2.単独迷宮探索者
不慮の事故で死んでしまった天地蓮は、女神様に異世界に転送してもらえることになった。
第二の人生を異世界でスタートさせることになり、期待と不安を抱えながら異世界に旅立った。
目を覚ましたら薄暗い部屋にいた。
ゆっくりとあたりを見渡す、そこは狭い空間だった。
壁は加工の荒い無垢の板材、窓にはガラスがはまってなく木戸があるだけだ。
背中がチクチクするなと思って起き上がり下を見ると、藁でできた粗末なベッドがあって、清潔だが妙に薄い毛布が一枚、足元に丸まっていた。
身体を見ると簡素な見慣れぬ服を着ていて、足元の床には革のサンダルが置いてあった。
枕元の横にある机の上には、革の巾着袋が一枚置いてあり、その横にはコンビニ弁当が入った袋が置いてあった。
俺がマンホールに落ちたときに身に着けていた服やスマホ、財布に至るまで日本で暮らしていた時の物は一切なくなり、コンビニ弁当だけが唯一こちらに持って来られた日本のものだった。
(夢ではなかったんだな)
神様とのやり取りを思い出し、異世界に来たことを再認識した。
お腹がグウと鳴った。
コンビニ弁当を手に取り蓋を開けると、温めてもらったはずの弁当は冷えて油が固まっていた。
無言で弁当を食べる。
俺が暮らしていた日本との接点は、コンビニ弁当だけだとふと感じ、無くなっていく弁当を見て妙に泣けてきて目から涙がこぼれた。
弁当を食べ終えた俺は巾着袋が気になり、手に取って調べてみた。
外見は至って普通の革の袋だ、口を縛っている紐の先には根付と呼ばれる留め具があって見慣れない文様が彫ってあった。
袋の口を開けてみるが不思議なことに中を覗き込んでも何も見えなかった。
恐る恐る手を入れてみる。
頭の中に袋に入っている物のリストが浮かび上がってきた。
入っている物が頭に浮かび上がるなんてありえない話だが、何故か納得してしまい違和感なく物を取り出せた。
最初に取り出したのは数枚の硬貨だ、銅貨や銀貨そして金貨まであり、金貨を持つとどっしりと重く、本物の金で出来ているように感じた。
それぞれ数枚ずつ袋に入っていて、価値はわからないが、もしこの硬貨が使えるなら、数日で餓死なんてことは避けられそうだ。
次に手を入れて取り出したのは卵だった。
(お、食料ゲットだぜ!)
鶏の卵そっくりの形をしていて大きさも同じ位、しかも色が白いので本当に鶏の卵かと思った。
表面が妙に光沢を放っていて手に持っていると何故かありがたい気持ちになった。
卵をそっとベッドの上に置き、更に巾着袋の中身を取り出す。
最後に入っていたのは一枚の紙切れで、きれいな文字で長い文章が書いてあった。
『この文章を読んでいるということは無事異世界に転移を出来たということですね、おめでとうございます。これからあなたは一人で異世界を生き抜かなければなりません、大変でしょうが頑張るしか無いのです』
(チャンスをくれただけでもありがたいことですよ)
『巾着袋は無限収納になっています。それから巾着袋に入っている硬貨は全て使えるお金ですよ、それは私からの餞別です。そして卵が入っていたはずですがもう見ましたか?』
(見ましたよ、なんですかこれは)
『それは私からのプレゼントです、大事に育てればあなたの助けになってくれるはずです、くれぐれも食べないようにするんですよ』
(女神様は何でもお見通しですね、危うく食べてしまうところでしたよ)
『これで私はあなたに一切干渉しませんので自由に生きて下さい、あなたが幸多き人生を送れることを願っています、さようなら。 イシリスより』
(いろいろ気を使っていただいてありがとうございました)
神様に心の中でお礼を言って手紙を閉じた。
