22.嬉しい朝
一週間が経ち試用期間が過ぎて、モーギュストが正式に『白銀の女神』に加入した。
盾職が加入したことによって防御面が飛躍的に向上し、安定した攻撃ができるようになり『地下墓地』十三階層も余裕を持って攻略できた。
「あれは十四階層への階段だね、これで『地下墓地』ともおさらばだね」
先頭を進むモーギュストが、十四階層へ続く階段を発見し嬉しそうに報告してきた。
「あ~よかった、ゾンビはもういいわ」
みんなも『地下墓地』には懲り懲りのようで安堵の表情が見て取れた。
「セルフィアの姉さん、安心するのはまだ早いでやんすよ。十四階層はレイスやファントムなどの死霊系の敵がわんさか出やすからね」
「たしかにそうよね、気が滅入るわ」
「死霊系は僧侶の得意分野です。私に任せて下さい」
「アニー、頼りにしてるよ」
「はい! レイン様!」
気を引き締めて十四階層へ階段を降りて行った。
十四階層に降りた『白銀の女神』の一行は、目の前に広がる光景に言葉が出なかった。
「教会ですね……」
アニーが複雑な表情を浮かべて言葉少なにつぶやく。
階段を降りると血のように赤い黒い空が広がっていて、丘の上に教会の建物が建っていた。周りは墓地になっていて朽ちかけた墓が無数にあり、チラホラとゾンビが徘徊している。
「ワンさん、ゾンビ居ないって言ってなかった?」
「言っていやせんよ。あっしはただ死霊系の敵が多いって言っただけでやんす」
「そうだったかしら? どっちにしろ嫌な階層には違いないわね」
石碑に近寄り手をかざす、全員がかざし終わった所で今回の探索を終えて街に帰還した。
恒例になりつつある食事を兼ねた作戦会議を、宿屋の食堂で今日も開催する。
まだ早い時間だったので、食堂は宿泊客が居なくて貸切状態だった。
『白銀の女神』も大所帯になりつつあり、テーブルは賑やかになってきた。
まず俺が座ると両脇にセルフィアとアニーが当然のように腰掛けてくる。
三人並んで座っても狭くない長椅子だが、二人は俺にピッタリとくっついてくるので狭く感じる。
しかし、いつものことなのでもう慣れた。
俺の前にはワンさんと新加入のモーギュストがゆったりと座る。
ドラムは俺の膝の上がお気に入りだが、セルフィアやアニーが途中から奪って行き、二人の間を転々と移動させられていた。
「まず、十四階層のことをおさらいしておこう、ワンさん説明よろしく」
「わかりやした、『ミドルグ迷宮』十四階層、通称『大聖堂』。階段を降りると教会がありやしたが、教会の内部に入ると宗教施設特有の荘厳な空間が広がっていやす。面積も広大で一日の探索では攻略するのは困難でさぁ。全体的に陰気な雰囲気があり、出てくる敵もレイスやファントムなど死霊系の魔物が大半を占めているでやんす」
「それじゃキャンプすることになりそうね」
セルフィアが少し嬉しそうに俺の顔を見る。
(そんな嬉しそうな顔で見ないでくれよ、また美味いものを市場で仕入れなければならないな)
「俺から少し補足するが、『大聖堂』の魔物は普通の物理攻撃が効かない敵が多い、そこで教会に聖水を売ってもらって持っていき、武器にかけてダメージを稼ごうと思う」
「ちょっと質問していいかな? キャンプするのに物資を大量に持って行かなくてはいけないから、その他に聖水を持っていくのは大変だと思うよ」
大人しく聞いていたモーギュストが、もっともな疑問を投げかけてきた。
俺はモーギュストを除く『白銀の女神』のメンバーに目配せしてうなずくと、食堂を見渡し聞き耳をたてている奴が居ないのを確認して、俺の秘密を話し始めた。
女神イシリス様のこと、俺が異世界から来たこと、スキル『健康』のこと、ドラムのこと、いちいち驚きながら聞いていたモーギュストは、巾着袋を見せて物資の心配はいらないことを説明すると、俺を尊敬の眼差しで見てきて全てを納得した。
「レインさんすごいよ! 『白銀の女神』が『完全階層攻略者』になれたわけも納得できたよ」
すんなりと話を納得したモーギュストは、ワンさんに続き俺の熱狂的な信者になってしまった。
「レインの旦那に付いていけば間違いはないでやんす。あっしらは幸運だということを自覚して、ご奉公しなくてはいけないんでやんすよ」
モーギュストに向かって酒に酔ったワンさんが真剣に言い聞かせている。
(ワンさんが更に俺を盲信しているぞ、怖くなってきたな)
「明日は臨時休業にして各自『大聖堂』攻略のために準備をしてくれ、俺は市場に行って食材の買い出しや物資の調達をしてくるよ」
「あたしも行く! レインとデートよ」
「抜け駆けは許しませんよ! 私もお供します」
二人が俺を挟んでじゃれ合い始めた。
ドラムをセルフィアから奪い返し俺の膝の上に乗せる、餌の肉をたらふく食べたドラムは、嬉しそうに一声鳴くと丸まって目をつむった。
ー・ー・ー・ー・ー
モーギュストは俺を盲信しているワンさんのすすめで『雄鶏の嘴亭』に引っ越してくることになった。
二人で俺を警護すると息巻いていたのでやんわりと断り、いつもどおりに接してほしいとお願いした。
俺はセルフィアとアニーそしてドラムを引き連れて、市場に買い出しに来ていた。
美味しいものはないかといろいろ物色するが、目新しい食材はなく結局肉を中心にいつもの食材を買い込んだ。
