189.扉の外に立つ懐かしき者
二日酔いでフラフラの俺は、セルフィアたちの策略で昨晩も彼女たちと一緒に寝てしまった。
しかし間違いは起きていない、これだけは誓って言えるのだ。
午後の遅い時間、夕日が窓から差し込んでくる。
俺はリビングで寛ぎながら、目の前のテーブルに置いてある国王陛下の親書を眺めていた。
「レイン様、お茶が入りましたよ」
アニーがニッコリと微笑んで香りの良いお茶をテーブルに置く。
「それ、国王陛下の親書ですか? 中身は何が書いてあるのでしょう」
アニーが俺に聞いてくる。
一緒にリビングで寛いでいたみんなが一斉に振り返り俺を見た。
仲間たちも親書のことが気になっていたようだ。
しかし、俺が一向に親書を手に取らないので、遠慮して聞いてこなかったようだ。
「これか? 正直あまり読みたくないんだよね……」
指先で親書をつつきながら俺は答える。
「でも返事を書かなくてはいけないんでしょ? いつかは読むのなら早く読みなさいよ」
セルフィアが中身を知りたくて催促してくる。
「仕方がないな、気がすすまないけど読んでみるか」
俺は親書をテーブルから取ると、国王陛下の封蝋を割って羊皮紙を開いていった。
羊皮紙の中には一回り小さな親書が入っており、そこにも厳重に封蝋がしてある。
「二重になっているんだな」
大きい方の羊皮紙には何も書いていない。
小さい羊皮紙の封蝋を割り、今度こそ書かれている文字を読んでいった。
始めは挨拶文が長々と書いてある。
そして次には『シャルマン要塞』を守ったことへの称賛の文言が書き連ねてあった。
更には国王陛下から、俺たちを戦場へ送り出したことへの謝罪の言葉が延々と書いてあった。
王都へ戻った暁には、相応の地位と褒美を約束すると書かれてあった。
ゆっくりと読んでいった俺は、次の文章を読んで考え込んでしまう。
そこに書いてある文章には、間もなく国王陛下を大将とした大規模な帝国への反撃戦が始まると書かれていた。
そして、俺たち『白銀の女神』もその戦争に是非参加してくれと、国王陛下の名のもとに強い懇願が書かれていた。
「なんて書いてあったの?」
俺が黙っている事に痺れを切らしてセルフィアが聞いてくる。
彼女たちにも関係あることなので、そっと親書をセルフィアに渡した。
「読んでいいの?」
国王陛下の親書なんておいそれと読むことは出来ない。
彼女は緊張しながら受け取ると、真剣な顔をして親書を読んだ。
読み終えた彼女は横に控えるアニーに親書を渡す。
アニーも読んだ後にワンさんに渡した。
リサとドラムを抜かしてその場の全員が親書を読み終えた。
ドラムとリサはソファーの端で手を取り合って遊んでいる。
リサにとって難しい話はつまらないことなので、ドラムをかまっていることにしたようだ。
「ワンさんどう思う? 日付は俺たちが『シャルマン要塞』を出発する前になっているよ。もしかしたらもう王国軍は動き出したかもしれないな」
「そうでやんすね、確実に動き出していやすね。もしかしたらもう『シャルマン要塞』にまで兵士たちは進軍してきている可能性すらありやすよ」
『シャルマン要塞』を俺達が出発してから一月近く経っている。
いくら軍隊の歩みが遅いと言えど、王都から『シャルマン要塞』は馬車でゆっくり走って十日前後。
軍隊が到着していてもおかしくはなかった。
「軍隊に合流するということは、そのまま帝国の首都に進軍するという事よね。それだと今の強さのまま帝国の勇者と戦うことになりそうだわ」
「帝国の勇者と戦うには戦力に不安が残りますね、もうしばらくレベルアップに時間を割きたいところですね」
セルフィアもアニーも俺たちの戦力に不安があるらしい。
俺も彼女たちの意見に賛成だった。
