいた顔をして俺に詰め寄ってきた。
「お願いレイン! 幽霊が出るエリアを通過するまででいいから一緒に寝てくれない?」
「はいっ!?」
おもわず変な声を出してしまい、隣のワンさん達が部屋に入ってきた。
「旦那どうしたんでやんすか、変な声が聞こえやしたが」
「今面白い声が聞こえたね、なんだか楽しそうだね」
二人ともニヤニヤしながら俺の顔を見ている。
(コイツラは話を聞いていたな)
「ワンさん、今日からレインはあたし達と寝ることにしたから、いいよね?」
「いいも何も旦那が決めることでさぁ、あっしらは旦那の判断に任せるでやんす」
「よかった、じゃあ決まりね! ワンさんとモギュっちは隣の部屋で、あたしとレインとアニーがこっちの部屋で寝るわ」
「おいおい! 勝手に決めるな、アニーの意見も聞かなくては駄目だろ。アニーは嫌だよな?」
話の流れでアニーに聞いてしまったが、俺は言ってから間違いを犯してしまった事に気づいた。
「レイン様と添い寝が出来るなんて夢のようです、ぜひお願いします」
鼻息荒く言い放ったアニーは顔を上気させて興奮していた。
「わかったよ! でも添い寝はしない、一緒の部屋で寝るだけだからな!」
恥ずかしくなって顔を真赤にした俺は二人に言った後、食事を作りに食堂に逃げていった。
退魔の香を食堂で焚き、念のために『居住区』の扉に家具でバリケードを築く、食事を早々に切り上げて早めの就寝となった。
「セルフィア、アニーなんでベッドをくっつけているんだ?」
今俺の目の前には部屋の真ん中に三つのベッドをピッタリと付けている二人がいた。
「幽霊が怖いのだから離れて寝たら意味ないでしょ」
「私がレイン様を悪霊からお守りします」
(二人とも何言っているかわからないよ、やっぱり隣の部屋で寝たほうがいいな)
後ろを振り返り隣へ移動しようとしたら、セルフィアが泣きそうな声で俺を止めてきた。
「お願いレイン! 行かないで、あたしを見捨てないで!」
言葉だけを聞いているとまるで俺が悪いやつみたいじゃないか。
「本当に三人で寝るのか?」
ベッドの横に立ち尽くし二人を見ながら尋ねる。
「もう眠たいから早くこっちに来て、レインは真ん中に寝てね」
セルフィアがベッドの上に座り、手招きして俺を呼んでいる。
まずいと思ったとき脳裏に電光のごとく名案をひらめいた。
「セルフィア、いいこと思いついたよ。ドラムを貸してあげるから抱きまくらにして寝れば怖くないんじゃないか? 抱き心地抜群だぞ」
ドラムを探すが見当たらない、いつも俺の周りを浮遊しているのだが……。
「ドラムちゃんなら私が抱いてますよ、レイン様と寝ましょうと言ったら喜んで飛びついてきました」
アニーを見るとドラムは腕に抱かれて既に夢の中へ旅立っていた。
万策尽きた、俺は覚悟を決めてセルフィアとアニーが寝そべるベッドへ入るのだった。