194.『白銀の女神』の敵ではない
今更ながら巾着袋の新たなチート機能を発見した。
巾着袋は生きているものでも中へ入れることが出来るようだ。
広場を出発して帝国領の山岳地帯に分け入る。
急な斜面や道なき道を『身体強化』を使って難なく踏破していった。
先頭はモーギュストとワンさん二人が受け持つ。
その後ろにはセルフィアとアニー、更にニコニコしたリサが続く。
リサは鬱蒼と茂っている森の中が大のお気に入りのようだ。
スキップしながらそこかしこを探索してご満悦だ。
「お兄ちゃん! きのこ生えてるよ!」
満面の笑みを浮かべてリサが手招きしている。
今から凶悪な魔物を討伐に行くことなど忘れているようだった。
本当ならリーダーの俺はリサをたしなめなくてはいけない。
しかしごきげんなリサを見ていると、ニヤケてしまうぐらい可愛くて、とてもじゃないが注意することは出来なかった。
「どれどれ、何のきのこだろうな、よくわからないけど取っておこうか。後できのこ汁にして食べよう」
日本の舞茸に似たきのこを袋に入れる。
数時間の探索で相当な量のきのこや山菜が俺の巾着袋の中に溜まっていた。
「うん! 楽しみね!」
リサはニッコリ笑うと次の獲物を求めて俺の元を離れていった。
(今夜はきのこや山菜の天ぷらでもしてみようかな)
美味しそうに天ぷらを食べるリサたちを思い浮かべ、ニヤケてしまった。
「レ、レイン様、そのきのこ虫が湧いてますよ……。食べられないんじゃないでしょうか……」
俺が楽しい妄想をしていると横から話しかけてくる人物がいた。
それはさっきから右腕に張り付いているエレオラだ。
エレオラはアニーにバリアをかけてもらっても、一人で森の中を歩けなかった。
ちょっとした羽虫の飛ぶ音や、地面の蟻にまで過剰な反応をする。
終いには一歩も歩けなくなって、その場に固まり半べそをかいてしまったのだ。
仕方がないので俺の腕にしがみつかせ、半ば抱えるようにして俺がここまで連れてきたのだ。
美人なエレオラがぴったりとくっついてくれるのはとても嬉しいのだが、事あるごとにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるので、少々げんなりしていた。
「エレオラ、野生のきのこは全て虫がついているものだよ。食べる前に下処理をすれば虫は取れるから問題ないんだぞ」
「そうなんですか、出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
しゅんとしたエレオラは目に涙をためている。
彼女が虫嫌いという弱点持ちだったことを知っていたら連れてくることはなかっただろう。
(少し可哀相なことをしたな、早く虫に慣れてくれることを祈るしかないな。まあ、無理だろうなぁ)
足に力が入っていないエレオラのウエストを抱えて、前を行く仲間たちのもとへ足早に歩いていった。
午後の遅い時間になると森の様子も一変してくる。
『ミドルグ迷宮』程ではないにしろ、この辺りは強い魔物が出る場所で有名だ。
夜の森は強い魔物たちの活動時間で、そろそろ魔物たちがねぐらから出てくる頃だった。
暗さが増した森のあちこちから凶悪な叫び声が聞こえてきた。
「おおおお! やっと魔物らしい気配が漂ってきたよ!」
一番前を歩いているモーギュストが嬉しそうに叫んでいる。
昼に出てきた狼や熊などは、彼に言わせれば子猫と同じで可愛いものらしい。
頭を撫でる代わりに短槍でちょちょっと突くと、大きな熊でも一撃で即死していた。
爆散してしまうと肉が取れないので手加減させていたが、あまりにも脆すぎるので短槍が当たった場所は大きくえぐれてしまっていた。
「旦那、前方の上空を大きめの物体が近づいてきやす。恐らく魔物だと思われやす。敵の数は……、十四、五体でやんす」
ワンさんがきっちり数まで報告してくる。
しかし、迷宮と違いそれほど緊迫していない声色だ。
モーギュストと同じでワンさんにとってもこの辺の魔物は大して脅威ではないのだろう。
俺は『気配探知法』で、十四体の魔物が木の間を飛行しながら近づいてくる様子が手に取るようにわかっていた。
そしてその少し後ろからは一回り大きな個体が迫っていることも感じ取れていた。
「レイン様! 大変ですよ、十数体の魔物の群れなんて勝てる訳ありません! 早く逃げましょう!」
俺に抱えられているエレオラは、真っ青な顔をして足をばたつかせている。
彼女は俺達の本気の戦闘を見ていないので、魔物の数に慌てふためいていた。
「エレオラうるさい、少し黙っていろ。それから暴れるな、落ちたら体が蟻だらけになるぞ」
手足をばたつかせて大興奮のエレオラを一喝する。
蟻まみれになると言われたエレオラは急におとなしくなった。
「よし、女性陣は固まって自分たちを守れ、ワンさんとモーギュストは敵の排除、俺はエレオラを抱えているから手が離せない」