いくら強くなってきているといっても、帝国勇者に余裕で勝つぐらい強くはなっていない。
誰かを犠牲にしてまで勝っても意味がないのだ。
「どうしたものかな……、出来れば合流せずにこの付近に生息しているという魔物を倒しに行きたいんだけどな……」
「レインさん、魔物を倒しに行こうよ。それからでも合流には間に合うと思うよ、兵隊の行軍速度はかなり遅いのは知っているでしょ?」
チェンバレン将軍の指揮する第二王国軍が、半日かけて行軍した距離は驚くほど短かった。
山道だったことを考慮しても軍隊の歩みは亀のように遅い。
仮に王国軍が今『シャルマン要塞』を出立したとしても、合流地点になるであろう『ローレン砦』跡に到着するには何日もかかるだろう。
それまでに魔物を倒して戻ってくれば、俺たちの馬車なら余裕で合流することができそうだった。
「よし、親書の手紙を書いたらすぐに魔物退治に向かおう。みんなそのつもりで用意をしておいてくれ」
俺は急いで親書を書くために内容を考えていく。
国王陛下への手紙になるので失礼にあたらないように細心の注意を払った。
室内は慌ただしくなっていった。
みな武器や防具の点検を急ピッチで行っていく。
どのくらい強い魔物が出るかわからないので、きっちりと準備をしなくてはならない。
部屋の扉がノックされる。
アニーが気を利かせて扉を開けに行った。
俺は『気配探知法』で扉の前に来ている人物が誰だかわかっていた。
懐かしい気配に思わずニヤリとしてしまう。
陛下宛の手紙を書く手を休めて、アニーが扉を開けるのを待つ。
「今開けますね」
何も知らないアニーは、扉の向こうの人物が彼女も知っている者だとは思ってもいないようだ。
扉を開くとアニーが驚きの声を上げた。
「エレオラさん! どうしてここに居るのですか!?」
ビックリして大きな声を上げたアニーを全員が見る。
扉からエレオラが顔をのぞかせてはにかんでいた。
「エレオラ、よく来たな。中へ入れ」
「はっ、失礼します!」
エレオラは一礼してから緊張した足取りで部屋の中へ入ってきた。
「エレオラお姉ちゃん!」
リサが嬉しそうにエレオラに駆け寄る。
エレオラは満面の笑顔でリサを見て彼女のことを抱きしめた。
「うふふ、くすぐったいよ」
リサが嬉しそうに笑っている。
仲間たちもエレオラに寄って行って再会を喜んだ。
ひと通り挨拶が済むと俺の前にエレオラが膝をつく。
急に真剣な顔になった彼女は、おもむろに口を開いた。
「レイン様、いえ、アメツチ男爵様。エレオラ・ルペチェンコは本日付でアメツチ男爵様の家来として着任いたしました。国王陛下よりの直々の命令です。どうか私をお側において下さい」
エレオラの口から驚くべき内容が語られた。
仲間たちは無邪気に喜び拍手している。
俺は複雑な気持ちで彼女を見ていた。
彼女は間違いなく俺の監視役だろう。
王国は俺という得体のしれない人物を、本格的に監視することにしたようだ。
俺はワンさんを見る。
ワンさんはゆっくりとうなずいて、俺の言いたいことをわかってくれたようだ。
国王陛下の命令ならエレオラを家臣にしない訳にはいかないだろう。
しかしただ監視されるだけでは面白くない。
こちらにはワンさんという優秀な隠密が居るのだ。
ワンさんにはわからないようにエレオラを監視してもらおう。
「あいわかった。エレオラ、これから俺のために忠義をつくせ、俺を失望させるな」
「ははっ、騎士エレオラ、この生命をアメツチ男爵様に捧げる所存でございます」
畏まったエレオラは興奮して顔が少し赤い、震えている唇が妙に艶かしくて思わず凝視してしまった。
ゴルドンさんと一緒に要塞に来た顔見知りの騎士の一人はエレオラだった。
彼女は本日付で正式に俺の三番目の家臣になった。