191.ブランケン地方の危険魔物
エレオラは王国が俺を監視するために送った間者の可能性が高かった。
俺も黙って監視されるつもりはない、ワンさんに隠密裏にエレオラを監視させるのだった。
将軍は脂汗をかきながらソファーへ座り直した。
ワイングラスを勢いよくつかむと、がばがばとワインを胃に流し込んでいった。
「勇者様、もうあのようなことはしないで下さい、寿命が縮む思いがしましたよ。魔物のことはお教えしますが、私が討伐を止めたことを心に留めておいて下さい」
「将軍のお気持はよくわかりました、それでも知りたいのです。教えて下さい」
「古いこの地方の言い伝えでこういったものがあります。『八岐に分かれし大蛇の鎌首を刈り取る者、世界を統べる宝剣を授かる』。この言い伝えでも分かる通り、八本の首を持つドラゴンがこの山奥に生息しているそうです」
将軍はおもむろに立ち上がると、執務室の本棚に向かった。
そして一冊の分厚い本を取り出してきた。
それは帝国の司令官が集めていた書物の一冊で、背表紙には『ブランケン地方の危険魔物図鑑』と書いてあった。
将軍はソファーに座り直すと書物を俺に渡してきた。
「その本の最後の方に勇者様が探している魔物が載っていますよ」
将軍はワインの瓶を片手に豪快に飲みだした。
(将軍はアル中の疑いがあるかもしれないな……)
将軍を放って置いて本を開く。
始めのページの方は大した魔物は載ってはいなかったが、後ろをめくっていくとどんどん凶悪な魔物が掲載されだした。
俺たちが『名もなき迷宮』で倒したトロルが最後の方に載っている。
トロルはこの地方でも大変珍しい魔物らしく、幾つもの山を超えて相当な山奥へいかないと出会えないと書いてあった。
さらにめくっていくと一番最後のページにお目当ての魔物が載っていた。
生息しているところの詳しい地図が載っていて、その後に魔物のことが細かく書いてあった。
【エルダードラゴン】
老いたドラゴンが変異した魔物。
年月を重ねるほどに首の数が増えていく。
各首はそれぞれ異なった属性の性質を持つ攻撃をしてくる。
少人数で勝てる限界は三岐までである。
それ以上のドラゴンを見たら速やかに退却したほうがよい。
備考…… 火、風、水、土、闇、光、無、混沌などの属性攻撃がある。
丁寧な解説とともに大きなドラゴンの挿絵が載っている。
その絵に書いてあるドラゴンは首が多数あり、それぞれ違うブレスを吐いていた。
「どうですか勇者様、とても人間が勝てる魔物ではないでしょう? 悪いことはいいませんから討伐は諦めて下さい」
ワインで赤くなった顔で将軍が討伐を止めてくる。
「いえ、これならなんとかなりそうですよ、明日現地へ向かいます。帰ってきたら国王陛下への親書を渡しますので、使者の方にはそれまで待っていてもらって下さい」
「本当に行くつもりですか!? 私は止めましたからね、後はお好きにして下さい」
将軍は呆れ果ててさじを投げたようだ。
丁寧にお礼を言って退出しようとすると、魔物図鑑をもたせてくれた。
「何かの役に立つかもしれません。今から勇者様たちが向かう先には、ドラゴンの他にも多数の手強い魔物が生息しています。どうかご無事で帰ってきて下さい」
酔っていると思っていたが、真剣な目をして将軍は挨拶をしてきた。
「ありがとうございます、必ず良い報告を持って帰りますよ」
俺は図鑑を抱えると執務室から退出した。
ー・ー・ー・ー・ー
久しぶりに素面で部屋へ戻ってくる。
俺の帰りを待っていた仲間たちが心配そうに近寄ってきた。
「レイン今日は酔っ払ってないのね」
少し残念そうにセルフィアが言う。
「明日早く山奥へ探索に出るからね、二日酔いで動けなければ駄目だろう?」