仲間たちに指示を出しながら片手で刀を抜き去る。
エレオラを片手で抱き寄せながら刀を正面に構えた。
「ワンさん、モーギュスト、敵は中型が十四体、その後ろから大型が一体だ。恐らくこの地方に生息しているハーピーだと思われる。将軍からもらった魔物図鑑によれば、手強い敵らしいから気を引き締めていけ」
「わかりやした」
「オッケー」
ワンさんたちから『身体強化』を強めた魔力の波動が伝わってきた。
二人とも少しだけ本気を出すようだな、これでひとまず安心だろう。
「来るぞ!」
前方の木々がざわめき大きな鳥の姿をした魔物が姿を現した。
風を上手に操って木々の間を滑空してくる。
その姿はとても奇妙で、うす気味が悪かった。
一言で言えば鳥人間。
頭から上半身にかけては人間の女性に酷似している。
しかし顔は目が釣り上がり口は裂けていてお世辞にも美人だとは言えない。
裸の胸はむき出しだが、流石にそれを見て興奮はしなかった。
腕の部分は大きな鳥の羽で、下半身は鋭い四本の鉤爪が付いた鷲のような足が付いていた。
終始ギャアギャアとうるさく鳴きながら突進してくる。
なかなか鋭い急降下で先頭のモーギュストに攻撃を仕掛けた。
「おらぁ!」
気合を込めたモーギュストの短槍が、まともにハーピーの顔面を突き刺す。
顔が弾け飛んだハーピーはそのままの速度で落ちてきた。
「オッス!」
更にモーギュストの壁盾が、頭がなくなったハーピーの体を殴りつける。
今回は『シールドチャージ』を使わなかったみたいで、ハーピーの体はボコッという鈍い音とともに数メートル吹き飛ばされて地面に転がった。
「大した魔物じゃないね、つまらないな」
モーギュストにとってはハーピーなどは敵ではない。
がっかりした彼は壁盾を前面にして防御姿勢を取った。
「ヘイト!」
盾職定番の魔法『ヘイト』、敵を自分に引きつける自己犠牲の魔法をモーギュストは唱えた。
十数体のハーピーが一斉に彼に群がる。
そこへすかさず女性陣から攻撃が加えられた。
「ウィンドカッター!」
「ホーリーショット!」
セルフィアとアニーがお得意の攻撃魔法をハーピーたちに撃ちかける。
更にリサがミスリルの弓で矢を放っていた。
不可視の刃や聖なる気弾、更に精霊に導かれた矢が一斉にハーピーたちに突き刺さった。
派手な音などはないが、ハーピーたちは細切れや爆散、そして矢に貫かれてバタバタと地上に落ちていく。
落ちると同時にワンさんが止めとばかりに魔法の双短剣でハーピーたちの首を刈り取っていった。
「よし、みんないいぞ! 後は最後の一体、大型のハーピーだけだ!」
前方から怒りの咆哮が聞こえてきた。
風切り音を立てながら大型のハーピーが突っ込んでくる。
上半身裸の鳥の姿。
先程のハーピーたちと何ら変わらない。
変わっているとすれば容姿が男性の姿をしていることだけだった。
この魔物たちはさしずめ大型の男性型ハーピーのハーレムだったのだろう。
自分の牝をことごとく殺されたボスハーピーは、怒りの形相で突っ込んでくる。
(なんとも芸のない攻撃だな、正面からの攻撃などモーギュストには効かないぞ)
俺はボスハーピーの攻撃方法に正直がっかりさせられていた。
この辺を牛耳っているであろうハーピーが、なんとも締まらない攻撃しかしてこなかったのだ。
仲間たちも同じようで、こちらから積極的には攻撃には出なかった。
一陣の風が辺りに吹き荒れる。
何事かと思ったら俺の後ろからドラムが超高速のスピードでハーピーめがけて飛び込んでいった。
ボスハーピーは避けることも出来ない。
体の真中部分をドラムの体と同じ大きさに撃ち抜かれる。
ドラムはボスハーピーと同じ攻撃、体当たりを食らわしたようだった。
同じ体当たりでもドラムのそれは桁違いの攻撃力だった。
体を撃ち抜かれたボスハーピーは即死して力なく地上に落ちた。
ハーピーたちの身体が光の粒子になって消えていく。
終わってみればなんてことはない、ただの雑魚魔物だった。
「今のドラムの攻撃見た!? あれ僕に当ててくれないかな、防げるかどうか微妙な攻撃だよ!」
モーギュストがドラムの攻撃を見て物騒なことを言っている。
間違っても試さないように後で言っておかないといけないな。
ドラムが戻ってくるとみんなドラムを囲んで騒ぎ出した。
ドラムは褒められて揉みくちゃにされている。
嬉しそうなドラムを見ながら俺も嬉しくなってしまった。
隣でエレオラが目を見開いてビックリしている。
(まだまだ実力の十分の一も出していないぞ、こんなことで驚いているようでは先が思いやられるな)
「よし、敵は全滅した。魔石を回収した後、今日の野営地を決めよう」
「「「「「「了解!」」」」」」
エレオラ以外の全員が余裕の返事を元気にしてきた。
所詮は地上の魔物、俺達の敵ではない。
この時俺は目的のエルダードラゴンも、大したことがないのだろうと高をくくっていた。
それが間違いだったことを、後で思い知ることになるのだった。