187.柔らかいなにか
国王陛下の使者のゴルドンさんから親書を受け取った。
ゴルドンさんと将軍と俺は楽しくお酒を飲んだ。
将軍とゴルドンさんにお酒をしこたま飲まされて、自分の足では部屋に戻れないほど酔っ払ってしまった。
将軍付きの上級騎士に抱えられるようにして仲間が待つ部屋へ戻っていく。
半ば引きずられるようにして移動してきた俺は、ワンさんたちに引き取られて部屋に入っていった。
「レイン今日も飲まされたのね、可哀相だわ……」
セルフィアが眉を八の字にして心配している。
連日のように将軍に酒を飲まされている俺は、一日の終りはへべれけで部屋に戻るという事が日課になっていた。
「レイン様、ベッドで寝ましょうね。さあ、私に捕まって下さい」
「ん? ああ、いつもすまないね……、アニーさんよろしくおねがいしますよ」
目の前が二重になって足元がおぼつかない俺は、アニーらしき人物にのしかかるようにして体を預けた。
アニーも普段はか弱い女の子だが、『身体強化』を使えば俺の体ぐらい担いで動ける。
軽々と俺を抱えたアニーは、彼女たちの寝室へ俺を運んでいった。
俺の意識がおぼつかない事をいいことに、セルフィアたちは自分たちの部屋へ俺を毎晩寝かせていた。
ワンさんたちもセルフィアたちには逆らえず、俺が部屋へ連れて行かれるのを見て見ぬ振りをしていた。
俺はアニーのベッドへ体を横たえると毛布をかけてもらった。
何かが横に入ってきたような気がしたが、酔っ払って前後不覚な俺はそれが何なのかわからなかった。
「ドラムか……? 俺は酔っ払ってしまったよ、お前の肌で冷やしておくれ……」
いつもの癖でドラムらしきものを抱き寄せる。
ひんやりしているはずのドラムの体は妙に温かく柔らかかった。
ドラムにしては柔らかすぎる何かに満足して、俺はそのまま眠ってしまった。
ー・ー・ー・ー・ー
朝目覚めると知らない天井が目に入ってきた。
頭がズキンと痛くなり思わず顔をしかめてしまう。
よくよく見ると俺達が泊まっている要塞の部屋のようだ。
昨日は将軍に加えてゴルドンさんとお酒を浴びるほど飲んだ。
途中から記憶が曖昧でどうやって部屋へ帰ってきたかわからなかった。
「今何時だろう……?」
「今はまだ四時ですよ、おはようございます」
耳元で聞き慣れた声がする。
薄暗い部屋の明かりでも目がなれているのでよく分かる。
俺はアニーのベッドの中で寝てしまったようだ。
更に驚愕の事実がわかってきた。
俺はあろうことか彼女を抱き枕にして寝ていたようだ。
アニーの顔が数センチ前にある。
その顔は嬉しそうで恥ずかしそうだった。
俺はしっかりと抱えていた手をゆっくりと外し少しにじり下がる。
すると、背中になにか柔らかいものが当たって体を動かすのをやめた。
「レイン起きたの……? まだ夜中じゃない……、もう少し寝てましょうよ……」
また耳元で聞き慣れた声がする。
体が妙に重い。
顔だけを強引に後ろへ向けると、視界の端にセルフィアの顔があった。
セルフィアは俺を抱えると目を閉じてまた寝始めた。
(またやってしまったのか……)
毎日彼女たちのベッドで起きるという、あまり好ましくない現状に頭が更に痛くなった。
セルフィアとアニーに挟まれているということは、当然彼女もどこかにいるはずだ。
俺はそっと毛布の中を覗いた。
そこには俺の腹の上で気持ちよさそうに寝ているリサの顔があった。
(ああ、毎日お酒を飲まされて記憶が飛ぶほど前後不覚になり、部屋へ帰ってくる俺はなんて罪深いのだろう)
いつもワンさんたちに俺を男部屋へ連れて行くように言っているのに、なんで言い付けを守らないんだ。
俺は身動きがとれない状況で自己嫌悪に襲われていた。
「そろそろ朝のお祈りに行きますね。レイン様、いくら記憶がないからといって、あまり変な所を触らないでくださいね」
ニッコリと微笑んでアニーはベッドから出ていった。