「そうね、それで何かわかったの? ワンさんからレインが魔物の情報を聞きに行ったって聞いたわ」
「そのことについて今から簡単に報告するよ、みんな集まってくれ」
仲間たちをソファーへ座らせて詳しく説明をしていく。
「将軍から魔物の情報を無事聞き出してきたぞ。その魔物はこいつだ」
俺は脇に抱えていた『ブランケン地方の危険魔物図鑑』をテーブルの上に広げた。
広げたページはもちろんエルダードラゴンの欄。
そのドラゴンの挿絵を見た仲間たちは、時が止まったように動かなくなった。
「レ、レイン、これ何かの冗談でしょ? 首がいっぱいあるドラゴンが書いてあるわ……」
「おぞましい姿ですね、きっと邪神の創造した魔物ですね」
「旦那、こいつはやば過ぎでさぁ、普通のドラゴンでも大変なのに首が何本もある奴と戦うだなんて正気だとは思えやせん」
三人ともドラゴンの挿絵に圧倒されて、弱腰になっている。
「わ~、面白いね、首が長いわ」
「やったー!、こんな凄そうなドラゴンと戦えるなんて、僕はなんて幸運なんだろう!」
ドラゴンの怖さをわかってないリサと、強敵マニアのモーギュストが嬉しそうに笑っている。
その後ろではエレオラが顔をひきつらせて立ちすくんでいた。
ドラムは興味深そうに挿絵を見ている。
いつも無関心なのにドラゴンには興味があるようだ。
「ドラム、同じドラゴンとしてどう思う?」
基本ドラムは無口で口下手だ。
対して期待せずに意見を聞いてみた。
「結構やると思うよ、いろいろな属性のブレスが混ざり合うと、思わぬ効力を発揮するからね。こいつに挑むなら万全の備えをしたほうがいいよ」
俺はこれほどまでに饒舌に話すドラムを見たことがなかった。
仲間たちも同じようで、びっくりした顔でドラムを見た。
みんなに注目されたドラムは、鼻息を一発、フシュッと吐くと、テーブルの下へ消えていった。
「……だそうだ、みんな気合を入れてかかるぞ」
テーブルの下からドラムのしっぽが出ている。
ゆらゆら動くしっぽを見ながら仲間たちとの会議を締めくくった。
みんな思い思いにテーブルから離れていく。
魔物を倒しに行くことは決まっていたので、嫌だと言い出す者は一人もいなかった。
俺も久しぶりにワンさんたちと男部屋で眠るために、寝室へ移動しようとした。
「あの……、レイン様。私もドラゴン退治に同行するのでしょうか……」
さっきから固まって棒立ちになっていたエレオラが恐る恐る聞いてきた。
「ん? ああ、エレオラは行かなくていいぞ、ここに留まって留守居番をしていてくれ」
「そうですか、ありがとうございます!」
明らかにほっとした表情で嬉しそうに頭を下げるエレオラ。
その時ワンさんが素早く近づいてきて俺に進言した。
「旦那、エレオラも連れて行きやしょう、アメツチ家の家臣になったからには旦那のお命を守るのが当然でさぁ。一人だけ安全なところで待っているなんて許されやせんよ」
ワンさんの言葉にエレオラが絶句して後ろに下がる。
「う~ん、そうだな……、防壁内に入っていれば滅多な事にはならなそうだから連れて行くか、エレオラ前言撤回だ、俺に付き従ってドラゴン退治に同行しろ」
「は、はい……、わかりました。騎士エレオラはレイン様にお供をいたします……」
元気なさげに言うとぺったりと床に座り込んでしまった。
彼女の顔は蒼白で、今にも気絶しそうだ。
(まあ、普通の人間ならこうなるよな、可愛そうだけど俺に仕えるということはこういうことだぞエレオラ)
今にも泣きそうなエレオラをワンさんはしてやったりという顔で見ていた。
俺はエレオラを励ますために彼女をソファーに座らせて、アニーの『神聖防壁』の素晴らしさを教えるのだった。