188.閑話5~その頃王都では~
レインたちの活躍によって『シャルマン要塞』は防衛された。
その知らせは『王都オルレニア』に早馬によってもたらされた。
一報を聞いた国王は大いに喜び王国の安泰を喜んだ。
帝国兵を撃退した情報はまたたく間に王国中を駆け巡り、『白銀の女神』の名は一気に有名になっていった。
『ミドルグ迷宮』のトップ探索者、王国貴族で王国の危機を打開した救国の英雄。
レイン・アメツチ男爵の名声は国内外で高まっていった。
近頃の酒場の話題は『白銀の女神』のことで持ちきりだ。
万の帝国兵を大魔法一撃で滅ぼした大魔導師。
うら若き美女で英雄の従者のセルフィアの名も、レインの名に負けず劣らず盛大に噂をされていた。
少々誇張されて伝わっているようだが、数千名の大軍を一撃のもとに葬り去った彼女の実力は概ね間違ってはいなかった。
「おめえ知っているか? 男爵様の周りは美女や美少女で固められているらしいぞ、大魔導師様もそりゃあべっぴんさんだそうだ」
赤ら顔の男が酒場で隣の男に講釈を垂れている。
「知っているも何もその噂で持ち切りだぜ、大魔導師様の他に聖女様もいるらしいぜ。その御方が大魔導師様に引けを取らない美女らしいぜ」
話しかけられた男はかなりの情報通らしい、得意になって自分の知っている知識を、大きな声で周りの酔っぱらいたちにひけらかしていた。
「それじゃこれは知っているか? 勇者様の従者様の一人に精霊使いのエルフがいるらしいぞ、この御方はまだ子供だがえらく可愛らしい容姿をしているらしい。さすがは救国の勇者様だ、うらやましい限りだが勇者様なら納得がいくな」
酒場は自分の知っている情報を自慢気に披露する酔っぱらいでいっぱいだ。
普段いがみ合っているグループでさえ、仲良くみんな楽しげに話し合っていた。
「美女もいいがお前たち気を付けたほうがいいぞ」
盛り上がっている酔っぱらいに一人の男が忠告する。
「勇者様の護衛に二人の凄腕の獣人がいるそうだ、鉄壁の守りのミノタウロスに神速のコボルド、あまり面白おかしく噂をしていると彼らの怒りに触れて消されちまうぜ」
男の忠告に一同静まり返りコソコソと噂をし始める。
勇者様の従者の中には、常人の力を遥かに超えた二人の獣人がいるらしい。
『シャルマン要塞』では、大量の帝国兵が抵抗虚しく切り刻まれたという噂がまことしやかに流れていた。
「でもよ、そのお二人も勇者様の従者様なんだろ? てことは王国の味方だということだよな?」
「そうだぜ、勇者様の従者様ならオレたちの戯言なんて笑って許してくれるってなもんさ!」
何の根拠もなく自分たちに都合の良い解釈をして、酒場はまた活気を取り戻していった。
ー・ー・ー・ー・ー
王城はまだ襲撃の痕跡を多少残している。
しかし急ピッチに修復した王城は、遠目に見ればそこそこ原状回復が出来ているように思えた。
城内のずっと奥。
王族の住居になっている一角では、国王ベルンハルト三世と宰相のネルソン・ボドワンが二人きりで話をしていた。
「陛下、アメツチ男爵は予想を遥かに超える逸材でしたな」
「うむ、正直余も驚いているのだ。『シャルマン要塞』の一報を聞いたときにはにわかには信じられなかったぞ」
「それは誰も同じです。よもや万の帝国兵を短時間のうちに殲滅しようとは予想出来ることではありません。しかも突如現れた災害級の魔獣まで短時間に退治したようです」
しばしの沈黙が流れる。
「男爵には酷い命令を出してしまった、もしかしたら余を恨んでいるかも知れないな……」
「あの時は仕方がなかったのです、貴族たちをまとめるためにも時間稼ぎが必要だったのです。あまりご自身を責められますな」
国王も宰相もレインに対して戦争への参加命令を下したことを気に病んでいた。
自分たちの窮地に駆けつけて救ってくれた命の恩人に、褒美も無しに戦地へ追いやってしまったのだ。
いくらあのときの会議の流れとは言え、思い返せばあまりの仕打ちに今頃になって後悔していた。
「アメツチ男爵には帰国した折に手厚く報いるしかありません。もし彼が我々を恨んでいるならその時は王国は滅亡するでしょう。彼に誠心誠意謝るしかないのです」