一通り市場の買い出しが終わったので、アニー達が以前に身を寄せていた女神教の教会に行く。
教会に行く目的は聖水を手に入れることと、久しぶりに女神様にお供えをすることだった。
教会についた俺達はまず女神像にお祈りをしてお供えをした。
その後に教会のシスターに聖水を分けてもらうため、アニーに交渉を任せ俺とセルフィアは外で待つことにした。
程なくしてアニーが教会の中から出てきて俺に近付いてきた。
「いまシスターとお話をしてきたのですが、ほしい聖水の量が多すぎてこの教会だけでは賄えないと断られてしまいました。それにお布施の方もそれなりに要求されてしまい、断念して戻ってきました。申しわけありません」
「そうかしかたがないよね、他の方法を考えよう」
何となくこうなるような予感はしていたので、あまり落ち込みはしなかった。
それに別の調達方法も頭の中に漠然と考えていたので、あっさりと教会を後にした。
宿屋に帰り俺の部屋に集合する、俺はアニーに聖水のことを詳しく聞いた。
「そもそも聖水というのはどういうものなのか教えてくれないか?」
「わかりました、聖水というのはその名の通り聖なる力が宿る水のことです。製法は教会の司祭以上が、朝のお祈りの際に女神様に捧げた水を、女神イシリス様が祝福して出来ると言われています」
「なるほどわかりやすかったよ」
多分そんなところじゃないかと思っていた。
「アニーは聖水を作れないのか?」
「私は村の教会では助祭だったので聖水を作る資格がありませんでした。厳格な掟を守って修業していましたので、練習で作ったこともないです」
「俺は教会のことは全くわからない、しかしアニーのイシリス様への思いは直接本人から聞いてきたんだ。俺が死にそうになったときに祈っていたのを見逃せなかったと言ってたよ。だから今ならアニーの祈りをイシリス様は聞き届けてくれると思うんだよ」
俺の話をアニーは真剣な表情で聞いている。
「アニー、『白銀の女神』のために聖水を作ってくれないか、もちろん俺も一緒にイシリス様にお祈りするよ」
俺の顔をじっと見つめていたアニーはゆっくりした口調で話し始めた。
「わかりました、レイン様が一緒に祈っていただけるのであれば、イシリス様も聞き届けてくれると思います。なぜならばレイン様はイシリス様の加護を持っているのですから。ぜひ私に聖水を作らせて下さい。」
アニーは快く俺の依頼を引き受けてくれた。
聖水は明日の朝早くに作ることになった。
夜明け前、朝のまだ日の出ていない暗い内に起き出して身支度を整える。
ベッドの上を見るとドラムが気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ドアがノックされる。
静かにドアを開けると聖職者の白いローブを着てフードを被ったアニーが居て俺に挨拶をしてきた。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
俺はアニーの穢れのない美しさに一瞬言葉を失い立ち尽くした。
「どうしたんですか? 部屋の中に入れてもらってもいいですか?」
不思議そうに俺を覗くルビー色の瞳が、夜明け前のまだ暗い廊下にやけにはっきりと見ることができた。
「ああ……、ごめん入ってくれ。それからおはよう、今日はよろしくおねがいします」
アニーを部屋に招き入れ、昨日の内に作っておいた即席の祭壇に向かう。
祭壇には供物としてイシリス様が喜びそうな果物や穀物を供えてあった。
そして祭壇の前には場違いな木の樽が二樽、置いてあった。
樽のなかには波々と水が張られており、透明な水が樽の底をのぞかせていた。
今回この大量の水で聖水を作って、『大聖堂』の攻略に役立たせたいと思っていた。
「では朝のお祈りを始めたいと思います。レイン様は跪き、目を閉じてイシリス様に感謝の祈りをお願いします。聖水の方は私が作法に則り制作します」
二人して祭壇の前に跪き儀式が始まった。
目を閉じて祈りを捧げていると、アニーが聞き取れないほどの小さな声で祈りの言葉を囁いているのが聞こえてきた。
その祈りの旋律が妙に心地よくて瞑想状態になっていく。
いつしか何も考えられなくなり心の深いところへ落ちていった。
「……レイン様、レイン様終わりましたよ。儀式は滞りなく終了しました」
いつの間にか寝ていたようだ。
「アニー、申しわけない寝てしまったようだ、恥ずかしいな」
「朝の祈りは慣れないと寝てしまう方もいるようですね。レイン様は初めてなのでしかたがないですよ」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ。ところで聖水はどうなった?」
「成功しました、見えますか? 出来上がったばかりの聖水はほんの少し光っているのです」
言われてみて注意して見るとたしかに淡く発光していた。
「良かったねアニー、君の思いはイシリス様に届いたよ」
教会の関係者でもなく、元司祭でもないアニーが聖水を作った。
それはすなわちアニーはイシリス様に認められているということだ。
うっすらと目に涙を浮かべ、うれしそうにうなずくアニーの顔は朝日に照らされて神々しく見えた。