巾着袋は無限収納袋だった、これだけでもすごい能力をもらったことになるな。
しかしこの卵、何の卵だろう? すごく気になるけど神様にもらったものだから大切にしようかな。
硬貨を巾着袋に戻してコンビニ弁当の空の容器もビニール袋に入れて巾着袋に入れた。
卵をどうするか悩んだが、懐に入れて温めることにした。
窓の外を覗いてみると外はいい天気で通行人がたくさん歩いていた。
みんな同じ様な簡素な服装をしていて、俺の着ている服と変わりはない。
着ている服がこの時代の平服だとわかり少し安心した。
いつまでも部屋にいるわけにもいかないので、巾着袋を腰につけサンダルを履いて廊下に出てみた。
廊下も加工の荒い無垢の板材で出来ていて、歩くたびに大きな音が鳴った。
俺が泊まっていた部屋は二階の一番奥の角部屋だったようだ、長い廊下を歩き階段を下って一階に降りた。
「お客さん起きたか、昨日は心配したよ、よく眠れたか?」
宿屋のおじさんが気さくに声をかけて来る。
「え? ああ、ぐっすり眠れましたよ、ありがとうございます」
記憶にはないが昨日心配かけたようだ、とりあえずお礼を言っておこう。
「それはよかった、朝ごはんが出来ているから食堂に行って座っていてくれ」
おじさんは笑顔で奥の部屋を指し示した。
食堂の椅子に座って一息ついて今後のことを考える。
今すぐには食うに困ることはなさそうだが、十日、二十日経てばどうなるかわからない、お金に余裕があるうちに仕事を探さなくてはいけないな。
日本で仕事がなく死んでしまい、異世界でも就職活動するなんて泣けてくるな。
では、何の職業に就こうか、真剣に考える。
やはり異世界と言ったら冒険者じゃなかろうか、ちょっと憧れていたんだよ。
よし決めた、冒険者になるぞ。
仕事のことを考えていると、おじさんがスープとパンを持ってきた。
「おかわりは自由だからいっぱい食べてくれな」
「ありがとうございます、いただきます」
さっき弁当を食べたばかりだが、断るのも失礼なのでパンを取って食べ始めた。
一口かじったが堅くて歯が立たない、歯は丈夫なはずなのだが。
食べるのに苦戦しているとおじさんが見かねて俺のところに来た。
「お客さん、パンはスープに付けてふやかしてから食べるんだ」
俺のパンを取り上げて手で半分にちぎり、スープに浸して俺の手に握らせた。
俺はパンを口に持っていって思い切ってかじってみた。
スープを吸ったパンは歯でかじる事が出来るくらいに柔らかくなっていた。
パンは味があまりなく、スープは塩味しか付いていない。
お世辞にも美味しいとは言えず、パン一個食べるのが精一杯でスープもおかわりはしなかった。
「お客さん、やっぱりまだ体調が悪いんじゃないか? 昨日青白い顔でやって来たときはびっくりしたよ、もう少し部屋で休んで行くか?」
(おじさんいい人だな、俺のことを気にかけてくれてとてもありがたいな)
「大丈夫ですよ、それより冒険者ギルドとかありませんかね、行ってみたいんですよ」
「ギルドなら斜向かいの三階建ての大きな建物がそうだ。そろそろ空いてくる時間帯だから行ってみるといい」
「ありがとうございます、今から行ってみます。あと宿代は払いましたか? 昨日のことをあまり憶えていないので教えて下さい」
「宿代は先払いでもらっているから心配ないよ、でも本当に休んでいかなくて大丈夫か?」
「大丈夫です、また後で泊まりにきますよ」
俺はおじさんにお礼を言って宿屋を後にした。
冒険者ギルドは宿屋から見える位置にあって、確かに頭一つ大きな建物だった。
立派な門構えをしていて中に入るのに少し戸惑った。
扉の横には強面の男達がたむろしていて、俺のことを睨んでいる。