宰相は冷静に言葉を紡いでいく。
万の敵を一刻あまりで虐殺し、人類では到底倒せないような魔獣を簡単に倒した彼らを止める手立ては王国には無かった。
なんとか彼の心の内を探る必要が早急に必要だった。
「陛下の使者を既に『シャルマン要塞』へ向かわせました。アメツチ男爵と懇意にしている人物です。さらに男爵に近しい人物を一緒に随行させました、その者には別命を与えてあります」
「アメツチ男爵にはくれぐれも誠意を持って事に当たれ、我々は彼に謝るしか残された道はないのだ……」
心底疲れた様子の国王は、目頭を押さえながら深くため息を吐くのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
王城から少し離れた上級貴族街。
貴族たちの屋敷が並ぶ一角の大邸宅で、エドモンド・ウィンチェスター侯爵は焦っていた。
先の国王の王弟で現国王、ベルンハルト三世の叔父に当たる大貴族だ。
そしてレインたちを戦地に追いやった張本人でもある。
伯爵はリビングを右往左往しながら苛立たしげに爪を噛んでいた。
「まずい、まずいぞ! どうしてこんな事になったのだ……、ダベンポート伯! そなたなんとか言え!」
怒り心頭でその場にいるもう一人のレインたちを戦地に追いやった人物に当たり散らす。
怒りの矛先は、リビングのソファーに座っている貴族、『王都ミドルグ』より南の広大な領地を治めるジェローム・ダベンポート伯爵その人だった。
「ウィンチェスター公、少し落ち着いて下さい。何も我々が謀をしたことをアメツチ男爵にバレたわけではないのですから」
冷静を装っているものの、目付きの悪い長身の貴族は、血色の悪い顔をしていて余裕はあまりないようだった。
「そなたが名案があるからと言っていたから話に乗ったのだぞ! あの化け物がここまで恐ろしい男だとわかっていたら儂は手を出さなかったのだ!」
侯爵が化け物と言っているのはもちろんレインのことだ。
万の帝国兵を軽々と殺害してしまう超戦力を有する新興貴族。
あろうことかその触れてはいけない逆鱗に侯爵たちは触れてしまっていた。
「そもそもアメツチ男爵は我々を敵視していないかも知れませんよ、怒っていることすらないかも知れません。知らないふりをしていれば問題ないでしょう」
自分に言い聞かせるようにダベンポート伯爵は言い放った。
「何をたわけたことを言いよる! 既に調べは付いているのだ、アメツチ男爵は国王陛下から勅命を賜った帰りの車内では、一言も喋らず宙を睨んでいたと護衛の騎士たちから報告を受けているぞ! さらに逗留している宿屋の部屋を相当破壊して暴れまわったそうだ」
ウィンチェスター侯爵は様々な場所に己の息のかかった者を配置していた。
そこから上がってくる情報から、レインが相当頭にきていることを知っていた。
「しかし我々にはもうどうしようもありません。私達は彼より位が高い貴族です、なにか言いがかりをつけられても、突っぱねてしまえばいいのですよ」
「ああ、儂はもうおしまいかも知れぬ……、あ奴が戻ってきたら儂らは殺されてしまうのだ……」
床に崩れ落ちながらウィンチェスター侯爵が嘆いている。
レインを戦争へ送ることを提案したのは侯爵と伯爵だ。
彼が復讐するなら真っ先に狙われるのはこの二人に違いなかった。
うずくまり泣いている侯爵を横目で見ながら、ダベンポート伯爵は一つの決断をした。
「わかりました、こうなったら彼が帰還する前に死んでもらいましょう」
ダベンポート伯爵の一言に侯爵は驚きの表情で顔を上げた。
「そんな事が出来るのか? どうやって殺害するのだ!?」
「ちょうどその手の荒事に慣れているものを私は飼っているのですよ。上手く行けばアメツチ男爵は王国へは戻ってこれませんよ」
「そのようなことが出来るのか? もしアメツチ男爵に見つかったらそれこそ一巻の終わりだぞ!?」
「大丈夫ですよ、実行するのは男爵をよく知る人物です。きっとうまくいきます」
不敵な微笑みを顔に貼り付けて伯爵は答える。
果たしてレインに差し向けられた刺客とは誰なのか、伯爵以外に知る人物は誰もいなかった。