昨晩の薄っすらと記憶に残る手の感触はアニーの何だったのだろうか。
思い当たる物を記憶から強引に消して俺もベッドから出ようとした。
「レインだめよ……、もう少し寝ていてね……。お酒で体が弱っているのだから……」
セルフィアにがっちりと抱え込まれてしまい、身動きが取れなくなってしまう。
彼女は寝ぼけながら『身体強化』で俺を抱きかかえた。
俺も『身体強化』を使えば簡単に抜け出せるが、そこまでする必要もないだろう。
(仕方がない、彼女が起きるまで俺も二度寝するしかないな)
背中にセルフィアの柔らかさを感じながら、目をつむって朝がくるのを待った。
「お兄ちゃん! 朝よ、起きなさい!」
リサの元気な声で起こされる。
彼女は俺の腹の上に馬乗りになってニコニコと笑っていた。
俺がなかなか起きないものだから、面白がって腹の上で暴れている。
ちょうどマッサージみたいで気持ちいいので、されるがままで狸寝入りしていた。
「レイン、いい加減起きてよ。あたしもそろそろ起きたいわ」
横からセルフィアが抗議してくる。
いつの間にか彼女を抱き枕にしてがっちりと抱え込んでいたようだ。
「セルフィアおはよう、あまり大きな声を出さないでくれ、頭が割れるようなんだよ」
半分寝ぼけている俺は彼女を抱え込んだまま更に三度寝に入る。
「本当に怒るわよ! もう朝の十時よ。あたしだってもう起きたいのよ!」
セルフィアの手が俺の顔を押しのける。
柔らかい感触が顔から無くなり寂しくなってしまった。
「わかったよ、もう起きるから乱暴しないでくれ……」
渋々セルフィアを離すと、彼女は素早くベッドから降りてリビングに去っていった。
「お寝坊さんは御仕置きですよ!」
リサが更に腹の上で暴れる。
俺は気持ちが悪くなってきて急激に覚醒していった。
「リサ! わかったから、もう起きるからやめてくれ!」
胃の中のものが急激にこみ上げてくる。
口を抑えた俺はガバっと起き上がると、リサをベッドへ放り投げてリビングへ走った。
後ろからリサの笑い声が聞こえるが、それどころではない。
リビングから廊下に出ると便所に向かって走り出した。
(やばい! 間に合いそうにないぞ! このままでは廊下で吐いてしまう!)
俺は最後の切り札、『縮地』を全開で使って便所へ瞬間移動した。
「おはようございやす、旦那今日も遅いでやんすね」
便所の扉の前でワンさんが挨拶してくる。
ちらっと顔を見るとワンさんは笑っていた。
(ワンさん! 裏切り者め! 後で覚えていろよ!)
挨拶を返す余裕がない俺は、ワンさんを無視して便所へ駆け込んだ。
胃の内容物を全部出しきり、少しだけ気分がましになる。
頭がガンガンと痛み、少し動けばまた吐き気が襲ってくる。
完全に二日酔いの俺は、フラフラになりながらリビングへ戻っていった。
「おはようレインさん、昨日はお楽しみでしたね?」
モーギュストが笑いながら話しかけてくる。
(モーギュスト、お前もか)
裏切り者のモーギュストを恨めしそうに俺は睨んだ。
もちろん俺はお楽しみなどしていない! それだけはイシリス様に誓って言えるぞ!
「旦那、みんな旦那が起きてくるのを待っていやしたよ。誰も朝飯を食べていやせん、旦那がいないとみんな食べる気にならないでさぁ」
「そうよ、もうお腹ペコペコよ。でもレインと食べようと思って待っていたのよ」
「お兄ちゃん、朝食一緒に食べようよ」
「レイン様、イシリス様に早くお祈りをしましょう」
「レインさんがいないと何も始まらないよ!」
「ガウガウ!」
みんななんだかんだいって俺のことが好きなんだな。
まあ今日のところは許してやるか。
「よし! うまい朝飯を食べるか! 何でも言ってくれ、何でも出してやるぞ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
太陽がそろそろ真上に昇ろうとしている。
部屋の中には楽しげな笑い声が満ち溢れていた。