回れ右して宿屋に逃げ込もうかと思ったが、意を決して中に入って行った。
ギルドの中は吹き抜けのエントランスになっていて、奥に受付がある作りになっている。
職員が何人かいて冒険者たちの相手をしていた。
「すみません冒険者になりたいんですが」
受付の綺麗なお姉さんに声をかける。
「探索者ギルドへようこそ、この用紙に必要事項を書いて下さい」
一枚の記入用紙を俺に渡し営業スマイルをする受付嬢。
紙を受け取るとお礼を言ってから受付の横の記入所で書いてある内容を見た。
大したことは書いておらず、空欄に必要事項を記入していく。
[名前……レイン・アメツチ、 出身地……ニホン、 職業……無職、 特技……特に無し]
名前をレインにしたのは、本名である天地蓮と決別する意味も少しだけあった。
出身地はニホンだが多分わからないだろう、あとは無職、特技なし。
特技がなにもないなんて、日本で就職出来なかったのもしょうが無いな、なんか悲しくなってきたぞ。
受付に記入用紙を持って行くと特に問題なく冒険者になれた。
注意事項などを聞き、パーティーを組むことを奨められた。
それから受付嬢さんは大事なことを教えてくれた。
この街の名前は『迷宮都市ミドルグ』と言って、迷宮の上に建てられ迷宮に依存している。
ミドルグで冒険者になると言うことは、迷宮を探索することを生業にすることなのだそうだ。
そして、この街の人間は冒険者のことを探索者と呼んでいると教えてくれた。
あっけなく無職を抜け出し探索者になった俺は、日本では考えられない位の危険な職業に就いてしまった。
何の保証もない異世界での探索者、全てが自己責任で比較的安全なのは町の中だけだそうだ。
その街なかでも一歩裏通りに足を運べば、身ぐるみ剥がされても文句は言えないらしい。
現代日本の中年男が裸一貫異世界転移したら、すぐ死んでしまうのは合点がいくな。
パーティー推奨ということなので、ギルドの一角のパーティー斡旋所に足を運ぶ。
受付のおじいさんにパーティーを紹介してもらおうと話しかけた。
「すみません、パーティーを組みたいのですが……」
「帰れ」
「え? 探索者になったのでパーティーを組もうとして来たのですが」
「帰れと言ったんじゃ、聞こえなかったのか?」
俺を見もしないで吐き捨てるように言うおじいさん、いやジジイと言おう。
「なんでですか? ここは斡旋所って書いてありますよ」
俺が食い下がると面倒くさそうに一息つき、渋々訳を話し始めた。
「お前、探索者になったからパーティーを斡旋してくれって言うけどな。武器も持っていない、防具も付けていないタダの町人風情が、探索者パーティーに入れてもらえると思っているのか? 命を預け合う大事なパーティーに丸腰でやって来たお前を見て、「ハイどうぞお入り下さい」と入れてくれるはず無かろう。寝言は寝て言うもんじゃ、わかったらさっさと出ていけ、邪魔じゃ」
言われて今の俺の格好に気づいて、顔から火が吹き出しそうに恥ずかしくなった。
周りの探索者たちが遠巻きに見ていて笑っている。
「武器や防具を買ってから来たってもう遅いぞ、おまえの馬鹿面はここに居る奴らに覚えられた、誰もお前と組みたいやつなんか現れないぞ。迷宮を探索したいなら一人で行くことじゃな、お前みたいな考えなしのことを『単独迷宮探索者』と言うんじゃ。せいぜい死なないようにすることじゃな」
下を向き逃げるようにギルドを後にする、後ろから汚い野次と俺を馬鹿にする笑い声がいつまでも聞こえていた。
俺は異世界に来て一日も経たない内に、パーティーを組めなくなるという痛恨のミスを犯し、『単独迷宮探索者』としての活動を余儀なくされてしまった。